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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第三話 強化
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輝かしき日々

 その日から、二人はともに上を目指す仲間となった。


 バルトは自分の考えを言葉にするのが苦手だ。


 修練所に通っていた時期は特にそうだった。


 だが、アレスタとの間に、言葉は必要なかった。


 彼らは師範の言いつけ通りに、普段の鍛錬や練習試合を済ませた後、一日に一度は必ず立ち会った。


 余裕があれば、時間許す限り二人は剣を交えた。


 たいていはアレスタが勝ったが、日に日にバルトが腕を上げ、やがて時には二人の実力は拮抗するようになった。


 バルトは修練所の誰よりも強くなっていたし、すでに上位の力を持つアレスタも、バルトに押し上げられるように着実に力を伸ばしていた。


 二人は戦うこと以外に何の交流を持たなかった。


 それゆえに、互いのことは何も知らなかった。年齢すらあやふやで、相手が何のために修練所で剣を学ぼうとしているのかも知らなかった。


 二人にとってそんなことはどうでもよかったのだ。


 二人が剣を交えているとき、互いに自分が背負うあらゆることを忘れることができた。


 バルトは自らの現状について、深く考えることを恐れていた。母の働きは充分であったとしても、彼の立ち位置は甚だ微妙なものであり、このまま成長したとして、彼が何者かになれる保証などなかった。


 一方のアレスタは、はたから見てわかるほど、父の期待を重圧に感じていた。


 彼は生まれたときから修練所の頂点であることを義務付けられており、ほかの誰よりを自分を追い込み剣の道を究めようとしていた。同い年の少年たちが望むような自由は何も得られず、彼はただ、示された道ばかりを進んでいた。


 だが、その二人が立ち会うとき、すべての重荷が消える。


 剣を振るたびに彼らの持つ苦悩が空に消え、発散されているかのようだった。


 彼らは口にこそしないものの、剣を交える瞬間に、安らぎと得られたことのない充足感に満たされていたのだ。


 それから、二年の時が過ぎた。


 ある時、試合後にアレスタが、バルトに声をかけた。


 二人が試合中以外で話したのは、これが初めてのことだった。


「練習が終わったら、一緒に帰ろうよ」


 あまりに突然の申し出に、バルトは驚き、アレスタの顔をまじまじと見つめた。


 しばしの間があり、バルトは、


「ああ」


 とだけ答えた。


 帰る支度をして、バルトが修練所の外に出ると、アレスタが待っていた。


 二人は無言で歩き始めた。


「先のことって考えてる?」


 先に口を開いたのはアレスタだった。


「どういう意味だ?」


「大人になったらってことだよ。ぼくはもうすぐ十八になる。そろそろ先のことを考える歳だ。そういえば、バルト……名前を呼ぶのも初めてで、なんか落ち着かないな。君は何歳なんだい?」


「俺も今年で十八になる」


「え!? そうなのか!? にしてはずいぶんと……」


「見えないか?」


「もっと上かと思ってた」


「だろうな。だから黙ってた」


「ほんとかよ!? 今まで君が年上だと思って、その体格の良さに理由をつけて、自分を慰めていたのに……なかなかの性格してるね」


「自分でもそう思う」


 そこで初めて、二人は笑った。


 ひとしきり笑った後アレスタが言った。


「やっぱり君は面白い人だね。ずっと話してみたいと思っていた。でもきっかけがなくてね」


「それで、俺に用があるんだろ?」


「うん、さっそく本題に入ろう。バルト、ぼくといっしょに冒険者にならないか?」


「冒険者?」


「君も僕と同い年なら、先のことについて考えることもあるだろう。ぼくの父は昔冒険者をやっていた。今じゃ引退して修練所の師範なんかをやっているが、昔のことをよく聞かされた。ぼくはいつか村を出たい。そのために剣の腕を磨いているんだ。そして、冒険者として名を上げるためには強い仲間がいる」


「それで俺に?」


「ああそうだ。君と僕なら、どこだって行ける。うちの父親が冒険者をあきらめたのは、仲間を失ったからだって聞いた。長い間組んでいたそいつと、いろんな場所を旅して、多くの魔物を倒したらしい。でも仲間が死んで、父は夢をあきらめてしまった。職を転々として、この村に流れ着いたんだ。ぼくは父のようにはならない。強い仲間を見つけて、より高い所へ行く」


 言いながらアレスタは遠くを見た。


 バルトはその顔を見て、まぶしいと思った。


 彼は自分の剣に自信を持っていたが、それを使って何かをしようとしたいなどとは考えてみたこともなかった。彼はただ目の前の、アレスタに勝ちたいという気持ちだけで修練所に通っていた。


「考えてみてくれるかい?」


 その時初めて、バルトは未来について考えた。


 自分のうちに深く潜り、自らが何を求めているのか、何を求めるべきなのかを考えようとした。


 バルトは心のうちに、アレスタとともに敵と戦う自分の姿を見た。


 だが、それは本当に、自分が望んでいるものだろうか。俺はアレスタとともに戦いたいのか、それとも……


 沈黙は長かった。


 アレスタは不安そうにバルトを見ていた。


 そして、ようやくバルトが口を開く。


「すまない。俺はお前と一緒には行けない」


 アレスタの顔に寂しげな表情が浮かぶ。


「嫌なのかい? それとも別にやりたいことがあるとか?」


「どちらでもない」


「だったら……」


「俺は冒険者になりたいと思ったことはない。だが、お前の言葉を聞いて、心が動いた。敵と戦うことで報酬が得られるのは、俺にとってはとても分かりやすい。やってみたいとも思う」


「なのに、ぼくと行く気はないんだ」


「俺はお前と競う相手でいたい。一緒にいてはそれができない。お前が冒険者になるのなら俺もなる。誘われたことは大変うれしく思っているが、それが今の俺の考えだ」


 バルトの言葉にアレスタは一瞬落胆したようだったが、すぐに表情を変え、明るく笑った。


「君らしいね。たしかに、僕と君とはずっと好敵手だった。これからもずっとそうで、今後はどっちがよりすごい冒険者なるかを競うってことだね」


「ああそうだ」


 バルトもぎこちなく笑う。


「うん! いいね! それでこそバルトだ。なんだか楽しくなってきたな。ぼくはしばらくしたら村を出る。すでに父から許しはもらっているんだ。君はどうするんだ?」


「俺もいずれ出るさ」


「できるだけ早いほうがいいよ。じゃないとぼくが先に良い仲間を見つけてしまうからね」


「負けねえよ」


「ハハ! 言うねえ! ぼくは王都に行く。君は?」


「だったら俺も行く」


「だろうね。王都であったら手合わせしてやってもいいよ。その頃にはぼくのほうが強くなってるから」


「それは間違いなく俺が勝つ」


 そしてまた、二人で笑った。

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