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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第七話 凍結
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聖地のある場所

 その場所が聖地と呼ばれているのは、魔素濃度がほかの地域よりも圧倒的に高いことのほかに、王都から近い、という身も蓋もない理由があった。


 魔素濃度が高い場所として、神樹周辺の土地が挙げられる。


 神樹の枝や表面の皮は魔術師に必須の杖や装飾品に使われ、現在発見されている場所のほぼ全てを王都が管理している。神樹周辺は魔素が沸き上がり、魔術研究に最適な場所なわけだが、山間や森に囲まれた場所が多く、王都からも遠い。


 魔素の集まる場所は地脈なども関わってくるため開拓もできず、王都の厳格な法と魔術学院の協定により、実質的な進入禁止区域となっている。


 神樹を守るためというのが公式的な見解だが、魔術師が異界とつながるために必要な資源を独占し、経済的な支配を行うためだとも言われている。


 何はともあれ、神樹の場所は公にはされておらず、一般の魔術師には手の届かない領域であることに違いはない。


 魔術研究を進めるうえで、異界と接続しやすい場所は必須だ。だが、その場所は秘匿され容易に立ち入ることが許されない。


 これらの問題を解決する場所、それが聖地である。


 聖地はとにかく王都に近い。


 森を通り抜ける必要はあるが、道も整備されていて、馬車で乗り継げば王都から二日で着く。


 これだけでも魔術師たちにとっては便利なのだが、さらにこの聖地は、誰もが入ることを許されているのだ。


 魔術師だけではない。


 貴族、さらには一般の市民にまで解放されている。


 魔素の満ちる聖域には特殊な動植物が生息しており、見る者を飽きさせない。魔物の出現率も高いが、それは、魔術師たちの結界に守られている。


 魔素濃度の高さから、何の訓練も受けていないものは踏み入れて数日“魔素酔い”に悩まされることもあるが、慣れてしまえば普段通りに生活可能だ。


 また、魔素から身を守る護符やアクセサリーが聖域の売店にはいくらでも売っている。これが思いのほか評判で、聖地に立ち寄った者たちの定番のお土産にもなっている。


 つまり聖地は、観光地の側面も持っているのだ。


 宿泊施設が建ち並び、交遊の場も栄えている。物価は高く、金銭に余裕のある貴族が通うような場所であるが、小金を持った商人ですら、休暇に立ち寄れる程度には開かれていた。


 聖地は宿泊区画、商業区画、そして、少し離れた場所には魔術研究区画で構成され、年々その規模を拡大させていた。


 これだけの人間が集まっているにもかかわらず、その歴史は書物に記録されていない。古くから聖地で商店を営む老人によれば、王都設立前から存在しているというが、それも定かではない。


 研究区画の存在により見逃されてはいるが、王都の魔術学院ですら、その全容を把握できていない稀有な領域。


 それが聖地、ロサドレであった。


 一人の男が、聖地に足を踏み入れた。


 男の名をサガラという。白いシャツに黒いジャケット、スラックスを身に着け、ネクタイを首にきっちりと締めている。


 貴族の恰好に近いともいえるが、どの家にも該当しない服装のその男は、しかし、周囲から浮くこともなく大通りに溶け込んでいた。


 第一に人が多い。


 魔術師やら貴族やら、商人やらでごった返し、それぞれの服装が入り乱れている。そのような中で、彼の服装は誰からも、きっと自分とは違う職の人間だろうと思われていた。


 人の流れに逆らわず、サガラは町の中を進んでいく。歩きながらも、周囲を見回し、首を傾げたりしている。


 彼が疑問に思うのも無理はない。


 確かにここには魔素が満ちている。だが彼の記憶では神樹が生えている場所やダンジョンの内部でしか、そのようなことは起こらないはずなのだ。


 サガラは周囲を見回しながら、さらに先へと進んでいく。


 商業区画を通り過ぎ、宿泊区画を横目に見ながら、木々が鬱蒼と生い茂る魔術研究区画へと進む。


 そこには研究施設が森の中に点在しており、一本の大きな道から枝分かれするように、各分野の施設に続いている。


 魔術師たちは自らの専門に合わせた施設へと向かい、自己の研鑽に励む、あるいは異界から得た魔素の研究を続けている。


 一本の道は枝分かれするたびに細くなり、やがて最奥ともなれば、人一人通れるくらいの細い道となる。


 サガラが道を進むと、視線の先に、こじんまりとした小屋がある。どこにでもある民家の様相をしたその建物は、魔術研究の先端にある建物にしてはひどくみすぼらしく見えた。


 サガラはその小屋に誰がいるのか知っていた。


 この聖地を治める領主だ。


 しかし、その人物は貴族ではない。


 貴族でもない人間が領主としての地位を得ているのは、魔術学院の学長、正統教会の教主、そしてこの聖地の領主のみだ。


 大陸を統治するオルディスの中でも特例を与えられた存在。


 話によれば、その人物は女性で、領主となって一度もこの地を出たことがないのだと言う。


 聖地の領主は世襲制で代々女性が治めることになっている。それは王都設立以後も変わらない。領主はその任を務め終わると、どこから連れてくるのは不明だが、新しい女性を領主に任命する。


 これが千年以上続けられてきたというのだ。


 領主は魔術区画の奥で、たった一人で生活している。


 たまに、商業区画から食料や日用品などが運ばれてくるが、それ以外で他の区画との接点はない。


 そのため、領主の姿を見たことのある者はほんのわずかだ。


 サガラはたったこれだけのことを調べるのにもずいぶん苦労した。王都の資料庫には聖地の記述がほとんどなく、周囲の集落の老人に話を聞いて回った結果、ようやく手に入れた情報だった。


 サガラは小屋のドアをノックした。


「お入りになって」


 すると中から透き通った声がした。


 それはまるで、サガラの来訪を予期していたかのような、落ち着きのある声だった。


 ドアを開けると、そこにはローブを纏った一人の女性が立っていた。


「よくおいでくださいました」


「失礼します。私はサガラというものです」


 サガラは困惑しながらも小屋の中に入る。


 なかは想像していたよりも明るかった。おそらくこれは魔術による照明だろうが、柔らかな光が違和感なく室内を照らしていた。


「飲み物をお持ちしますので先に座っていて下さるかしら」


「はあ……」


 サガラは女性に進められるがままに、奥の部屋と通された。そこは応接室のようで、長椅子が向かい合うように並べられていた。


 女性が持ってきたのは茶葉を使った紅茶であった。どこか懐かしい香りがサガラの周囲を包んだ。


 テーブルに二つ分のカップを置き、女性はサガラの前に座る。


「あなたはぼくのことを知っているのですか?」


 サガラが聞く。


 そう聞かずにはいられないほど、彼女の応対には落ち着きがあった。


「いえ、あなたのことは存じません。ですが、あなたに似た方とお会いしたことがあります」


「なるほど。その人物はユウカと名乗っていましたか?」


 サガラは単刀直入に聞く。彼はユウカの痕跡を追って、このロサドレにやってきたのだ。


「……ええ、私の記憶が確かなら、そのような名前だったかと」


「お名前を聞いてよろしいですか?」


 サガラは丁寧な言葉遣いを崩さなかった。普段が感じたことのない圧力のようなものを彼は感じていた。


「私はこの聖地を収める45代目当主。エラ・ベラーナです。この名はすでにご存じではなくて?」


「知っています。しかし……」


 サガラは明らかに困惑していた。出来ることならすぐにでもパネルを開き、この女性のことを調べたいと考えたほどだ。


「あなたは私のことを疑問に思っているのでしょう? 聖地ロサドレはオルディスにおいてあまりに特殊な土地。その領主が周りに人も置かず、たった一人で住んでいるなんて」


 領主は穏やかな微笑を浮かべている。


「私は聖地についてさまざまなことを調べました。そこで真っ先に思い付いたのが、元領主の女性を探すことです。本人に直接聞けばわかると思ったからです。ところが誰一人見つけることができなかった。これがどういうことなのか。考えられることは、領主の任を終えた女性は全員死んでいる。もう一つが……」


「もう一つが?」


「このようなことはありえないことだが、あなたは代替わりなどしていない。はじめから同じ人間がこの地を治めている」


 そこで女性は口元に手をやり上品に笑った。


「ここに長く住んでいるけれど、その答えにたどり着いたのはあなたが初めてです。やはりあなたは特別な存在なのですね。そう、私はこの地を治め続ける者、初代領主サリス・ベラーナ本人です」


 サガラの表情が険しくなる。


「不死の法は人間には禁じられているはず。つまりユウカがあなたを生かしたというわけですね?」


 ユウカの存在を知り、生きながらえている不死の女性。


 導き出される答えは一つしかなかった。


「ええ、厳密に言うと、あの方から与えられた力により、不死に近い状況を再現している、といったところかしら。あれから一度も会っていないけれど、いつか、あの方か、それに類する存在が私の元を訪れるのではないかと思っていました」


 サリスと名乗る女性は平然と答える。


「ぼくは直接ユウカと関りがあるわけではありませんが、彼女の足跡をたどっているものです。よろしければなにが起こったのか話してもらえませんか」


「そう……あなた方にもいろいろ事情があるようですね。わかりました。少し長くなるかもしれないけれど、よろしいかしら?」


「はい。そのためにぼくはここに来ました」


 するとサリスは遠くを見るように窓の外へと視線を投げ、うっすらと笑みを浮かべた。


「不思議なものね。王都ができた後のことはどんどん薄れていっているのに千年前のことは今でもはっきりと覚えている。これは私が勇者と出会い、そして不死の法を得るまでのお話です」

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