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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第九話 復活
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再生と崩壊

 わたしがわたしであることを認識したとき、わたしは極微小の魔素の集合体でしかなかった。


 あるのは意識ばかりで、手足の感覚どころか、そもそも感覚というものそのものが存在しない。


 それは実際になってみないと分からない状態であると思うけれど、身動きの取れない場所に閉じ込められているようなものだった。


 ただ、幸いなことに、痛みはなかった。


 感覚がないのだから痛みがないのは当然なのだけれど、わたしが“お母さま”に閉じ込められる時は、いつも痛みが一緒だったから、少なくとも、あの時よりはましだった。


 痛いのは本当にいやだ。


 でも、痛くないからと言ってよい状態とは言えなかった。


 いつまでこの状態なのかと、不安ばかりが募ってゆく。


 ………………………………


 ……………………


 …………


 どれくらいの時間が立ったのだろうか。


 少しずつ、感覚と呼べる何かを掴みかけていることを認識する。


 体の広がりを感じる。


 極微小の魔素を核として、塊が形成される。


 それは周囲の魔素を取り込みながら肥大化していく。


 うーん。


 肥大化? 膨張? 


 どちらもあまり使いたくない言葉だ。


 とにかく、ある一定の大きさになると、わたしはわたしの外側に世界があることを認識する。けれど感覚がないので外がどのようなものであるかは理解できない。


 わたしは外側を想像する。そこにはいったいどんな世界が広がっているのだろうか。


 魔素の塊が、さらに大きくなる。


 わたしと外側を分ける輪郭線が、次第に形を取り始める。実態として存在しない魔素が、物質として現世に姿を現そうとしていた。


 魔素の拡大により膨らんでいく身体。わたしを覆う枠組みに押し込められるような窮屈さを感じる。


 さらに体が大きくなる。


 唐突に、何かに触れたような感覚がわたしを襲った。


 それは、おそらく風だった。


 物質化した魔素の表面を流れる風を、わたしは感じた。表面からついに外の世界の情報を得ることに成功したわけだ。


 魔素の塊は、わたしの思い描く形へと変化する。


 まずわたしが求めたのは手だった。


 手が形成されると周りの空気の動きがより感じられるようになる。指を曲げたりは出来ないけれど、それだけでも、外からの強い刺激を感じられた。


 次にわたしが望んだのは、足だった。


 指先から魔素が足を形づくり、ゆっくりと地面に着地する。


 足の裏から刺激が伝わる。


 そこにあるのは、枯れ葉……その下には土の気配も感じられる。踏みしめた感触からして、ここは森の中かもしれない。


 手と足を起点として、体が組みあがっていく。


 腕の骨、そして筋肉が形成され、かつてわたしが持っていた体に近い形を取り始める。足も同様に骨と筋肉が形成された。


 手のひらを握ったり、つま先で立ったりしてみる。


 さっきまでとは比べられないほどの刺激がわたしを襲う。


 骨が、筋肉が、動きに合わせて調整されていくことを感じる。


 これが体を動かすということだ。


 胴体の形成には時間がかかった。自分でも想像したことのない内臓が、それらしいかたちに形成されていくのを人ごとのように認識する。


 最後に形成されたのは頭だった。


 それは、頭が作られたからだろうか。


 突然わたしのなかに疑念が生まれる。


 わたしは、ほんとうにかつての姿になりたいのだろうか。


 生きていたころの記憶が溢れ、思考がはじまる。


 わたしは自分の姿がいやだった。


 どうしてわたしは、ゴブリンやオークのように太い腕を持っていないのだろう。ワイバーンのように翼も生えていないし、サーペントのように水の中を自由に泳ぎ回るためのひれもないのだろう。


 そして何より、わたしには角がなかった。


 わたしは頭に角が欲しかった。


 だけど、考えた時には、すでに頭の形成は終わっていて、角が生えることもなかった。


 閉じたまぶたの向こうに光がある。


 わたしは目を開ける。


 ひどくまぶしい。一切なかった風景という情報が急激に流れ込み、めまいがして、頭が痛くなる。


 おそるおそる目を開けて、光にならしながら周囲を見回す。


 そこは予想通り、森の中だった。


 太陽が昇り、日差しが木々の葉の間から漏れている。


「ガルファス……」


 わたしは思わず、自分の大切なものの名を口にする。


 目を開けて、はじめて思いついたのが、彼の名前だった。


 わたしを育ててくれた魔物。わたしのために命を懸け、そして人に敗れてしまった魔物。


 気づくと、私の目から水があふれていた。


 これまで痛みでしか流したことのないもの。それが、とめどなく流れ続け、わたしは止めることができなかった。


 ガルファスは感情について、あまり詳しく教えてはくれなかった。魔物とは人間がとらわれる感情なるもの超えたところにある。だから人と同じように振る舞ってはならない。


 けれど今は無理だった。


 わたしはガルファスを失ったことが無性に悲しく、そして、悲しくなればなるほど、目から水が溢れていった。


「うう……」


 胸が痛い。


 わたしはその場に崩れ落ちる。


 悲しさだけじゃない。


 全身を構成する魔素が不安定になっている。


 一度死んだはずのわたしが、どのような偶然か、魔素によって復活しようとしている。しかしそれは、あまりにも道理から外れていた。


 わたしが魔王だからだろうか。


 それとも、わたしを倒したあの人間の剣が、通常では起きえない何かを引き起こしているのだろうか。


 だが、その無理な現象は、結果的に安定していないようだった。 


 一度魔素により形成された体は、再び滅びの道を進んでいる。


 もう、駄目かもしれない。


 けれど、仮に生き返ることができたとして、ガルファスを失ってしまった世界で、生きる意味などあるのだろうか。悲しみは今もわたしの体を支配して、苦しめ続けている。こんなことなら、素直に滅びてしまった方が辛くないのかもしれない。


「おお! 見つけましたよ!!」


 わたしは顔を上げる。


 そこにはぼんやりと浮かび上がる、不定形の魔物が居た。その姿は手もなく足もなく、ぼんやり輪郭だけが浮かび上がっているだけに過ぎなかった。


「な……に……?」


 それを言うだけでも、どっと疲れが全身を襲う。


「おれ? おれっすか? おれはゴアルガスっつうもんです。いやあ、見つけましたよ。うれしいなあ! おれは魔素で出来た魔物ですからね。離れたところでも魔素を通じてわかるんすよ。んで、メリル様が消えたってのも知ってました。いやあ、落ち込みましたね。一度お目にかかりたかったですし、話してもみたかったんすよ。ついさっきまで落ち込んで、辺りを漂ってたんですが、そしたら、一度消えたはずのメリル様の反応があるじゃないっすか。うれしくてうれしくて。そんで、こうやって飛んできたわけなんすよ」


 早口の相手の言葉を、理解できなくなっている。


 わかることは、名がゴアルガスであるということと、わたしを知っているということだけだった。


「これはガルファス先生にも言ってたんですがね。せっかく言語を使える力を与えられて、誰とも話せないというのは寂しいじゃないっすか。ガルファス先生の反応がなくなったとき、おれがどんなに悲しんだことか。何しろおれを作ってくれたお方ですからね……」


「ガル……ファス……」


 聞いたことのある言葉を繰り返す。


 ガルファスの名前だけに反応することくらいしかできなかった。


 力が抜け、意識が薄れていく。


 体中の魔素が核から離れ、拡散していくことがわかる。


 意志の力ではどうすることもできない現実が、わたしに迫っていた。


「こりゃあまずいっすよ。よく見たら、今のメリル様って魔素で出来てるじゃないっすか。それで実体化しようなんて無茶はやめた方が良いですよ。やるならおれみたいに魔素濃度を高くして、いる風を装う感じにしないと」


 なおも喋り続けるゴアルガスをよそに、わたしの意識はさらに薄れていく。


 もう……何なのよ……死んで、生まれて、また死んで、しかも最後に話したやつが、こんな、わけのわからない奴なんて、ほんとうに……


 体の力が抜け、わたしはまた死を繰り返そうとしていた。

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