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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第四話 洗脳
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停止した村

 サガラが山道を歩いている。


 周囲は木々に覆われ、葉の間から差す光が、彼を目まぐるしく動くまだら模様にしている。


 黒い上着を片手に持ち、白いシャツにネクタイ。さらに黒い革靴を履いて歩いている彼の格好は、とても山歩きに向いているとは思えなかった。


「暑い……」


 サガラは先ほどから、同じことを呟いてばかりいる。


 気候に対する文句ではない。


 その証拠に、彼は額に汗を流しながら、


「でもそれが良いんだなあ」


 などと言っている。


 坂を上りきると、視界が開けた。


 ここからは下り坂だ。木々の間のその向こうに、小さな集落が見えた。集落の隣に寄り添うように、緑が傘のようにひさしを作っている。巨大な樹木が周囲とは異質な存在感を放っていた。


 サガラは立ち止まり、その集落を眺める。


「あれか」


 一言呟いて、再び歩き出した。


◆    ◆    ◆    ◆         


 その集落には、人の生きる気配というものを感じられなかった。


 建物は生活感を残し、壊されているわけでもなく、朽ちているわけでもなく、見捨てられた廃村、というわけでもなさそうだ。


 どこにでもある小さな村。それが、集落の印象だった。


 サガラは住民の姿を探す。しかし、いくら歩き回っても人の息遣いや生活音が全く感じられない。


「すいませーん」


 大声で呼びかけてみるが、当然反応というものはない。


「もしもーし?」


 彼は近くの民家に近づきノックをする。


 しかし反応はない。


「入りますよー」


 サガラは民家の扉に手をかけ勢いよく開く。だが、それでも建物の奥から物音一つしなかった。


 薄暗い建物の中を進み、彼は、寝室らしき場所の扉を開ける。


 するとそこには、一人の男がベッドで寝ていた。

 

 サガラは男に近づき、口元に手をやる。


「ふむ。息をしていない」


 男は仰向けで大きく口をあけたまま、完全に停止していた。


 サガラは驚くこともなく、停止した男の周りを注意深く観察し、背中や腕などに触れる。


「なるほど。止まっているというよりは、極めて遅くされていると言った方が良いかもしれないな。魔術による固定ではなさそうだけど……」


 サガラは民家の外に出て、村のなかをさらに進んだ。


 途中いくつかの民家があり、サガラはなかを覗いてみるが、そこには、ベッドで固定された男がいるのみであった。彼らは皆、一様に石像のように動かず、息もしていなかった。


 サガラは民家を覗くことをやめ、さらに村の奥へと進む。いくら確かめたところで、同じ結果だろうと判断したのだ。


 村の奥には、とりわけ大きな屋敷があった。


 サガラはもやはノックをすることもなく扉を開けて中に入る。広い部屋をいくつか見て回ったところ、


「女性ばかりだな」


 とつぶやく。


 部屋には寝床が敷き詰められ、たくさんの人間が枕を並べて整然と眠っている。固定された彼女たちはすべて女性であった。


「女子高の修学旅行って感じだ。見たことないけど」


 一通り屋敷を見て回り、動く人間がいないことを確かめると、サガラは屋敷の外に出て、考え込むようにして立ち止まった。


「さてどうしたものか」


 しばらく屋敷の周囲を見回していたが、サガラは突然、ハッとした表情を見せた。


 視線の先には森に続く小道があった。


 彼は迷いなく森に踏み入り、小道が示すままに歩いた。


 道は細くて狭い。農作業のために作られたものではないのは明らかだった。


 サガラの足取りは確固としたものに変わる。道は細くうねっていたたものの、この先にある者が彼にはわかっていた。


 木々を抜けた先にあったのは、巨木だった。


 脇には石造りの小さな祠が祭られている。村の人々が代々崇めている神聖な場所のようだ。


 祠のすぐ近くに、人らしき姿が見えた。


 村の人々のように直立不動ではなく、木の根に背を預けて座り込んでいる。


「やあ、生きてるかい?」


 サガラはその姿に声をかける。返答はない。


 さらに近づくと、座り込んでいる人影がようやく動き、顔を上げた。


 それはひどく汚れてはいるが、育ちの良さそうな青年だった。


「何の用だ?」


 青年の声はかすれていた。


 サガラは手慣れた手つきで名刺を差し出す。


 そこには、


 世界補修人 相良修司


 と書いてある。


「サガラ……? わからないな。変な冗談はよしてくれ」


 青年は名刺を受け取らなかった。


「じゃあ、置いておくね」


 そう言って、サガラは名刺を青年の前に置いた。


「僕のことは放っておいてくれ」


「村のことを聞きたいと思ってさ。あの人たちはどうしてあんな姿になっているんだい?」


「しらない。わからないんだ」


「あれは想像以上の現象だよ。まるで時が止まっているかのようだ。しかも魔術によるものでもなければ、呪いでもない。もっとこの世の道理から外れた力だ」


「だから知らないと言ってるだろ、どうにもできないのなら、ここから出て行ってくれ!」


 青年は絞り出すように叫び、そしてうなだれた。


 サガラはその姿を眺めていたが、


「村の人々をあんな姿にしたのは君なんだろう?」


 ばっと、青年が顔を上げる。


 戸惑っているような、怒っているような、複雑な表情をしていた。


「違う! お前に何がわかるんだ! あれは僕じゃない! 僕はそんなつもりはなかった!」


「まあ落ち着きなよ。君を罰しようというんじゃないんだ。何が起こったのか行ってみなよ。話は聞くからさ」


「なんで、見ず知らずのやつに……!」


 拒絶しようとする青年の目を、サガラが見据えた。


「いいから、話してみたらいいじゃないか。」


 サガラの言葉に青年はたじろいだ。青年の口を開かせる圧力のようなものがあった。


「しかし、どこから話せばいいものか……」


「別に簡潔に話してほしいって言ってるわけじゃないんだ。最初から、例えば小さなころからの話とか。思いついたところから話してくれればいいよ。とりあえず話してみたら気持ちも落ち着いて、解決方法だって思いつくかもしれない」


 青年はサガラを見つめたまま黙っていた。


 やがて諦めたように、


「分かったよ……」


 と、深いため息交じりに言った。


 青年は話始めた。


 それは断片的であり、つながりがわかりにくく、青年は時折感情的になった。脈絡のない挿話が突然登場し彼の話をより分かりにくくさせた。だが、サガラは黙って彼の話を聞き、時折質問をしながら、その全体像を把握しようとした。


 青年の名前はシャル。彼は生まれながらにして、人の感情を数値によって読み取る力を持っていた。

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