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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第六話 魔王
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存在してはならぬ剣

 王都からはるか離れた南の辺境の地。


 未だ人の立ち寄らぬこの地で、サガラは闇を纏う存在と対峙していた。


 場所は地下の奥深く。


 闇は時折、洞穴から這い出て周辺の村を襲い、人々の絶望を我が養分としていた。


 サガラがその状態を把握したときには、すでに多くの犠牲者が出た後だった。


 一筋の光も差さぬ地下の奥深くで、サガラは闇の根源からの攻撃を躱し続けている。


 彼と言えど、暗闇の中での戦闘は不利をもたらす。


 さらに相手は闇そのものだ。


 サガラが作り出した球体の光源が周囲を照らしているものの、予測不能な場所からの攻撃に彼は苦戦を強いられていた。液体に似たそれは、波打ちながらいくつもの触手を伸ばし、あらゆる角度から彼の体を捉えようとしている。


 触手が触れた先は黒ずみ、ジジジ、とモザイク状に分裂する。それは、サガラでさえ例外ではないのだろう。


 触手の猛攻を躱しながら、体は黒い塊の核を探していた。


 サガラは幾度もこの黒い塊と対峙してきたが、核の場所はいつも違っている。彼は相手の動きを見極めながら、核の破壊による必殺を狙っていた。


 その時、彼がハッと上空を見上げた。


「トーマ!? 何故こんな時に……!?」


 サガラに焦りが生まれる。


 体捌きに微妙な差異が生まれ、彼の体を触手が掠る。


 トーマが力をつけていることを彼は知っている。あの力を使うほどのことなど起きるはずがないのに……


 黒い塊に向かって走る。


 危険だろうが悠長にしている余裕はなかった。


◆    ◆    ◆    ◆


 やり方はわかっていた。


 かつて一度、その身に起こったことを再現するだけだ。


 トーマは精神を集中する。


 力は常に近くにあった。形こそ存在しないが、彼の頭の中には扉のようなものがある。それは、扉、としか形容できないもので、自分にしか開けることができない。


 その扉を開けてしまったら最後、彼は力に取り込まれ、体が別のものと置き換わり、認識さえも、力に適応したものへと改変される。


 恐れはない。


 恐れはないが、それでも、自分が自分でない者に変わってしまうことは、彼にとって悲しいことではあった。ただ、扉を開くだけで、これまで積み重ねてきた研鑽すべてを無にするがごとき力が手に入るのだ。それは、トーマと志を同じくする騎士に対する侮辱でもある。


 とはいえ、この力があったからこそ現在がある。


 騎士として皆の先頭に立ち、人々を苦しめる魔物と戦うことができたのも、すべては、この力があったためだ。自らの力でその高みに到達できなかった悔しさはあるものの、力を得たことによる後悔はなかった。


「君のような少女を斬るのは、できればやりたくない。しかし放っては置けないのでな」


 トーマは自らの奥深くに潜り、鈍い光を放つ巨大な扉の前に立つ。


 一瞬の躊躇。


 だが、彼は意を決して、その扉を開けた。


◆    ◆    ◆    ◆


 瞼の向こうに光が見える。


 トーマが目を開けると、そこには、光り輝く一振りの剣があった。


 何の装飾もない、簡易的な、どこにでもあるような剣。


 無名。


 はるか昔、英雄が持っていたとされる剣が、時を超えて再現されている。


 その剣は本来、特定の魔物を倒すという役割を終えた後、所有者とともに消えることが運命づけられていた。


 だが、トーマは現在も生きている。


 彼の生存により、無名もまた、この世界に在り続けていた。


 トーマは思う。


 おれも、この剣も歪なものだ。


 こんな力があっては、世界に混乱を招いてしまう。


 だから、力を使うのは、これで最後だ。


 「うがあ!」


 メリルの目が再生し、トーマを見据える。


 光輝く剣を見て、すでに我を失ったメリルでさえも、畏怖の表情を見せる。


 狂ったメリルの目に知性が宿る。


 いかに獲物をしとめるのか、一つの目的のために研ぎ澄まされた魔獣の知性だった。


 光を帯びるトーマと闇を帯びるメリル。


 二つのエネルギーが衝突し、周囲に暴風が巻き起こる。


「あああああああああああああああああああああ!!!」


 メリルが叫び、魔素をその身に蓄える。


「来い。先ほどのようにはいかねえよ」


 笑い、そして苦しみに頬をゆがめるトーマは剣を構えた。


 次の瞬間。


 魔獣と化したメリルの顎が大きく開き、充填された魔素が超高速で放たれる。


 トーマの身長を超えるほどの直径を持つ魔素の塊が一直線にトーマへと向かう。


 剣を正面に構えたトーマは、最小限の動きで深紅に発光する魔素を、はじく。


 光は方向を変え、上空で散る。


 降り注ぐ黒に近い深紅の光が、周囲の地面を破壊した。


 その地獄のような光景のなか、二つの力は向き合っていた。

 

 先に動いたのはメリルだった。


 魔獣が地面を蹴るだけで、大きく地面が隆起し、蓄えられた力がトーマの命を刈り取るためだけに炸裂する。


 人には認識できないほどの速度のメリルを、トーマは剣で受け止めた。


 再び爆発が生まれる。


 魔素が荒れ狂うなかで、すでに生物の限界を超えた二つの塊が激突しては離れ、激突するを繰り返す。そのたびに、地面がはじけ、深くえぐれた。


 極限まで加速した世界で、光と闇が激突する。


 トーマの神速の剣が闇を纏ったメリルに肉薄する。だが、表面に傷を与えることはできても、致命傷には至らない。一方のメリルは斬撃を受けながら体中から飛び出した複数の爪により動きを乱し、トーマの体を噛み砕く一瞬を狙っている。

 

 爪の一振りで城一つが吹き飛んでしまうような威力。


 それをトーマは剣でいなし、時には強大な爪を切り捨てる。


 初めて、メリルが引いた。


 距離を取り、隆起した地面に立つトーマ。


 彼の動きには余裕すら感じられたが、表情は苦悶に満ちている。


 限界を超えた自身の力が、彼の体を蝕んでいた。


「これでは足りない。もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと……」


 メリルが空を見上げて呟く。その声は変質し、低くかすれたものとなっていた。


 闇が体中からあふれ、それが上空に向かって立ち上がる。


「なあ、そろそろ終わりにしようぜ。あんたも苦しいだろう。痛みの質はおれと同じかはわかんねえけどよ。相当体に無理がかかっているように見えるぜ」


 トーマは無邪気に笑う。


 まるで初めて力を使った頃の彼に戻っているかのようだった。


 その時、トーマが咳き込んだ。


 彼は血を吐き捨て、剣を握り直す。

 

「これで最後だ。最後になって、あんたのような強い敵と会えて、感謝してるぜ。もらった命を全うできる人間なんて、そうそういねえしな」


 トーマの体からも光が溢れ、上空へと延びる。


 二つのエネルギーが、闇と光で交差する。


「グガガガガ」


 不自然なほどにがくがくと震えながら、メリルがさらに力を溜める。足元に力を蓄え、必殺の一撃に向けて準備を開始していた。


 トーマの刀身が光る。


 周囲の空気を巻き込みながら、その刃がより大きくなっていく。


「痛てえよなあ。こんなこと、早く終わらせようぜ」


 トーマの口端から血が流れる。


 膨大なエネルギーが、力を使うたびに彼の体を内側から破壊していた。


 メリルがゆっくりと、口を開ける。そこには、深紅に染まった魔素の塊が行き場を求め荒れ狂っていた。


「KUAAAAAAAAAAA!!!」


 咆哮とともに放たれた魔素は、光の束となって、トーマに向かって殺到していく。


 剣の輝きが最高潮に達する。


 もはや彼は、魔素の塊を躱すことはなかった。


 トーマを襲うはずの光は、巨大な光の剣に取り込まれていく。


「なんつうか。自分でも不思議なんだが、終わってほしくねえとも思ってんだよな。でも、そういうわけにはいかねえよな」


 その時、魔獣となったメリルは、赤い目から涙を流し、口からも黒いヘドロを吐き出していた。彼女もまた、強大な力に、体を蝕まれていたのだ。

 

「じゃあな」


 光の剣が振り下ろされる。


◆    ◆    ◆    ◆


 その時発生した爆発の威力はすさまじく、魔王軍と人間軍の戦場まで届いた。


 膨大な魔素は指示系統を混乱させ、魔物たちは仲間内で同士討ちを始めた。一方人間は急激な魔素の増加により、耐性のない騎士たちが複数人倒れ、撤退を余儀なくされた。


 はるか遠く離れた王都でもその余波が観測されたという。


 爆発の中心地で起こったことを知る者は誰もいない。

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