動き出した運命
サガラは結局、追いかけてはこなかった。
私は気を沈めたまま、家に戻り、部屋にこもっていた。
自分の部屋でサガラの言葉を何度も反芻した。
しかし、何一つとして理解ができない。
力がどうとか言い出したかと思いきや、突然私のことを消すと言い出した。理不尽で不可解な言葉を、私はかみ砕こうとしていたが、それはまったく無駄なことであった。
ぼんやりしている私に、母が声をかけた。
スサナが迎えに来たというのだ。
母にどやされながら急いで着替え、扉の外に出た。
祭りの際に若者は、民族衣装を着ることになっている。
男は英雄を模した騎士の制服のようなもの、女は巫女のような刺繍のついたもの。私は魂が抜けてしまったように、何も考えず、ほとんど無意識で着替えて外に出た。
外には巫女の服装をしたスサナがいた。
私はその時初めて、スサナを美しいと思った。
体に沿う刺繍が彼女の体の線を際立たせ、普段とは違った髪型と、頭を彩る髪飾りが別人のように彼女を輝かせていた。
それまでの私といったら、剣術ばかりこだわって、ほかのことを見ようとしていなかった。きっと心が弱っていたこともあるのだろう。私はその日、初めてスサナのことを、正面から見たような気がしていた。
「きれいだ」
言った後で、私はしまったと思った。
こんなことを言われて、スサナは嫌ではないのだろうか。
私は目をそらした。
しかし、スサナからは何の反応もない。私はおそるおそる彼女の方を見る。
「あ……ありがとう」
スサナは顔を赤くして、今にも消えかかりそうな声で言った。
その時私は、スサナを、命を懸けて守らねばならないと思った。
あらゆる危険から彼女を守り、絶対に悲しませてはならないと思った。
こんなことは、私が生きてきて初めての感情だった。
私は人生において、初めての気持ちを持て余し、どうすればよいのかわからなくなっていた。
広場に二人で向かう途中、私とスサナは互いに言葉を交わさなかった。
昨日まであった二人の間に合ったものは、別の感情に代わり、そこに何か新しいものを一から作り上げなければならなかった。
もちろん、当時の私は、そのことを認識することができず、ただ、スサナへの変化した感情をどうすることをもできず、何かを言いかけて黙るということを繰り返していた。
おそらく、ではあるが、隣を歩くスサナも同じ状態であった。
だが私は、スサナに対する想いが変わってしまったからこそ、言わねばならないことがあった。これまで両親にすら黙っていたこと。それは私の生命にもかかわることだった。
「スサナ」
私は立ち止まり、スサナを呼び止めた。
「へ? あ、はい!」
考え事をしていたようなスサナは、一寸遅れて立ち止まり、私を振り返った。
「おれはお前に言わなきゃならないことがある」
「えっと……なあに?」
彼女はうつむいて答えた。頬が赤く染まっていた。
「おれは死んでしまうかもしれない」
「え? なに? それ、どういうこと?」
スサナの表情が恐怖でこわばった。私は彼女にそんな顔をさせたくはなかったが、しかし、言わなければならなかった。
「おれが修練所終わりに、森で鍛えていることは知っているよな」
「うん、周りの皆も知ってるよ。それがどうかしたの?」
「おれは森の奥で、不思議な男に出会った。サガラという男だ。やつはおれが見たこともない道具で料理を作っていて、おれはそいつと仲良くなった。見たこともないうまい飯を食わせてくれた」
「なんでそんな……お母さんには言わなかったの?」
「誰にも言っていない。今初めて話している。サガラという男は遠くから来たようで、何の仕事をしているのかも、どこから来たのかもわからない。あいつは自分のことをあまり話そうとしなかった。その男が、今日、おれの身に何かが起こる。場合によってはおれを消さなければならないと言った」
「どうしてそんなことを黙ってたの!? 大人の人に行って、その人を探してもらいましょうよ!」
スサナが駆け寄り、私を心配そうに見上げた。
だが、私は彼女の言うとおりにするつもりはなかった。
「おれはサガラから言われたことについていろいろと考えた。あいつはおれを消すことになるだろうと言った。消すというのは当然、殺すということだろう。そして、殺すのは、おれの身に何かが起きるためだ。サガラの言っていることはよくわからない。けれど単におれを殺そうとしているのではないのは確かだ。あいつはそんなことはしない」
「ねえ! トーマ! いったい何を言ってるの!? わたし、全然わからないよ!」
「つまり、これからおれの身に何かが起きる。そしてそれは、村の祭りに関わりがある。サガラは痛みに苦しむだろうと言っていた。そして、おれを止めるために、やつはおれを殺さなければならないといったんだ」
「トーマ!!」
スサナは私を強く抱きしめた。彼女の目からは、涙が流れていた。
そして、それは始まった。
薄暗い空に暗雲が立ち込め、そこから雷鳴がとどろく。そして、地面が大きく揺れた。倒れそうになるスサナを両腕で支えた。
祭りが行われる広場の上空に黒い塊がうごめいていた。それはどろどろとした粘液のようなもので、やがて地面に流れ落ちる。
広場の方から悲鳴が上がった。
村の人々がこちらに向かって駆け出してくる。私は、その流れに飲み込まれないように、スサナを強く抱きとめる。
喧騒が遠ざかっていく。
私はスサナを体から引きはがし、両肩に手を置いた。
「スサナ、お前はここに居ろ。おれは祭りの広場に向かう」
「トーマ? 何をするつもりなの? 広場に何があるの?」
「すまない。よくわからない。ただ、これだけはわかる。おれは行かなくてはならない」
「私も行く!」
スサナが叫ぶ。
「それはできない。おれは今、お前を失うわけにはいかないんだ。今すぐ家に戻って、家族と逃げろ。いいな?」
「でも……」
「たのんだぞ」
私はスサナを残して走り出した。




