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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第三話 強化
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与えられた力

 バルトが目を覚ますと、隣に座っていたはずの女は消えていた。


 自分が眠っていたことに驚き、そして、女の言葉が呼び起こされて、バルトは跳ねるように顔を上げて、椅子から降りた。


 バルトは店を出ようと思った。


 ひどく混乱していたが、荷物をまとめることと、店主に代金を支払うことを忘れはしなかった。


 店を出るとき、大柄な男がぬっとあらわれ、バルトの方にぶつかった。


 バルトは顔を伏せながら、


「すまない」


 と言って通り過ぎようとした。


 だが、バルトの肩を大男の手がつかんだ。


 バルトが男を見上げると、男はひどく酔っているように見えた。


「お前、俺に喧嘩売るたあいい度胸してるじゃねえか」


「おい、やめろって」


 彼の後ろには同じか、それ以上酔った小柄な男が薄笑いを浮かべていた。


 普段であれば彼にそのようなことが起こっても、バルトは無視をして先へと進むだけだった。


 どのみち、バルトのことがわからないほど酔った男など、彼に追いつけるわけがないからだ。


 だが、その日は違った。


「表に出ろよ」


 バルトが言うと、大男が大口を開けて笑った。


「威勢がいいねえ! そういうの嫌いじゃないぜ。おう! やってやろうじゃねえか」


 すると、


「兄さん。やめときなって、こいつ、前の町で暴れすぎてギルドを追い出されちまったんだ。気性が荒くて、一度火が付くと手が付けらんねえ。悪いことは言わねえからさ」


 小男はにやにやしながらバルトの肩に手を置く。


「触るんじゃねえよ。俺は今誰かとやりあいたくてたまらないんだ。やるのか、やらんのか、どっちなんだ」


 バルトが言い放つ。


 すると小男の顔色が変わった。


「にいさん、その言葉、後悔するなよ」


 小男の声がドスの利いたものに変わり、目つきが鋭くなった。そして大男に向かって、


「やっちまえ。手加減はするな。俺たちをなめるような真似をするとどうなるか教えてやれ」


 すると大男の表情も変わった。


「おう。八つ裂きにしてやるぜ」


「相談は済んだか?先に行くぞ?」


 バルトは店の外の大きな道で、二人を待ち受けた。


 大男がバルトの前に立ち、巨大な剣に手をかける。


「おめえも運が悪いなあ! 王都に名をとどろかすおれたちの最初の犠牲者になるなんてよ!」


「お前は喋り過ぎなんだよ。さっさとこい」


 しかし、バルトは剣を抜こうとさえしなかった。


「にいさん、死ぬ気かい? それとも酒で頭がおかしくなっちまったのか? 剣もなしじゃうちのやつにゃ勝てねえぜ」


 小男はにやにやしている表情を崩さなかった。


「いいから来いよ。それともあんたらは口だけのつまらんやつなのか?」


「貴様、ただで殺さねえから覚悟しろよ」


 バルトの徴発を受け、大男の顔が怒りに染まっていた。


 だが、うかつにとびかかるほど、大男は我を失ってはいなかった。


 大剣を肩に担ぎ、じわりじわりと近づいていく。その動きは、歴戦の戦士がもつ身のこなしのそれであった。


 静寂が、あたりを覆う。


「はあ!!」


 先に仕掛けたのは大男だった。大剣を振り上げてバルトに襲い掛かる。その速度は巨体に似合わず俊敏なもので、一瞬でバルトとの距離を詰め、剣を振り下ろす速度も、常人ではとらえきれないほどのものだった。


 しかしその状況であっても、彼は動かなかった。


 バルトは自分の体に起きた変化を驚きとともに受け止め、自らの力を推し量っていた。


 そして、大剣が彼の体に触れようとした瞬間、バルトは動いた。


「な!」


 大男の大剣は、バルトの眼前で止められていた。


 剣を止めたのはバルトの指だった。腰をわずかに落とし、人差し指と親指の二本で、刃先を止めていた。


「てめえ!! ふざけるんじゃねえ!!」


 状況を把握できず、大男が叫ぶ。


 剣を動かそうとするが、びくともしない。


 バルトは二本の指に力を少し入れる。すると大男の態勢ががぐらりと崩れる。バルトは流れるような動きで大男の懐に入り、恐ろしい速度で、こぶしを相手の腹部にめり込ませた。


「ぐうう!!」


 前のめりに倒れる大男。


 バルトは悠然とその巨体から離れた。


 そして、小男に目を向けると相手は驚愕の表情のまま固まっていた。


「ななな、なんなんだよあんたは!!」


 だが、バルトはその言葉に答えなかった。


 自分の手のひらを見つめ、何度か握りしめると、ゆっくりと歩き出した。


「そうか、わかった。これなら、この力なら、俺は一人で戦うことができる……待っていろ。すぐに追いかけてやるからな」


 バルトの顔に、暗い笑いが生まれていた。


◆    ◆    ◆    ◆


 翌日、王都で不審な人物の目撃情報が相次いだ。


 武器屋の開店と同時に現れた男は、金貨の入った袋をカウンターに乱暴に置き、


「この店で一番良いものを頼む」


 と言った。 


 その表情は鬼気迫るものであり、店主は言われたとおりに一番の商品を出した。


「これしかないのか」


 男は不満げであったが、店主の目の前で鎧を身に着け、剣を掴むと、そのまま店を出て行ったのだという。店主によれば前に一度来た客のようであるが、名前まではわからないとのことだった。


 次の証言は、冒険者用の備品を扱う道具屋だった。


 そこには神の加護を受けて作られた回復薬や神樹の葉から作る薬を取り揃えていた。男はこの店に現れると再び金貨の入った袋を店主に押し付け、ここにあるだけの回復薬をくれと言い放った。


 黒い鎧に身を包んだ男の威圧感に押された店主は、言われたとおりに回復薬を出し、


「この袋に入れろ」


 という男の言うとおりにした。


 店主によれば、


「長年ここで商売をしているが、あんな買い方をする人間は初めてだ。黒い兜に覆われて顔は見えていないが、どこかで聞いたことのある声だった。もしかすると、うちに何度か来たことがあるかもしれない」


 と話した。


 次に男が目撃されたのは、冒険者ギルドだった。


 そこではさまざまな依頼が舞い込み、冒険者に仕事を提供する。


 男は鎧を鳴らしながらギルドに入るとまっすぐに受付へと向かった。


 男は大きな革袋を背負い、袋からはいくつもの回復薬の瓶がはみ出ていた。


「今ダンジョンで一番進んでいるパーティーはどこだ」


 男が聞いた。


「今はアレスタさんが代表者のパーティーです。ほかのところより、二層も先に進んでいて、これからさらに伸びると言われています。今もダンジョンに潜っているはずです」


 受付のマヤは冷静に答えた。


「そうか……やはり。そうでなくてはならない。パーティー構成は?」


「アレスタさんが剣士で、紋章術師と聖拳士が一人ずつ。そこに迷宮師がついています。アレスタさん含め戦闘技術の高さはもちろんですが、ギルドの人たちによると、アレスタさんがチームを引っ張ることで成果をあげられているようです」


 その時マヤは、兜の向こうの男笑みを見た気がした。


「ダンジョンに行く許可証をくれ」


 マヤは見たことのない姿の男にひるみながらも自分の仕事を全うしようとした。


「あなたのランクはいくつですか? ダンジョンへ向かう仕事は、一定のランクを越えなければ認可証は発行できません」


 男は苛立たしげにうなった。


「そんなことはわかっている。だが俺には今すぐ必要なんだ」


「それができないことくらい、冒険者ならお分かりのはずです。ダンジョンは危険な場所であり、ギルドは死者を可能な限り出さないためにも、実績を積んだ方にのみ許可証を発行しているんです」


「分かっていると言っているだろう!」


 男はカウンターをたたき、大声を張り上げた。ギルド内の酒場に居た冒険者たちが様子を見にやってくる。


 このような場合、受付の女性が、周りの冒険者たちに助けを求めることが通例であったが、マヤは毅然とした態度を崩さなかった。


「であれば、仕事をやり遂げてランクを上げてください。ダンジョンは未だ深くまで開拓されていません。いったいあなたは何を焦っているんですか?」


「俺には時間がない……」


 男は声を絞り出すように言った。


「え?」


 マヤは聞き取れずに聞き返す。


「あの女がおれに与えた力は、おれの手には負えない。身の丈に合わない力は、いずれおれの体を破壊する。それでは遅いのだ。俺は俺の体が壊れる前に、あいつに勝たなくてはならない」


 男は意味不明な言葉を呟いた。


 マヤにはその姿が、何かに追い詰められているように見えた。長く受付の仕事をし、さまざまな冒険者を見てきた彼女にとって、鎧の男の様子はあまりにも異常であった。


 男は苦しげにうめいて顔を上げ、


「許可証はもらえないんだな?」


 と弱々しく言った。彼の声は震えていた。


「ええ、決まりですから。私たちは冒険者の命を守る義務があります」


 マヤはそれでも自分の職務を全うした。


 毅然とした態度で男を見据え、おびえた様子も見せなかった。


 男はしばらく黙っていたが、荷物を掴んでギルドを出て行った。


 翌日、衛兵に男のことを聞かれたマヤは、


「あの人のことを、私は知っているかもしれません」


 と答えた。衛兵がさらに質問を重ねると、マヤは悲しい表情をして、


「今思えば、鎧で顔は見えませんでしたが、あの声と振る舞いはバルトさんに似ていました。でも様子がおかしかった」


 顔を伏せた。しばらくの沈黙の後、彼女は、


「あの人は不器用な人でしたけれど、仲間を悪く言ったり、乱暴をしたりする人ではなかった。きっと、何かがあったんです。あんなことを言わなくったって、ちゃんと仲間を探して、少し時間をかければ、自分の力でダンジョンに行くことができた。何かに追い詰められていたとしか思えません」


 と言い、それから、再び沈黙が続き、


「これ以上のことはわかりません」


 と言いそれ以上のことを話そうとはしなかった。


 衛兵たちはバルトの行方を調べた。


 だが、その時すでに、彼はダンジョンのなかにいた。

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