幼馴染
翌日から、祭りの準備が始まった。
王都をはじめ、その領土である町や村では絶対的な神、アスラを崇め、神を崇め教えを広める教会が各地に建てられている。
だが、私の住んでいた村はほかの集落と違ったものを祀っていた。
もちろん、村には教会があり、聖職者もいる。しかしどういうわけか、村にはその教えに属さない奇妙な祭りの風習があった。今ならわかるのだが、そのような祭りを開く集落は、王都の領地すべてを探してもこの村だけであった。
村の人々は一年に一度、地面に突き刺さった意匠の巨大な剣の像を村はずれの広場に建て、祭りを開く。夜になれば村の人々は踊り歌い、かつて存在したとされる村の英雄を賛美する。
いつだれが始めたのかもわからない。私も幼いころから祭りに参加させられていたため、それが変わった風習だということを知ることはなかった。
村の小さな子どもたちは英雄を称えるための踊りを練習しなければならならず、年長のこどもは祭りの準備を手伝わなければならない。村総出で行われるこの祭りには、誰一人として仕事を持たない者はいなかった。
そんなわけで、私は朝早くから母に叩き起こされ、村から少し離れた高台の広場に向かわなくてはならなかった。
昨年の祭りでは、準備を手伝う時間があるならばより多く剣を振った方が良いなどと考えていたものだが、レオンに心を折られ、剣から距離を置きたいと思っていた私にとっては、ただ面倒な村の行事でしかなかった。
とはいえ、昨年も祭りが始まってしまえば楽しんでしまうのが、私であった。口では大層なことを言ったとしてもまだ子供であり、祭りの時にしか振る舞われない料理を心待ちにしていた。
広場に向かう途中、前を行く姿があった。
私の足音に気づいたらしく、振り向いたのは、私の幼馴染であるスサナだった。
「あ、トーマおはよう」
「おう、スサナ、今から行くのか?」
「うん、準備に手間取っちゃって」
そして私は、スサナと歩調を合わせて、一緒に祭りの会場へと向かった。
レオンとの戦いで証明されたように、私は同年代から好かれてはいなかった。修練所には長年通っていたが、気軽に話すような友人はおらず、また、必要だとも思わなかった。
私には剣術がある。
それを頼りに私は剣に打ち込み、気が付けば一人きりになっている。
自分が特別な人間だと思い上がり、周囲の人間を自分から遠ざけていたのだ。
話しかけてくれるのは、幼馴染のスサナだけであった。
私のような面倒な人間に話しかけてくれるありがたい存在であったのだが、当時の私にはそのありがたみがわからず、スサナでさえ軽んじるところがあった。
まったく愚かなものだ。
「トーマは最近元気がないみたいだね」
私は不満げに顔をしかめる。
「それ、誰から聞いたんだ?」
「あなたのお母さん」
「なら良いけどよ」
「大人に負けたくらいで落ち込まなくってもいいじゃない。まだ子供なんだから」
「やっぱり知ってるじゃないか」
「そりゃあ知ってるでしょうよ。この村の子供のほとんどが見てたんだから」
「……」
言い返せずに私は黙ってしまう。スサナと話すといつもこの調子だった。
「剣の自信がなくなった?」
「……まあ、ちょっとだけな」
私は正直に答えた。どういうわけか、彼女には嘘がつけなかった。
「なにつまんないこと気にしてるの! トーマなら騎士になれるよ!」
そう言って、スサナは私の背中を強く叩いた。
「いてえ!」
「ちっちゃなことでぐちぐち言ってたら、それこそ騎士になれないと思うな」
私はカッとなり、何かを言い返そうとした。
だがすぐに冷静になる。
スサナの言葉はいつも正しいのだ。
「そうだな……おれらしくないな」
「ねえ、トーマがみんなに何言われてるか知ってる?」
「なんて?」
「英雄様」
「なんだよそれ」
「みんなさ、剣じゃトーマに敵わないってわかってる。だから陰で英雄様、なんて言い方をしてからかってるんだ。勝てないから、悪口を言って、自分を慰めているところもあると思うな。私はね。トーマだったら本当の英雄になれるって思ってるよ」
「ふん。えらく評価が高いんだな」
スサナの言葉はいつも正しい。
私はこの村で誰よりも強く、いつか本当の英雄になるのだ。当時の私は落ち込むのも早いが、調子に乗るのも早かった。
「まあ、小さいころからずっと見てるからね。みんなはいろいろ言うかもしれないけど、剣の練習を誰よりもしてるのだって、いつかきっと役に立つ時が来るよ」
「わかったよ。おれはどうかしてた。祭りが終わったらまた練習を始めるぞ。そんで王都に出て騎士になるんだ。村のやつらを見返してやる」
私は彼女の言葉で勢いづき、息巻いて見せた。
「そんな小さな事行ってないで、国を守るとか言ってみなさいよ」
「それもそうだな」
今思うと、私はスサナの手のひらで踊らされていた。
だが、悪い気はしない。
当時は自覚していなかったが、彼女は私のことを考え、発破をかけるような言葉で元気づけてくれていたのだ。
私は確かに気難しく、人の言うことを聞くような若者ではなかった。しかしそれは表面上のことでしかなく、大人ぶってひねくれてはいたが、信頼のおける、スサナのような人間からの声は素直に聞くような単純さを持っていた。
スサナにはそれがわかっていたのだろう。彼女の言葉にまんまと乗せられて、上機嫌で広場へと向かっていた。
「そういえば……」
私はふと、サガラのことを話してみたいと思った。
「なに?」
しかし、そのことが口まで出かかって、
「いや、なんでもない。今日は何をすればいいんだっけか」
と話を変えた。
「お母さんから聞いてないの?」
「忘れた」
「まーたそうやって私に頼る。ほかのことは良いけど、みんな祭りのことになると目の色が変わっちゃうんだから気をつけなよ。広場の掃除と整備をして、やぐらを建てる準備とか、地面に刺さった剣を建てる手伝いをするんだよ。あとは軽く踊りの練習」
「面倒くせえなあ」
「いいじゃない。祭りが終わるまでの辛抱なんだし、トーマだって、祭りは楽しみなんでしょう?」
「まあそうだけどよ。うまいもん食えるしな」
「小さなころは、振り付けを覚えるためにみんなで踊りの練習やってたよね。大きくなったらやらなくていいってことになったけど、少し残念だな」
「やりたくねえよ。おれは早く大人になって村から出てえって思ってたが、その理由の一つが、祭りの日の踊りだ。あんなもんやりてえ奴の気が知れねえ」
「えー、楽しいじゃない。普段は踊る機会なんてないんだし。それに、村の一番の踊り手に選ばれたら表彰だってされるんだよ?」
「表彰されたからってなんだってんだよ。下らねえ」
私が嫌な顔をするのを見て、スサナはため息をついた。
「そういう性格を少し変えたら、みんなと仲良くなれるのに」
「いいんだよ。おれは」
そんな話をしながら、私たちは村から少し離れた祭りの会場へと向かった。
あの時私は、どうしてサガラのことを話す気になれなかったのだろうか?
心のどこかで、人に話してはいけない存在なのだと知っていたのかもしれない。




