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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第六話 魔王
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少女が現れた日

 ユウカが魔王を別室に行かせ、広間にはガルファスとユウカだけが残っていた。


「何か言いたそうね。ガルファス」


「いえ、そのようなことは」


「私があの子にしている仕打ちがひどいと思っているのでしょう? でもあなたもわかっているはず。魔素がなければ、魔王城の再興はない」


「承知しております」


「なら良い。ところでガルファス。忠臣たるあなたにお願いがあるのだけれど」


 ガルファスは緊張する。彼女の願いで、これまで良いことなど一度もなかったからだ。


「あなたは私の力で知性を得たのよね? 私に感謝する気持ちはある?」


「もちろんでございます。ユウカ様の力あってこそ、私はメリル様にお仕えすることができました」


「そうよね。魔素のないあの子では、魔物に知性は与えられない。今あの子が成長で来ているのも、私のおかげといってもいいはずよね」


「はい。おっしゃる通りです」


「そのあたしからのお願いなんだけれど、一度王都を攻めてもらえないかしら。誰を連れて行ってもいいけれど、全軍はよしてね」


「は! しかし……」


「あなたの言いたいことはわかるわ。このタイミングでなぜ、ということでしょう? 私はね。あの子を魔王にしてあげたいの。その前に、王都の力を把握しておきたいのよね。これから魔王軍を立ち上げるにあたって、先兵として王都を攻める。滅ぼす必要はない。ただ、向こうの戦力を確かめるだけ。相手の力量を知り、これからの計画の参考とする。どうかしら?」


「……お受けいたします」


 ユウカの言っていることにおかしなところはない。これまでメリルの成長を待つという名目で軍を一度も動かしたことがないのは事実だったからだ。しかし、どこか引っかかっていた。


「これは魔王復活のデモンストレーションでもあるの。あなたの力を存分に発揮して、人間を威圧し、そのあとに魔王が登場する。どう? 素晴らしい考えじゃない?」


「はい、私もそう思います」


 ユウカの言葉への疑念が心にたまっていくのを感じていた。


「もしも相手が強ければ、計画を立て直し、改めて準備をする必要がある。逆に大したことがなければ、すぐにでも魔王群の全勢力を上げて、その力を世界に知らしめる。悪くない話だと思うのよね」


「承知しました。軍は私が選んでもよろしいのでしょうか?」


 ガルファスは声を絞り出す。


 ユウカに従わざるを得ないとしても、それだけは譲れなかった。


「当然よ。あなたに任せるわ」


 ガルファスは立ち上がる。


「では、すぐにでも出陣の準備に取り掛かります」


「ええ、がんばってね。私はあの子の力を開く準備をするから」


「では、失礼いたします」


 ガルファスはユウカに背を向け歩き出した。


 ユウカの言うことは正しい。しかし何かが間違っている気がする。


 だが迷っている場合ではない。時はすでに動き出してしまった。彼は迷いを捨て去り、軍の編成へと頭を切り替えた。


◆    ◆    ◆    ◆


 ガルファスが目を覚ましたのは、メリルが生まれたのとほぼ同時であった。


 魔王が倒され、知性を持つ幹部たちが皆殺しに合った後、魔王城は荒廃の一途をたどっていた。


 あれから数百年、依然として魔素は満ちているが、領地の外にあふれることもなく、魔物たちは互いに小競り合いを繰り返すのみだった。ある程度の意思疎通ができる者はいる。しかし、仲間として連携する。あるいは統率することのできる魔物は完全に消えていた。


 ガルファスは魔王城の地下深くで眠っていた。

 

 彼は魔王の幹部と言ったような魔物ではなかった。二足歩行で人のかたちに近くそれなりの知能は持っているものの、彼の仕事と言えば単なる一兵卒としてであり、知略に通じた幹部の命令を聞いていたにすぎない。


 魔王は彼の臣下に魔素とともに知性を与える。


 その偉大な存在が消えた時、臣下から知性が失われた。わずかに残った残存勢力は、消えゆく意識のなかで魔王城の地下へと向かい、そこで深い眠りについたのだ。 


 復活の機会を待つための眠りであったが、眠りにつく寸前には、すでに自分が何と呼ばれて何をしていたのかも思い出せなくなっていた。


 そんな魔物の一人、ガルファスはある時突然、長い眠りから覚醒した。


 失われていたはずであったいくつかの記憶が蘇り、彼はおぼろげに自らの名前と魔王に忠誠を誓っていたことを思い出した。


「どう? 目が覚めた?」


 目の前にいたのはユウカであった。


 その時点では、まだ彼女の名前を知らない彼は、どうしてここに人間がいるのかと疑問に思った。


 魔物の住まう領域に似つかわしくない露出の高い服装。


 彼はその違和感に恐怖を感じ、おびえるようにユウカの姿を見上げていた。


「あなたの名前を聞いてもいい?」


「私の名は……ガルファス。たしか、そう、呼ばれていた」


 彼は残った記憶の中から名前を拾い上げる。


 兵を統率するうえで与えられた名称、それがガルファスだった。ガル部隊に所属し、ほかにも、ガルで始まる魔物たちがたくさんいたことを覚えている。


 ほかのことはほとんど思い出せなかったが。それだけは体に刻み込まれていた。


「うん。強そうな名前ね。良かった。これでヌメロン何て名前だったら、私が付けなおさなくちゃならないところだった。どうして私があなたを選んだのかわかる?」


「わからない。私は、なぜ? こんなにも、わかるのか」


 突然現れた知性というものを、ガルファスは持て余していた。足元が落ち着かない土台とするものが感じられない。空虚さだけがあった。


「そんなのどうだっていいじゃない。大切なのは私があなたを選び、知性を与えたってこと。ちょっと手伝ってもらいたいことがあってね」


 ユウカはこともなげに言う。自らの空虚さに耐えられず、ガルファスはすがるようにユウカの言葉を待つ。


「魔王が死んだことはあなたも知っているでしょう? あれから随分と時間がたってしまったけど、ようやく新しい魔王が生まれたのよ。でも、以前とは状況が変わっちゃってね。私にも原因があるんだけれど。とにかく魔王単体だと、周りの魔物に力を与えられないのよ。だからあなたには、魔王が大きくなるまで、彼女を見ていてもらいたいの」


「はあ……」


 一度に多くの情報が与えられ、ガルファスは混乱した。


 新たな魔王が生まれたというのはわかった。


 しかし手伝うとは? 力が与えられないとは? そして……彼女?


「見たほうが早いわね。こちらに来て」


 ユウカは背を向け歩き出す。彼女の行く先には地上まで伸びる長く緩やかに伸びた螺旋階段があった。ガルファスは慌てて立ち上がり、彼女の後を追った。


 果てしなく続く階段を登り切り、さらに奥へと進む。


 たどり着いたのは王座の間だった。かつて魔王がその身を収めていた玉座は空席となっている。


 広間の中央に人影があった。人間に似たその姿は、手足を折り曲げ、胎児のように身を丸め、空中に浮かんでいた。


 周囲に魔素が取り巻いているのは目で判断できるが、それはかつての魔王がまとっていたものとは比べ物にならないほど薄く、はかなげであった。


「これが、魔王様……」


 ガルファスがつぶやく。


「そう、ついさっき生まれたの。システム上、生まれるかどうかわからなかったけれど、何とかうまくいったわ。でもまだ安定していないし、本人に魔素を扱う力はあっても、周囲に影響を及ぼすことはできない。これも、勇者を止めてしまったせいなんでしょうけど」


「このお方は、目を覚まされるのですか?」


 知らず知らずのうちに、ガルファスはユウカに丁寧な口調を使うようになっている。理屈はわからないものの、ユウカにとてつもない力を感じていたからだ。


「ええ、もうすぐよ。さっき言った私のお願いなのだけれど」


「手伝うとは……?」


「私はいろいろと忙しいのよ。まだ自分にできることが完全にわかっていないし、実験もやらなくちゃいけない。そこで、あなたに知性を与えたってわけ、あなたには、時が来るまでこの子を育ててほしいのよ」


「私が……? そのようなことができるのでしょうか?」


「できなくちゃ困るのよ。でも安心して、魔王には初めから知性があるはずだし、手なんて少しもかからないはず。あなたには力を与えておくから、ほかの魔物に手伝わせたらいい」


「ですが……」


「不安? 不安よね。大丈夫。私もたまに見に来るから。子供なんて生んだことないけど、女の子は手がかからないっていうし、平気でしょ」


 ガルファスは空中に浮かぶ物体に近づく。これかが新たな魔王。そして自分は、この魔王を育てる命を与えられようとしている。


「お名前は?」


「あたし? あたしはユウカ」


「そうではなく、このお方の」


「ああ、考えてなかったな。普通はどうやってつけられているのかな。そうね……メリルにしましょうか」


「メリル様」


 ガルファスはかみしめるようにその名を口にした。


「じゃ、頼んだわね。またしばらくしたら見に来るから」


 そう言って、ユウカは魔王城から姿を消した。


 残されたガルファスは、メリルが目を覚ますのを、ただただ待っていた。

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