表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第五話 英雄
52/144

河原に通う

 レオンに負けた後、私はしばらく森での素振りをやらなくなった。


 修練所には行く。先生から教えられたことをやる。


 だが、それ以上のことをやる気力がなかった。


 私に訪れた大きな挫折。


 思い上がりが大きかったほど、その落胆も大きかった。


 冒険者と自分との差を思い知り、この先に騎士となるという夢が、ぼんやりとかすみ始めていた。


 はたから見ても、私は落ち込んでいたのだろう。


 父が気を使って、気分転換にと鍛冶屋の仕事を手伝わせようとした。


 私は、了承した。だが結果的にそれは逆効果であった。


 その時、年頃となった私の兄は、父と同じように王都で働いていた。数年間王都で経験を積み、この村に帰ってくることになっている。


 私は仕事のための荷物を運びながら、兄のことを思った。


 自分の道が明確にあり、その先に邁進している兄。両親から大切にされ、行く先が明確に決まっている兄。それに引き換え自分はどうだろうか。騎士になるなどという夢想を抱えて誰にも負けない、負けるはずがないと実力もないのに思い上がっている。


 そんなことに、私はようやく気付いた。


 私はますます落ち込み、一日で仕事の手伝いを辞退した。


 こんなことは過去にもあった。剣術が上達せず悩んだこともある。しかし、私はそれでも剣術を続け、いくつもの壁を乗り越え、修練所で最も強いとされるに至った。


 とはいえ、今回ばかりは力が沸いてこない。


 いずれ立ち上がる自分を信じながらも、現状を耐えることしかできない。


 こんなことは初めてのことだった。


 どこかに逃げ出したいと思った。


 そして……私は再び男のもとへと向かっていた。


◆    ◆    ◆    ◆


 その日は、金属の何やら大きな器具を使って、肉を焼いていた。


「何の肉?」


 不思議と、男の前に立つと、剣術や未来に対する重圧が消えていた。


 私が聞くと男は、


「猪だよ。ほんとうは牛が良かったんだけどね。さすがに生き物を出すことは出来なかった。仕方がなかったからその辺で狩ってきたんだよ。といっても罠を仕掛けただけだけどね。捕まえることよりも解体の方が大変だった。でもま、時間はあるからね」


 と楽しそうに答えた。私もなんだか楽しくなって、


「それなら食べたことがある」


 と言った。


「だろうね。でも解体はしたことがないんじゃないか? ぼくは何度かやったことあるけどいまだに慣れないな。内臓触ったりするの苦手だし、臭いもなかなか取れない。ネットで漁った知識は実践するとなると、やっぱり違うもんだね」


 相変わらず、男の言葉にはわからない部分がある。


 けれど私はすでに気にならなくなっていた。


「ほら、一つ食べるかい?」


 男は金属の串に刺した肉を私に手渡した。彼が勧めるまま、私はよく焼けた肉にかぶりつく。


「うまい……」


 私は思わず声を漏らす。塩味のついた肉を食べることはあっても、その肉は少し違った。ツンと鼻につく香りと、口に含んだ時に広がる、これまで体験したことのない味わい。それが肉のうまさをさらに引き立てていた。


 おそらく肉にかかっていたのは香辛料なのだろう。


 しかしカレーの時と同じように、後に世界を巡っても味わうことはできなかった。


「肉ってのは、焼き方もそうなんだけど、最終的には調味料だと思うんだよね。これはいろんなスパイスが混ざっているやつで、……えーと、何だったかな? 商品名は忘れたけれど、かけるとうまいんだ」


 私は男の言葉を聞き流して、一心不乱に肉にかぶりついた。すぐ後に家での夕食が待っているなど考えもしなかった。


 それくらい、うまかったのだ。


 あと一切れというところで顔を上げると、男は嬉しそうに私の顔を見ていた。


「なんだよ?」


「いや、やっぱり人と食べるのはいいものだなって……」


「だったらうちの村に来たらいい。場所が場所だから、冒険者とか旅人とかほとんど来なくて、旅人なんて来たら、みんな物珍しさで世話焼いてくれるはずだ。おれも知らねえふりをしてやるから、たまたま立ち寄った感じで行ってみたらどうだ?」


「うん、ありがとう。でも、遠慮しておくよ。ぼくみたいなのが、人が集まる場所に行くと、和を乱してしまうからね」


「ふーん、そういうもんか」


「たまにこうやって、人と話せるくらいがちょうどいいんだ……もう一ついる?」


 男は私に串をもう一つ勧めた。


「やめとく。晩飯が入らなくあるし、それよりまだ聞いてなかったけど、あんた、名前は?」


 これは私がずっと気になっていたことだ。


 相手のことを呼ぶ時に不便で仕方なかった。


「へ?」


「だから名前」


「名前、名前かあ……」


「言いたくないならいいけどさ」


「別に言いたくないってわけじゃないんだけど、人から聞かれるってのは久しぶりでね。サガラと呼んでくれ」


「サガラ?」


 聞きなれない名前に私が聞き返すと、


「うん。今は仕事中ってわけではないからね。それでいいよ」


 と答えた。


「じゃあ、今度からそうやって呼ぶよ、サガラ。おれはトーマだ」


「トーマ、か。ぼくの昔住んでいた場所にもいそうな名前だ」


「サガラはいつごろまでここにいるんだ? ずっと外で泊まるってわけにもいかねえだろ?」


「うん、もうしばらくはここにいるかな。せっかくの休みだし、いろいろやってみたいこともあるからね。せいぜい料理の腕を磨くさ」


 私はまた、サガラの料理が食べられると思い嬉しくなった。


 楽しい時間はあっという間に流れ、日が暮れようとしていた。


「また来るよ。そしたらうまいもんを食べさせてくれよ」


「いいよ。人にふるまうって考えると、やる気が出るもんだね」


◆    ◆    ◆    ◆


 その日から、サガラは私が河原に行くたびに、私が見たことのない器具や調味料で作った料理を食べさせてくれた。


 例えば、味のついた肉。


 サガラは鉄の板の上で肉を焼き、黒い液体をかけた。黒い液体は「ショウユ」という名前の調味料らしい。いい香りがするその肉の上に、男は白い油らしきものを置いて溶かすと、これで完成だと言って私に出した。恐る恐る口に含んでみると、これがまたうまい。


 サガラは、


「君はワフウもいけるんだね」


 などとよくわからないことを言っていた。


 次に食べたのは、見たこともない粒上の穀物を鍋に入れ、そこにスープのような液体を入れて煮込んだもの。男は「タキコミゴハン」と呼んでいた。これもまたうまかった。


 細かく切った肉と野菜が入っていて、おそらく「ショウユ」の味が染みていたほか、穀物は柔らかくて、噛むと甘みを感じた。


 私はサガラの作った料理を食べて、そして少しだけ話をした。


 彼は私に村のことを聞いた。どれくらいの人がいて、普段どんな生活をしているのか。


 私は、何の警戒心もなく、サガラが聞いたことには大抵答えた。


 今にして思えば、何者かもわからない相手に村の内情を話すなどと、警戒心の欠片もない行動だが、それほどに私はサガラのことを信用しきっていた。とはいえ、私は自分のことしか興味がなく、村のことをあまり知らなかったため、大した情報は出せなかった。


 代わりに、私はサガラに質問をした。


 どこから来たのか、そして、なぜここにいるのか。


 しかし、これらの質問に、サガラははぐらかすばかりで、まともに答えることはなかった。


 数日で分かったことといえば、サガラという名前だけで、あとはその堅苦しい服の名前が、ビジネススーツという名前だということくらいだった。


「これは、昔ぼくが住んでいたところで来ていた服でね。ここに来た時に周りに合わせてもよかったんだけど、どうしてもできなくってさ。なんだか、ぼくとあの場所をつなぐ、たった一つのつながりというかね。とにかく、あまりこの服を捨てたくはないんだ」


 わかるようなわからないような。


 しかし私はそのことで、少しだけ彼のことを知れた気がした。


◆    ◆    ◆    ◆


 サガラと出会って数日が経ち、私はいつものように河原に向かった。


 彼に言わなければならないことがあった。


 私が河原についたとき、サガラは長靴を履いて、釣竿を肩に掲げていた。


「やあ、今日は魚だよ」


 そういってサガラは川魚の入ったかごを私に見せた。


 釣ったばかりらしく、数匹の魚が籠のなかで跳ねていた。


 私はサガラの履いた皮のようにも見える、しかしそうでもなさそうなつやつやとした長靴や少なくとも木には見えない材質の釣竿を持っていても、特に驚くことはなくなっていた。


「今から焼くから少し待っていてくれるかい?」


「いいよ」


 私はサガラが進めるままに、薪の周りに置かれた大きめの岩に座った。


 サガラは手早く魚の内臓を取り、木の串に通すと、塩を振りかけて火の起こった薪の周りに並べた。


「今日はあんまり珍しくはないよ。魚に塩をかけただけだからね。でも、こういうのが一番うまいんだ。素材の味ってやつさ。……あ、魚は食べられる?」


「うちでもよく食べてるよ。釣りは小さいころにやったっきり、あんまりやってねえけどさ」


「そりゃあそうか。ぼくの昔いた場所じゃ、魚嫌いの子も多かったんでね」


 サガラは薪の火を調節する。


 私は彼に言わなければならないことがあったのだが、上手く言葉にならなかった。


 魚の表面の色が変わり始める。確かに目新しいものではなかったが、外で魚を焼くだけでうまそうに思えた。


「サガラ、おれさ」


 私は思い切って話を切り出した。


「ん? なんだい?」


「ここにはしばらくこれなくなるよ」


 ようやく言えたことで、私は小さく息を吐いた。


「へえ、忙しくなるのかい?」


「ああ、そうなんだ。うちの村じゃ毎年この時期に祭りやるんだよ。んで、村のもんは全員その祭りの準備をしなくちゃならないんだ。うちの親は普段、おれのやることにあまり文句を言わないんだが、祭りの時だけはうるさくてね」


「なるほどねえ。いいね、祭り。ぼくは村の風習ってものにちょっと興味があるんだけど、君のとこの村はどんな神様を祀っているんだい? それとも単に豊作を願う祭りなのかな?」


 私はこれまで考えたこともなかった質問をされて、しばらく考えてみた。なるほど、確かに何のためにやっている祭りなのか知らなかった。


「うーん。あんま気にしたことがなかったな。広場に料理を並べて、踊ったりすんだよ。後は木ででっかい剣の像みたいなのを作る」


 と、知っていることをそのまま答えた。


「ま、そうだろうね。ぼくだって、自分の住んでいる場所の祭りが何を祀っていたかなんて、思い出せないし。もしよかったら、周りの人に聞いてみてくれるかい。出来たらでいいからさ」


「ああ、いいよ。もしも覚えてたらな。んなこと知って何が楽しいんだよ」


「祭りってのはね。その村の成り立ちだとか歴史、文化にかかわっていることが多いんだ。祭りだとか村の風習がわかれば、それだけ村の理解が深まるってわけだね。ぼくは職業柄、いろんなところに行くんだけど、調べてみると面白いもんだよ」


「ふうん、そういうもんかね」


「君くらいの年齢だとまだわからないだろうなあ」


 そういってサガラは、薪の周りの魚の一つを取り、息を吹きかけてからかじった。


「うん、良く焼けている。君も一匹どうだい? 一匹くらいなら、小さいし、夕飯にも影響はないだろう?」


「ああ、もらうよ」


 サガラから魚を受け取って、私は一口魚をかじった。


 塩味がよく効いてうまかった。サガラの使う塩には苦みというか雑味がなく、素材を引き立たせる良質な塩だったのではないかと、今となっては思う。


 その日、私はいつもより遅く河原を出た。


 母親からは叱られたが、私には遅くなる理由があったのだ。彼と会っている時間は、ほかに変えられないものであった。それほどに、サガラの存在は、傷ついた私を支えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ