神樹の光
神樹の光はシャルを変えた。
彼を変えたのが神樹の力なのか、それとも単なるきっかけに過ぎなかったのかはわからない。
シャルはエレアのことを思い出し、彼女を強く求めた。
何も終わってなどいない。諦めてなるものか。
シャルがもし自分のパラメーターを見ることができたのなら、あまりの不安定さに恐怖を覚えたはずだ。彼はエレアからの愛を求め、同時に憎んでもいた。どうにもならない現実に絶望しながらも、彼の心は希望を求めてさまよっていた。
シャルは考える。
もしも、自分に力があれば、エレアを取り戻すことができるのだろうか。
エレアの心を奪い、周囲を操作し、遠くへ逃げる。
だがそれは、シャルとエレアが持つ地位や家をすべて犠牲にすることに他ならず、彼女の幸せを奪うことにもなる。
ならばどうするのか。
人から好かれる程度では生ぬるい。あらゆる人間がシャルのために動いて初めて、エレアを幸せにするという望みが叶う。
シャルは自らの力に対して病的な執着を見せるようになった。
力の感覚は、グストフたちに襲われた際にある程度掴んでいる。
あとは力をどう応用し、思い通りに使えるようになるかだ。
王都からも教会からも独立したこの村は、力を試す実験場として、まさにうってつけだった。
◆ ◆ ◆ ◆
手始めに調整を施したのはターニャだった。
「ぼくの行うことを信じてくれるかい?」
「はい、シャルが言うことならなんでも」
「それでいい」
神樹の森から戻ってしばらくして、シャルは実験を開始した。
パラメーターの数値を変動させると、彼女はすぐにシャルのいうことを聞くようになった。
ターニャのパラメーターはわかりやすく、扱いやすい。
比較的感情が安定しており、調整前と調整後の数値を読み取ることが容易だった。シャルはターニャのパラメーターを見ることで、改めて自分の力を把握することができた。
シャルの力は感情を操作し、空白となった相手に思考を流し込むことができる。
しかし、シャルの思考を受け入れたことによる反動で数値が変化する。反動は本人の普段の行動と指示が離れれば離れるほど大きくなり、結果、精神に負担を与えることになる。
数値が不安定なることの危険性はシャルが一番知っている。せっかく相手を思い通りに動かせたとしても安定的に運用するためには、別の策が必要だった。
それに、力による操作についても、彼は納得していなかった。
例えばターニャに頼みごとをしたとしよう。
「ターニャ、飲み物を取ってきてくれないか」
「はい、わかりました。シャル」
「ついでに食べ物も欲しいな」
「はい、わかりました。シャル」
これでは操り人形に過ぎない。
シャルが求めていたのは、個人の意思を持ちながら、彼のために動いてくれる人間だった。
いくつもの操作を経て彼がたどり着いたのは、方向性を示す、ということだった。
感情を操作する際に、ある一つの目的を与える。
すると人は、その目的を基盤にあらゆる物事を考えるようになる。
これで、個人の意思を持ちながら、シャルの望む動きをする人間が出来上がるわけだ。
シャルは一つの言葉をターニャに与えた。
愛だ。
シャルが求めてやまなかったこと。
彼女は自分を愛し、家族を愛し、隣人を愛し、そして特別にシャル愛する。
シャルはそのようにしてターニャの意志を変えた。
するとどうだろう。
「ターニャ、飲み物を取ってきてくれないか?」
「いいよ。ほかに何かいる?」
「ちょっとした食べ物もあるといいな」
「わかった。取ってくるよ」
とても自然な対応になる。
一見普通の会話だが、ここからさらに高度な注文を付けたとしても、ターニャはシャルの依頼を受けてくれるようになる。彼の言うことであればたいていのことを信じ、言われたとおりに行動する。
シャルの能力はここに一つの達成を見た。
ターニャの調整がすむと、彼は次に彼女の家族に手を付けた。
愛という方向性は決まっている。後はターニャに施した調整を家族にも与えていくだけだ。
ターニャの父であるタンガ、母のアイシャに調整を施し、さらにその範囲を広げていく。
近隣の家、そして、そのまた近くの家。
シャルの影響力は日増しに強くなり、やがて村人全員の心を手中に収めた。
決して強制ではない、シャルの思い通りとなる村が、ここに完成した。




