表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第五話 英雄
57/144

動き出した運命

 サガラは結局、追いかけてはこなかった。


 私は気を沈めたまま、家に戻り、部屋にこもっていた。


 自分の部屋でサガラの言葉を何度も反芻した。


 しかし、何一つとして理解ができない。


 力がどうとか言い出したかと思いきや、突然私のことを消すと言い出した。理不尽で不可解な言葉を、私はかみ砕こうとしていたが、それはまったく無駄なことであった。


 ぼんやりしている私に、母が声をかけた。


 スサナが迎えに来たというのだ。


 母にどやされながら急いで着替え、扉の外に出た。


 祭りの際に若者は、民族衣装を着ることになっている。


 男は英雄を模した騎士の制服のようなもの、女は巫女のような刺繍のついたもの。私は魂が抜けてしまったように、何も考えず、ほとんど無意識で着替えて外に出た。


 外には巫女の服装をしたスサナがいた。


 私はその時初めて、スサナを美しいと思った。


 体に沿う刺繍が彼女の体の線を際立たせ、普段とは違った髪型と、頭を彩る髪飾りが別人のように彼女を輝かせていた。


 それまでの私といったら、剣術ばかりこだわって、ほかのことを見ようとしていなかった。きっと心が弱っていたこともあるのだろう。私はその日、初めてスサナのことを、正面から見たような気がしていた。


「きれいだ」


 言った後で、私はしまったと思った。


 こんなことを言われて、スサナは嫌ではないのだろうか。


 私は目をそらした。


 しかし、スサナからは何の反応もない。私はおそるおそる彼女の方を見る。


「あ……ありがとう」


 スサナは顔を赤くして、今にも消えかかりそうな声で言った。


 その時私は、スサナを、命を懸けて守らねばならないと思った。


 あらゆる危険から彼女を守り、絶対に悲しませてはならないと思った。


 こんなことは、私が生きてきて初めての感情だった。


 私は人生において、初めての気持ちを持て余し、どうすればよいのかわからなくなっていた。


 広場に二人で向かう途中、私とスサナは互いに言葉を交わさなかった。


 昨日まであった二人の間に合ったものは、別の感情に代わり、そこに何か新しいものを一から作り上げなければならなかった。


 もちろん、当時の私は、そのことを認識することができず、ただ、スサナへの変化した感情をどうすることをもできず、何かを言いかけて黙るということを繰り返していた。


 おそらく、ではあるが、隣を歩くスサナも同じ状態であった。


 だが私は、スサナに対する想いが変わってしまったからこそ、言わねばならないことがあった。これまで両親にすら黙っていたこと。それは私の生命にもかかわることだった。


「スサナ」


 私は立ち止まり、スサナを呼び止めた。


「へ? あ、はい!」


 考え事をしていたようなスサナは、一寸遅れて立ち止まり、私を振り返った。


「おれはお前に言わなきゃならないことがある」


「えっと……なあに?」


 彼女はうつむいて答えた。頬が赤く染まっていた。


「おれは死んでしまうかもしれない」


「え? なに? それ、どういうこと?」


 スサナの表情が恐怖でこわばった。私は彼女にそんな顔をさせたくはなかったが、しかし、言わなければならなかった。


「おれが修練所終わりに、森で鍛えていることは知っているよな」


「うん、周りの皆も知ってるよ。それがどうかしたの?」


「おれは森の奥で、不思議な男に出会った。サガラという男だ。やつはおれが見たこともない道具で料理を作っていて、おれはそいつと仲良くなった。見たこともないうまい飯を食わせてくれた」


「なんでそんな……お母さんには言わなかったの?」


「誰にも言っていない。今初めて話している。サガラという男は遠くから来たようで、何の仕事をしているのかも、どこから来たのかもわからない。あいつは自分のことをあまり話そうとしなかった。その男が、今日、おれの身に何かが起こる。場合によってはおれを消さなければならないと言った」


「どうしてそんなことを黙ってたの!? 大人の人に行って、その人を探してもらいましょうよ!」


 スサナが駆け寄り、私を心配そうに見上げた。


 だが、私は彼女の言うとおりにするつもりはなかった。


「おれはサガラから言われたことについていろいろと考えた。あいつはおれを消すことになるだろうと言った。消すというのは当然、殺すということだろう。そして、殺すのは、おれの身に何かが起きるためだ。サガラの言っていることはよくわからない。けれど単におれを殺そうとしているのではないのは確かだ。あいつはそんなことはしない」


「ねえ! トーマ! いったい何を言ってるの!? わたし、全然わからないよ!」


「つまり、これからおれの身に何かが起きる。そしてそれは、村の祭りに関わりがある。サガラは痛みに苦しむだろうと言っていた。そして、おれを止めるために、やつはおれを殺さなければならないといったんだ」


「トーマ!!」


 スサナは私を強く抱きしめた。彼女の目からは、涙が流れていた。


 そして、それは始まった。


 薄暗い空に暗雲が立ち込め、そこから雷鳴がとどろく。そして、地面が大きく揺れた。倒れそうになるスサナを両腕で支えた。


 祭りが行われる広場の上空に黒い塊がうごめいていた。それはどろどろとした粘液のようなもので、やがて地面に流れ落ちる。


 広場の方から悲鳴が上がった。


 村の人々がこちらに向かって駆け出してくる。私は、その流れに飲み込まれないように、スサナを強く抱きとめる。


 喧騒が遠ざかっていく。


 私はスサナを体から引きはがし、両肩に手を置いた。


「スサナ、お前はここに居ろ。おれは祭りの広場に向かう」


「トーマ? 何をするつもりなの? 広場に何があるの?」


「すまない。よくわからない。ただ、これだけはわかる。おれは行かなくてはならない」


「私も行く!」


 スサナが叫ぶ。


「それはできない。おれは今、お前を失うわけにはいかないんだ。今すぐ家に戻って、家族と逃げろ。いいな?」


「でも……」


「たのんだぞ」


 私はスサナを残して走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ