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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第七話 凍結
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かつての仲間が集う時

 村での生活が始まって、一年がたったころ、ドランザとレナーリアが村へとやってきた。


「よお、久しぶりだな」


 サリスは農作業を終えて、泥のついた服で野菜を運んでいるところだった。


「あら、サリスちゃん。見違えたわ」


「レナーリアさん!」


 サリスが駆け寄ると、レナーリアは嬉しそうに笑う。


「俺は!?」


「ドランザさんもお久しぶりです」


 サリスはにこりと笑って見せる。


「どうやら変わったのは見た目だけのようだな……」


 サリスは旅の中で、ドランザに対するレナーリアの態度が染みついていた。


「これはまたえらく村での生活になじんだものね」


 レナーリアが優しげに言う。それは母や姉のそれであった。


「はい、村の人たちも優しくて、お手伝いをしているんです」


「それはよいことね。体の線が細かった時と比べると見違えたわ」


「ところでロルクスはどうしてる? あいつも村になじんでいるか?」


 ドランザが言うと、サリスは一瞬顔を曇らせ、そしてまた笑顔を作って見せた。


「今体調は崩していますが、村の方々とは仲良くやらせてもらっていますよ」


「え!? そうなの!? ここにはちゃんとした聖職者はいるの? 言ってよ! 私が診てあげましょうか?」


「あいつが病気なんて想像できねえよ。旅の中じゃ、あいつが傷ついたこともみたことねえぜ。目を覚まさなかった時のはさすがに心配したけどよ」


「いえ、病気というわけでは……それに、聖職者は必要ないって……」


「なにそれ!? ロルクスは本当にそんなことを言ってんの!? サリス、今すぐにあいつのところまで連れて行ってよ。どんな状態か見てあげるから」


 レナーリアは怒りを露わにする。それは聖職者を否定するような発言でもあり、仕方のないことでもあった。


「まあ落ち着けよ。あいつにも理由があるんだろうぜ」


「あんたは黙ってて!!」


「わかりました。こちらです」


 サリスの表情は硬く、悲壮感に満ちていた。


◆    ◆    ◆    ◆


 小屋の扉を開け、サリスは、


「ロルクス、ドランザさんとレナーリアさんが来てくれたよ」


 と呼びかける。その声はどこか沈んでいた。


「ロルクス! どこに居るの!?」


 レナーリアが怒りを含んだ大声で小屋の中に踏み入った。


「おーい、レナーリアは怒らせないほうがいいぜえ」


 ドランザが続く。


「レナーリアさん!」


 サリスが彼女を呼びかける。


「ごめんね。サリスちゃん。でも私はロルクスが心配なのよ」


「ああ、レナーリアか」


 扉の奥から声が聞こえ、レナーリアは勢いよく部屋の扉を開く。


「ロルクス……?」


 そこにいたのは、頬がこけ、やつれはてたロルクスの姿だった。


 レナーリアは口を押えて、小さな叫びをあげ、彼の寝ているベッドに駆け寄った。


「どうして?」


「ロルクス!? おい! なんだその様は!? 飯は食ってんのかよ!?」


 ピントのずれたドランザの言葉は、サリスにとってありがたかった。


「どうして二人とも、そんな驚いた顔をして、久しぶりだなあ。みんなと旅をしたことがまるで、はるか昔のようだよ」


 レナーリアは体を震わせながらサリスを見る。


「サリス!! どうしてこんな風になるまで放っておいたの!? こんなの体調が悪いどころの騒ぎじゃないでしょうよ!」


「それは……」


 サリスは苦しげに言葉を紡ごうとしている。


「レナーリア、サリスを責めないでくれ。聖職者を呼ぶなといったのはぼくなんだ」


 レナーリアはロルクスのほうを向き、


「私が治癒の御業を使ってあげる。それで少しは……」


「レナーリアやめてくれ……君の力でぼくの体は癒せないんだ」


 言って、ロルクスはせき込んだ。


 呆然とするレナーリアは脱力していた。


「おいおいロルクス。どうしちまったんだよ。体が悪いんだったらレナーリアに診てもらったらいいじゃねえか。何意地を張ってんだよ……こんなの、ロルクスじゃねえよ。元に戻ってくれよ……」


「ドランザさん!!」


 サリスが止めようとしたが遅かった。ドランザは、ロルクスの前で絶対に言ってはならないことを言ってしまったのだ。


「ロルクスじゃない……? じゃあぼくは誰なんだ?」


「ロルクス! 違うの! ドランザさんはそんなつもりで言ったわけじゃ……!!」


「君たちにはわからない。わかるはずがない! ぼくは魔王との戦いで世界の真実を知った。それが本当か嘘なのか、ぼくにはわからない。けれど、ぼくは魔王の言葉を信じようとしてしまっている。すべては嘘だ。作りものなんだ! この作り物の世界で、作り物として生み出されたぼくは、一体誰なんだ、君が知っているのなら教えてくれよ!!」


「ロルクス、私たちと一緒に行きましょう? ガルブレイスに戻れば、私だけじゃなくて、ほかの聖職者だって……」


「そうだぜ、ロルクス、今じゃ町はさらに広がってて、物流も少しずつ戻ってるし、料理人も増えた。飯も随分うまくなってんだぜ。お前もあれを食えばきっと元気に……」


「出て行ってくれ!」


「ロルクス!!」


 サリスが叫ぶ。


「出て行ってくれ!! 君たちにぼくの気持ちなんてわからないんだ。自分の生を掴み、自分のために、人のために生きている。それがどんなに素晴らしいことか! ぼくには生きる実感がない。そしてこれが永久に手に入れられないことも知っている!」


「ロルクス……」


 レナーリアはひどく悲しそうな顔をしていた。


「レナーリア、行こうぜ。少なくとも今は、話せる状態じゃないらしい」


 二人が部屋を出ていき、サリスが後に続いた。


「ごめんなさい! ロルクスだって本心は思っていないんです、ただ、今は……」


 家の外に出て、レナーリアはまだショックから抜けきれないというように呆然としていた。


「でもよおサリス、あの状態を放っておくってのはやっぱりよくねえぜ。すぐ死ぬって程でもなさそうだけどよ」


「食事に関しては安心してください。私が作ったものであれば食べてくれるんです。今はやつれてますけど、ここで休んでたら、いつか……」


 サリスはうつむく。言っていて、それが本当に実現することなのかどうか自信が持てなくなっていた。ただ、この生活を投げ出すことだけは、彼女にはできなかった。


「サリス、あなたこのままでいいと思ってるの?」


 レナーリアが聞く。その言葉には優しさが含まれており、サリスのことを心から心配していることが伺われた。


「思ってはいないです。でも、こうすることしかできない」


 サリスとレナーリアが目を合わせる。サリスの眼には覚悟の色が浮かんでいた。


 レナーリアは大きくため息をつく。


「わかったわ。今日のところは帰る」


「おい、いいのかよ!?」


「サリスが大丈夫って言ってるのなら大丈夫なのよ。そこにあたしたちが手を出すべきじゃない」


「でもよお……」


 ドランザは納得していないようだった。


「サリス」


「はい」


「もう本当にダメになりそうになったら、私たちに助けを求めてよね。男と女ってのはさ、立ち入っちゃいけないところがあるから今は引くけど、助けを求めることも重要よ」


「わかりました。ありがとうございます」


 そして二人は村を発った。


 ドランザは最後まで文句を言っていたが、レナーリアは無理やり彼を連れて行った。


 結果的に、四人は二度と集まることはなかった。


◆    ◆    ◆    ◆


 レナーリアとドランザが行ってしまうと、ロルクスはますます荒れるようになった。


 サリスから食事を受け取り、


「ありがとう、すまないね」


 といったかと思うと、


「どうしてぼくのことを誰もわかってくれないんだ!!」


 と、まだ食事が残ったままの器を投げ捨てる。


 自分のやったことに気づき、


「ぼくはなんてことをしてしまったんだ。サリス、すまない……」


 と涙を浮かべる。


 このような不安定さは、これまでにもあったことだ。


 しかし頻度が増え、サリスにも次第に疲労の色が見えるようになっていた。苦しいなどと弱音を吐かず、誰にも助けは求めなかった。それは彼女の意地のようなものであったかもしれない。


 サリスは自分のやったことで絶望し、涙を流し続けるロルクスの頭を抱いていると、このままでいいのだろうかと思う。彼のために身を捧げることを決め、彼には自分が居なければならないと考えて、生きてきた。


 苦ではない。


 農家で働くことも、食事を作ることも、掃除をすることも、嫌なことは何もない。なぜならすべてロルクスのためなのだ。


 だが、時々怖くなる。


 ロルクスの苦しみが、この先ずっと続いたらどうしよう。


 さらにもう一つ、ロルクスが苦しみから解放されたとき、それでも私は彼に必要とされるのだろうか……


 それって、ロルクスが、このままでいることを望んでいるってこと?


 サリスは首を振った。


 ロルクスが苦しみから解放されることを望んでいることは確かだ。それは間違いない。でも、その方法がわからない。


 私だって、聖職者の力のことは知っている。加護の力は人を守り、癒すものではあるけれど、心を安定させるものではない。


 じゃあ、どうしたら……


 とても嫌な予感がして、考えるのをやめる。


 自分が今恐ろしいことを考えていたことにおびえ、何も手がつかなくなる。


 そのような日が、何日も何日も何日も何日も何日も何日も続いていた。

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