騎士を夢見る少年
これはまだ私が、故郷の村でまだ何とも知れない少年であった時の話だ。
私は鍛冶屋の次男に生まれ、何不自由なく育てられた。剣術が好きで、修練所に通いながら、いつかは騎士になることを夢見ていた。幸いなことに優秀な兄もおり、両親は私の夢を肯定することこそなかったものの、強く否定することもなかった。
私は恵まれていた。
夢を持つことを許され、夢に向かって突き進むための環境を得ていた。比較的裕福な村で、道場に通う子どもも多かったが、私の夢は同年代の少年たちとは少し違っていた。
剣術を学ぶ少年が目指すのは、騎士よりも圧倒的に冒険者だ。
勇気を出して村を出るような若者は極わずかだが、将来なりたいもの、と考えてまず挙がるのが冒険者だったというわけだ。村の子どもたちはそもそも騎士という存在を知らないし、誰が王都を守っているのか考えたこともないものがほとんどだ。
何故私が騎士を知っているのかと言えば、父が過去に王都で働いていたからだ。父は仕事を通じて騎士の友人もおり、幼いころから話を聞いていた。
王都に住む民衆を守る騎士。それは私にとって、王都への憧れの象徴となった。
いつかおれは騎士になる。
騎士になるということが具体的にどういうことなのかも知らないくせに、一人前になったつもりで夢を語った。
とはいえ、ほかの子供たちと私の夢の質の差は大したことはない。私は平凡な夢想を抱え、世間の厳しさも知らぬまま、ただ日々を生きていた。
当時のことを思い出すのはひどく恥ずかしい。
私は齢十四になるにも関わらず、自分が騎士になることを、まったく疑っていなかったのだ。
誰が保証してくれるわけでもないのに、自分の力が特別なものだと信じていた。
そんな私が日課にしていたのが、森のなかで素振りをすることだった。
今思っても、役に立っているのかいないのかわからない。
とにかく、あの時の私は向上心の塊であり、そして、どこまでも子どもであった。
信じていないと自分に言い聞かせつつも、森には何かがあり、例えば精霊が自分に語り掛けてくれるような物語が、本当にあるのではないかと、心のどこかで信じていた。
剣術の稽古がない日には、練習用の木剣を担いで森へ行き、一人で素振りをすることが私の習慣になっていた。当時、私は、一人でいることが素晴らしいと考え、人との付き合いを自分から制限しているつもりになっていた。
なぜなら森の精霊は、一人の人間に話しかけるものだからだ。
当然、そんな経験は一度もなく、ただ私のなかに夢想としてとどまっているのみだった。
黙って剣を振っていると、心が穏やかになる。
騎士になるという夢が叶うのかどうか、考えることもなく、ただ自分がここではないどこかへ行くことだけを夢想する。それは心地よく、私の体を動かし、それを飽きもせず続けていた。
たまに、自分の考える必殺の剣技を空に放ってみたりする。
技の名を叫び、木々の反響を聞くことに、この上ない快感を覚えていた。
……。
一応は人のいないところでやるところが私の複雑な感情を表しているが、これ以上、自分の過去を語ることはやめておこう。つらいばかりだ。
その日も私は森に居た。
一人剣に打ち込む未来の騎士。
それが私が想像する私の姿であり、私は私に忠実であった。
いつもの場所で剣を振るのに飽きてしまった私は、森のさらに奥へと進んでみようと考えた。
親からはあまり深く立ち入るなと言われていたが、当時の私にとって、禁忌はむしろ破るためのものでしかなかった。
森の精霊とは、常に森の奥深くに居るものだからだ。
鬱蒼と生い茂る木々の間を抜け、さらに奥へと分け入る。私も愚かではなかったから、曲がりくねった道を選んだりはせず、迷わないようにただまっすぐに進んだ。
すると小川を見つけた。
水の精霊も出迎えてくれた、などと下らないことを考えながら、よからぬことを思いついた。
要は迷わなければいいのだ。
私は小川の近くにある小石を集め、うずたかく積み上げた。
ここで目印を置いておけば帰り道はすぐにわかる。小川に沿って歩けば、絶対に道に迷わないのだから、自由に動き回ることができるわけだ。
禁忌を破りたいと思っているのに、変なところで行儀が良く、無茶はしない。
我ながら小賢しい少年だったと思う。
私は小川の上流へと昇って行った。
頭のなかでは秘境の中を進む騎士のつもりであった。小川の上流は斜面になっており、わざと付き出た岩を登るようにして、冒険気分を味わっていた。
しばらく歩いていると川幅が広くなり、広い河原のある場所に出た。
私は動きを止めた。
誰かがいる。
河原に立っているのは、自分の父よりも若く見えるくらいの大人の男だ。ぴっしりとした黒の上着の下に白いシャツが見える。今の私であれば、変わった貴族の服かと思っただろうが、当時の私にとっては見たこともない異様な姿であった。
明らかに不審な人物であったが、子どもで愚かであった私は、今度は追跡者のつもりになって岩陰からその男の様子を伺うことにした。
私は想像した。
村で見たことのない格好の男はおそらく貴族だ。なぜ貴族がこのような場所にいるのか。それは領主間の争いで逃げ延びたものだろう。逃げつかれて河原で休み、城に残してきた婚約者のことを思っている。そこで出会うのがこの私だ。
私は没落した貴族とともに旅に出て、王国を取り戻し、そして私はその貴族から認められ、やがて騎士として名を挙げることに……
「そんなところに隠れてないで、こっちに来てみないか」
男がこちらを見て言った。私はあまりのことに、
「わ!」
と驚いて立ち上がってしまう。
しまったという気持ちと、どうして気づかれたのかという驚きにより、私は軽い混乱状態に陥っていた。
「危害を加えるつもりはないよ。こっちに来てみて」
私はその場から走って逃げることもできた。
というより、普通に考えて、得体のしれない男から話しかけられたなら、すぐにでも走って逃げるべきだ。
だが、私はそうしなかった。
見るからに怪しい男に、私は惹かれていた。そこには何か、先の予測できない冒険のようなものを感じ取っていたのかもしれない。
村の生活に満足しながらも、私は常に外の世界を、未知の世界を求めていた。
目の前に現れた男は、私が求めていた未知そのものであった。
私はおそるおそる、男に近づいて行った。




