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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第七話 凍結
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魔王城の領域へ

 神樹の力を手に入れ、ロルクス一行は北上を早めた。


 魔王軍の拠点はいまだ大陸内に複数存在していたが、根源となる王を倒せばすべてが終わることをロルクスは知っていた。そして、神樹の力を手に入れた今、それが達成できることを確信した。


 彼らは魔王城から近く、そして、かろうじて全滅を免れていた集落に一時滞在し、力を蓄えた。


 戦闘は、最後に滞在した集落を出てから二日後に開始された。


 魔王城の領域に立ち入った彼らは、あまりに濃密な魔素により息を詰まらせた。レナーリアの加護があるにもかかわらず、焦燥感が常に彼らを襲い、体もどこか重く感じられた。


「早速お出迎えのようだ」


 ロルクスが険しい表情でつぶやく。


 彼らの前方にはおびただしい数の魔物たちが待ち構えていた。これまで彼らが倒してきた上位魔族。通常の魔物の体系ではとらえきれない異形の魔物たち。魔王が直接力を与えることで生み出された変異種であった。禍々しい姿をした軍勢が、そこにあった。


「ありゃあ西の砦で倒したガーゴイルじゃねえか。一匹でも面倒なのに数十体がお出迎えとはね。めんどくせえ」


 ドランザが構える。


「これは最初から全力で行ったほうがよさそうね」


 レナーリアが祈りを開始する。


「サリス、準備はいいかい?」


 ロルクスが正面を見据えたまま剣を構え、サリスに呼びかける。


「うん。まずは氷で分断する。ロルクスとドランザは魔物の数が一定数になるまで目の前の相手に集中して」


「おうよ!」


 ドランザが答えた。


「頼んだよ」


 落ち着いたロルクスの声を聴く。サリスはこの過酷な戦いの中で何度も彼の言葉に救われていた。彼が、彼がいたからこそ、これまでの戦いを乗り切ってこられたのだ。


「レナーリア!」


 ドランザが叫ぶ。


「焦らせないでって言ってるでしょう!」


 レナーリアの祈りにより、仲間一人ひとりの身体能力の向上、精神の安定化を図る加護が施される。


 さらにもう一つ。彼女には役割があった。レナーリアの周囲を淡い光のオーラが包む。正面に向かって広げられた彼女の両手からドランザに向かって伸びていく。それは、レナーリアが発現させた加護の力をドランザに注ぎ込むものであった。


 己の肉体だけを武器にしているドランザが、膨大な魔力を持つ上位魔族と渡り合うことのできる理由が、ここにあった。類まれなる身体能力を持つドランザと、加護により得られる力のコントロールに絶大な自信を持つレナーリアだからこそできる芸当であった。


 戦闘が開始される。


 やることはいつも変わらない。


「凍てつく氷塊よ! 地より出でて貫け!」


 サリスが氷魔法を発動する。


 地面から氷が生え、魔物を分断、運の悪い魔物は串刺しにされ、隊列が崩れたところをロルクスとドランザが突撃し、各個撃破を図る。サリスはドランザに力を供給するレナーリアを守ることのほかに、氷魔法により分断された隔離された魔物の集団に、魔物に応じた攻撃魔法を叩き込む。


 強化を受けたドランザは鬼人のような働きで魔物をなぎ倒す。


 彼の拳は襲い掛かる魔獣を打ち抜き、一撃で消滅させる。空中飛ぶ魔物が居れば、地面を蹴って飛び上がり、拳か蹴りを叩き込む。上空の鳥竜種ワイバーンを屠り、同じく翼をもつ魔物、グリフォンに飛びかかり、空中に居ながらにして十数体の魔物を倒すことさえあった。


 とはいえ、ドランザの攻撃範囲では、どうしても、防ぐことのできない攻撃がある。ワイバーンの口から吐き出される火炎や戦士型オークの弓矢など遠距離からの圧力には引けを取ってしまう。レナーリアの加護で一定の攻撃を防ぐことは可能だが、それでも無傷ではいられない。


 そこでサリスの魔法である。


 鳥竜種の火炎を氷の盾で無効化、あるいは複数の防壁で止め、遠くからの狙撃には炎の矢や雷撃を打ち込む。


 このようにしてドランザの戦いをサリスとレナーリアの二人で援護することが、彼らの基本戦術であり、戦闘では大きな成果を上げていた。しかしここは魔王軍の中枢である。これまで幾多の戦場で魔物を打倒し、蓄積した経験をもってしても苦戦を強いられていた。


 一方、ロルクスはどうしているのだろうか。


 彼はドランザとは違い、魔法使いや聖職者からの援護は必要としない。それはこれまでの戦い全てでそうであった。


 ロルクスは他者から強化を必要としない。


 なぜなら自らの力そのものが強化の性質を持っているからだ。


 ロルクスは回復を必要としない。


 なぜなら彼は生まれながらにして治癒の力が備わっているからだ。


 ロルクスは魔法防壁を必要としない。


 なぜなら神の加護がすでに彼の身を包んでいるからだ。


 ロルクスは広範囲魔法による援護を必要としない。


 なぜなら彼の剣は広範囲魔法に匹敵する威力を持っているからだ。


 ロルクスが剣を握るということは、すなわち周囲の魔を滅することと同義であった。


 ロルクスは仲間と足並みをそろえ、突出することはない。そのため、はたから見れば、彼は必至で前線を維持しているように見える。


 しかし違うのだ。


 ロルクスは仲間と協力して魔物を倒す。それは彼が自らに課した制約であり、自ら破ることは絶対にしなかった。サリスが仲間を傷つけまいとして極大魔法の使用を制限しているように、ロルクスもまた自らの力を抑えていたのだ。


 しかし、今回ばかりは数が多い。仲間のことを気にしている場合ではなかった。


 ロルクスの剣が光り輝き、その剣でもって、横薙ぎにする。これだけで、数十体の上位魔族が消し飛んだ。


 さらに、彼の拳に紋章が浮かび上がる。


 選ばれし者のみがその身に宿す紋章だった。


 それは自信の身体能力を向上させ、さらにもう一つの術式を展開する。


 ロルクスに向かって収束した魔素が上空に伸び、巨大な一つの塊を形成する。


 魔素は変化し光の玉となり、そこから地面に向かって砲撃が開始される。


 その場にいる魔物を対象とした無差別広範囲攻撃だった。


 光の粒子を浴びた魔物は即座に消滅し、魔王軍の大半が一瞬で戦場から消えた。


 その威力はサリスの極大魔法ですらなしえない埒外な威力であった。


 わずかな残存兵力を残し、魔王軍はほぼ壊滅した。残党が彼らめがけて突撃してくるが、もはや統率など取れていない。


 ロルクスはゆっくりと城に向かって歩く。


「ドランザ! 後は頼んだ!」


「おう! こいつら潰したらすぐに追いつくぜ!」


「私も行く!」


 サリスは迷った末、ロルクスの後を追いかけた。


◆    ◆    ◆    ◆


 ロルクスは城の中を一人で進む。


 魔物はすべて出払ってしまったのか、静まり返った空間に、ロルクスの足跡と、彼を追うサリスの慌ただしい足音だけが響いていた。


 ズン


 地響きとともに巨大な魔物が現れる。


「われは魔王軍最高戦力とうたわれるゴルトラン。ここで貴様の息の根を止めてやろう」


「すまない。邪魔しないでもらえるか?」


 ロルクスは平然としていい、剣を抜き、それを横に振った


「ぐああ!?」


 ゴルトランの体が両断され、彼の存在そのものが消えた。


「ロルクス!!」


 サリスが辿り着いた時には、塵と化す魔物を背景に立つロルクスがこちらに顔を向けていた。その顔はひどく疲弊していた。


「どうしたの? ロルクス? 治癒が必要だったら、一度レナーリアのところに戻ったほうが……」


「いや、体のほうは問題ないんだ。それよりも“声”のほうを何とかしないと」


「声?」


 サリスの返答には答えず、ロルクスは先へと進む。明らかに様子のおかしい彼を見て、サリスは不安に襲われた。


 長い廊下を歩き、突き当りを曲がり、そして曲がる。寄り道などしなかった。


 複雑で入り組んでいる魔王城を、ロルクスはまるで魔王がいる場所がわかっているかのように突き進む。


 ロルクスは走っているわけでもなく、歩いているというわけでもない絶妙な速度で進み、サリスは彼に追いつくのに苦労した。


 魔王城はあらゆるものが巨大で威厳あるものとして作られていた。果てしなく続くと思われる階段を上り、人の背丈の何倍も大きな扉を開けるとそこには、魔王の玉座があった。


 魔王もまた城に相応しい巨体を持っていた。


 ロルクスは挑みかかるように、その玉座に向かって進む。だが、魔王は余裕の表情を崩さなかった。


「よく来たな、勇者よ」


「お前か? ぼくに語りかけていたのは」


「ああそうだ。お前が来るのを待ちきれなくてな」


「あれはどういう意味だ」


「ん? 言葉通りの意味だ。我々は作られた存在であり、ほかに何の価値もないということだ。お前も感づいていたのだろう?」


「何の話だ」


「わからないふりをするのはよせ。お前は常に自身の存在に違和を感じていた。何をするにも、何者かに操られているのではないかという疑惑に付きまとわれている」


「ぼくは……」


 ロルクスが何か言おうとしたとき、


「ダメ! ロルクス! そんな奴の言葉を真に受けちゃ」


 サリスの体を闇がとらえる。それはもがけばもがくほど彼女の自由を奪った。叫んでいるつもりだが、ロルクスには届かなかった。


「私もそうだ」


 サリスの言葉を無視して、魔王は続けた。


「お前も?」


「そうだ。魔王という存在は実に不思議だ。魔物は魔素をよりどころにして生まれ、一定の法則性を持った生態系を構築する。だが、魔王はどうだ? 魔王はある時突然、無から生み出されるものだ。そして、魔王として生まれたからには、やることは初めから決まっている。魔物たちに力を与え、人の世を侵略する。私の生きる理由はそれだけだ。しかし、一体何のために魔物たちに力を与え、人間を支配するのだ? 私は人を支配したいとも思ったことがないのに。しかし、その疑問に答えられるものは誰も居ない。勇者、お前も私と同じはずだ。自らの生に疑問を持ち、答えを探している」


「ああ、確かにぼくも疑問に思っていたよ。勇者に選ばれた人間はまるで導かれるようにして魔王に挑むことになる。しかしこんなことは、ぼくの思い込みだと思っていた。魔王、いったいお前は何を知っているんだ」


「私はあるものから、世界の真実を聞かされた。それは他愛もない下らぬことで、信じるに値しないものとはじめは考えていた。しかし、我々の生の在り方を解明する上では、なるほど、納得のいくものであった」


「その真実ってのはなんだ?」


 すると魔王は笑い出した。


「まあまあ、その前にこの戦いを終わらそうではないか。魔王と勇者は戦うものと決まっているだろう?」


「死んだら話すこともできない」


「やりようなどいくらでもあるさ。それに、私が負けると決まっているわけでもなかろう」


「決まっているさ」


「そうかな」


 口と体を封じられたサリスの前で、壮絶な戦いが始まった。


 ロルクスの光の剣が魔王の体を切り裂いたかと思えば、漆黒の体から闇があふれ、生き物のように動き始める。それは魔王が生み出す意思のない闇の軍勢であった。濁流のような闇の塊の群れに、ただ一人突っ込んでいく勇者は、どこか悲惨であり、サリスは届かないと知りながらも叫び続けていた。


 勇者が相手を切りつければ切りつけるほど、彼の内側にある魔素が高まっている。身動きが取れないサリスは、改めてロルクスが持つ力の流れを知った。


 それは異常なものであった。


 通常人間は、自身と周囲に満ちた魔素をつなぐことで力を得る。それはサリスも、レナーリアも変わらない。ドランザもまた、レナーリアの力を介して魔素とつながり、常人を超えた力を得ている。


 だが、ロルクスは違った。


 彼は周囲の魔素などを利用しない。


 彼自身が根源となって体から魔素を発していたのだ。


 信じられないことに、魔王もまた、ロルクスと同じ構造を持っていた。互いに体の中心たる心臓のあたりに核があり、そこから無限に魔素が生み出されているのだ。


 二つの魔素の塊の壮絶な激闘が終わろうとしていた。


 魔王からあふれる力を超えた魔素がロルクスから放出される。


 光りがロルクスの全身を覆い、輝きが剣へと宿る。


 そしてついに、彼の剣が魔王を両断した。


「やはり結末は決まっていたか……約束通り、お前に私の知るすべてのことを教えよう……」


 塵と消えゆく魔王は、その言葉を残し、完全にこの世から消滅した。


 ロルクスは全精力を使い果たしたように倒れた。


「ロルクス!!」


 サリスが束縛から解放され、ロルクスのもとへ駆け寄った。

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