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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第五話 英雄
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闇から生まれた存在

 広場は戦場と化していた。


 村の人たちはすでに避難し、戦っているのはレオン率いる冒険者たちだった。


 広場中心にうごめく黒い塊は身じろぎするたびに黒い霧を湧きあがらせ、地面に広がった粘液が脈動していた。


 粘液から湧き上がる塊が、生き物のような形をとり、やがて人型に変化する。


 粘液は周囲の地面に浸食し、黒く変える。レオン達三人の冒険者は黒い地面から無数に生えてくる触手を薙ぎ払うことに力を注いでいた。


「トーマか! 君はそこで何をやってる! こっちへ来てはいけない!!」


 レオンが私を見て叫ぶ。


 だが、私はその場に固まったまま動けなかった。使命に駆られて広場にまでは来てみたものの、この後どうすればいいのかわからなかった。


 レオンは触手を薙ぎ払い、スーリアとムグルに指示を出す。相手は魔を生み出す闇そのものだった。


「おいおい、こんな魔物見たことねえぞ……」


 ムグルが呪文を唱え、雷撃が黒い塊に炸裂する。闇の塊に吸い込まれるばかりで効果はまったく見られない。


「まさかダンジョン以外でこれを使うことになるとはな!」


 ムグルは新たな魔術の詠唱を開始し、彼の体が発光する。


 光が彼の両手に収束し先ほどとは別次元の強力な雷が放たれ、黒い塊に襲いかかる。


 だが、それは同じことの繰り返しでしかなかった。雷撃はかき消され、本体と思われる人型には何の変化も生まれない。


「レオン! こいつにゃ魔術は効かねえらしいぞ!!」


 ムグルが叫んだ。


「そのまま各属性で攻撃を続けてくれ! 得意でなくても構わない。スーリア!!」


 レオンは剣を掲げ、聖職者に向かって声をかける。


「こんなの……こんなの認めない! 私が系統すら把握できない魔物が存在するなんて……」


「スーリア!!」


 動揺するスーリアにレオンはさらに声を張り上げる。


 そこでようやく彼女はハッとする。目を閉じ両手を組み合わせ、神への祈りを捧げる。


「光よ!」


 スーリアの言葉とともに、レオンの体が淡い光を放つ。神の加護が彼の体に宿ることで、魔物からの攻撃を防ぎ、自身の持つ剣の力を底上げする。


 レオンは剣を構え、人型の黒い塊に向かって走り出した。


「スーリア落ち着け!! 治癒と補助に専念するんだ!!」


 レオンの言葉にスーリアは頷き、改めて祈りを開始する。


「レオン、準備はいいか!」


「ああ、頼む!」


 ムグルが叫び、レオンが頷いた。


 ムグルの手から周囲を切り裂く風が生まれ、地面から生えてくる触手を切り裂きながら闇の塊に向かって殺到する。


 烈風が作った道をレオンが駆け抜ける。


 人型の得体の知れない塊に、レオンの斬撃が届く、かと思われた。


 闇の流体のなかから、人の腕が伸びた。


 泥のような粘りつく液体のような闇から突き出された両腕、それが、片方は風の斬撃を握り潰し、片腕ではレオンの剣を受け止めた。


「ワ、ワ、ワ……」


 流体から声のようなものが聞こえる。


「なに!?」


 レオンの剣を受け止めた腕が振り上げられ、彼の体が高く飛んだ。祭りのために作られたやぐらに激突し、土ぼこりを巻き上げた。


 ムグルもスーリアもその光景に動揺し、動きを止めた。


「ワレ、ハ、ナニモノダ……」


 流体が次第に、明確に人の形を作り上げていく。


 大きさは人よりも少し大きいくらいのものだが、体は粘液が脈動するようにうごめき、いくつもの突起が飛び出していた。


「レオン!!」


 沈黙は一瞬で、すぐさまスーリアが動き出した。やぐらに激突したレオンのもとに駆け寄り、治癒の祈りを開始する。


「何なのかは知らんが、ここで止めなきゃまずそうだな」


 ムグルが呪文を唱え始める。


“摩擦、帯電、電場形成、放電開始。限界を超えその姿を現せ”


 彼の体から青白い火花が散り、バチバチと音が鳴っていた。それは、これから放たれるであろう魔術が、先ほどとは比べ物にならない威力であることを示していた。


「ドウシテ、ワレハ、マダ、ココニイル……」


 魔物が体を安定させるとともに、その声もまた、鮮明さを増していく。魔物は自分の手のひらを、体を、複数の眼球で確認するように見下ろす。


 その姿には暴力性や殺意のようなものはなく、困惑ばかりが漂っていた。


 ムグルの周囲にはとてつもない魔素が滞留し、彼の体からは電流がほとばしっている。彼のローブが舞い上がり、その手には雷の光が満ちていた。


「こんなところで使うつもりはなかったが、んなこと言ってられねえわな」


 苦しみ、吐き捨てるように言い放つムグルの周囲に火花が散り、さらに範囲を増していく。彼の体にも負担がかかっているようだ。


「ワカラナイ、マタ、ワレハ、シヲウケイレナケレバ、ナラナイノカ」


“対象把握、経路算出、上昇、帯電。我は雷撃を導き、すべてを貫く”


「猛き稲妻よ! 地を噛み砕け!!」


 ムグルが上空に向かって手をかざす。体に滞留した雷が上空に向かって伸びあがり、そして、一匹の巨大な竜の姿を模した雷が、天から地に向かって降り注ぎ、その顎で魔物の体を噛み砕く。


 ……はずだった。


「うそだろ……」


 ムグルの声は震えていた。


 雷は魔物の手のひらに包まれていた。凝縮された光の玉が、電流を放出している。


「コレデハ、ダメダ……」


 魔物が手を握ると、周囲に雷撃が炸裂する。


 だが、当然のごとく魔物本体は無傷だった。


「そんな……」


 ムグルが膝から崩れ落ちる。今の魔術で、力の多くを使い果たしたようだった。


「ヤハリ、ヤツデナケレバ、ダメダ。デナケレバ、スベテヲ、コワシテシマウ」


 魔物はムグルに向かって歩みを進める。足元が黒く染まり、周囲を侵食するかのように闇が広がっていく。


「させるか!」


 レオンの声が響く、魔物に向かって常人をはるかに超えた速さで飛び込む。彼の周囲は神の加護に包まれて光り輝き、その光はスーリアにつながっていた。


 スーリアの祈りにより得られた力を対象に注ぎ込む御業。聖職者でも選ばれたものにしか使えない強力な加護だった。


 ――しかし。


 レオンの渾身の一撃は、魔物の腕にたやすく止められた。

 

「ムダダ」


 次の瞬間、地面から離れた魔物の足が、レオンの胴体にめり込み、吹き飛ばされた。彼は地面に激突しながら転がり、やぐらの残骸でようやく止まる。


「レオン!!」


 スーリアはレオンの元へ向かおうと走り出す。


 だが、魔物はその行動を許さなかった。地面から複数の闇の腕が生え彼女の足を掴み地面へと叩きつける。悲鳴にもならない声を上げ、彼女はすぐに気を失った。


 魔物は興味を失ったとでもいうようにスーリアを開放する。


 レオンは転がったまま動く様子はなく、ムグルもまた、魔術の精神負荷により衰弱しその場に倒れていた。

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