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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第六話 魔王
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役割を終えて

 すべては終わった。


 魔王とされた少女の体は、光の剣により消滅した。


 地面が陥没し岩が突き出た惨憺たる状況のなか、トーマは一人で立っていた。 彼の手から剣は消えており、全精力を使い果たしたかのようにやつれている。


 トーマの目の前に小さな紙片が現れる。


 そこには、


 補修人 相良修司


 と書いてあった。


「来て、くれたか……」


 言い終わらないうちに咳き込み、血を吐くトーマ。


「すまない。間に合わなかった」


 トーマが振り返ると、そこにはサガラが、出会った時のままの姿で居た。しかし、彼は驚くこともなく口の端を持ち上げた。


 笑顔を作っているつもりらしい。


「私こそすまない。サガラとは約束したはずなのに、力を使ってしまった」


 サガラは苦々しくうつむいた。


「ぼくにもう少し力があれば……!!」


「座ってもいいか?」


 顔に深くしわが刻まれ、年相応にやつれたトーマが聞く。サガラは駆け寄り、彼の体を支え、ゆっくりと地面に座らせる。


「サガラ、なつかしいなあ。あんたに助けられてから、いろいろなことがあったよ。話す時間がなくて残念だが、あんたのおかげで、おれは騎士になるという夢を叶えることができた」


 言い終わるとトーマの口から血が溢れ、ひどく咳き込んだ。


 サガラはトーマの体に触れながら透明な板を出し、何やら調べているようだったが、板はすぐにしまわれた。


「だめだ。君を治療することができない。もう少し早く来ていれば、助けることもできたかもしれないのに!」


 サガラの言葉には悔しさが滲んでいた。


「いいんだ。一度あんたに救ってもらった命だ。きっとこれで良かったんだよ。おれはもう十分に生きた。後は教え子たちに任せておけば大丈夫だ」


「トーマ……」


「そんな顔をするなよ。こっちも悲しくなるじゃないか。おれは村を救い、王都を救った。騎士としてこれ以上のことはない。一つ心残りがあるとすれば、スサナのことだが、あいつならわかってくれるはずだ」


「すまない……」


「だから謝るなって。あんたにも見せたかったな。どんな騎士だって、あんな戦い方はできない。しかも相手は見たこともねえ化け物だ。自分では名乗らなかったがおれにはわかる。あいつは伝説に聞く魔王ってやつだろ? 女を斬るのはさすがに躊躇したけどよ。でも倒さなきゃこっちが死んでた。強かったぜ。なあ、サガラ」


「なんだい?」


「あんたの作ってくれた料理、美味かったぜ。長く生きてきたけどよ、河原で食ったカレー以上のものには出会わなかった。ありがとよ」


「うん。ぼくの自慢の料理だからね」


「ああ、楽しかったなあ……」


 トーマの体が消えていく。強い光が彼を包み込んだかと思うと、彼の身に着けていた鎧や衣服とともに、砂が風に飛ばされるように溶けていった。


 サガラは彼の体を支えたまま、トーマの体が消え終わるまで見つめていた。


◆    ◆    ◆    ◆


「あーあ、失敗しちゃった」


 上空から声がした。


 サガラが顔を上げ、逆光となった人影を見据える。


「お前がやったのか」


「お前呼びはやめてよ。私のことはユウカ。ユウちゃんって……いや、あんたは別に呼ばなくてもいい。名前で呼んでよね」


「トーマは戦いで死ぬ必要なんてなかった! どうしてこんなことを……!!」


「そいつ、もともと死ぬ予定だったんでしょ。なのにあんたが無理やり生かしたんじゃないのよ。いつ死のうが同じことよ」


「彼は生きたいと願っていた」


「いーえ、違うわね。あんたのわがままよ。やってることはあたしと同じこと。あたしたちのやることなんて、良いも悪いも結局人の人生に干渉してるだけなのよ」


「違う!!」


 サガラが吠える。それは、彼の風体に似合わぬ怒りの発露であった。


「勝手に言ってなさいよ。それより、あたしの計画が狂っちゃったじゃない。どうしてくれんのよ。ま、次を探せばいいんだけどさ」


 そこでサガラが立ち上がり、上空へふわりと浮かぶ。


 周囲の空間が歪み、陽炎のように、彼の体をかすませた。


 サガラがユウカの前で停止する。


「次は誰を殺すつもりなんだ」


「凄んだって無駄よ。どうせ手は出せないでしょ。手を出したら最後、この世界なんて簡単に終わっちゃうんだからさ。その勇気があんたにあんの?」


 黙ってユウカをにらみつけるサガラ。


「ほら出来ない。あんたにあたしを止めることなんて無理なのよ」


「次は止める。お前がやろうとしていることは全部止めてやる」


「威勢がいいのね。ま、がんばんなさい」


 そして、ユウカの体がふわりと浮いた。


「うーん。でもしばらくはやんないかな。強化って路線もなんか頭打ちになってきたし、それに、他にやりたいこともあるしね。安心した? でも油断はしないことね。あたしがいつその気になって計画を進めるか、自分でもわかんないんだから」


「ユウカ、いい加減自分のために人を傷つけるのはやめろ」


 サガラの口調が相手を諭すようなものに変わる。


「ありがたいご忠告ね。でもさ、あんたの言葉聞いたって、別にあたしが幸せになれるわけじゃないじゃない。こんな世界に飛ばされてさ、こうでもしないとやってらんないのよ。あんたは人助けやってるつもりなんだろうけど、それに意味あんの? だってここは……」


「それ以上言うな」


 低く怒りのこもった声がサガラの口から洩れる。


「はあ……まだそんな感じなんだ。だったらあんたとは分かり合えないわ。気が変わったらまた話しましょ。じゃね」


 言い終わると、ユウカを中心とした円形の魔術式が浮かび上がり、次の瞬間、彼女の姿は術式とともに消え去った。


 残ったサガラは空中に浮んだまま、トーマの消えた地面をいつまでも眺めていた。

第六話、完。




ストック消化。次回より掲載間隔が変わります。

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