警告
気が付くと祭りの準備は終わっていた。
朝早く起きて、広場に向かおうとすると、母からもう準備は終わったでしょ。と釘を刺された。
祭り当日のため、その日は修練所は開かれていない。
時間を持て余した私は、練習用の木剣も持たずにサガラのもとへと向かうことにした。
いつも素振りをしている場所を通り過ぎ、木々の間を抜けて小川まで歩く。石を積んだ目印は、サガラに初めて会ってから、ずっとそのままにしている。
小川に沿って坂を上り、私は、彼の居る場所へと一直線に向かう。
歩いている間、私は少し不思議な感情に支配された。
祭りの準備の数日間で、彼はもういなくなっているのではないだろうか。
崖を上りきると、何もない河原が広がっているのではないだろうか。
そんなことを思いながら草むらを抜けると、そこには確かにサガラの姿があった。
だが、その様子はおかしかった。
いつもであれば、サガラはなにかしらの器具を使って料理をしているはずだった。しかしその日は時間が早いこともあってか、なにをするでもなく河原に立ち穏やかな川の流れを眺めていた。
「来ると思っていたよ」
私が彼の近くまで歩いていくと、正面を見たままサガラが言った。
「今日は何を作る予定なんだ? 祭りだからおれは食べられねえけどさ」
「作らないよ。長い休暇も終わりだ。キャンプ用品はすべて片付けてしまったしね」
「また、どこかに行くのか?」
「ここでの仕事が終わったらね。君はもう、祭りの準備は終わったのかい?」
「ああ、祭りは今日の夜だ。ここを出る前に見て行ったらいいのに。祭りの最中はみんな騒いで飲んでるから、よそ者が混じっててもばれやしねえよ」
「確かにその通りかもしれないね。でもおそらく、それどころじゃないとは思うよ」
私はその言葉に、何か違和感を覚えた。
だが、その時の私は、サガラが行ってしまうという事実に動揺してしまっていた。
「……そうか。あ、そうだ、サガラが言ってた祭りの由来なんだけど、聞いてきたぞ」
私は必死に言葉を続けようとする。
でなければ、すぐにでも彼が消えてしまうと思ったからだ。
「ほんとうかい? 聞きたいねえ」
サガラがこちらを見て、微笑を浮かべていた。
「おれもよく知らねえんだけどさ、この辺りには昔強い魔物が居て、誰も住めないような場所だったそうだ。そこに、あとで英雄って呼ばれるやつが現れて、魔物を倒した。でもその魔物は復活するかもっていうんで英雄がここに住むようになって、それで人が集まって村になったらしい。んで、祭りってのはその英雄を称えるためのもんみたいだ」
「なるほど……」
サガラの表情が変わる。私はその顔を見て、怖いと思った。
「つまり、そういう仕組みだったわけだ。負と正の均衡をとるために英雄が現れる。それはまさに自動的だった。村の人々は知らず知らずのうちにずっとこの場所を見張っていたというわけだ。人が居なければ負の存在が復活することにより周囲の影響は甚大なものとなる。その存在がいつ復活するかわからない以上、依り代となる人間が近くに住んでいる必要があった。そのために祭りがあり、英雄に対する信仰を維持していたというわけか。まったくもって興味深い。誰が設定したわけでもなくこれらのシステムが自然発生的に生まれたとはね……」
「……サガラ?」
私にはサガラの言っていることが理解できない。
「ああ、すまない。君は明日の祭りに出るのかい?」
険しい表情が和らぎ、再び微笑を浮かべた。
「まあ、行くことにしてるよ。普段じゃ食べられないほどの飯が出るからな。昨日まで準備の手伝いさせられて、ただ働きってのもいやだし」
「そうやって連綿と続く流れのなかで、この日に備えているというわけか……トーマ」
サガラが私の名前を呼ぶ。普段は気の抜けた顔をしていた彼が、その時ばかりは真剣に、私の顔を見据えていた。
「なんだ?」
「君はこれから、恐ろしい力を得ることになる。人を超えた理外の力は、君の体を突き破ろうとし、心身に激痛が走ることだろう。それでも君は痛みに耐え、自分のなすべきことをしなければならない」
「おい、何のことを言ってんだよ……」
うろたえる私をよそに、サガラは続けた。
「これは世界が君与えた運命なんだ。君はそこから逃れることはできない。ぼくと君が出会ったこともまた、運命なのかもしれない。君が責務を負うように、ぼくもまた選択責任を負っている」
「だからわかんねえって! サガラの言ってることはいっつもわかんねえけどさ、今日ばっかりは言わせてもらうよ。ちゃんとおれにもわかる言葉を使ってくれよ!!」
「人知を超えた力に比べ、君の体はあまりにも脆弱だ。急激な変化の先にあるのは破滅であり崩壊だ。体からあふれた力は周囲に影響を及ぼす。その影響を抑えるためにぼくはこの場所にいる。けれどもしも崩壊が上手くいかず、体を維持したまま暴走するようなことがあれば、ぼくは……」
「おい! サガラ!!」
サガラの言葉は止まらず、私はより不安になっていた。意味は分からないものの、彼が不穏なことを言っていることだけはわかった。
サガラは言葉を切ってから、しばしの沈黙ののち、口を開いた。
「君を、消さなくてはならない」
私はサガラが言い終わる前に走り出していた。
消す、それはすなわち私を殺という意味だろう。私はそう理解した。
理由はわからない。ただ切迫したものだけは感じられた。それが冗談ではなく、私を消さなければならないという覚悟のようなものを感じたのだ。
だから、逃げ出した。
時折転びそうになりながら、私は河原を走り抜け、岩場を駆け下り、村まで走った。
立ち止まり、後ろを振り返る。
サガラが追いかけてくる様子はなく、私はそこでようやく一息ついた。
「なんなんだよ……」
深い絶望が私を襲い、その場で立っているのがつらいほどだった。
幼い頃の私であれば、きっと泣いていただろう。
その時まで自覚していなかったが、私は、サガラという男を兄のように慕っていた。剣術のことを彼に相談したわけではなかったが、彼が居なければ、立ち直るまで長い時間がかかっていたはずだ。
私は時折後ろを振り返りながら、帰路に就いた。歩いている間、サガラと出会ってからこれまでのことを思い出し、無性に悲しくなっていた。




