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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第五話 英雄
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英雄が作りし村

 予定されていた作業が終わるころには、日が暮れようとしていた。


 工具類を片付け、帰ろうとしているところにスサナがやってきた。彼女は祭りの広場の一角で行われていた子供たちの踊りの練習に付き合っており、私が作業している間、ずっと広場にいたのだ。


「今日はもう帰るんでしょ?」


「ああ、日頃から鍛えちゃいるが、真面目やりすぎて疲れた」


「準備、一生懸命やってたね」


「やりたかねえよ。でも親の手前やるしかねえだろ、なんであんなに祭りに命かけてるんだよ」


「年に一度のお祭りだもの。みんな楽しみにしているのよ」


「おれにはわかんねーな。皆、もっとやることがあるだろうに」


「でもさ、いいじゃない。年に一度のことなんだし、みんな精一杯お祭りを楽しみたいのよ」


 私はスサナの顔を見た。


 彼女は何かを思い詰めるように私を見つめていた。


 私にはスサナ考えることがわからなくて、


「ま、まあ、そうかもしれないな」


 とぎこちなく返事をすることしかできなった。


 高台の広場は村から離れている。山裾を削り取ったかのようなその場所から帰るには、少し歩く必要があった。


 幼いころから、なぜこんな場所で祭りをすることになったのだろうかと疑問に思っていた。村の中心でやれば、木材を運ぶのも楽だし、いちいち歩く必要もないのに。だがそれは村の厳格な決まりのひとつであり、誰も覆そうとはしなかった。


 薄暗い下り坂を、私とスサナは二人で歩いた。


「友だちと帰らなくてよかったのか」


 私は何気なく聞いた。


 友人の居ない私と違って、スサナは優先すべき友人がいるはずだと思ったからだ。


「うん。ほかの皆は遊んでから帰るってさ。祭りの前って、大人たちも気が大きくなってるから夜遅くまで起きてたり、誰かのうちに泊まっても怒られないんだって」


 ならばなおさらそっちに行くべきだろうと思ったが、私は何も言わなかった。


 彼女には彼女の考えがあるのだろう。


「ありがとね。帰り送ってくれて」


 スサナの様子はおかしかった。


 彼女は普段、遠慮のない厳しい言葉で私を焚きつけるのが常で、少なくとも私に感謝するような人間ではなかったからだ。


「いいよ。帰り道は一緒なんだし、足元も暗くなってきたしな」


「やさしいんだね」


 その日の彼女はやけにしおらしかった。


「おれは騎士になる男だからな。当然のことだ」


「ふふ。騎士になれるといいね」


「なれるといい、っつうかなるんだよ。絶対にな」


「応援しているよ」


 スサナがうれしそうに笑った。


 一瞬、それは彼女なりの皮肉かと思った。だが、今日のスサナは少し違う。彼女は心から私を応援してくれているのだと思い、その言葉を素直に受け取った。


「そうだスサナ」


 このままでは黙り込んでしまうと思い、私から話しかけた。


「なあに?」


「祭りの起源って知っているか?」


「起源? なんでやるようになったかってこと?」


「そうだ」


 するとスサナはいつものような意地の悪い顔をして、


「トーマって、そういうこと気になるんだね。頭には剣しか詰まってないと思ってた」


 と失礼なことを言う。


 しかし怒る気にはなれなかった。むしろいつものスサナに戻ったようで嬉しかった。


「まあ、ちょっとな」


「えーっと、私もおじいちゃん聞いたことあるだけだから、詳しいことはわからないんだけど、この村って、すごい昔に一人の英雄が作ったものなんだって。広場に剣を建てるでしょ? あれが英雄の剣と同じ形なんだって」


「その英雄ってのは何をしたんだ?」


「たしか、昔この場所にはとっても悪い魔物が住んでいて、誰も手を出せなかった。でもある時英雄が魔物を倒して、平和になったんだって。でも、その魔物は完全には消えてなくて、英雄は魔物がまた悪さをしないようにここで暮らすことにした。そして、彼を慕う人が集まってきて、この村ができたんだって」


「ってことは、祭りは英雄のためのものなのか」


「そういうこと。英雄が死んでも彼の功績を忘れないために、村では毎年祭りを開くようになったってわけ。いつ頃の話っていうのはわからないみたいだけれど、言い伝えでは王都ができる前みたい」


「なるほどなあ。確かに、ここは魔物に襲われやすい村だってのは、親から聞いたことはあるな。言う割には全然その気配もないが」


「でも、おじいちゃんの話じゃ、何百年かに一回、すっごく強い魔物が現れるんだって。だから、村の男の人は誰だって一度は修練所に行くようになってるんだってさ。ほかの村にもあるらしいけど、この村ほど歴史のある場所はないって言ってたな」


「そりゃあ面白い。これは冒険者たちが言ってたことなんだが、ほかの村じゃこんな祭りやってないそうだ。ようは、なんつうか、この村ってのは、変なんだな」


「ふふ、そうなのかもね」


 スサナが笑う。大したことのないやり取りなのに、私は彼女が笑ってくれるだけで嬉しかった。


「村にやってくる魔物がどんなのか、おじいちゃんもわからないんだって。でもさ、おじいちゃんって周りの人たちのなかで一番長生きだったんだよ? だったら誰も見たことないってことじゃない。ほんとうに魔物なんているのかなあ」


「いや、居ても居なくても良いんじゃねえか。昔一回そういうことが起こって、同じようなことにならないように言い伝えが残ってるってとこだろう」


 私はそれらしいことを言う。言ってみて、なるほど的を射ているなと思う。サガラの言っていたとおり、祭りは村の歴史に繋がっていて、それはとても興味深いものであった。


「しかしあれだな。昔の人ってのはずいぶんと義理堅いんだな。英雄に助けられた恩を忘れないように祭をわざわざ作って、後の世代に伝えようとしてるってのはさ」


 私は言いながら、遥か昔に活躍したという英雄に思いをはせていた。


「うん。良いお話だよね。それにしても、トーマどうしたの?」


「なにがだ?」


「自分のこと以外に興味を持つなんて珍しい」


「おれをどういう人間だと思ってんだ。意外と考えてるぞ」


「そう? 祭りの日ってなんの日か知ってる?」


「ん? 祭りの日は祭りの日だろ」


「私の生まれた日」


「……そうなのか?」


 私は思わず聞き返す。


 生まれた日を祝うのはどこの集落でも変わらない。スサナとは長い付き合いであったが、気にしたことなどなかった。私は彼女の言うように、自分と剣術のことしか頭にない人間だった。


「ほら、人のことなんて気にしてない」


「しかし、おれの生まれた日だって知らないだろう?」


 スサナに向かって反撃を試みる。


「知ってるよ。この前木剣入れる袋あげたでしょ」


「……もらった」


「あれがお祝い」


 私は知らない間に彼女に祝われていたわけだ。


 さすがにこれは分が悪い。私はなにも考えずにスサナから贈り物をもらい、それが彼女の気まぐれだろうなどと考えていたのだ。


 私は立ち止まり、スサナに謝ろうとした。


 すると彼女は私の前に走り出て、


「いいよ! 私、トーマのそういうところも良いって思ってるから」


 と言った。


「そうなのか?」


「うん、ここまで送ってくれてありがとね! じゃあね!」


 そう言ってって、スサナは、自分の家に向かって走って行った。


 私は何か言おうとした形のまま口を開け、彼女を見送った。心がざわつき、しかし、その理由がわからず、私はぼんやりとしたまま自分の家へと帰った。


 その日はあまり眠ることができなかった。


◆    ◆    ◆    ◆


 それから私とスサナの間で何が起こったかと言えば、何も起こらなかった。


 以前よりも二人の距離は微妙なものとなり、朝ともに準備に向かうことも、帰りに一緒になることもなかった。どちらかが何か行動を起こしたわけではない。ただ自然と、私もスサナも、互いに距離を取るようになってしまった。


 私はひとりで高台の広場に向かい、黙々と作業をして、そして一人で帰る日が続いた。


 いつもどこからか現れ、私をからかい、あるいは叱咤するスサナが居ないことに、数日経って私はようやく気付いた。


 今まで考えたこともなかったことが気にかかる。


 スサナはいったい、どうしてしまったのだろうか。


 わからない。


 当時の私、いや、今の私があの頃に戻ったとしても、理解することはできなかっただろう。


 私は初めての感情に困惑し、その感情を打ち消すように、祭りの準備に打ち込んだ。

 

 ほかの若者たちが怠けていても、私は休みなく働いた。広場の大人たちから、今年のトーマはまじめだな、などとからかわれるほどだった。


 作業は私の頭を空にしてくれた。


 わからないことがあると、何かに打ち込むことで解決しようとする。若かった頃の私はなおさらその傾向があった。


 準備の間、何度か冒険者たちが祭りの広場に現れたが、もはや完全にどうでもよくなっていた。怒りを向けることも、ことさら意識することもなく、私は、それがゆえに、一つの壁のようなものを超えようとしていた。


 迷いのなかで、私は一つの道を求めた。


 木材を運び、金槌で釘を打っている時、体がうずいているのを感じる。


 私がやりたかったこととは何か。


 人から認められるためではない。己で決めた自分の行き先。


 騎士というたった一つの道。


 騎士となるには何が必要なのか。


 未熟な今の自分にできることは、剣術に他ならない。


 私は再び、剣に向き合いたいと思えるようになっていた。

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