英雄の再現
広場に残されたのは、私一人となった。
私はなぜこんなところにいるのだろう。
脚は震え、怖くて仕方がなかった。それでも逃げなかったのは、自分が今ここにいるべき理由があるという確信が、心のどこかにあったからだ。
何故、私でなくてはならないのか、それは私にもわからない。
ただ、目の前のものから逃げてはならないという意志だけで、私はそこにいた。
「オマエカ? オマエナノカ?」
魔物の複数の目は私を捉えていた。不自然な動きで頭部らしき部分を傾けながら、どろどろとした粘液を地面に広げ、少しずつ前へと進む。
魔物には明確な目的がない。
私には不思議とそれがわかる。
目的が与えられず生まれた暴力の塊は、存在理由を求めて周囲を破壊する。
私を壊してしまえば、また次に壊すべきもののところへ向かう。
そのようなことが、知識ではなく、感覚で分かる。
あいつはここで止めなくてはならない。
私は歩き出した。
自分の意志で、魔物を止めなくてはなならないと、歩き出した。
どのように止めるのか。そんなことはわかっている。
あいつを止めるには武器が必要だ。
武器とは何か。
剣に決まっている。
それは定められた運命だった。
私の動きに迷いはなかった。
両手を肩幅に広げ、前に出す。そして、目を閉じる。
ずっと以前から、このことは決められていた。
私が選ばれたのはたまたまだ。私でなくても別の誰かがやっていたはずだ。
目をつぶった。
瞼の向こうに剣が見える。
何の変哲もない、ただ、普通のものよりは多少大きな剣。
悠久の時のなかで固定化された意志の剣。
名前はない。
あえて言うなら無名。
その剣を手にする力が、私に与えられていた。
「オオ」
魔物の歓喜の声がする。
私は目を開く。
そこには確かに光り輝く剣があった。
無名。
私に託された魔を払うための剣。
この世にあってはならぬ剣だ。
禁じられた剣には代償が伴う。
しかし、今は……
「ヤハリアラワレタカ」
「ああ、今回はおれみたいだ」
私は剣を構える。体は完全に別物と置き換わっている。私と剣は一体化し、この世ならざるものへと書き換えられている。
「カンタンニハ、シネヌ。ワレニモドウスルコトモデキナイ」
「分かってるさ。だからおれが必要なんだろ」
私の体が意識とは別に動く。
時が止まる。
あらゆるものが停止した世界。
人の体では到達できない領域に私は居た。
極限まで高められた感覚と身体能力が、それを可能にしていた。
踏みしめた地面が隆起する。
空気の壁を突破する爆音が響く。
私は途方もない速度で、魔物のもとへと切り込んだ。
魔物は無数の触手で私の動きを止めようとする。
だが、それは何の障壁にもならず、懐に踏み入り、魔物の腕を飛ばした。
即座に腕の再生が始まる。
もう片方の腕が、私の体に迫る。
その刹那。
無数の斬撃が繰り出され、魔物の腕が消し飛ぶ。
極微小に切り刻まれた腕は霧のように散る。
剣の動きで大気が震え、周囲に衝撃波が巻き起こる。私はただそれを気の遠くなるような速度のなかで、認識しただけだった。
再び一瞬で再生した腕が、触手とともに私に殺到する。だが、その再生速度を上回るほどの速度で、私の体は魔物に斬撃を浴びせかけた。
圧倒しているように見える状況でも、油断は出来なかった。
一撃浴びせるたびに、剣の重みが増している。おそらく魔物は私の力に適応し、より強力な存在へと形を変える力を持っている。
瞬時に再生した触手が腕にまとい、剣のような形を作り上げる。
私の剣を見て、より強力な武器を手に入れようというのだろう。そのようなことを許すわけにはいかなかった。
生成途中の剣の根元を断ち切る。やはり手ごたえが変わっている。
これ以上、相手に余裕を与えてはいけない。
「ソウダ。コレデヨイ」
魔物の意識が私に流れ込んでくる。
斬撃が、腕を消滅させ、さらに加速していく。
削り取られていくように魔物の体が消えていく。
その斬撃が一瞬停止する。
私を覆う輝きが剣に収束する。剣を振りかぶり、力を溜める。
「これで終わってくれ」
「アア、マタアオウ」
その一撃が、魔物を捉える。魔物の内部にある魔物を魔物たらしめる核に向かって、導かれるようにして剣先が振り降ろされる。
周囲に光が満ちる。
そして、すべてが終わる。
光に包まれた私は、自分の運命を知った。この世にあってはならぬ力を手に入れた私は世界の修正力により存在を抹消される。
これは必要な犠牲であった。
私は魔を退け、その代わりに死を受け入れる。
これこそが、私の運命だったのだ。
力を体の内に留め、運命に抵抗することもできた。だが、あまりに大きすぎる力を保有するには、私の体は脆弱に過ぎた。仮に力を維持した場合、私の体は崩壊し、周囲を破滅に導くだろう。
崩壊に耐えたとしても精神に異常をきたし、己を失って魔物のように破壊の限りを尽くすことになる。
私は瞬時にこれらのことを理解し、そして運命を受け入れた。
だが、もしも願いが叶うとするなら、スサナにもう一度会いたい。
消えゆく意識のなかで、ただそれだけを願った。




