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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第四話 洗脳
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不穏な路地

 面接はシャルの思惑通りに進んだ。


 相手は男性二人。


 その厳しさから数多の若い貴族に絶望を与えてきた学長と古株の寮長が、貴族を通すにはいささか狭すぎる部屋で、シャルの向かいに座っていた。


 シャルがやったことは、これまで通り変わらない。


 パラメーターを見ながら言葉を選び、そして相手の心を我が物とする。彼にとっては息をするように当たり前のことだった。


 面接でのシャルは、王都の未来を担う人間であることを前面に押し出し、時には領主となる予定の優秀な兄と騎士となった兄の話を交えながら、一息で場の空気を自分のものとした。


 面接官二人は、シャルを素晴らしい生徒だと決めてかかり、すぐにでも入学させんばかりに彼を称賛した。期待されすぎることで起きる落胆を抑えるため、自分を下げておくことも忘れなかった。


 シャルは優秀な兄を存分に利用し、優秀な存在に隠れることで少しばかり卑屈になった心を持つが、しかし高い向上心を持つ、教師としては手を差し伸べざるを得ないような完璧な生徒を演じて見せた。


 二人は彼を励まし、自分たちに任せてくれ、君を全力で優秀な官僚にしてみせるとまで言わしめた。面接らしい面接は、ほんのひと時のことで、あとはひたすら彼の今後について話し合う会となった。


 シャルはこの成果に十分満足していた。


 面接を終えると、不安そうに待っていた母に、その様子を伝えてすっかり安心させた。


 セリカはそれでも心を緩めようとしなかったが、シャルは彼女をなだめ、何とか一人で外出する許可を得た。


 そして、シャルは何の苦も無く面接を終え、街に繰り出した。


 これでまた、夢にひとつ近づいた。


 希望にあふれた自らの未来をかみしめながら、シャルは上機嫌で大通りを歩いていた。


 王都を歩いてまず思ったのは、その人の多さだった。


 直轄地である領民の街に出かけたことはあったが、その比ではなかった。人の多さ、建物の多さ、市場の活気など、あらゆるものが上回っていた。


 シャルは行商人たちの精力的な動きに圧倒され、往来する馬車や優雅に練り歩くきらびやかな服装の貴族たちに心奪われた。


 シャルはそこに未来の自分の姿を見た。


 官僚となったシャルは、エレアを招き王都を案内する。


 それだけで、彼は幸せを感じ、これから起きるであろう、三年間の寮生活が、自分が優秀な人間として認められるための単なる準備期間であることを疑わなかった。


 シャルは、これからの生活のことを思いながら、王都を歩き続けた。


 市場で身の回りの物を手に入れることを想像し、貴族の友人と大通り歩くことを想像した。シャルは王都のなかにあり、すでにそこにはいなかった。彼は未来の夢想のなかで漂っていた。


 だが、その姿はいささか無防備に過ぎた。


 夢想に浸った足取りで気の向くままに王都を歩き、裏の路地にまで入ろうとしたところで、彼を呼び止める者があった。


「おう、あんた、どうしてこんなところにいるんだ?」


 みすぼらしい服装の、痩せているため彼と同い年くらいにも見えるが、おそらく年上らしい少年だった。シャルはそこでようやく夢から覚めて、自分の行動の短慮さを知った。


 ここは、貴族が居ていい場所ではない。


「ああ、すみません。道に迷ってしまって、すぐに大通りに戻ります」


 すると少年は素早くシャルに近づき、彼の肩を組んだ。


「まあそういうなよ。あんた貴族だろ。せっかくここに来たんだ。少し話そうじゃねえか。おれあ、グストフってんだ。貴族様とは滅多に話せねえからな。おれにいろいろ教えてくれよ」


 まずい、とシャルは思った。だが、それはすでに手遅れだった。


 肩をがっしり組まれ、路地の奥へ奥へと連れていかれていた。


「いえ、僕はすぐに帰らなければいけないので」


「そういうことを言いなさんな。まだ来たばかりじゃねえか。あんた、見たところ地方からやってきた領主の息子かなんかだろ。わかるぜえ。王都の貴族様はこんなところに近づかねえからな」


「……大声を出しますよ」


「出しても構わねえさ。ここまでくりゃ、叫び声なんてどこでも聞こえらあ。それよりも、おれはあんたにあわせたいやつらがいるんだ。おれの仲間なんだけどよ。いいやつらだぜえ」


 シャルの顔が青ざめた。相手のパラメーターなど見るまでもない。彼はこれから、このごろつきに、ひどい目にあわせられるのだ。


 彼は懐の残金を思いだそうとする。母から多少の金をもらってはいるが、それを出して解放してくれるものだろうか。


 ……そんなわけはない。


 彼らには貴族に対する憎しみと、あざけりが見えた。


 単に金目的ならまだしも、憎しみをぶつけられるとするならば、シャルの命は保証されない。


 シャルは考える。


 だが答えは浮かばない。話が通じる相手なら、取り入ることは可能だが、彼にはその糸口を見つけることができなかった。


「ほら、紹介するぜ。おれのダチだ」


 左右の路地から、五、六人のごろつきたちが現れる。皆それぞれ汚らしい格好をして、品定めをするようにシャルを見ている。


 その中には、彼の二倍もありそうな。しかし、年齢は高く見えない大柄な少年もいた。


 シャルは震えあがり、きっかけさえあれば泣き出してしまいそうになっていた。


 グストフはするりとシャルの横から身を引き、その代わりほかの少年たちが彼を取り囲んだ。逃げる場所などなかった。


 グストフは正面の大柄の少年の横に滑り込むようにして立ち、


「こいつはよう。特にあんたに紹介してえんだ。ランダって名前でな。なんで紹介したいかっていうとな、こいつ、農民の出なんだよ、故郷の領主がそりゃあひどくてな。それで王都に出てきたのさ。バカ高い税に取り立て、ひどい目にあったのはこいつもだが、問題は妹よ。美人って評判らしくてなあ。その妹に手え出されちまったんだよ。なあ? ひでえ話だろ?」


 ランダと呼ばれた少年が、シャルをにらみつける。シャルは体の震えが止まらなかった。


「その領主が、あんたの父親とは言わねえ。多分違うだろう。それでも、こいつは貴族を恨んでるんだよな。わかるだろう? 家族に手を出されちゃあ、おれだって恨む。だからよお、ひとつこいつの恨みを少しでも減らすために殴らしてやってはくれねえか。金の話はその後だ。安心しろよ。死なねえ程度に痛めつけるからよ。あんたは大切な金蔓になるかもしれねえお人だからなあ」


 いっそ気を失ってしまえたら、どんなに楽だろうとシャルは思った。


「どうだい? ランダそれで少しは気が収まるか?」


 グストフがランダを見上げて言った。


「ああ、願ってもねえことだ。ただ」


「なんだい?」


「ついうっかり殺しちまうかもしれねえ」


「おいおいそいつはやめてくれよ」


 グストフが笑い、周囲のごろつきたちが笑った。その笑い声が、薄暗い路地に響き渡っていた。


 シャルの呼吸が早くなる。嫌だ。逃げ出したい。早くここから逃げ出して、いつもの日常に戻りたい。


 こんなの、僕の人生の予定にはない。


「ま、ここはランダの慈悲の心に任すとして、さっさとやってくれや、おれたちは平和主義者だから手を出さねえ。安心してくれよ」


 そして再び、ひっひっひと下種な笑い声が響いた。


「じゃあ行かせてもらうぜ。一発で済むなんて思うんじゃねえぞ」


 シャルの顔にランダの拳が迫る。


 そして――


 シャルは気が付くと、大通りに一人で立っていた。


 周りにはごろつきたちの姿もなく、体に痛みもない。シャルは念のため、顔を触ってみる。どこも腫れたりしている様子もなかった。


 あれは夢だったのだろうか?


 シャルは首を傾げながら、宿に戻る道を急いだ。


 王都への移動や面接で疲れていたのかもしれない。


 自分に言い聞かせても疑問は残った。


 あのあまりにも恐ろしい光景は、現実感があり、思い出すと今でも体が震えた。


 彼は足を速めた。


 こんなところから早く帰りたい。領地に戻り、エレアに会いたい。


 そう願うばかりだった。

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