停止した村
サガラが山道を歩いている。
周囲は木々に覆われ、葉の間から差す光が、彼を目まぐるしく動くまだら模様にしている。
黒い上着を片手に持ち、白いシャツにネクタイ。さらに黒い革靴を履いて歩いている彼の格好は、とても山歩きに向いているとは思えなかった。
「暑い……」
サガラは先ほどから、同じことを呟いてばかりいる。
気候に対する文句ではない。
その証拠に、彼は額に汗を流しながら、
「でもそれが良いんだなあ」
などと言っている。
坂を上りきると、視界が開けた。
ここからは下り坂だ。木々の間のその向こうに、小さな集落が見えた。集落の隣に寄り添うように、緑が傘のようにひさしを作っている。巨大な樹木が周囲とは異質な存在感を放っていた。
サガラは立ち止まり、その集落を眺める。
「あれか」
一言呟いて、再び歩き出した。
◆ ◆ ◆ ◆
その集落には、人の生きる気配というものを感じられなかった。
建物は生活感を残し、壊されているわけでもなく、朽ちているわけでもなく、見捨てられた廃村、というわけでもなさそうだ。
どこにでもある小さな村。それが、集落の印象だった。
サガラは住民の姿を探す。しかし、いくら歩き回っても人の息遣いや生活音が全く感じられない。
「すいませーん」
大声で呼びかけてみるが、当然反応というものはない。
「もしもーし?」
彼は近くの民家に近づきノックをする。
しかし反応はない。
「入りますよー」
サガラは民家の扉に手をかけ勢いよく開く。だが、それでも建物の奥から物音一つしなかった。
薄暗い建物の中を進み、彼は、寝室らしき場所の扉を開ける。
するとそこには、一人の男がベッドで寝ていた。
サガラは男に近づき、口元に手をやる。
「ふむ。息をしていない」
男は仰向けで大きく口をあけたまま、完全に停止していた。
サガラは驚くこともなく、停止した男の周りを注意深く観察し、背中や腕などに触れる。
「なるほど。止まっているというよりは、極めて遅くされていると言った方が良いかもしれないな。魔術による固定ではなさそうだけど……」
サガラは民家の外に出て、村のなかをさらに進んだ。
途中いくつかの民家があり、サガラはなかを覗いてみるが、そこには、ベッドで固定された男がいるのみであった。彼らは皆、一様に石像のように動かず、息もしていなかった。
サガラは民家を覗くことをやめ、さらに村の奥へと進む。いくら確かめたところで、同じ結果だろうと判断したのだ。
村の奥には、とりわけ大きな屋敷があった。
サガラはもやはノックをすることもなく扉を開けて中に入る。広い部屋をいくつか見て回ったところ、
「女性ばかりだな」
とつぶやく。
部屋には寝床が敷き詰められ、たくさんの人間が枕を並べて整然と眠っている。固定された彼女たちはすべて女性であった。
「女子高の修学旅行って感じだ。見たことないけど」
一通り屋敷を見て回り、動く人間がいないことを確かめると、サガラは屋敷の外に出て、考え込むようにして立ち止まった。
「さてどうしたものか」
しばらく屋敷の周囲を見回していたが、サガラは突然、ハッとした表情を見せた。
視線の先には森に続く小道があった。
彼は迷いなく森に踏み入り、小道が示すままに歩いた。
道は細くて狭い。農作業のために作られたものではないのは明らかだった。
サガラの足取りは確固としたものに変わる。道は細くうねっていたたものの、この先にある者が彼にはわかっていた。
木々を抜けた先にあったのは、巨木だった。
脇には石造りの小さな祠が祭られている。村の人々が代々崇めている神聖な場所のようだ。
祠のすぐ近くに、人らしき姿が見えた。
村の人々のように直立不動ではなく、木の根に背を預けて座り込んでいる。
「やあ、生きてるかい?」
サガラはその姿に声をかける。返答はない。
さらに近づくと、座り込んでいる人影がようやく動き、顔を上げた。
それはひどく汚れてはいるが、育ちの良さそうな青年だった。
「何の用だ?」
青年の声はかすれていた。
サガラは手慣れた手つきで名刺を差し出す。
そこには、
世界補修人 相良修司
と書いてある。
「サガラ……? わからないな。変な冗談はよしてくれ」
青年は名刺を受け取らなかった。
「じゃあ、置いておくね」
そう言って、サガラは名刺を青年の前に置いた。
「僕のことは放っておいてくれ」
「村のことを聞きたいと思ってさ。あの人たちはどうしてあんな姿になっているんだい?」
「しらない。わからないんだ」
「あれは想像以上の現象だよ。まるで時が止まっているかのようだ。しかも魔術によるものでもなければ、呪いでもない。もっとこの世の道理から外れた力だ」
「だから知らないと言ってるだろ、どうにもできないのなら、ここから出て行ってくれ!」
青年は絞り出すように叫び、そしてうなだれた。
サガラはその姿を眺めていたが、
「村の人々をあんな姿にしたのは君なんだろう?」
ばっと、青年が顔を上げる。
戸惑っているような、怒っているような、複雑な表情をしていた。
「違う! お前に何がわかるんだ! あれは僕じゃない! 僕はそんなつもりはなかった!」
「まあ落ち着きなよ。君を罰しようというんじゃないんだ。何が起こったのか行ってみなよ。話は聞くからさ」
「なんで、見ず知らずのやつに……!」
拒絶しようとする青年の目を、サガラが見据えた。
「いいから、話してみたらいいじゃないか。」
サガラの言葉に青年はたじろいだ。青年の口を開かせる圧力のようなものがあった。
「しかし、どこから話せばいいものか……」
「別に簡潔に話してほしいって言ってるわけじゃないんだ。最初から、例えば小さなころからの話とか。思いついたところから話してくれればいいよ。とりあえず話してみたら気持ちも落ち着いて、解決方法だって思いつくかもしれない」
青年はサガラを見つめたまま黙っていた。
やがて諦めたように、
「分かったよ……」
と、深いため息交じりに言った。
青年は話始めた。
それは断片的であり、つながりがわかりにくく、青年は時折感情的になった。脈絡のない挿話が突然登場し彼の話をより分かりにくくさせた。だが、サガラは黙って彼の話を聞き、時折質問をしながら、その全体像を把握しようとした。
青年の名前はシャル。彼は生まれながらにして、人の感情を数値によって読み取る力を持っていた。




