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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第六話 魔王
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英雄の足跡

 トーマは村を救った後、サガラに言われた通り、二度とあの力を使うことはなかった。


 ベッドから起き上がれるようになり、日常生活を送れるようになると、彼は再び剣術にのめり込むようになった。彼は無我夢中で剣を振り、修練所の師匠に戦いを挑み続けた。


 それは鬼気迫るほどであり、あまりの熱心さに、師匠が先に音を上げてしまうほどだった。


 皆、トーマの変化に驚いていた。


 剣への打ち込み方はもちろんのこと、祭りが魔物に襲われた前と後では、彼の体の動きが完全に違っていた。


 その理由は、トーマ本人だけが知っていた。


 サガラがバグ呼ぶ存在と戦った時の力は消えた。


 しかしバグと戦ったあの瞬間の剣捌き、力の使い方を、彼の体が覚えていた。


 全身が書き換えられた時の筋力や感覚には及ぶべくもないが、戦いのなかで得た感触が彼の内部に深く根を下ろし、自らの動きこそが、彼の手本となった。


 自らの中に答えがある。上を目指すものにとって、これほど心強いものはない。トーマは迷うことなく剣に打ち込み、彼の体がそれに答えた。


 トーマが祭りの広場で倒れていたのを見つけたスサナは、彼の身に何かとてつもないことが起こったことを知っていた。


 しかし彼女はなにも言わなかった。


 村ではトーマ怪我について、魔物のせいだというところで落ち着いた。


 冒険者たちは何も言わずに村を去ってしまったし、トーマも自分の怪我について何も話そうとはしなかった。


 魔物は冒険者たちが倒したということで、すべては丸く収まったのだ。


 だが、本当にそうだろうか? 


 トーマは自分の怪我について何も言わないが、彼女にはわかった。


 魔物を倒したのはトーマだ。


 本心ではそのような目にあって、さらに剣に打ち込むトーマを止めたかった。しかし、彼女はトーマが、あの日以来さらに力を望み、騎士となる夢に突き進もうとしていることがわかり、何も言わずに彼を見守っていた。


 トーマもまた、スサナが何事かを察知したことに気づいていた。


 だが、だからこそ、彼女とは距離を取らねばならなかった。


 もっと強くなりたい。強くなるためには、ほかのことを考えてはいられない。


 トーマは強い覚悟を持って剣に臨み、スサナとも会わず、ただひたすらに剣の道を歩んだ。


 数年後、彼はかつて王都にいた先生の伝手を頼り、騎士となる試験を受けることになる。


◆    ◆    ◆    ◆


 それからのことは、英雄の歩みとして、王都の資料室にも納められている。


 彗星のごとく王都に現れたトーマは、試験官が目を見張るほどの剣の腕前を見せ、すぐさま騎士団への入隊を許された。これは、王都の騎士団の設立以来の異例の採用であった。


 騎士は、幼いころから専用の教育受けた貴族の息子か、王都の周辺の修練所で名を上げたものが特別に入隊を許されることのほか、地方からやってきた騎士志望者は下働きの見習いから始めるのが通例であった。


 その前例をトーマが変えた。


 彼はその実力から、騎士同士の実力を測る模擬試合で無敗を誇り、たった数年で熟練の騎士たちと肩を並べる存在となった。


 トーマに対する貴族たちの反感は著しかったが、彼はそれらをすべて、剣の腕でねじ伏せた。


 そして数年に一度開催される王の前で行われる御前試合では、圧倒的な強さを見せつけ瞬く間に騎士団の頂点に上り詰めた。


 彼の力は、時が時ならば、勇者の再来と言われていたことだろう。


 王から認められたことで、歴代最年少で騎士団長の称号を得て、以降は、地方の領地を苦しめる魔物の討伐の任に努めることになる。


 彼の向かうところに、魔物は裸足で逃げ出すともいわれていた。


 当時南部の海を荒らしまわっていた凶悪なシーサーペントを仲間の騎士とともに下し、その周辺にはびこるゴブリンどもの掃討にあたった。


 トーマは各地を巡り、迅速に人々を苦しめる魔物を壊滅させていった。そのあまりの力に、彼の全盛期には、ダンジョン以外での冒険者の仕事がなくなりかけたという、冗談のような逸話も残っているほどだ。


 そのようにして数年間、地方の領地で魔物たちを屠り、二十代半ばとなった彼は、王都へと戻った。英雄の帰還に、王は彼を貴族の位に遇した。


 そんな彼を名家の人々は放ってはおかなかった。貴族たちは皆、自分の娘と彼を縁付けようとしたがトーマはすべて断った。


 彼は時を置かず生まれ故郷に帰り、幼馴染であるスサナに求婚した。彼女は断らなかった。トーマはスサナを王都に連れて帰り、王の許しを得て、王都の高台に小さな屋敷を建てた。


 それからのトーマの活躍もまた華々しく、きらびやかなものであった。


 翼竜のワイバーン、巨大な毒蛇ヒュドラを下し、ついた彼の異名は神威を纏う者。彼が騎士団長として最後に参加した遠征では、これまで人の住めなかった東の未開拓領域にて、双頭のドラゴンと戦ったという記録が残されている。


 数百年に一度の脅威とされる凶悪な双頭のドラゴンとの戦いには、当時すでに四十を過ぎていたトーマ、そして現世最強とうたわれた魔術師、こちらも最年少で最上位魔術師ロギの称号を得たスララギ・ルダネアが参加し、熾烈な戦いを繰り広げたとされている。トーマは騎士団長として後方で指示を出すような立場でありながら最前線でも戦ったとされ、神威を纏う者の異名を改めて世に知らしめた。


 ドラゴンとの戦いを終えた後、トーマは騎士を引退した。以来、彼は後進を育てるため王都騎士修練所の教官となり、現在に至る。その後の彼は名教官として数々の優秀な騎士を輩出し、王都を安定に導く存在として再び王都に名を馳せることとなる。


 これが英雄トーマの歴史である。


 輝かしい功績に隠れ、彼の出自や力の源流など、多くのことは謎に包まれている。トーマがいかなる修練によって、その技術を身に着けるに至ったのかは誰も知らない。ただ、畢生の英雄であることは誰にも疑いようのないものであった。


 初老と呼ばれる歳になるトーマは、これまで人生のほとんどを王都に捧げていた。騎士となるため王都に来て約四十年、子宝には恵まれなかったものの、彼は生徒に慕われ、充実した生活を送っていた。


◆    ◆    ◆    ◆


 トーマは食卓に着き、スサナを待っていた。


「そういえばトリオンと会ったよ」


 皿を持ったスサナが見えて、トーマは話を切り出す。


 スサナは皿を置くと、エプロンを取り、トーマの正面に座った。


 家を建てる時に給仕を雇うことを提案したが、彼女は首を縦に振らなかった。


 以来ずっとトーマの食事はスサナが作っている。


「あら懐かしい。以前うちに遊びに来てくれましたよね。見どころのある青年だと言って」


「ああ、私の目に狂いはなかったよ。今では人々の生活を脅かす魔物を退治して回っている。昔の私と同じだな。ますます立派な顔つきになっていたよ」


「そうでしょうとも。私は剣のことはわかりませんが、剣に対して誠実で、人を惹きつける魅力のある青年だと思っていました。しばらくは王都に?」


「いや、またすぐに出てしまうらしい。戻って一番に挨拶してくれたようだ。良い生徒を持ったものだ。今頃は貴族の令嬢たちに囲まれているだろうよ」


「さぞ人気でしょうねえ」


「ご令嬢たちは、騎士の実力を見る機会はないから、有名な騎士が戻ったというだけで騒ぐのだ。あまり羽目を外さないとよいのだが」


「あなたもそうだったのでしょう?」


「ん?」


「貴族のご令嬢に囲まれて、どうでした?」


「いや、私は……」


「騎士の方は誘惑が多くて大変ね」


「うむ。しかし私は……」


「トリオンのことですよ」


「ああそうだな」


 スサナは笑う。


 歳をとってしまったが、その笑顔はいつまでたっても変わらないな、とトーマは思う。


「私で、良かったのですか?」


 照れくさそうにスサナが言う。トーマははにかむように、


「当然だ」


 と答えた。


 トーマは昔、スサナに求婚したことを思い出す。


 あの時もぎこちなく、うまいことが言えなかった。剣術のことならわかるが、ほかのことはさっぱりだった。それは今でもあまり変わらない。多少王都での立ち回りがうまくなったくらいだ。


「ほかには何か言っていませんでしたか?」


 スサナが話題を変えた。


「ああ、北のほうでな、何やら魔物の不穏な動きがあるらしい。私のところに来たのも、それを伝えるためだったようだ」


「頼りにされているんですね」


「うれしいことだが、私は今やいち教官でしかないからな。一応明日、上に話を通しておこうかとは思っている」


「心配ですか?」


「わからない。しかし、北というのが気になる」


「魔物のことはわかりませんが、トリオンがいれば安心でしょう。ほかにも王都には、優秀な騎士たちがたくさんいますし」


「これまで各地で仕事をやってきたが、北に行ったことはない。トリオンもそうだ。だから本人も気にしているようだ」


 トーマは難しい顔をする。


「どうしました?」


「なにか、嫌な予感がする……」


 考え込むトーマを、スサナは心配そうに見つめていた。

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