役割を終えて
すべては終わった。
魔王とされた少女の体は、光の剣により消滅した。
地面が陥没し岩が突き出た惨憺たる状況のなか、トーマは一人で立っていた。 彼の手から剣は消えており、全精力を使い果たしたかのようにやつれている。
トーマの目の前に小さな紙片が現れる。
そこには、
補修人 相良修司
と書いてあった。
「来て、くれたか……」
言い終わらないうちに咳き込み、血を吐くトーマ。
「すまない。間に合わなかった」
トーマが振り返ると、そこにはサガラが、出会った時のままの姿で居た。しかし、彼は驚くこともなく口の端を持ち上げた。
笑顔を作っているつもりらしい。
「私こそすまない。サガラとは約束したはずなのに、力を使ってしまった」
サガラは苦々しくうつむいた。
「ぼくにもう少し力があれば……!!」
「座ってもいいか?」
顔に深くしわが刻まれ、年相応にやつれたトーマが聞く。サガラは駆け寄り、彼の体を支え、ゆっくりと地面に座らせる。
「サガラ、なつかしいなあ。あんたに助けられてから、いろいろなことがあったよ。話す時間がなくて残念だが、あんたのおかげで、おれは騎士になるという夢を叶えることができた」
言い終わるとトーマの口から血が溢れ、ひどく咳き込んだ。
サガラはトーマの体に触れながら透明な板を出し、何やら調べているようだったが、板はすぐにしまわれた。
「だめだ。君を治療することができない。もう少し早く来ていれば、助けることもできたかもしれないのに!」
サガラの言葉には悔しさが滲んでいた。
「いいんだ。一度あんたに救ってもらった命だ。きっとこれで良かったんだよ。おれはもう十分に生きた。後は教え子たちに任せておけば大丈夫だ」
「トーマ……」
「そんな顔をするなよ。こっちも悲しくなるじゃないか。おれは村を救い、王都を救った。騎士としてこれ以上のことはない。一つ心残りがあるとすれば、スサナのことだが、あいつならわかってくれるはずだ」
「すまない……」
「だから謝るなって。あんたにも見せたかったな。どんな騎士だって、あんな戦い方はできない。しかも相手は見たこともねえ化け物だ。自分では名乗らなかったがおれにはわかる。あいつは伝説に聞く魔王ってやつだろ? 女を斬るのはさすがに躊躇したけどよ。でも倒さなきゃこっちが死んでた。強かったぜ。なあ、サガラ」
「なんだい?」
「あんたの作ってくれた料理、美味かったぜ。長く生きてきたけどよ、河原で食ったカレー以上のものには出会わなかった。ありがとよ」
「うん。ぼくの自慢の料理だからね」
「ああ、楽しかったなあ……」
トーマの体が消えていく。強い光が彼を包み込んだかと思うと、彼の身に着けていた鎧や衣服とともに、砂が風に飛ばされるように溶けていった。
サガラは彼の体を支えたまま、トーマの体が消え終わるまで見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「あーあ、失敗しちゃった」
上空から声がした。
サガラが顔を上げ、逆光となった人影を見据える。
「お前がやったのか」
「お前呼びはやめてよ。私のことはユウカ。ユウちゃんって……いや、あんたは別に呼ばなくてもいい。名前で呼んでよね」
「トーマは戦いで死ぬ必要なんてなかった! どうしてこんなことを……!!」
「そいつ、もともと死ぬ予定だったんでしょ。なのにあんたが無理やり生かしたんじゃないのよ。いつ死のうが同じことよ」
「彼は生きたいと願っていた」
「いーえ、違うわね。あんたのわがままよ。やってることはあたしと同じこと。あたしたちのやることなんて、良いも悪いも結局人の人生に干渉してるだけなのよ」
「違う!!」
サガラが吠える。それは、彼の風体に似合わぬ怒りの発露であった。
「勝手に言ってなさいよ。それより、あたしの計画が狂っちゃったじゃない。どうしてくれんのよ。ま、次を探せばいいんだけどさ」
そこでサガラが立ち上がり、上空へふわりと浮かぶ。
周囲の空間が歪み、陽炎のように、彼の体をかすませた。
サガラがユウカの前で停止する。
「次は誰を殺すつもりなんだ」
「凄んだって無駄よ。どうせ手は出せないでしょ。手を出したら最後、この世界なんて簡単に終わっちゃうんだからさ。その勇気があんたにあんの?」
黙ってユウカをにらみつけるサガラ。
「ほら出来ない。あんたにあたしを止めることなんて無理なのよ」
「次は止める。お前がやろうとしていることは全部止めてやる」
「威勢がいいのね。ま、がんばんなさい」
そして、ユウカの体がふわりと浮いた。
「うーん。でもしばらくはやんないかな。強化って路線もなんか頭打ちになってきたし、それに、他にやりたいこともあるしね。安心した? でも油断はしないことね。あたしがいつその気になって計画を進めるか、自分でもわかんないんだから」
「ユウカ、いい加減自分のために人を傷つけるのはやめろ」
サガラの口調が相手を諭すようなものに変わる。
「ありがたいご忠告ね。でもさ、あんたの言葉聞いたって、別にあたしが幸せになれるわけじゃないじゃない。こんな世界に飛ばされてさ、こうでもしないとやってらんないのよ。あんたは人助けやってるつもりなんだろうけど、それに意味あんの? だってここは……」
「それ以上言うな」
低く怒りのこもった声がサガラの口から洩れる。
「はあ……まだそんな感じなんだ。だったらあんたとは分かり合えないわ。気が変わったらまた話しましょ。じゃね」
言い終わると、ユウカを中心とした円形の魔術式が浮かび上がり、次の瞬間、彼女の姿は術式とともに消え去った。
残ったサガラは空中に浮んだまま、トーマの消えた地面をいつまでも眺めていた。
第六話、完。
ストック消化。次回より掲載間隔が変わります。
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