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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第八話 異物
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不相応な歓待

 父さんの心配に反して、村のなかは案外普通だった。扉が閉まるとそこには女性が立っていた。


 年齢はたぶん父さんくらい。でも女の人の年齢なんてわからないから、もっと若いかもしれない。色は落ち着いているけれど豪華なドレスを着ていて貴族らしいことがわかる。


「ああ、どうも、私はマーシャルというものです」


 父さんは馬車を降りて頭を下げた。


「倒れていたというのは?」


 しかし女性は挨拶も返さず、冷たく言うだけだった。


「こちらに」


 父さんは、女性に声をかけ、荷台に連れてきて、


「どうだ? お嬢様の様子は?」


 とぼくに聞く。


「ずっと眠ったままだよ」


「そうか」


 女性は父さんを押しのけるようにして荷台を覗き込み、


「ヴィル!!」


 と突然大声を出した。あまりに大声だったので、ぼくだけではなく、父さんもびくっと体を震わせたくらいだ。


 するとすぐに正装をした男が現れた。おそらく執事と呼ばれる人だろう。それにしても、ぼくが思い描く執事と違ってとても背が低かった。


「ミレーゼ様、わたくしはこちらに」


「人を呼んで、リネを運んで頂戴」


「かしこまりました」


 するとヴィルと呼ばれた男はきびきびとした様子で建物の影に消えていき、入れ代わるように体格の良い男たちが三人やってきた。


 男たちは担架を持っていて、リネと呼ばれた少女を慎重に抱えて乗せると、そのまま運び去ってしまった。


 ぼくと父さんはその後姿をぼんやりと眺めていた。


「さて」


 担架を見送ると、女性は険しい顔でこちらを見た。その表情は初めて見た時からまったく変わらないもので、もしかするともともとそういう顔なのかもしれないと思った。


「ご挨拶が遅れました。私はクラウゼン家当主ミレーゼと申します」


「あっ! 領主様でしたか! 大変失礼いたしました! 私はマーシャルというもので、行商人をやっております」


 父さんは深々と頭を下げる。


「それはもう聞きました。リネを連れて来たことは感謝しています。ここは商人の方々が通るような村ではないはずですが、どのような御用でこちらにいらしたのですか?」


「ええ、それがですね。ここから半日ほど行ったところにクレンソという町で依頼を受けまして。ラストンという商人をご存じありませんか? どうもこちらに来ると言い残して行方知れずになったようで……私らに声をかけるよう依頼があったんです」


「理由はわかりました。その方なら知っています」


「おお! 今どちらに?」


「今は、いません」


「今は、というと?」


 父さんが聞く。


「村に来たあの方には、私から仕事を依頼しました。現在は別の村に行ってもらっています」


「はあ……そういうことだったのですね。しかし困りましたな。依頼を受けた以上、手ぶらで帰るわけにはいかないのですが……」


「ラストンさんはもう間もなくこの村に戻る予定です。よろしければこちらに滞在し、待ってみてははいかがでしょうか?」


「というと? どれくらいの日数が?」


「予定通りであれば、数日もすればここに戻る予定です。それに、あなた方はわが家の一人娘、リネを助けていただいた恩があります。普通はこのようなことはしないのですが、あなた方がよろしければ、わが屋敷でご滞在ください。客間もありますので」


「は! いえ! 非常にありがたいお言葉ですが、われわれのようなものが、お屋敷に伺ってもよろしいのでしょうか?」


 ぼくも隣で驚いていた。


 これまでいろんな貴族と会ってきたけれど、商談するにしても屋敷内の決まった部屋にしか通されたことがなかった。客のような扱いをされるなんて、思ってもみなかったことだ。


「無理にとは申しません。あくまで私の感謝から来た提案ですので」


「いえ! ありがとうございます! そのご厚意を受けさせていただきます。うちの息子、クロンもおりますので、二人でお邪魔することになりますがご了承いただければ」


「当然です。部屋は手配します。まもなく日が暮れるでしょう。こちらへ」


 そう言って領主は背を向けて歩いて行った。


 ぼくは馬車を降り、手綱を引く父とともに、ミレーゼ様の後をついていった。


 何年も旅を続けているけれど、こんなことは初めてのことだった。


◆    ◆    ◆    ◆


 連れていかれたのは、集落の奥の巨大な屋敷だった。


「おお、これは……」


 それまで黙っていた父さんが言う。


 ぼくはその驚きの意味が分かる。


 領主の屋敷が想像よりもずっと大きかったからだ。


 貴族の屋敷は、集落が大きければ大きいほど豪華だ。つまり王都から近い町やダンジョンのある要所、港町のような商業が活発な町ほど屋敷が大きくなるわけだ。


 しかしこの集落は違う。地図にも載っていないような、あるのかどうかわからないくらいの小さな村だ。


 屋敷が大きいことに驚くのは当然のことだった。


 建物の大きさばかりではない。屋敷に至る道には白い石が敷き詰められていて、見事なまでに整えられている。こんなことは王都近くの町でも考えられないことだ。


 建築にお金をかけることができても、土地そのものを整えるにはそれ相応の格が必要だからだ。


 それにしても、とぼくは首を傾げる。


 森を背にしているということもあるのだろうけど、その屋敷はずいぶんと暗く、空気がどこか沈んでいるように感じた。


 違和感は外にもある。


 村にあまり活気がなかった。村の外には人は見当たらず、ひっそりと静まり返っている。


 まるでだれも住んでいないかのようだ。


 もちろんそんなことはない。家の中から生活音のような音はかすかに聞こえている。でもそれが逆に不気味だった。


 整然と並べられた石畳みに、馬車の進む車輪と馬の蹄の音だけが響いていた。


 屋敷の階段を登り、ミレーゼ様が扉の前に立ち止まる。


「ヴィル!!」


 声を張り上げると痩せた小柄な男が重々しい扉を開く。


「おかえりなさいませ」


 そして深々と頭を下げた。


「馬車を」


「かしこまりました」


「手綱をこちらに」


 いつの間に近づいたのだろうか、父さんの隣に先程女の子を運んで行った男たちが立っていた。


「は! いやどうも……」


「こちらにいらして」


 ぼくと父さんは最低限の荷物を馬車から降ろしてミレーゼ様の後に続く。屋敷の扉に続く石造りの階段は驚くほどきれいに磨かれていた。


 後ろを振り返ると、馬はすでに敷地内のどこかに連れていかれていた。


 建物の中は薄暗く、照明で何とか見渡せるほどだった。外はそれほど寒くないはずなのに、屋敷の中はどこかひんやりとしていた。


 ぼくたちはミレーゼ様の後ろについて歩いた。


 正面の大きく広い階段を登り、二階へと向かう。その間にも、先へ行くミレーゼ様と、そのあと一歩後ろを歩くヴィルさんは、寸分狂いなく同じ距離感で、同じ速度で進んでいた。


 ぼくと父さんは、なるべくその速度に合わせるように注意しながら、時々周りを見回してみた。


 屋敷の中は、外から見る印象は変わらなかった。ぴったりと隙間なく目られた石壁、上からつるされた照明、階段の手すりに使われている滑らかな木の表面など、見るからに高価な調度品で構成されていた。


 それは、あまり貴族の屋敷に詳しくないぼくたちでさえ、息をのむものだった。


◆    ◆    ◆    ◆


 案内された部屋は、とても豪華なものだった。多くの語彙を持たないぼくはただそう思うことしかできない。


 薄暗くはあるけれど、備え付けの家具は意匠が凝らされており、見るからに高価なものだった。


「食事の用意ができましたらお呼びいたしますので、しばしこちらでお待ちください」


 茫然としていた父さんははっとして、


「あの……本当に私どもがここの部屋を使わせていただいてよろしいんでしょうか?」


「何か問題でも?」


「いえ! 滅相もございません! ただ、私どものようなただの商売人に使わせるには勿体ないお部屋ではないかと」


 するとミレーゼ様は初めて口の端を吊り上げた。


 わかりにくいが、笑っているのだろうと思った。


「先ほどご説明した通り、娘を助けていただいた方に粗末な部屋をあてがうわけにはまいりません。遠慮なくご利用ください。普段は使われていない客間ですが、家のものに掃除はさせておりますので」


「はあ……勿体なきお言葉。感謝しいたします」


 父さんが深々と頭を下げるので、ぼくも慌てて頭を下げた。


 ミレーゼ様が出て行っても、父さんは落ち着かなげにそわそわしていた。


「いや、クロン、しかしこれはどうしたもんかな」


「好意で部屋を使わせてくれるんだから、受け取っておいた方が良いんじゃないかな。これで断っても印象が悪いし」


 ぼくは思ったことを口にした。


 すると父も安心したようで、


「そ、そうだな! おれらは別に悪いことをしたわけではないのだし、もっと堂々としていいというわけだな!」


「うん。それでいいと思う」


 すると父はようやく落ち着きを取り戻した。


「しかしなんだな。おれは初めてのことで、どうしたらいいかわからないんだよ。とりあえずここで待っていればラストンさんは戻ってくるそうだが、それがいつになるかもわからんしな」


 とはいえ、不安そうなのは変わらなかった。


「何日かして戻ってこなかったら、お暇しますでいいと思う。向こうだってぼくたちの仕事の邪魔をしたいとは思っていないだろうし」


「そうだな! いやしかし、クロンがいてくれてよかった。お前の落ち着き方にはいつも感心させられる。これも教会の教えのたまものだな」


 ぼくは褒められて悪い気はしなかった。


 確かに自分でも、歳にしては落ち着いていると思っている。でもそれは、教会で学んだおかげというより、聖書を読み、培ってきた物の考え方によるものだと思っていた。


「まあ、ゆっくりしてたらいいと思うな。テガートさんから多めにお金はもらっているわけだし、ラストンさんが町に行けそうになくても、何をしているのかわかればいいわけだからね」


「うむ。では、あのお方の言葉に甘えるとするか」


 そう言って父さんは、運び込んだ荷物を開き始めた。移動の間にできなかった金の計算や仕入れたものの品定めをやるつもりのようだ。


 確かに、不安な時にはそういう、いつもやっていることに集中するに限る。


 ぼくも父さんに倣って聖書を読むことにした。ズボンが砂ぼこりで汚れていないことを確かめてから、用心深く椅子に座り、本を読み始めた。

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