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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第六話 魔王
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魔を統べる少女

  千年以上の時を経た今でも、魔王城はその姿をかつてのまま保っていた。


 それは周囲に満ちる魔素ゆえだろうか。あらゆる変化を拒み、魔王城も、周辺の土地も、あらゆるものが形を変えず残っている。


 人の侵入を許さぬ魔界に、たった一人の少女がいた。


 歳は人間でいえば、十四から十五と言ったところだろうか。


 色白で漆黒の黒い髪を持つその少女は、同じく黒いドレスを着て、魔王城の謁見の間、かつては魔王が座っていたとされる玉座に座り、足をぶらつかせていた。


 そこに、鈍い光を放つ銀の鎧を身に着けた長身の男が現れる。いや、それは果たして男だろうか。青みがかった肌に、額の両端から二本の力強い角が生えている。


「メリル様。またこちらにおいででしたか」


 男は高く作られた玉座を見上げて言う。


 メリルと呼ばれた少女は、気だるげに肘置きに身を預けており、物憂げな表情で男を見た。


「ガルファス。私はいつになったら外に出られるの?」


 ガルファスと呼ばれた男は、苦り切った表情で顔を伏せる。


「何度も申し上げております。今はまだその時ではございません。城の外、我が領地内であれば、どこぞなりと足をお運びください」


「もう飽きてしまったわ。毒の泉も、剣の山も、はじめの頃は楽しかったけれど、百年も経てば飽きてしまう。私は一体、いつまでここに居たらいいの?」


「われわれ魔族はかつての戦いにより軍を失い、なんの統制も持たず人の住処を襲うのみ。そのような状況で外に出てしまえば、いかにメリル様といえど命が脅かされてしまいます。我々は今あなたを失うわけにはならないのです。どうかもうしばしのご辛抱を」


 するとメリルは椅子の上に立ち上がった。


「そんなことはわかってるの! 何度聞いても同じ答えじゃない。いつになったらその魔王軍ってのは整うのよ! 初めてあなたに聞いてからどれくらいの時が経っていると思うの?」


「我々の力不足です。申し訳ございません」


「どうして私がこんなに我慢しなくちゃならないの? 人間なんてどうだっていいのよ。ただ、私はここじゃないどこかを見て回りたいだけなの!」


「申し訳ございません……」


 ガルファスは頭を下げて謝るばかりだ。


 このところ、このようなやり取りばかりが続けられている。魔王の次の世代として生を受けた新たな魔王は、まるで人間の少女のような姿をしていた。


 禍々しく巨大な、かつての魔王の存在を知るガルファスは、はじめて彼女の姿を見た時困惑した。しかし魔王に長年使え続けていた彼はその困惑を抱えたまま彼女に仕えている。


 少女の姿で生まれた彼女は、百年以上経った今でも少女のままだ。


 その事実を、ガルファスは受け止められないでいる。


 新たな魔王の誕生などという、自分には及びつかない現象に口を挟むつもりはないが、成長しないということはどういうことだろうか。


 かつては魔王の手となり足となり戦った彼にとって、その事実を受け入れることが難しかった。


 だが、メリルとの生活は、必ずしも苦痛ではなかった。


 姿こそ人に似てはいるが、頭が良く、武術にも秀でていた。ガルファスは自分に与えられたすべてを彼女に伝えたいと考えていた。ガルファスは彼女に言葉や生きるために必要なすべを教え、体の動かし方、剣術、基礎ではあるが魔術までを教えた。


 それは彼にとって、やりがいのある素晴らしいと思える時間でもあった。知能が高く身体能力も他の魔物の追随を許さない彼女は、すぐにガルファスを超える力を持つようになった。


 ではなぜ、魔王軍はかつての力を取り戻せていないのだろうか。


 それは魔素である。


 かつての魔王はその身から無尽蔵ともいえる魔素を吐き出し、部下たる魔物たちに力を与え、その影響力を広げていた。


 しかし、メリルにはそれがない。


 いかに魔王自身に力があろうとも、魔素がなければ、軍の底上げができず、人間の領地への侵攻もままならない。魔物たちは魔素により魔王とつながり、力と知性を与えられる。魔物たちは知性を得て初めて魔王に忠誠を誓うのだ。つまりはまだその時ではないということだ。


 一体、かつての魔王はどのようにして魔素を吐き出すに至ったのだろうか。魔王が魔王として君臨していたころ、付き従ったガルファスにとって、それは謎のままであった。


 もしもメリルに魔素を生み出す力が宿れば、すぐにでも魔王城から出撃し、この世を魔物で埋め尽くすことも可能だと考えていた。そのためならば、身を投げ出すこともいとわない。


 今はまだ、待つべき時だった。


 だが、ガルファスはそのことをメリルに言い出すことはできない。


 口下手な彼は余計なことを言ってしまう恐れがあった。もしも、あなたにはまだ力が足りないなどと言おうとものなら、メリルは傷つき、彼を恨むだろう。それだけは避けたかった。参謀のような、口の上手い魔物がもう一人いたらと思う。だが、今は、彼一人だった。


 今はまだ、メリルの気を落ち着かせ、来るべき時のために準備を進めるのみだった。


「はあ……もういいわ。ガルファスって、この話になると、とたんに口をつぐんでしまうのよね。もしかして、私に言えないことでもあるんじゃない? 例えば、人が怖くてここに引きこもっていたいとか」


「そのようなことはありません。時が経てば、この身を捧げ、すべての人間を根絶やしにするために全力を尽くします」


「……そんなにやる気があるのにどうして外に出ようとしないのよ。あんたに言わせたら、人間なんて大したことないんでしょ。だったら……」


「ですが、今はまだ早いのです。どうか気をお沈め下さい」


「だから理由を言って! このやり取りを何度させるのよ。もういい加減うんざりなの。ガルファス、あなたのことを嫌いになりたくないの。だからせめて理由だけでも教えてよ」


「ですが……」


 ガルファスが苦しげにうめく。


 メリルは彼を心から信頼している。だからこそ、ガルファスは言葉に詰まり、そのためにメリルはひどく悲しんでいた。


「――それはあなたが未熟だからよ」


 王座の間に入ってくるものがあった。


「“お母さま”……」


 メリルの表情が硬くなる。彼女はおびえているようにも見えた。


「ユウカ様。お久しゅうございます」


 ガルファスが向き直り、深く礼をする。


 ユウカは高いヒールの音を立てながら、ガルファスの横を通り過ぎ、メリルの前に立つ。その服装は、彼女が魔王城に現れる際に決まって身に着けている黒いドレスだった。


 メリルのドレスが子供らしさを強調するものであるのと対照的に、ユウカのドレスは大きなスリットが入り、大人であることを魅せつけるようなものであった。


「ガルファスをあまり困らせないで上げて。あなたが知りたいことなら私が教えてあげる」


「ユウカ様!!」


 ガルファスが慌てて立ち上がる。


「もういいころ合いでしょう。この子も十分成長したし、そろそろ言うべきなのよ」


「どういうことなの? ガルファスが私を外に出さない理由を知っているの?」


「ええ、知っているわ。あなたには魔素生み出す力が足りていない。魔王となるために必要なものが備わっていないから、人とは戦えないってことなのよ。わかる?」


 ユウカは、あっさりとこれまで明かされていなかったことを言う。


 ガルファスはうなだれる。彼は恐ろしくて、メリルの顔を見ることができなかった。


「原因はガルファスにあるんじゃなくて、あなたにあるの。どう? 納得した?」


「だって……そんな……」


「でも安心して、私もようやく踏ん切りがついた。あなたの力を開いてみることにするわ。ほら、いつものやつよ。これまで少しずつあなたの力を開いていたけど、今回は本気でやる」


「ユウカ様! それは!」


「ガルファスは黙ってて。いずれやることにしてたんだから。でも、メリル本人が嫌だっていうのならやめるけど」


「あれは……痛い」


 メリルは王座に縮こまっていた。その姿はまさに人の十代の少女そのままであった。


「あなたが外に出たいと言ったんでしょう。成長するには痛みが伴う。人の世界では当たり前のことなのよ」


 ガルファスは黙ったまま、心配そうにメリルの様子をうかがっている。


「痛いのはいやだ。いやだけど、外に出られるのなら、やる」


 絞り出すようにメリルが言うと、ユウカは笑顔になって王座に駆け寄った。


「まあ! 良い子ね。それでいいのよ。痛いのは今回で終わりだからね。もし我慢出来たら、あなたは外に出ることができる。安心して、約束は守るわ」


「うん……」


 ユウカが優しくメリルを抱きしめた。だが、メリルの表情は硬く、助けを求めるようにガルファスを見ていた。


 ガルファスはその表情を受け止めながらも、何もすることができなかった。

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