魔王の復活
メリルが目を覚ました時、密閉されていたはずの空間に風が流れ込んでいた。天井も壁も床でさえ、すべてが破壊されていた。
体の痛みは消えている。
メリルは体を起こし立ち上がる。
その時、何かが彼女の脳裏に飛び込んできた。それはガルファスの姿であった。
「ガルファス……!!」
何が起きたのかはわからない。
しかし、ガルファスの身が危険な状態であることは理解できた。
とても嫌な予感がする。
メリルは意識を集中し、目を閉じる。
ガルファスの場所が何故かわかる。初めて使う力であったが、彼女はそれが事実だと確信できた。
メリルの体が霧のように消える。
急がなくてはならない。
ガルファスはガルファスだけは失ってはならない。
メリルははるか遠い戦場まで、一瞬で跳躍した。
◆ ◆ ◆ ◆
決着はついた。
無残にも傷ついたガルファスが、爆発の中心地に仰向けに倒れている。
それを、胸に裂けめの入った鎧を着たトーマが見下ろしている。
「危なかった。スララギの鎧がなければ、倒れていたのは私だったかもしれない」
トーマが言う。
「……違うな。貴様は本気ではなかった」
ガルファスは息も絶え絶えに言う。
「なにを言っている?」
「分かっているだろう。我が主からいただいた剣を、私はうまく使いこなすことができなかった。仮に使えたとしても、貴様の本気には勝てなかっただろうがな」
「私は……」
トーマは初めて動揺を見せた。
そこに黒いもやが沸き上がる。
トーマは身を引き、後方に飛んだ。
「ガルファス!」
現れたのは黒いドレスを着た少女だった。ところどころ破れ、肌が露出していた。
どうしてここに少女が?
困惑するトーマは倒れたガルファスに覆いかぶさるメリルを、眺めていることしかできなかった。
「メリル様……申し訳ございません。私は……」
「ガルファス! もう喋らないで!!」
「あの者にお気を付けください。力を得た貴方すら脅かす力を持っているはずです」
そこでガルファスは紫色の血を吐いた。
「ガルファス!!」
動かなくなったガルファスに、メリルは声をかけ続けた。
だが、やがてメリルは立ち上がる。
ゆっくりと振り向き、トーマを見据えた。
「あなたがやったのね」
「君は、誰なんだ……?」
トーマはどこかで気づいている。
しかし、その現実を受け入れることができないでいる。
「許さない!!」
メリルの体から、黒い霧が立ち上る。
視覚で観測できるほどの濃密な魔素だった。
「なんと禍々しい……」
トーマが驚愕の声を上げる。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!!」
言葉一つに明確な殺意が宿り、トーマに放たれるとともに膨大な魔素が彼女の体から吹き上がる。
闇が、一瞬で彼女の表面を覆う。
魔獣のように鋭い眼光がトーマを睨みつけていた。
「魔王……」
トーマの口から一つの言葉が漏れる。
「まさか生きているうちに見ることになろうとはな」
トーマの顔に冷や汗が流れる。その圧力、魔物を統べる王としての底知れない力を感じていた。彼は構えを取り、攻撃態勢に入る。
だが、先に動いたのはメリルだった。
黒い霧によって形成された巨大な爪が、トーマの体に予備動作もなく届く。間一髪のところで避けたトーマであったが、鎧に深い爪痕が刻まれる。
「ぐう!!」
爪の先が体に到達し、痛みが広がる。
追撃がトーマを襲う。
彼は冷静さを取り戻し、魔力を纏った剣でメリルの猛攻をいなした。
――だが
「ガアアアアアアアアア!!!」
咆哮とともに放たれる一撃により、剣がはじかれ、態勢が崩される。人を超えた先読みと、体捌きを体得したトーマでさえ、絶対的な力の前では無力であった。
後ろ後ろへと、トーマが押され、鎧、そして体に傷が刻まれていく。
これまで体験したことのない圧倒的な力。
トーマの脳裏に恐怖が忍び寄る。
このままでは……!
「コロ……シテ……ヤル……!!」
闇の腕から振り下ろされる渾身の一撃。
それは淡い光を放つトーマの鎧を砕いた。
だが、それで終わる彼ではなかった。
体から血を流しながらも、剣先をメリルの目に向かって滑らせる。
「ゴガガガ!!」
もはや少女とも思えないメリルの叫び声が響く。
メリルから大きく距離をとったトーマは膝をつく。
猛攻をさばくことで体力のほぼすべてを奪われていた。
「これはまずいな……」
叫び続けるメリルはやたらと爪を振り回し、その度に地面がえぐれ、黒い霧を周囲に振りまいていた。
それはまさに怪物だった。
闇を纏ったその姿は四足歩行の魔獣。
体はメリルの数倍もの大きさに膨れ上がっていた。
瞳から思考は読み取れず、赤く輝いている。
トーマが剣先に目をやると、刃こぼれし見る影もないものとなっていた。彼は無念の表情でスララギの力の込められた剣を鞘に戻した。
そこに焦りの様子はなく、むしろ穏やかな表情を浮かべていた。
「……あれから四十年ぶりか」
トーマは目を閉じ、両手を前に出し、肩幅に広げる。
「今思えば、私はこの時のために生かされていたのかもしれない」
トーマの体が光を放ち、周囲の空気が変わる。彼自身が封印していた力を、今まさに復活させようとしていた。




