5-3 王都の冒険者たち
翌日、私がいつものように修練所へ向かうと、いつも以上に騒がしかった。
修練所とは、人の住む集落にたいてい存在する剣術などを学ぶ場所のことだ。
魔物が野生動物のように跋扈する世界にあり、人々は自衛のすべを持つ必要があった。
人の住む集落の近くには、王都から派遣された兵士の詰め所などもあったが、たいていの場合は自分たちの身は自分で守らねばならず、そのため王都から離れた集落に住む人々、特に男たちは幼いころから修練所で剣術を学ぶことが一般的となっていた。
修練所の設置は王都の決定によるものだが、それは、魔物対策費の削減の一環であるとともに、冒険者や王都の騎士となる才能を持つ人間を養成する場でもあった。
その日も、私は朝早くから修練所へと向かった。
私は生徒が集まる前に一人で木剣を振り、体を温めるのが常だったからだ。
だが、その日ばかりは違った。
剣術を学ぶ村の少年たちがすでに集まっていて、何やら騒いでいた。人だかりの中心には三人の見知らぬ男女が居た。
一人は聖職者の格好をして、もう一人はローブを纏っていた。
「ああ、トーマ、こちらに来なさい」
人だかりから離れた所に立っている修練所の先生が私を呼んだ。
先生のところへ向かうと、
「何事なんですか?」
「聞いていないのか。私は誰にも言ったつもりはないんだが、噂が広がっていたようでね」
先生はそう言って、
「レオン」
と三人のうちの一人に声をかけた。
「お、そいつが先生の言ってたトーマって子ですか?」
レオンと呼ばれた男は、ほかの子供たちをかき分けて、私と先生のもとへやってきた。
「そうだ。うちの修練所で一番強い。大人顔負けの力を持っている」
レオンは笑った。私はすぐに、この男が修練所の卒業生であることに気づいた。村を出た男が、故郷の修練所に顔を出すのはよくあることだったからだ。私はレオンと呼ばれる男の、その表情が気に入らなかった。明らかに私を若い未熟なものと見下していたからだ。
今となっては、何故そんなに敵意を燃やす必要があるのかとも思うが、当時の私は、こと剣に関しては自分が一番だと思い上がっていたのだ。
「トーマ、彼は王都で冒険者をやっているレオンだ。この村の出身でな、私の教え子でもあるんだよ。今や彼は王都で注目を集める新星なんだ」
誇らしげに語る先生の横で、私は憮然とした表情をしていた。
「先生、持ち上げるのはやめてくださいよ。ぼくらはついこの間ようやくダンジョンに行けるようになった身なんですから」
レオンは笑顔で私に手を差し伸べる。
「よろしく、トーマ。先生は厳しいかもしれないが、教えるのがとても上手い。ここで一番になれるのなら、王都でも立派に冒険者をやっていける」
しかし、私はその手を取らなかった。
「冒険者になる気なんてない。おれは騎士になるんだ」
「トーマ!!」
私の言葉を先生がとがめる。レオンは余裕の表情を崩さなかった。
それがまた、私の癇に障った。
「ハハハ、先生、良いですよ。若いうちならこれくらいの威勢がなくちゃね。騎士になるってことがどう言うことか知っているのか?」
「ああ、王に強さを認められたものが騎士となり、国を守る。おれはそのために毎日鍛えているんだ」
私は誇らしげに言い放った。
「騎士は大変だよ。いくら強くても、厳格な規律のなかで自己を律しなければならない。それに騎士になるための試験も楽じゃない。それに、運よくなれたとしても上に立つのは貴族だ。出世のためには貴族の相手もしなくちゃならないし、気まぐれで左遷もあり得る。その点冒険者は気が楽だ。力さえあればいいんだからね」
言い聞かせるような上からの言葉が、私は気に入らなかった。
「それでもおれは騎士になるんだ。冒険者に逃げるつもりはない」
私の言葉に、修練所の空気が張り詰めた。
「トーマ! それはレオンを侮辱する言葉だぞ!」
先生が止めるが、その時の私は、それが間違った言葉だとは思っていなかった。ただ正直に自分の思ったことを言っただけだった。
「まあまあ先生。トーマ、ぼくは君のような人間は嫌いじゃない。でも、冒険者を舐めた発言は見逃せないな。どうだい? 一つ手合わせをしてみるってのは」
そこで、子どもたちの歓声が上がった。
「レオン。子供の言うことだぞ」
「先生、手は抜きますよ。それに初めからぼくに稽古をつけさせるつもりだったんでしょう?」
「確かにそうだが……しかし……」
「先生、やらせてください」
私は言って、レオンをにらみつけた。
「いいね。やろうよ」
レオンの微笑が消え、周囲に緊迫した空気が立ち込める。私は気圧されたが、引くわけにはいかなかった。
「レオンさん? 何ムキになってるんですか? あなたがここに来たのは後輩を叩きのめすためではないでしょう」
そこで、聖職者らしき服装の女性が口を挟んだ。鋭い目つきには真面目さが垣間見える。
「おれあ面白そうだからいいけどよ」
小柄な魔術師らしき格好の男が続く。人相が悪いために分かりにくいが、若いようにも見える。
「スーリア、そうは言うけれど、彼の方はやる気みたいだよ」
私はレオンをにらみつけ、微動だにしていなかった。
「はあ……手は抜いてあげてくださいよ」
スーリアと呼ばれた聖職者はため息をつきながら言った。
「言い方が良くねえよ。本人は負けるつもりなんてねえんだから」
魔術師らしきの男がニヤリと笑って私の方を見た。
「……言い過ぎました。ムグルはあの子が勝てると思っているんですか?」
「わからねえさ。勝負ってもんはな」
男はムグルという名前らしい。
「ま、二人は見ていてくれたらいいさ」
そしてレオンはこちらを向いて、私を見据える。
「すまないね。やろうか」
私は思いあがっていたのだろうか、いや、それよりも、自分は誰よりも強いという自負を裏切りたくはなかったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
修練所の真ん中で、私とレオンが向かい合う。
生徒たちが一定距離を離れて取り囲み、固唾を飲んで見守っていた。
私は先生に諭され練習用の兜をいやいや頭に乗せていた。
もちろんレオンは兜も、鎧すら身に着けていなかった。まともな構えもせず、彼の態度は私の怒りをさらに増加させた。
「うおおおおお!!」
私の気合は十分だった。大声とともに剣を振り上げレオンに向かって突撃する。
なぜ、距離をとって相手の様子を伺わなかったのか。今となっては思うが、その時はなんとしてでも一撃を叩き込めなければ気が済まなかった。
レオンはその場で動かないまま、私を待ち受けていた。
私は飛びかからん勢いで全体重を乗せた一撃を放つ。
しかし、レオンは華麗な体さばきで躱す。
だが、それで終わる私ではなかった。
すぐに態勢を整え、二撃目、三撃目を立て続けに繰り出した。
だが、一度たりとも、攻撃は当たらない。
その時、私はレオンの表情がすっと変わったのを見た。目つきが鋭くなり、最小限の動きで連撃をかいくぐると、大して力の入っていないような剣を私の胴に滑り込ませた。
それで、終わりだった。
私はうめき声を上げながら、その場にうずくまった。
あの時の痛み、そして悔しさは、忘れようとしても忘れられないものだ。
周りの子供たちが喜ぶ声が聞こえる。
改めて、私が周りの人間にどう思われているのかを知った。
私の態度は、修練所でも嫌われるには十分だったのだろう。だがそんなことよりも、私はレオンに負けたことが、ただただ悔しかった。
……とまあ、結果は御覧のありさまだ。
私は一撃でのされ、周りで見ていた修練所の生徒も、それ見たことかと喜んでいた。
確かに私は強かった。
それを今になって否定するつもりはない。しかしそれは、あくまで辺境の村の修練所という小さな世界の中だけのことだ。修練所の大人に負けない力を持っていたとしても、それは実戦経験を積んだ冒険者に勝るものではなかった。
私は弱い。
その事実を受け入れることが、どんなに苦しかったことか。
痛む腹部を抑えながらなんとか立ち上がり、レオンに礼をした後、私は修練所を出た。
誰にも見られないように、修練所の影に隠れると、私は一人涙を流した。
悔しさで泣いたのは、その時が初めてのことだった。




