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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第六話 魔王
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先遣隊召集

 人口わずか数千人の小国から発展し、現在は大陸の中心部を掌握する大国、オルディスそのさらに中心に位置するのが王都アストリアである。


 歴史上類を見ない超巨大建造物であるアストリア城は、王都成立から幾度もの改修を経てオルディスの権威の象徴として人々を見下ろしていた。


 城の玉座にあるは第三十三代国王、ファルス。


 ファルスの名は王位継承の際に与えられ、次の世代に至るまでその名を冠する栄誉を得る。継承候補者は王族の中でも幼い頃から英才教育を受けた優秀な人間から選び出され、厳正な審査と試練を潜り抜けたものだけがファルスを名乗ることを許されるのだ。


 現王の元の名はクレドリックという。武芸に秀でてはいないものの、その知性で他を圧倒し、オルディス王としての地位を獲得した。領地内の隅々まで心を配り、問題があれば迅速に対応する手腕が、賢王としての評価を不動のものとしていた。


 朝、トーマはファルス王から召集を受けた。


 トーマは嫌な予感が的中したことを確信していた。


 官僚の長であるデトランに案内され、トーマは玉座の間へと向かった。彼は早急の命に大股で玉座に近づき、膝をついた。


「トーマ・グランドールはせ参じました」


 グランドールとは、彼が騎士となり与えられた家名だった。


 国王は頷き、


「デトラン、下がれ」


 官僚たちを下がらせた。


「卿の言葉は我のもとに届いておる。トリオンからの報告であったな」


「その通りでございます。私をお呼びにになったということは、北でなにか動きが?」


 王は表情を曇らせる。


「ああ、卿の悪い予感が当たってしまったようだ。届けられた報告によれば、魔王城の方角から魔物の一団がこちらに迫っているという。数としては大軍と呼べるほどではないものの、はるか遠くからも見える巨大な魔物の姿もあると聞いている。このようなことは前例のないことだ」


「はい、私も長く王都に仕えておりますが、魔王城の領域から魔物が攻めてきた記憶はございません」


 そこで王はため息をつく。


「魔王など、伝説上の存在と思っておった。何しろ我が国の初代ファルス王以前に猛威を振るったものらしいからな。記録もほぼ残されてはおらぬ」


「私もおとぎ話のような話を聞くばかりでございます」


「魔物の数からして、魔王軍の復活というわけでもなかろう。だがこちらも手をこまねいているわけにもいかん。卿に助言を頼みたい」


「残念ながら王都の最高戦力である騎士トリオン、そして彼に次ぐ騎士バーレスも遠征につき不在となっております。報告によれば魔物の軍団は一直線にこちらに向かっており、騎士たちが戻るのを待っているわけにも参りません」


「ではこちらから打って出るか。しかし相手の力量がわからぬ以上、どの程度の規模の兵力を割けばよいか決めかねる」


「私が出ましょう」


 王は驚きの表情を浮かべる。


「しかし卿はすでに引退して長いはず……」


「だからこそです。私のような退役者が、直接相手を見定めます。私が相手を倒せるならば結構。もしも私がやられるようなことがあれば、王都で準備を固め、大隊を組む必要があるでしょう」


「卿は死ぬ気か」


「いえ、滅相もございません。私はこの体を王都に捧げた身。無駄にするわけにはまいりませぬ。ですが、王都の最高戦力が不在の今、時間を稼ぐ必要がございます。かといって相手に見合わぬ新米兵を投入し、あたら兵力をそぐよりも、未だ腕に覚えのある私のほうが相手の力量を図ることができるかと」


「なるほど……一理ある。だが卿は戦えるか」


 王はトーマを見据える。それは覚悟を問う眼差しであった。


「戦えます。全盛期の私をご覧になられたことはないでしょうが、私はこの年になってもトリオンに負けると思っておりませぬ」


 トーマはニヤリと笑いを浮かべた。


「それに……」


「それに?」


 トーマの言葉に王が聞き返す。


「この出来事には、どこか神命のようなものを感じています。私が出て、敵を見定めることが、私の使命と感じるのです」


「ふむ、神命か。聞いたことがある。卿は神の力を身に宿した男として名を上げたな」


「人の噂にございます。しかして、神命を感じていることに違いはございません」


 しばしの沈黙。


 王は考えた末に、


「分かった。任せよう。しかし命を粗末にするではないぞ。私は幼いころからトーマという稀代の英雄に憧れていたのだからな」


 王は懐かしげに表情をほころばせる。


 トーマは王都に仕えるようになったのは前王の時代。現王はクレドリックという名で生きた幼い頃から彼を慕い、王都に戻るたびに辺境での話を求めた。話下手と前置きをしながらもトーマはいつも魔物討伐の旅を話して聞かせた。


 現王はトーマの英雄譚を聞きながら成長したといっても過言ではなかった。


 クレドリックが王となり、トーマが剣術教官となって以降は、その立場と忙しさから対面することさえ滅多になくなってしまったが、現王にとって、トーマの存在は常に心の支えとなっていた。


 他の候補者に比べ体が弱く、病がちな彼が、王として自らを律し、より良い治世を願い、そして実際に一定の平和を維持することができているのも、すべてはトーマの存在があってこそだった。


「承知しました。すべては王、そして王都のために」


 トーマは立ち上がり、深く頭を下げた後に玉座の間を出た。


 やることはいくらでもある。


 彼は足早に兵舎へと向かった。


◆    ◆    ◆    ◆


 先遣隊はすぐに召集された。


 武器を扱う騎士はすべてトーマの教え子だ。


 魔術学院と正統教会からも応援を呼び、およそ百人の部隊が急遽立ち上げられた。


 出発の前、アストリア城の前でトーマは壇上に立ち、檄を飛ばした。


「すでに聞いておることと思うが、北から魔物の一群が迫っている。敵の詳細は不明。これにより王都の中枢は混乱をきたしている。これまでわれわれが魔物の討伐に向かうことはあっても、攻められるような前例がないためだ。さらに相手は北の魔王城近くから向かってくるとの報告が上がっている。これまで沈黙を続けていた魔王城で何らかの事態が発生している可能性がある。これもまた前例にないことだ。我々の使命は敵の戦力を見定めること。よいな!」


「おう!!」


 騎士たちの気勢が上がり、魔術師たちは杖を掲げ、聖職者たちは深々と礼をした。


「相手の思惑が読み取れないため、うかつに王都を開けられぬ。さらに力量も読めないために、急遽先遣隊が組織されることとなった。私のような老兵が先頭に立つことを不安に思う者もいるだろうが、どうか、王都のために全力を尽くしてもらいたい」


 そこで騎士の一人が進み出る。


 トリオンには及ばぬものの、トーマの生徒の中でもとりわけ優秀なセラムだった。彼は辺境にある村の出身であり、似た出自を持つトーマのことを神のように崇拝していた。彼の熱意はすさまじく、もともとあった才に加えて、日々自分に課した過酷な鍛錬により、現在の評価を受けた逸材であった。


「老兵などと! 先生のためならば、われわれはいつ何時はせ参じる覚悟があります!」


「セラム! よくぞ言ってくれた! 魔術師の方々、聖職者の方々も私の急造部隊に加わっていただき感謝している」


 若い魔術師の一人が進み出る。


「あなたのことは、我が師であるスララギ様から聞き及んでおります。部隊を組織する方として不足があろうはずはございません」


 彼の名はザナ。魔術学院の若手のなかでもトップクラスの力を誇る俊英だった。魔術とは知識を蓄えることと同義であり、一つの魔術を究めようとすれば、それだけ長い年月がかかる。そういった状況から年功序列に陥りがちな魔術学院にあり、彼の存在は若手魔術師の希望の星であった。


 さらに聖職者の一人も進み出た。こちらはトーマの年齢に近いように見える。


「トーマ様のおよびとあれば、協力せぬわけにはまいりませぬ。かつてあなたの率いたワイバーン討伐部隊に、私も末席として現地に参加しておりました。この命をもう一度あなたにお預けいたします」


 彼の名はコルレーン。閉鎖的な教会組織のなかで我を通し、他の領域と関わりを持つ数少ない聖職者の一人だ。教会内に存在する革新派や保守派が勢力争いをするなか派閥の波を乗り越え、特異な地位を確立している彼は、かつて王都の魔物討伐部隊に所属し、各地で経験を積んだ男だった。


「ありがたい限りだ。私は良い教え子と仲間を得たこれまでの人生を誇りに思う! 相手の力は定かではない。命を落とすこともあろう! しかしこれは、我らの同胞が住まう王都の人々のためだ。よろしく頼む!」


「おう!!」


 再び騎士たちが気勢を上げた。


 彼らは各々馬に乗り、王都から出陣する。


 その時、魔物たちの一群は刻一刻と王都に向かって直進を続けていた。


 現状最高戦力の魔王軍と、かつての英雄が率いる人間軍が、千年以上の時を超え、激突しようとしていた。


 その結末を予想しているのは、この時点では誰もいなかった。

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