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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第六話 魔王
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世界を救った男

「はじめ!!」


 野外の剣術訓練場で気迫の込められた男の声が響く。


 一定間隔で整列した男たちが、一斉に剣を振り始める。


 その間を、後ろで手を組んだ初老の男が歩いている。手には短い棒を持ち、険しい表情で剣を振る一人ひとりを見ていく。


 そこは、王都の中心にある城の訓練場。


 王に仕える騎士たちが、日々、剣の修練に励んでいた。


「そこ! 持ち手が甘い!」


 初老の男が若い騎士に指示をする。


 指摘を受けた青年は直立し、羨望のまなざしで男を見ている。


 男は見習騎士の目の前で、短い棒を振って見せる。その動きはなめらかで無駄がなかった。


「やってみろ」


 男に言われ、見習騎士が再び剣を振る。男は頷き、再び後ろで手を組み歩き出した。


 彼はこの訓練場で剣を教える教官だった。


 騎士として王都に配属されたものは、必ず彼に剣捌きを見てもらう。教えは的確で高圧的な態度をとることもない。現在活躍する名のある騎士たちは皆、彼のことを先生と敬っていた。


 数回の休憩をはさみながら、その練習は数時間続いた。


 先生と呼ばれる男は、技術の出来不出来にかかわらず、平等にすべての騎士たちの動きを見て、その習熟度に合わせた助言をした。


 終わった頃には日が暮れようとしていた。


 初老の男は壇上に立ち、整列する見習騎士たちに向かって、


「本日はこれにて終了。教えたことを忘れぬよう、日々の鍛錬で繰り返し動きを確認するように。疑問のあるものは次の訓練の前に私のもとへ来い。では以上だ」


 男が言い終わると、


「ありがとうございました!!」


 見習騎士たちの感謝の言葉が響き渡った。


 騎士たちが解散し、男は満足げにうなずき訓練場を出た。


 すると出入り口に、王都でも名高い騎士、トリオンがいた。


「先生。お久しぶりです」


「おお、トリオンではないか。元気でやっていたか?」


「ええ、おかげさまで。長らく各地を回っておりましたが、ようやく帰ってこれました」


 トリオンは笑顔を浮かべる。教官の前の彼は、歴戦の騎士というよりも快活な逞しい青年といったような雰囲気を纏っていた。


「お前の名はこちらにも轟いているぞ。なんでも、東の山で暴れるワイバーンを仕留めたとか」


 男も笑う。教官としても長い経歴を持つ彼は、教え子の成長が何よりも嬉しい。


「あれは私の力だけではありません」


「いや、ほかにも、南の地でトロルを退治したとも聞いている」


「あれには苦労しました。先生も戦ったことがあるでしょう? 特異個体というやつです」


「ああ、それは大変だったな。肉体強化型か」


「ええ、しかし私はこのように生きて戻りました。先生の教えのたまものです」


 そういって、トリオンは腕を広げて見せる。


 男は嬉しそうに笑った。


「息災で何よりだ。王都でのあいさつは済ませているのか?」


「いえ、これからです。まず先生にお会いしようと思ってここに来ました。この後は貴族の方々にお声かけいただきましたので、宴会に向かう予定です」


「ううむ。名のある騎士は苦労が絶えんな。私はああいった集まりが苦手で、いつも理由をつけて逃げ回っておった」


 男は顔をしかめて見せるが、口の端は笑っていた。彼の表情には教え子に対する信頼があふれていた。


「それが正解です」


 トリオンも真面目に頷いて見せる。


「しかしそれではもう時間がなさそうだな。うちに来てもらおうと思ったのだが。もちろん大したものは出せんがな」


「ありがとうございます。お気持ちだけいただいておきます」


「しかしなんだな。さんざんやった私が言うのもなんだが、各地を飛び回って苦労するな」


「それが力を持つ者の使命ですから。先生からもそう教わりました」


「ううむ。王都は人使いが荒いからな。力があるとわかれば、辺境のごたごたを押し付ける。しかしもうしばらくの辛抱だ。お前もいずれ王都に戻ることができる」


「私もいつか先生のようになりたいです」


「やめておけ。さっさと引退したほうがよい。私は体を動かしていないと落ち着かないからやっとるだけだ」


「でもそれが、騎士たちの心の支えになっています。先生がいなければ、王都の騎士はこれほど強くならなかったでしょう」


「ありがたい言葉だ」


 そして、トリオンの表情が険しくなる。


「ところで先生。お伝えしたいことがあります」


「なんだ?」


 トリオンの様子に男の顔に緊張が走る。


「北でよからぬ動きがあるとの報告が届いています。現在調査中ですが、確証はありません」


「ふむ。北というと、魔王城があるというところか。あそこは昔から凶悪な魔物はいるが、外に出ることはないはずだが……」


「そうです。我が隊の魔術師が感知したと言っているだけなので、真偽は定かではありませんが、先生にも……」


「……わかった。上のほうに報告しておく。だが王都の官僚たちは確かな証拠がなければ、調査部隊の編成はおろか、軍を動かすようなこともしないぞ。私もそれで昔は苦労した。魔物討伐はまだしも、救助となれば人手が居るからな」


「ありがとうございます。私も王都にいる間にできる限りのことをしてみますが、すぐに出てしまいますので先生に頼るほかなく……現地調査の手配はしておくつもりです」


「期待するなよ。今や私の影響力などないに等しい」


「そんなことはありませんよ。あなたは今でも王都の英雄です」


「持ち上げるな。私はしがない剣術教官にしかすぎんさ……しかし、声はかけておくよ」


「よろしくお願いします。では私は、貴族の方々にもまれてきます」


「ああ、ほどほどにな。酒の誘いを断ることも騎士のたしなみだ」


「ご忠告、痛み入ります」


「なあに、老婆心というものよ」


 そして、二人は別れた。久々の教え子との再会に、男は嬉しそうに家路を急いだ。


◆    ◆    ◆    ◆


 アストリア城を出た男は家路を急ぐ。


 夕暮れ時の大通りには活気があり、多くの人々が行きかっている。行商人が荷物を積んだ馬車を引き、貴族の馬車がその豪華な装飾を見せつけ、仕事を終えたらしい冒険者の一行がギルドに向かって歩いている。


 城から離れた高台に、彼の住む屋敷はある。


 貴族の屋敷は城の近くにあるのが基本だ。城に出仕しなければならなかったし、何より王のそばにいることが彼らにとっての名誉だったからだ。


 しかし男は、貴族のような生活を選ばなかった。


 彼の役職からすれば、もっと良い場所と広い屋敷を与えられるはずだったが、彼は王の申し出を丁重に断った。


 男は思う。


“良い所に住んだところで、自分の価値は変わらない。それに、貴族の生活は息が詰まる。私はあくまで騎士であり、騎士に華美な住居は必要ないのだ”


 男は遠くに見える自宅に向かって坂を登る。もしもこの坂で息が上がるようなことがあれば、剣術の教官を辞しようと自分で決めていた。


 周囲に建物はなく、行きかう人も消えてしまった。彼は一人で坂を登る。


 彼が坂の上に自宅を選んだ理由がもう一つある。


 男は立ち止まり、遠くに城を見た。この高台なら、城がよく見えて、人々の住む建物を見渡すことができる。


 彼は王に忠誠を誓い、そして、王都そのものを愛していた。


 人々を守るためなら、自分はどんなことでもするだろう。


 実際そのような気持ちで、これまで、魔物と戦ってきた。彼が過酷な戦いを続けてこられたのは、すべて王都に対する愛ゆえのことだった。


 彼はしばらく立ち止まり、夕日の沈む王都を見ていたが、再び歩き出した。


 男の屋敷が見えてきた。


 ドアの両側にはすでに明かりが付けられている。


 彼はドアの前に立ち、ノックをする。


 あまり大きな屋敷ではない。


 彼は使用人も置かず、この屋敷で、妻と二人で住んでいた。


「はーい」


 扉の向こうから女性の声がする。


 男が扉の前で待っていると、鍵を開ける音がして、扉が開く。


「お帰りなさい。トーマ」


「ただいま。スサナ」


 かつて人知れず故郷の村を救った少年、トーマは、長い年月を経て、今や王都の英雄となっていた。

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