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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第七話 凍結
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二人の旅路

 ロルクス一行が街での歓待を受けた後、彼らはそれぞれの人生を歩むこととなった。


「ねえ、あなたたちはこれからどうするの?」


 レナーリアが聞く。


「って言ってもなあ。まともに残っている町なんて、ここくらいしかないし、しばらくはここで暮らそうと思ってる」


 ドランザが言う。


「まあ、立派だこと。ここにいたら、おなかをすかすこともないからね」


「俺が飯のためにここに残るって? なんてひどい言い草だ もちろんそれもあるがな」


「ほら、やっぱり」


「魔王が倒されたとはいえ、魔物はまだまだ残っているからな。俺がここにいたら何とかなるだろう」


「私もそう思う」


「お前は?」


「私はね。ここに教会を作りたいと思ってる。魔王によって人はどう生きるかを見失っている。だから、神の教えってのが必要だと思うのよね」


「へえ、いいじゃねえか」


「あなたたち二人はどうするの?」


 レナーリアがサリスとロルクスに話を振る。


「私は……」


 サリスは自分の希望などなかった。一度ベラーナのもとに帰りたいとは思っていたが、そのあとのことは全く考えていなかった。


「ぼくは、旅に出ようと思うよ。出来るだけすぐにね。ドランザの言うように、世の中にはまだ魔物に困っている人たちはいる。魔王の力で増えることはもうないだろうけれどしばらくは生き残りがいろんなところにいあるはずだ」


 ロルクスが答える。


「なんだよ。ここで俺たちと暮らせば楽なのによ。でも、そういう理由だったら引き止められねえな」


 ドランザは腕を組んで頷いている。


「ロルクス……あなたはまたそうやって、自分を犠牲にしようとしている。魔王を倒したばかりだし、少しゆっくりしてもいいんじゃない?」


「治癒のことだったら心配ない。それはわかってるだろう?」


「でも……」


 なおも言いつのろうとするレナーリアにロルクスは、


「ぼくはね。いろいろと考えたいことがあるんだ。旅の中で、それを見つけることができたらと思う」


 と答えた。それ以上の質問を拒む無言の圧力があった。


「じゃ、じゃあ、私はロルクスについていこうかな。その……ロルクスが良いって言うならだけど……」


 勇気を出して口に出す。


 もしも彼に拒まれてしまったらどうしようかと、サリスは気が気ではなかった。


「うん。いいよ。一緒に行こう。一人より二人の方が絶対に楽しいからね」


 ロルクスが朗らかに答え、サリスは笑顔になる。


「サリス……」


 声をかけようとしたレナーリアの言葉は喉の奥で押し潰されて二人に届くことはなかった。彼女は後にそれを後悔するが、この時点ではまだ、ロルクスは圧倒的なまでの力で魔王を倒した英雄であり、心配をする必要などあるはずがなかった。


◆    ◆    ◆    ◆


 その旅は、およそ一年かけて行われた。


 ガルブレイスで馬を二頭もらい受け、ゆっくりとした速度で出発した。


 移動中の彼らの言葉は少ない。


 ロルクスは時折、旅の仲間との思い出を振り返る。


 サリスは彼の言葉に耳を傾け、そして、続きを促す。


 それは穏やかで、安らぎのある時間であった。


 魔王とともに知性を持つ魔物は消え、人々が自らの力で魔物の支配から逃れ、力を併せて生活を成り立たせていた。二人はかつてと同じように集落に結界を張り、そして、再建を手伝った。


 魔王の影響は消えたとはいえ、道中に存在する魔物は消えていない。


 力を大きく失ったとしても、ゴブリンのような魔物が物量で押し寄せると面倒だ。


 だがそれはある意味で、張り合いのある生活だとも言えた。


 暗くなると野宿をした。再建が行われている町にたどり着くと、食料品などを譲ってもらった。人々はロルクスたちを温かく迎えた。


 彼らは南下し、サリスの生まれ故郷にたどり着いた。そこは、彼女がいた時とは様相が大きく変わっていた。魔物に怯え、疲弊していた村人たちは警戒心が強く、ロルクスとサリスにさえ、強硬な態度をとった。


「すまない。よそ者は入れないことになっているんだ」


「どういうことですか?」


 サリスは聞く。


 その男は、サリスと同い年くらいの青年だったが、彼女のことを知らないようだった。


 無理もない。彼女はベラーナに魔法の才能を見出されてからは、ずっと研究室に籠っていたからだ。


「魔物を操ってたっていう魔王とやらが消えたって話は聞いているだろう? まあ俺たちはその情報しか知らないけどな。魔物が来なくなったことは良いんだが、村の外に出歩けるようになったことで、今度は人間が暴れるようになったのさ」


「盗賊が来たってことかい?」


 ロルクスが尋ねた。


「ひどいもんさ。あいつらは徒党を組んでその辺の町を荒らしまわってる。魔物の次は人間に襲われるなんて、やってらんねえよな」


 青年が険しい表情で言う。おそらくこの村も、盗賊たちに襲われたということだろう。


「あの……おばあちゃん、ベラーナさんは?」


 それでも、サリスは聞かなければならないことがあった。


「ああ、ばあちゃんのことを知っているのかい? あの人は顔が広かったからな。残念だが少し前に亡くなったよ。そうか……ばあちゃんの知り合いか。だったらこの村に入れてやりたいが、おれが判断することじゃない。今は賊に襲われてそれどころじゃないんだ」


「そうですか……」


 サリスは肩を落とす。ベラーナの不在により、彼女の目的の大部分はなくなってしまった。


「ロルクス、行きましょう」


「良いのかい?」


「ええ、彼を困らせてしまいますので」


 そして、二人は踵を返して歩き始めた。サリスは故郷に戻れなかったことよりも、ベラーナに会えなかったことの方が辛かった。


◆    ◆    ◆    ◆


「どうしたの?」


「うん? いや、最近よく眠れなくてさ」


 ロルクスが不調を訴えたのは、それからすぐのことだった。


 集落の平和が保たれていることを知り、二人は焦る必要がないことを知った。


 魔物は依然として村を襲うことがあるが、組織的なものではなく、食料を求めて畑を荒らす程度のものであった。


 彼らの目的が消えた。


 ロルクスの危惧していた状況がついに彼ら二人の目の前に現れたのだ。


 確かに、魔物の脅威が収まったといえど、人々の争いは消えない。さらなる豊かさを求めて共同体同士の小競り合いや盗賊の類が暴れまわり始めていた。


 だが……


「果たしてそれは、ぼくたちの仕事なんだろうか? ぼくは魔物と戦うために力を得た。もしもそれを人に使うようなことになれば、きっとよくないことが起こる」


 ロルクスの体調がさらに悪化したのはこのようなことを言うようになってからだ。


 彼は夜ごと叫び声をあげ、苦しみのなかで首のあたりを掻きむしった。


 サリスは、それが起こるとロルクスの傍らに寄り添い、彼の発作が治まるまで体をさすり続けた。


 彼女はガルブレイスに戻るべきだと考え、ロルクスに提案した。


 だが、彼は首を縦に振らなかった。


「あの町に戻れば、きっと争いごとに巻き込まれる。この大陸で、あの町が最も力を持っている。となれば、次はどうするか。別の村や町を襲いだすに違いない」


「そんなことあるわけない。だって、あそこにはレナーリアさんも、ドランザさんもいる」


「それがまずい。彼らが動かなくても、別の共同体が動く。魔王が潰した国々が新たに立ち上がり、自分たちの権利を主張しはじめる。そこで、争いごとが起きる」


「争いごとが起きたって、二人の力なら止められるはずじゃない」


「力だけじゃ争いは止められない。最終的に人を動かすのは身の安全と、自分たちの利益だ。一度、大きな争いになれば、彼らの正しい言葉は人々の耳に届くことはないだろう。本気で止めるのであれば対立する人間を殺し、自分が町を統治するしかない。けれど、そんなことドランザにはできない。レナーリアだって同じことだ」


「でも……」


「ぼくはね。もう隠居したいと思っているよ。どこか遠くの村でさ。誰も争うことのない、平和なところで暮らしたい。魔王を倒すっていう、ぼくの役割は終わったからね」


「そうね……」


 サリスはロルクスの言葉に賛同した。


 そうすることしかできなかった。


◆    ◆    ◆    ◆


 数か月後サリスは森に囲まれた小さな村で農業にいそしんでいた。


 魔法使いのローブを脱ぎ捨て、腕まくりをし、畑で野菜の種を植えていた。


「サリスちゃん、今日はもう終わりにしようかね」


 傍らで作業していた女性が言った。


 見た目はサリスの母親くらいの年齢と言ったところだろうか。首から下げた布で顔を拭き、彼女に笑いかける。


「あ、はい」


「しかしよく働いてくれてるね。うまいよ」


「私、漁村生まれで、親の手伝いとかやっていたんですよ」


「へえ、そうかい。でも農業とは違うだろう」


「なので、覚えるのは大変でしたけど、慣れたら平気です」


「ありがとうねえ」


 と言って、サリスの両手に野菜を持たせ、


「持って帰んな」


「ありがとうございます!」


「あんたんとこの人は……いや、聞かないほうがいいかね」


「いえ、そんなことはありません。ただ、今は体調を崩しているんです。無理をしすぎたんでしょうね」


「そりゃあ、魔物と戦うなんてことをしてたら、そうなるよねえ。何かあったら言いなよ」


「ありがとうございます」


 サリスは大きな荷物を持って、自分の住んでいる小屋へと向かう。


 もう長らく魔法は使っていない。しかしそれでも良いと、彼女は思っていた。


 しばらく歩いて、森の中に入ると、さらに奥へと進む。


 そして、小道を進むと小屋が見えてくる。


 彼女は小屋に入り荷物を置いた。


「ただいま」


 彼女はそのまま奥の部屋に進む。


「サリス、お帰り」


 そこには顔色が悪く、ひどくやせこけたロルクスがいた。


「起きても平気なの?」


「うん、今日は調子がいいみたいだ」


「よかった。今日は野菜たくさんもらってきたから、おいしいものを作ってあげる」


「ありがとう」


 礼を言うロルクスは無理に笑顔を作ろうとして、口角を上げた。だがそれは、余計に彼の疲弊を表すものでしかなかった。

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