貴族としての生き方
地方領主の息子の未来というのは長男しか約束されていない。
長男は当然、父に代わって新たな領主になる。
では、次男、三男はどうなるか。彼らは自分で道を切り開かなくてはならない。
ある者は騎士になる道を選び、またある者は魔術師になる道を選ぶ。
華々しい道にも思えるが、騎士も魔術師も実力社会であり、生半可な覚悟では上位層に到達することはできない。
もちろん、幼い頃から高度な教育を施されている領主の息子であれば、王都や地方領地の志願者など相手にもならないだろう。
しかしそれは最初だけだ。
体力や知力など、本人の才能以上の成果を上げることは難しい。
実際、晴れて見習いの従士となる、あるいは魔術学院への入学を許されたとしても、貴族出身者の脱落率は高かった。優秀な成績を収めることができなかった彼らのなかには、家を追い出され、もらったわずかな金で王都で放蕩の日々を過ごす者もいる。
また、極稀な例ではあるが、冒険者となる者もいる。
しかしながら先例のように魔物討伐を生業とする過酷な生活に耐えられずに逃げ出し、結局は王都で放蕩の日々を過ごすことになる例がほとんどだった。
生まれた家で生活を続ける者もいるが、肩身も狭く、家族はその存在をなかったもののように扱う。貴族にとって体面を守ろることが何よりも重要だからだ。
長男以外に生まれたものは、かくも厳しい人生を歩むことになるわけだが、では、多くの場合、地方領主の息子が歩むのはどのような道だろうか。
最も多い例は、官僚になることだ。
官僚は王都で政治の中枢にかかわることのほかに、地方の領地に派遣され、領主の仕事を手伝う。王都は千年経った現在でも未開拓領域の魔物を討伐しながら拡大しており、望めば辺境の領主となることも夢ではない。
もちろん、辺境であるための不便さはある程度覚悟しなければならないが……
シャルが選んだのは、王都の官僚となることだった。
腕力で突出していない彼が騎士になれるだろうか。
学ぶことに貪欲さがない彼に、魔術の道を究められるだろうか。
騎士の道が険しいことは、オルデンの話を聞いて十分に理解しているし、魔術学院に入るために課される試験は、官僚となるために受けるものと比較にならないものだと聞いている。
シャルが官僚の道を選ぶのは当然のことだった。
勉学こそラスロには劣るものの、彼は兄弟のなかで最も要領がよく、深く研究することには向いていないが覚えるべき項目を即座に理解することを得意としていた。
そのうえシャルには人の心を掴む才能がある。
シャルが頼めば優秀な兄はいくらでも彼に勉強を教え、家庭教師に至っては、彼を大切に思うがあまり己の教師人生をかけて授業に臨んだ。
シャルは己の力で環境を整え、そして、本人もまた、努力を惜しまなかった。
人の心を掴むことであらゆる望みを叶え、問題を潜り抜けてきた彼であったが、勉学だけは努力なくては身につかないものだったからだ。
それもすべては、エレアに相応しい男になるためだった。
◆ ◆ ◆ ◆
その日、シャルは母のセリカとともに馬車で王都へやってきた。
寮に入るための面接を受けるためだ。
官僚を目指す貴族の子息は、年頃になると王都の全寮制学校に通うこととなる。そこで約三年間、政治学や経済学を学び、市場と民を支配する方法を習得し、官僚となる資格を得る。
シャルは十五歳になり、彼もまた寮へ入る時が来たのだ。
付き添う母は心配そうにシャルを見ている。
「あなたのことだから、あまり心配はしていないけれど、くれぐれも失礼のないようにね」
「お母様。何度も言わなくても分かってます。ぼくなら大丈夫ですよ」
次男のオルデンが王都で見習い騎士となったことでようやく肩の荷を下ろしたかと思いきや、次の月には三男の入学が待っている。完璧主義であるセリカの気が休まる暇はなかった。
「あなたは親になったことがないからわたしの気持ちなんてわかりませんよ。あなたの兄、ラスロは手のかからない子だったけれど、自分でもあなたを甘くし過ぎたと思っているの。噂で聞いた話だと面接で教師の方に目を付けらると寮でもひどい扱いを受けるそうよ」
どこで聞いてきたのか面接に関する噂を一方的にしゃべり続けている。家を出発してからずっとこの調子だった。
一方シャルは余裕で窓の外を眺めていた。
仮にどんな相手が面接官だとしても、ぼくを好きにならないわけがない。
彼は自分の力に絶対的な自信を持っていた。
官僚養成学校への入学は、試験と面接の二つの項目に分けられている。
一定の学力は必要なものの、試験で優秀であることが必ずしも評価されるわけではない。
まして王都の貴族や地方領主の息子たちが通う学校だ。多少試験の点数が低くとも、家の格があれば入学を許される。
教師たちが求めるのは、他人と調和する協調性だった。
いかに優秀でも、貴族同士で争うような者は官僚に向いていない。
領地の状況を踏まえつつ王都から命じられた仕事を全うする。官僚に与えられた使命は、優秀であること以上に安定的に領地を治め、争いを起こさないことであるからだ。
その観点からすれば、面接は学校に入るうえでも特に重要な試験だった。
学校という枠内で人から認められず、どうやって貴族のなかで生きて行けるというのだろうか。つまりこの面接こそが、この先の人生を左右するといっても良かった。
学校など、寮などたやすい。自分の将来は絶対安泰だ。シャルはそう信じていた。
家に帰ってエレアに会う頃には、彼の官僚への道は決定的なものとなっているだろう。
エレアに会えない生活を送ることにはなるが、シャルはすでに覚悟を決めていた。
「そこまで言うなら、ついてきたらいいじゃないか」
不満気に言う息子に、セリカは呆れた。
「そんなことできるわけがないでしょ。親なんて出て行ったら、それだけで印象が悪くなります。一人で出来る男という印象をつけてこそ、相手もあなたを認めるんだから」
「だったら心配しないでよ。ぼくはもう、立派に大人なんだからさ」
「……はあ、そうね。私も心配しすぎみたい。あなたにだけは敵わないわね。とにかく、落ち着いて話すように。あなただったら、きっと教官にも認められるでしょう」
「わかったよ。終わったら王都を見て回ってもいいんだろう?」
セリカが大きくため息をつく。
「あなたって、ほんとに緊張ってものがないのね。ラスロ兄さんだって、行きの馬車では試験のこと以外一言も喋らなかったのに」
「ほんとに? 兄さんなんて緊張することないじゃないか。あんなに優秀なのに」
「そうなの。だからあなたに驚いているのよ。でも、そのくらいの方が良いのかもね」
「……それで、終わったら外に出ていいの?」
「確かに、あなたを子ども扱いしすぎてたかもしれないわね。これから住むことになるんですもの、一人で見て回っておきなさい。ただ、裏通りにはいかないようにね」
「わかってるよ!!」
シャルはその時すでに、王都での生活、そして、その先のエレアとの生活を思い描いていた。彼の頭にあったのは、官僚となったことをエレアに報告する自分の姿だった。




