二人の約束
気づいた時には、ぼくはドメル村の入り口に立っていた。
正面にはミレーゼ様とリネ、そして、ヴィルさんが居た。
「えっと、あの……」
ぼくは、何が起きたかわからず、口をパクパクしている。
「いやあ! お世話になりました! しかし、その……ラストンさんのことは残念でしたな……」
ぼくが隣を見ると、父さんが馬車の手綱を引いて立っていた。
なにが起こっているのだろう?
ぼくは叫びだしたい気持ちになりながらも、声を出すことができなかった。
「ええ、私たちの依頼のせいで事故に遭われたなんて……私が無理を言わなければ……」
「いえ! 領主様! 商人、特に行商人なんてのは、常に危険と隣り合わせです。道中には野盗もいれば魔物もいます。私らはそれを覚悟のうえで仕事をやってますのでね。事故に遭うこともありますよ」
「そうですか……しかし、それでは私の気は収まりません」
ミレーゼ様は悲しげな顔をしていた。
「そうでしょう。だからこそ、あなた様からいただいたお金は必ず届けますよ。私らは直接ラストンさんの家族を知らないが、依頼したテガートさんは知っているはずなんでね。安心してくださいよ」
「ええ、よろしくお願いしますね」
ミレーゼ様は固い笑顔を作っていた。
「クロン、たった数日だたけれど楽しかった。またいつか遊びましょうね」
ぼくは突然名前を呼ばれてびくりとする。
怖い。何故ぼくは、リネのことを怖いと思っているのだろう。
「まあ、リネ、ずいぶんと仲良くなったようね」
笑顔のミレーゼ様にも、ぼくは底知れない恐怖を感じている。
「いやはや、長いことお世話になりました。倉庫の件は残念でしたが」
そんなはずはない。何も起こってはいない。
ぼくは父さんとともに数日ミレーゼ様のお屋敷に泊まり、リネと本の話で盛り上がっただけだ。
父さんはミレーゼ様に頼まれて屋敷の倉庫を調べていたけれど、ラストンさんが戻らないという報告があって、ぼくたち親子は村を出ることになった。
たったこれだけのことだ。
普段起こらないような珍しい状況ではあるけれど、そのほかには何も起こっていない。なのにどうして、こんなにも見るものすべてが怖ろしく感じられるのだろう。
「そういえば、まだ聞いてなかった。倉庫に高いものはあったの?」
リネがミレーゼ様に聞く。
「絵だの壷だのたくさんのものがありましたが、ちょっと私らには手に負えないものでしたね」
代わりに父さんが答える。
「そうなんだ」
リネはつまらなそうな顔をしていた。
「聞いたところ、このお屋敷の倉庫にあるのは、建て替える前の古いお屋敷のものをそのまま入れたとのことですが、これがまあ、そんじょそこらの商人じゃ手が出せないものでして」
父さんが申し訳なさそうに言うと、
「私もマーシャルさんに聞いてなるほどと思いましたよ。王都ができてからの有名な人が作ったものなら価値もつくものらしいけれど、千年以上前のものは価値がつけられないんですって」
ミレーゼ様が補足した。
「つまんないの」
リネは正直に言う。
「いえ、実際のところ価値はあるはずなんですよ。しかし倉庫にあるものの多くは、商品価値よりも歴史的価値の方が大きい。こりゃあおそらく学者の領分ですな。王都にお声かけした方がよろしいかと」
「というわけで、お父様のつてを頼って王都の学者さんを呼ぼうと思ってるの」
父さんの言葉に続き、ミレーゼさんが思い切った調子で言った。
「まあ、お母様、お父様に声をかける気になったの?」
「……ええ、あなたのため、そして私のためにも、あの人とは話し合いをしておかなくてはね」
「お屋敷にも泊めていただいたので、お役に立てると良かったのですが……」
父さんが二人の会話に割って入る。
リネとミレーゼ様が自分たちのことを喋り過ぎないようにする配慮だろう。貴族家の内情など、行商人が知っていていいことなど何もないからだ。
「いえ、あなたに見てもらったのは、良い機会になりました」
「力不足で申し訳ありません」
話が途切れ、沈黙がうまれる。
「では、そろそろ行こうかと思います」
「ラストンさんのご家族のこと、よろしくお願いしますね」
「お任せください。テガートさんも、そういうことに関しては信頼できる人ですから」
ミレーゼ様が執事に声をかけ、使用人たちが門を開ける。ゆっくりと扉が開き、出発の時が近づいてくる。
ぼくはおそるおそるリネを見る。
いったい何が起こったのだろう? すべては夢だったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
ぼくは確かに地下で、何者かを見た。
見た? 何を? ぼくは、地下で、何を見たのだろうか……
そもそも、あの屋敷に地下などあったのだろうか?
わからない。わからなくなってしまった。
ただ、何か記憶が失われていることだけはわかる。
ぼくは、一体、どうしてしまったのだろう?
気づくと、不安そうな顔でリネがこちらを見ていた。
リネ、体の弱い貴族のお嬢様。
なのにどうして、こんなにも怖く感じているのだろう。
ぼくはただ、とても怖かった。
ミレーゼ様も父さんも、みんな怖かった。
リネの顔を見ただけで、全身に悪寒が駆け巡る。
扉が開き、父さんが馬車の方向を切り替えようとしている。
依頼の仕事は終わり、ぼくたちがこの村にいる理由もなくなった。行路から外れたここには二度と来ることもないだろう。
けれど……それでよいのだろうか?
いや……しかし……
「リネ!! ぼくはまたここに来るよ!!」
ぼくは自分で驚くほど大きな声を出した。
「クロン!? どうしたんだ急に? お嬢様に失礼じゃないか」
父さんがぼくを諌める。
ぼくはまっすぐにリネを見ていた。
するとリネは笑った。
「クロン! 私も待ってる! だから絶対また来てよね!」
そして二人で笑い合った。
「うちの息子が申し訳ありません。この数日でずいぶんよくしていただいたようで……」
大声を上げることもできず、申し訳なさそうに父さんが言う。
「いえ、良いのです。私も娘を大切に思うあまり、家に閉じ込めてしまっていた。クロンさんのような、話の合う友人がいて、とても嬉しかったのでしょう」
ミレーゼ様は微笑んでいる。
「クロン、優しい方々でよかったな。そろそろ行くぞ」
「うん、わかったよ」
そして、ぼくたち親子は頭を下げて、ドメルの村を出発した。
ぼくは馬車に乗り込み、いろいろなことを考える。
ぼくの心にわだかまる何か。消えたはずの記憶。リネに対して感じた恐怖。そして、知らない変な服を着た男の記憶……
けれど、そんなことはどうでも良かった。
ぼくがわかったことは、リネがあの屋敷で、とても寂しく思っているということだった。
ぼくはいつかまた、ドメル村に行くだろう。
そして、リネに会いに行く。
元気であればそれでいい。
相手は貴族なのだから、無理に会う必要もない。
けれどもし、まだ寂しそうにしているのなら、ぼくは声をかけ、話を聞いてみたいと思う。
そんなことを考えながら、ぼくは馬車に揺られていた。
第八話、完。
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