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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第五話 英雄
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祭りの準備

 祭りの準備は、いざ始まってみるとそれほど苦ではない。村の男たちに与えられるのは主に広場の舞台や木材で大剣の像を作る作業だ。なかなかの力仕事で、それなりに鍛えていた私は、大人たちからも頼りになると褒められていた。


 準備している最中、私は周りの皆と話すことはなかった。


 大人からの指示を聞き、やぐらや舞台を建てる仕事を手伝う。柱を運び、必要であれば切り出された木材を鋸で切って材料を作る。周りの子供や若者は話しながら作業をやっているのだが、私にはそのような友人は居なかった。


 私が黙々と作業に取り組んでいると、若者たちの歓声が上がった。


 騒がしい方向を見てみると、そこにはレオンと仲間二人が広場に来ていた。


 私は必死になって作業に集中しようとするが、気が付くと、彼らの姿を追っていた。私の心の傷は完全に癒さたわけではない。意識してしまうのも仕方のないことであった。


 冒険者たちは先生に連れられて祭りの準備を見に来たらしい。


「いやあ、懐かしいですよ! まだやってたんですねえ!」


 レオンが目を輝かせて骨組みが建てられたばかりの剣の像を見上げた。


「そりゃあ祭りはこの村には欠かせないものだからな」


 先生が嬉しそうに言う。

 

「すみませんね。案内してもらって、先生も祭りの準備で忙しいでしょうに」


 レオンがすまなそうに言うが、その表情は笑っていた。村出身の若者はみな、この祭りを面倒だと文句を言いながら心の底から楽しんでいるところがあった。


 私にもその気持ちが少しわかって、なんだかそれが嫌だった。レオンには自分を叩きのめした悪者で居て欲しかったのだ。


「レオンは我が村出身の英雄のようなものだからな、村長から許しを得ているよ」


「だからあまり持ち上げないでくださいって」


 レオンは苦笑いを浮かべていた。


「まだこのような風習が残っているのですね……」


 聖職者のスーリアが周囲を見回し、顔をしかめている。


「そりゃあ、村には村の祭りってもんがあるだろうよ。王都の影響が薄い地域なんて、辺境にはいくらでも残ってるぜ」


 魔術師のムグルが意地悪く笑う。


「それはわかってます! 私も信仰を押し付けたいわけではありません。けれどここまで神の威光の影もない独立した祭りがあるなんて驚いているだけです」


「確かになあ。王都が成立して約千年。領地の全土に教会の教えが行きわってる。それが良いことか悪いことかはさておき……」


「さて置かないでください。教えにより人の規範を伝えることは重要です」


「まあ、良いということにしとこう。とにかく、教会は王都の領地に根を張り、完全に影響を受けない土地などありえないはずだ。しかもここには教会も建ってる。なのになぜかここでは昔ながらの祭りが残ってる。興味深い話だ」

 

「何の話だ?」


 スーリアとムグルの会話にレオンが割って入る。


「いや、この村が面白いって話だよ」


 ムグルが答える。


「この村の祭りはどうやって始まったのですか?」


 スーリアがレオンに聞く。


「うーん。考えたことはないなあ。先生、知ってます?」


 レオンが隣の先生に尋ねる。


「起源についてはわからないが、昔、この辺りでは魔物が発生しやすく、強力な魔物が現れることもあったようだ。剣を取って自ら戦わねばならなかった人々は、その意志を剣の形として祀っているのだろう。村では現在でも修練所と鍛冶屋が大切にされている。レオンのように村の出身者が名を挙げるのも必然と言えるわけだ」


「なるほどねえ。立地的な条件が重なった可能性もあるのか」


 ムグルが頷く。


「……先生。適当言ってますね」


 レオンが冷たい視線を先生に投げかける。


「……バレたか」


 そう言って先生は大声で笑う。確かに先生はもっともらしいことを言って生徒たちをからかうことがあった。


「ムグル、スーリア、先生の言葉を真に受けてはいけない。教え子のおれが言うのもなんだけど先生は専門領域以外はさっぱりでね」


「レオンはさすがだなあ! ハハハ!」


 先生は周りに響く大声で笑った。


「いや笑い事じゃありませんよ。先生から聞いた王都の話はだいたい嘘じゃないですか。それで何度仲間に笑われたことか」


「いや悪気はないんだ。ただ私の話した王都の方が面白そうだったろう?」


 先生は反省の色も見せずにやにや笑っている。


「もっともらしいところがなお悪いんですよ。冒険者は一人ひとり明確な順位付けがなされて、低いものは追放されるなんてどうやったら思いつくんですか。おれはそれで、ギルドの受付の人に何言ってんだこいつ、みたいな顔されましたよ」


「いいねえ。その現場を見たかったよ」


 先生が笑い、レオンも笑っていた。


 そのやり取りを茫然と眺めていた魔術師と聖職者であったが、


「ま、どうでもいいことだろ」


「……そうね」


 と呆れたように話題を変えた。


 会話の内容はさておくとして、私の周囲で準備を手伝っている同年代の若者は村に現れた英雄についての噂話で盛り上がっていた。


 剣士、魔術師、聖職者。冒険者としては定番の構成で、その三人組が王都からやってきたとなれば彼らの夢が広がるのも頷ける。


 彼らは口々に、レオンの剣術のがどれほどのものかについて、無残にも敗れた私のことにも触れながら話し合っていた。あとは聖職者のスーリアが美人だとか、さすが都会の女はすらっとしているなどという村のほかの女性たちには聞かせられないような話をしていたほか、ムグルがどのような魔法を使うのかなど、想像も逞しく持論を展開していた。


 一方私は、レオンに対抗意識を燃やすのに必死であった。


 先生とレオンの話を聞けば聞くほど、彼は悪い人間ではなく、私と同じこの村で生まれた若者の空気を纏っていた。油断すれば彼に親近感を持ってしまい、叩きのめされたことすら忘れてしまいそうだった。


 私はまだ、彼を憎んでいたかった。


 気がつくと、手を動かしながら私はレオンとの試合を思い出し、どうすれば勝てるのだろうかと考えを巡らせている。冒険者の存在は、私を苛立たせ、そして、剣に対する情熱をさらに搔き立てた。だがそれでも、私はまだ自分から剣を取りたいとは思えなかった。


◆    ◆    ◆    ◆


 休憩時間になると、私は人の居ない木陰で一人座って、ぼんやりとしていた。


 ほかの若者たちは、さぼり方が上手く体力も有り余っており、休みともなれば仲間と話し合っているのだが、黙々と手伝いをしていた私は少し疲れてしまっていた。


 私は整備され、木材の運び込まれた広場を眺める。少しづつ形を取り始めた剣の像を見て、なんでこんなものが必要なのかと思っていたものだった。


 休憩時間になると、村の女性たちが食事を持って現れる。


 彼女たちは村の集会所で祭り際に皆が身に着ける民族衣装ややぐらを飾る装飾を新たに作ったり、繕ったりしていた。食事を運ぶことは、そんな彼女たちの仕事のうちの一つだった。


 広場に簡易的な食事処が作られ、練った小麦や野菜、焼いた肉などが並べられていた。


 私はその中に、スサナの姿を見た。


 準備がひと段落すると、スサナの周りの少女たちは談笑をし、そして、踊りの練習を始めた。


 踊りは複雑なものではない。いくつかの形式はあるものの、あとは音楽に合わせて身を任せて自由に踊るものだ。当時の私はそれが嫌でたまらず、決められた型を踊り終えると、周りに見つからないように姿を隠すのが常であった。


 その時、私は初めて意識して、スサナが踊るところを見た。


 彼女のすらりとした手が伸び、優雅に円を描く、それは、ほかの少女たちとは一線を画すほどの、滑らかな動きであり、私は、その動きに一時見とれた。


 それは、ほかの若者たちも同じだったようだ。


 男たちの視線が彼女に向かっているのがわかる。


 私はそれを知り、自分の中に、不思議な感情が沸き上がるのを感じた。


「なんだよそれ」


 私は自分の感情を理解できず、もてあまし、スサナのほうを見ないように努めた。


 だが、結果的にそれは、無駄な抵抗というものであった。


 私はスサナの踊りから目を離せず、彼女たち数人が踊り終わるまで、ずっと眺めていた。


 食事の号令がかかり、同時にスサナをはじめ女性たちが、作業のため村の集会所に帰っていく。


 男たちはわれ先にと用意された食事に群がっていき、私もその列に続いた。


 だが、私の頭からはスサナの姿が離れず、食事の味もわからなくなっていた。

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