巨獣出撃
魔王軍最高戦力のひとつ、ダラガントは四足歩行の超巨大魔獣である。
その全長はアストリア城にも匹敵する。
魔王の領域の地下で眠っていたダラガントをこの戦いに投入することは、明らかにこの戦いですべてを終わらせるという意志がガルファスにあることを物語っていた。
ガルファスは百年もの時のなかで、メリルを戦わせることを恐れるようになった
メリルは優しい心を持ち、臣下たる魔物たちをぞんざいに扱わない。
魔王として生きることは、時として厳しい判断を迫られる。魔物を切り捨てることも必要になる。そんなことを彼女にはさせたくなかった。
ガルファスは、ダラガントとともに王都を潰す目算までつけていた。
準備期間が少なく、知性を与え、戦闘訓練を終えた魔物の数は十全とは言えない。しかし彼は自らの力に自信を持っていた。たとえダラガントを止められようとも、自分が王都を潰せば問題ないのだ。
ガルファスは図らずも、トーマと同じ、百体の魔物を引き連れ、戦場へと向かっていた。
「ゴアルガス」
魔素により強化された灰色の狼に乗り、荒野を疾走するガルファスは新たに部隊に加わった魔物の名を呼ぶ。
「何です?」
ゴアルガスが陽炎のようにガルファスの傍らに現れる。実体を持たない影のような姿をした彼は、戦闘能力が皆無で知性のみが与えられた稀有な存在であった。
彼の体は魔素そのもので出来ており、常時姿を現すことはない。もとは魔王城周辺で漂うばかりの亡霊でしかなかった魔物だが、ガルファスが名と知性を与えた。
ゴアルガスの役割は周囲の情報収集と他の魔物への情報伝達。
かつての魔王が生きていたころであれば、地上に魔素が充満し、魔物同士の意思疎通も容易であったが、現在はそれもかなわない。そこでガルファスは魔素自体に知性を宿す方法を考えた。この方式であれば彼が口頭で指示を出さずとも、ゴアルガスを通じて意志を魔物たちに伝えることができるわけだ。
「人間の軍はどれくらいになる」
加えて魔素は、地上の至るところに偏在している。ゴアルガスがその気になれば、はるか遠くの状況ですら一瞬で把握することが可能だ。
「そうっすねえ。ざっと百人くらいかな。うちと同じっすねえ。へへへ。なんか、言っちゃあなんですけど運命感じちゃわないっすか?」
急遽人格を与えられた魔物は少し情緒がおかしいところがあった。しかし、贅沢も言っていられない。ガルファスはユウカではない。知性を与えるにしても、彼の思い通りにするというわけにはいかなかった。
実際、これまでも魔物に知性を与えたが、言葉を解しても顎や声帯の関係上、喋ることができない、または片言でしか話せないという魔物にしかならなかった。
だが、部隊を編成するうえで、ガルファスのほかに魔物に指示を出す、あるいは彼の指示をほかの魔物に伝達できる存在が不可欠であった。その点、ゴアルガスは彼の求める要件を完璧にこなしている。性格や口の悪さなど大した問題ではなかった。
「構成は?」
「剣持ったやつら五割、あとが半々ってところでしょうかねえ」
声だけでも明らかに半笑いであることが伝わってくる。
「指揮しているのは誰だ?」
「誰っつっても名前はわかんねえっすよ。おれ生まれたのついさっきだし、人間の情報の蓄積がないんすよね」
「それはわかってる。何らかの情報は手に入れられそうか」
「そうっすねえ。爺さんってことくらいでしょうか。しかしこれは……」
「どうした?」
「鎧と剣に強力な魔術が付与されてる。こりゃあすげえや、芸術品みてえだ。おれも魔素の一部みてえなもんっすから、わかるんすよ。あんだけ魔術を簡略化して、かつ強大な力を付与できるなんて大したもんっすよ。まったく無駄がねえや」
「ふん、そうか」
ガルファスはその姿を視界に収める以前から、人間側にいるとてつもない力を持つものの存在を把握していた。だが、果たしてそれは、魔術が施された武具などという小細工によるものだろうか。それよりももっと根本的な……
しかし、今はそのようなことを考えても仕方がなかった。
ダラガントに不足はない。率いる魔物も彼が鍛え上げた精鋭だった。
相手の戦士や魔術師がどれほどのものだとしても、引けを取ることはないだろう。
ガルファスは脳裏によぎる不安をかき消すように首を振った。
人間側にどれほど力のあるものがいるとして、自分の力に拮抗しうる人間など居るはずがないのだ。
「しっかし、ほんとにやるんすねえ」
ゴアルガスがつぶやく。
「なにがだ」
「いや、ダラガントまで引っ張り出して、これ実質最終手段じゃないっすか。負けたらどうすんです? ガルファス先生も強いし、ダラガント出して負けるってこたあないでしょうけど、もしもの話ですよ。次の手とか考えてます?」
「黙れ。私を批判する気か? 誰がお前に知性を与えたと思ってる」
「滅相もないっすよ。ただ、思ったことを口に出したまでで。すんませんねえ。知性が芽生えちゃうと思いつくってこと自体が嬉しくてしょうがないんすわ。んで口に出しちまう。悪いことだとは思ってるんすけどねえ。どうしても止められなくて。許して下さいよ」
へへへ、と薄ら笑いが、ガルファスの頭に響く。
「何故お前のようなものが生まれたのかかわからん」
「そうなんすよねえ。自分でも驚いてます。でも、話せる存在がいるってのはいいもんでしょう? おれはそう思いますね。周り見てみても、まともに会話できるやつなんていないじゃないっすか。ガルファス先生だって寂しかったでしょう?」
「ほざくな」
「おお恐。でも、せっかく話すことができるのに、ガルファス先生とだけってのももったいないなあ。メリル様とも話してみたいっすよ」
「お前のような魔物を近づけるわけがなかろう」
「だと思いました。ま、おれはおれの仕事をするだけなんでね」
「分かっているなら黙っていろ」
「うーっす」
そして、ゴアルガスの気配が消えた。彼は魔素に溶け、他の魔物たちにガルファスの意志を伝える仕事に戻った。
ガルファスはため息をつき、思考を切り替える。ゴアルガスは無駄口をたたくが、仕事を怠けるような魔物ではない。
待ち受ける敵との距離も近づいている。
ガルファスは腰の剣を抜き、頭上に掲げた。
「わが力を、メリル様のために!!」
ガルファスが吠えると、共鳴するように、魔物たちが叫び声をあげた。
すでに、死ぬ覚悟はできていた。




