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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第七話 凍結
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勇者と魔法使い

 突如現れた魔王という存在は瞬く間に人類の重要拠点を攻略した。


 魔王が生み出した軍勢は、大陸に点在する国々を次々と襲い、中枢の機能を停止させた。指導者を失った国々は内部から瓦解し、魔物により蹂躙された。建物の多くは破壊され、抵抗する者たちは抹殺され、生き残った者たちもまた奴隷として尊厳を奪われた。


 魔物という存在は、それまでも人々を脅かしていたが、魔王が現れた以前と以後では明確な変化があった。


 言語を持ち思考を持つ、高い知性を持つ魔物が現れたのだ。人間との違いは見た目の違いでしかなかった。言語を手に入れた魔物は備わった知能を効率的に使い、暴力による蹂躙と支配だけでなく、人を騙し、不和を与え、狡猾なまでに人の文明を滅ぼしていった。


 人々は魔物の軍勢に立ち向かった。徹底抗戦により一時魔物たちを退けることがあったが人が作り上げた国家は数を減らし、わずか数年の間に人類が主権を持つ共同体は数えられるほどに減少した。


 絶望が支配する世界に、一人の青年が現れる。


 北のある村で生まれた彼は生まれながらにして不思議な力を持ち、魔王軍侵攻の際に彼の両親が自分たちを犠牲にして彼を逃がした。


 この彼が後に勇者と呼ばれる存在となるロルクスだった。


 ロルクスは諸国を放浪する商人に拾われ、過酷な環境を生き延びるすべを学んだ。


 魔物軍の侵攻が激化するなか、父親代わりの商人が犠牲となり、彼は西の地にある城塞都市ガルブレイスにたどり着いた。


 ガルブレイスはもともと単なる軍事拠点でしか場所であったが、都市を管轄する騎士トーラスが指導者となって人々をまとめ上げていた。


 かろうじて人としての生活が守られていた都市には、魔物に復讐を誓う戦士ドランザと聖職者レナーリアが居た。この時点では三人の接点は皆無であったが、魔物の大軍が都市に侵攻した際に居合わせたことで、互いの存在を知る。


 三人は力を併せ魔物たちを退け、指導者トーラスから力を認められる。そして、ガルブレイスに住む人々の願いを背負い、彼らは魔王討伐の旅に出た。


 これが、勇者伝説の始まりである。


 ロルクスは放浪の中で身につけた剣術と、本人が生まれながらにして持つ魔物を退ける力を持っていた。


 ドランザは武芸に優れた家系に生まれ、幼いころから厳しい鍛錬を続ける屈強な戦士であった。


 レナーリアは聖職者として神に祈りを捧げる日々を送っていたが、魔王軍の侵攻の際に治癒の加護と退魔の力に目覚め、魔物と戦う道を選んだ。


 三人は魔王を倒す手がかり、そして共に戦う仲間を探す旅を続けていた。


 魔王が目覚めてから数年の時が過ぎ、南下する軍勢がついに、サリスの住む大陸南端の漁村にを襲った。


 サリスが伝承に登場するのはこの時からである。


◆    ◆    ◆    ◆


 旅は戦いの連続だった。


 行く先には魔物が常に現れ、彼らを襲い、彼らはその都度撃退した。


 はじめは戦いの際にどうしてよいものかわからなかったサリスであったが、次第に自分の役割を見つけるようになった。


 村で使ったような全力の魔法は何度も使えない。


 魔物の群れは一日複数回彼らを襲う、つまりは一度に魔物を職滅できるだけでなく、継続戦闘力が必要となってくるわけだ。


 そこで彼女が編み出した戦い方が、前衛の補助である。


 魔法により集団の分断を図り、ロルクスたちの負担を軽減する。この基本戦術が確立したことで、彼女の役割が明確となった。


 それまで研究してきた魔法の一つひとつ確かめるように、彼女は多様な魔法を使った。魔物を炎で燃やし、水で火炎を防ぎ、大群を風で吹き飛ばし、氷で凍結した。


 村で使った全体凍結魔法は使わなかった。


 仲間となったロルクスたちに被害が及ぶ可能性があったし、何より、魔力の限界から極大魔法をおいそれと使うわけにはいかなかったからだ。


 ロルクスは彼女の動きを見て、すぐさま戦闘に彼女の魔法を組み込み、より効率的な使い方を発明した。彼の指示は的確であり、サリスは指示を取り入れながら、さらに魔法を発展させた。


 氷魔法には多くの使い道がある。魔物を凍結させるだけでなく、地面に氷の柱を立てることで分断したり、鋭利にとがらせた氷で魔物を串刺しにする魔法は、ロルクスの助言あってこそ発明された。


 とはいえ、仲間としての日が浅く、一番の年下の彼女は、必ずしも彼らに馴染めているとは言えなかった。彼女が会話をするのは戦闘中、相手は指示を仰ぐロルクスのみだった。


 だがそれを、サリスは特別悪いことだとは思わなかった。彼女の目的は、彼らと親交を深めるのではなく、魔法の実践的な活用にあったからだ。


 サリスは夜になると一人で、その日使った魔法を反芻する。


 旅は基本野宿であり、ロルクスとレナーリアが力を合わせ、周囲に魔物を退ける結界を張るため、就寝中の安全は保たれている。


 ドランザはすぐに眠りにつき、レナーリアは神への祈りを捧げる。


 サリスは彼らとほとんど会話することなく、馬車から離れて、一人で魔法について考えを巡らしていた。


 部屋に積まれた本や紙束を持ってくるわけにもいかず、彼女はこれまで積み重ねた知識を繰り返し頭に呼び起こすことで、自身の作り出した魔法体系に組み込もうとしていた。


 旅を始めて一週間ほどが経ち、いつものように一人でぶつぶつと呟きながら魔法のことについて考えていると、


「やあ、なにをしているんだい?」


 ロルクスが声をかけた。


 サリスはハッと顔を上げる。


「魔法のことを考えていました」


「君は真面目だねえ」


 そういうと、ロルクスは彼女の近くに座った。サリスはひどく緊張して彼の顔をうまく見ることができなかった。魔法の研究を始めてから、彼女は女性らしく成長していたが、年頃の男性と会話することなど一切なかったのだ。


「今日使った魔法のことを考えておかないと忘れてしまいそうで」


 サリスはか細い声で答えた。


「あんまり無理しないようにね。旅はまだ長いんだ。ぼくにだって、いつまで続くのかわからない」


「ありがとうございます。でも、魔法のことならどれだけ考えても疲れないんです。その、魔法が好きなので」


「うらやましいね」


「どうしてですか?」


 そこでようやくサリスはロルクスの顔を見る。彼はひどく寂しげな表情を浮かべていた。


「ぼくは、今こうやって魔物と戦っているけれど、戦うことが好きだと思ったことはないんだ。だから君がうらやましい」


「だったら、どうして戦うんですか?」


 するとロルクスは驚いたような顔をした。


「だって、そうするしかないじゃないか。ぼくは魔物を倒す力があって、みんな困っている。だから好きとか嫌いとかじゃないんだ」


「私はすごいと思います」


「そうかい?」


「だって、人のために自分の力を使うんでしょう? 私はまだ、そういう気持ちがちょっとわからなくて。ずっと魔法が好きで、だから、魔法が使えて、人の役に立つならって、そう思ってるんです。でも、あなたは人のためだけに力を使おうとしている」


「うーん。ちょっと違うんだなあ。ぼくはこうすることでしか、生き方がわからないだけさ。ぼくよりも、ドランザやレナーリアの方が、そういう気持ちがあると思うよ。君は気づいていないかもしれないけれど、彼らは君に気を使っているんだ」


「そうなんですか?」


「うん。彼ら二人には戦う理由がある。ドランザは仲間を、レネーリアは両親を、魔物の侵攻で失っている。だから戦いに命を懸けているし、魔王というやつがいるのなら、本気で倒そうとしている。けれど、君はどうなんだい?」


「私は……」


 サリスは言い淀む。確かに二人のような戦う理由を、彼女は持っていなかった。


「彼らは君を戦いに巻き込むことを迷っている。確かに君の力は強い。ぼくたちが持たなかった魔物の大軍に対処する力。それはぼくたちが心から求めていたものだ。だからなかなか言い出せない。きっかけさえあれば、君をこの戦いから解放してあげたいとすら思っているんだ」


「私のこと、心配してくれているんですね」


「うん。二人とも、とても良い人なんだ」


「だとしても、私の考えは変わりません。魔法が好きだし、それが使える場所があればどこだっていいんです。それに、いまロルクスさんの言葉を聞いて改めて皆さんの役に立ちたいって思いました」


「君も良い人だね。ありがとう。気が変わったらいつでも言ってくれよ。その時は、ぼくも、あの二人も、君を引き留めるようなことはしないからさ」


「ありがとうございます。でもそんなことはないと思います」


「どうかな。きっとこれから厳しい戦いになるだろうからね」


「魔法がある限り、私は魔物には負けません」


 ロルクスは笑顔で頷いた。


「そうだ、ちょっと待ってて」


 ロルクスは立ち上がり、自分の荷物の元へ歩いていき、袋から四角い何かを取り出した。そして、サリスの元へ戻ってくる。


「これをあげるよ。きっと君が持っている方が良い」


「なんですか?」


 サリスが受け取ると、それは紙を綴じたノートと高価なものが入っていそうな箱だった。ノートをめくってみるが、何も書かれている様子はない。


「出発の時にもらった物資の中に入っていたものでね。とても貴重なものらしいんだけれど、使わないから君にあげるよ」


 四角い箱を開けてみると、そこには鳥の羽と、インク壺が入っていた。


「字は書けるかい?」


「はい。おばあちゃんに教わりました」


「だったらそれは君のものだ。ぼくは旅の記録、なんてものをつける性分ではないからね」


「ありがとうございます」


「じゃあ、ぼくは寝るよ。君の覚悟は二人に改めて話しておくからね。仲良くしてくれよ。ぼくは魔物と戦うこと以上に、人と人が気を使いあったり、いがみ合ったりするのが、本当に嫌なんだ」


「わかりました」


 そしてロルクスは寝床に戻った。


 サリスは彼から貰ったペンと紙を、いつまでも眺めていた。


◆    ◆    ◆    ◆


 その日のことがあってから、サリスは少しずつ、仲間として受け入れられるようになった。


 夜にロルクスと話して数日後、ドランザが彼女に話しかけた。


「なあ、今のおれの動きどうだった?」


「ふぁい?」


 突然のことでサリスが変な声を上げる。


「いや、戦ってる最中は周りのことが見えてねえことがあるからよ。聞いていた方が良いかなと思ってさ」


「えっと、その……」


 急に言われてサリスは焦る。


「もう、怖がらせてるじゃないの」


 レナーリアが口をはさむ。


「でもよお。おれの顔は生まれつきだしよ」


「だとしても、話しかけようがあるでしょうが」


「私は平気です。皆さんがどんな動きをしても対応できるようにしていますので」


 言い争いが始まってしまいそうなので、サリスは早口で言った。


「へえ、やっぱりすげえなあ!」


 ドランザが驚きの声を上げる。


「むしろ動きを見てからだと遅れてしまうこともありますので、自分はこう動くからと身振りでも良いので伝えてもらった方が助かります」


「そうかい? じゃあ次は考えてみるよ」


 ドランザは嬉しそうに答えた。彼は戦闘においては誰よりも率先して前線へと向かう。そんな彼は、サリスの言葉をありがたいものとして受け取った。


「私はどうだった?」


 レナーリアが話しかける。


「そうですね。魔法で壁を作るのはまだ勉強中ですが、迎撃は出来ますので遠慮なく私を盾にしてもらって構いません。聖職者の方は狙われやすいので」


「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」


「そいつは意外と腕力あるから自分でどうにかできるぜ」


 ドランザが意地悪く言う。


「何か言った?」


 レナーリアが睨みつける。


「いやなんにも」


 サリスは笑った。二人のやり取りを目の当たりにして、自分が仲間として受け入れられているような気がした。


「……辛くなったら、いつでも言ってね」


 レナーリアが、サリスに言う。


「はい。ありがとうございます」


「ん? 何の話だ?」


 ドランザは首をかしげている。


「あんたは良いの」


 レナーリアが言って、


「ねえ! ロルクス! この子が強いからって、無理をさせないでよ!」


 とロルクスの方を向いて伝えた。


「もちろんそのつもりだけれど、彼女はとても優秀だからなあ。ついつい高い要求をしてしまう」


 ロルクスは笑顔で答える。


「わかるぜえ。才能あるやつには機会を与えろって親父も言っていた」


「私は平気です。むしろ色々言ってもらった方が、新しい魔法を考える機会になるので」


 ドランザの言葉にかぶせるように、サリスが続く。彼女は年下だからと気を使ってもらいたくはなかった。


「はあ……とんだ戦闘狂が集まったものね」


 レナーリアはあきれ顔だったが、口端には笑みが浮かんでいた。


 それ以来、彼らの中にわだかまっていた緊張感のようなものが和らぎ、自然と笑いが生まれるようになった。

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