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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第六話 魔王
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両軍相対す

 果てしなく広い荒野に、トーマが率いる一隊が敵を待ち受けていた。


 馬に乗った騎士たちは戦いに備え、後方には魔術師と聖職者たちが散開している。


 木や岩のような障害物に邪魔されず、周囲に民家もなく、さらに闘争も容易なこの場所は、戦いの場にうってつけであった。


 言い伝えによれば、かつて魔王軍と人間軍がぶつかった戦場でもあったという。


 そこにトーマは騎士、魔術師、聖職者の総勢百人の部隊を展開し、王都に向けて進軍を続ける魔物たちを待ち受けていた。


 風の音しか聞こえないはずのその場所には、先ほどから、ズン……ズン……という音と地響きが続いている。


 遠くに見えるのは巨大な影。


 地響きは間違いなくその影から発せられているものであった。


「やはり、目的は王都か」


「はい、方角的にも間違いはないでしょう」


 馬に乗ったトーマの問いに、直立したセラムが答える。


 セラムは現在、約百人を束ねる隊長として、その任に押しつぶされそうになっている。


「ザナ殿、コルレーン殿、準備はよろしいかな」


 セラムの隣に立つ二人にトーマが声をかける。


「問題ありません」


「こちらも同じく」


 ザナとコルレーンが答える。


 魔物の影はますます大きくなっていた。


「おそらく相手は超巨大な魔物を先頭にして突撃してくるだろう。さらに翼を持つ魔物が上空から我らを襲い、混乱に乗じて地上の部隊を投入。戦線をかき回す作戦だろう。魔物たちがここまで統制のある行動を見せたのは初めてだ」


 トーマが唸る。


「私も魔物に関する文献を漁ったことがありますが、このような動きは初めてです。それにあの大きな魔物は何ですか。見たことがありません。未だ観測されたことのない特異個体でしょうか」


 ザナが無表情でつぶやく。


「特異個体の一言で説明できれば良いのだがそうもいくまい。魔王城周辺は未だ開拓されておらず、そこでのみ生息する魔物とも考えられる。しかもこの統制力は、ゴブリンの特異個体が持つようなずる賢さではなく、明確な意思を感じる。戦略的に布陣をしていることのほかに、どこか、われわれに挑んで力を試しているような、そんな気がする。ただ間違いないのは油断はできないということだ」


 トーマが言い、周囲の者たちが頷いた。


「セラム、騎士部隊は地上の魔物を押しとどめつつ、魔術師たちを守れ」


「承知しました」


「ザナ殿はじめ魔術師の方々は高出力魔術により大型魔獣の侵攻を押しとどめ、翼を持つ魔物の掃討に当たってもらいたい」


「かしこまりました。皆さまのことは信頼しています。我々の日頃の研鑽の成果をお見せしましょう。巨獣であろうと倒して見せます」


「頼もしい限り」


 トーマが頷いた。


「コルレーン率いる聖職者には守りを固めてもらう。防御壁は出し惜しみせず、出来るだけ展開するのが上策でしょう。余裕があれば、騎士や魔術師に対する加護の祈りもお願いしたいところだ」


「承知した。これほどの戦場は久々ゆえ、心が躍りますな。ザナ殿の魔術、期待しております」


 コルレーンがニカッと笑った


「ええ、われわれも、久々の大仕事で腕が鳴っております。戦場でもなければ、全力の魔術など使えませんからね」


 ザナが答えた。表情は変わらないが、言葉の調子から高揚感が伝わってくる。


「もう少し準備期間があれば、魔術師の方々との動きを相談することができたのですが……指示含め伝令により、その場で対応いたします」


 セラムが険しい表情で言う。


「安心しろ、セラム。魔術師の力を見くびってはいかん。それよりも騎士の仕事は多い、まずは自らの仕事を全うすることを考えよ」


 トーマは気を張る教え子に、なだめるように言葉をかけた。


「魔術による意思伝達は可能です。百人ともなれば複雑な工程を踏まねばなりませんがこちらの数人で対処します。お任せください」


 ザナは表情を変えずに言った


「申し訳ございません」


 若いセラムは委縮していた。


「ハハハ、セラム殿、安心してくだされ、あなた方の体はわれわれが守りますゆえ。魔術師の本気を見ることができるの嬉しくて仕方がない」


 コルレーンが年上の余裕を見せる。


「教会の上層部は我々の魔術に対して批判的と聞いていたが、コルレーン殿を見ていると単なる勘違いだったと思えてきます」


 ザナが言う。普段から表情を表に出さない彼の言葉には重みがあった。


「いやいや、わしようなものがすべてだと思わんでくだされ。あなたの言う頑な上層部もいれば、わしのような組織の隔たりを超えたいという考えを持つ者もいる。教会も一枚岩ではないということよ」


「なるほど。われわれも似たようなものです。組織というものはどこも同じなのですね」


「人が集まりゃあ、派閥ってのは生まれるもんです。しかしわしは、いずれ、教会内の派閥が融和したらええと思っている。そしてそのための努力を続けている。これはあくまで理想だが、われわれは教会組織なんぞに閉じこもっているべきではないと思っとる」


「コルレーン殿のような方が増えれば、それも叶いましょう」


 コルレーンは周囲に響く笑い声をあげた。


「未来は明るいですな! セラム殿!」


「へ!? は、はあ……。私ですか」


「祈りと魔術。方法は違えど異界とつながるのは同じこと。それこそ騎士もまた、鍛錬の果てに異界とつながる。すべては皆同じよ」


「そういうものですか」


「われわれがあなた方の身体を強化するのは、その手助けをしているにすぎん。人は異界の元で皆平等なのだ!!」


 あっけにとられるセラムの前で、コルレーンは高らかに笑った。


 セラムの様子を微笑ましく見ていたトーマは、


「コルレーン殿はいつもああなのだ。自説を曲げたことがなく、教会でも特異な地位にあるお方だ。彼の考えることに賛同も否定も不要。ただ、己が道の参考とするがよい」


 と助言する。


「はあ……なるほど」


「自信を持て、私の見立てでは、お前はあの時点で王都に居たもので最も強い。だからこそ、この戦いを任せられる」


 嬉しさに震えるセラムであったが、トーマの表情に覚悟を見て、


「先生はどうなさるのですか?」


 と尋ねる。


「私は……」


 トーマは土煙のなかから現れた巨獣とその足元を走る魔物たちを見据えた。


 先頭には銀狼に乗るガルファスの姿が見える。


 トーマは直感的に敵軍の指揮官であると判断した。


「私は単独で動く、皆。今言ったとおりに頼む、セラム、後は頼んだぞ」


 セラムはトーマに進言しようとした。それは危険ではないのか。指揮官不在の戦場で、自分に何ができるのか。様々なことを考えた末、


「承知しました。どうかご無事で。部隊は私にお任せください」


 出てきそうになる弱音を押し込め、毅然とした態度で言った。


「ああ頼んだ。自分の力が及ばないと判断した際には周囲に助けを求めよ。お前にはそれができるはずだ。私にはついぞ成し遂げられなかったことだ」


「それはどういう……」


「私が強すぎたからな。誰にも頼らないままここまで来てしまった。戦場で気兼ねなく身を任せることができたのは、それこそスララギくらいのものだ。それはそれで、寂しい人生というものよ」


 それから、トーマは正面を向き、沈黙した。


 セラムはもはや言葉は無用と理解し、近くの馬に素早く乗った。


「皆の者!! 戦闘に備えよ!!」


 ザナとコルレーンも配置に戻る。


 魔王軍と王都軍の二つの軍が今まさに激突しようとしていた。

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