表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第二話 落下
24/144

落下の先に

 そして今、おれは何も感じなくなっている。


 落ち始めたころは、喉が潰れると思うほど叫び声をあげていたが、長くは続かなかった。


 叫んでもどうにもならない。助けなど来ない。


 仮に近くに人がいたとして、こんな状況のおれを、一体誰が助けられるというのだろうか。


 おれのなかから感情が消え、すべてをあるがままに受け入れる。


 心の平穏を保つため辿り着いた場所だ。


 だがそれは、ほんとうに正しいことなのだろうか。


 おれはもっとわめき、手足を動かして足搔くべきなのではないだろうか。


 おれはすでに、おかしくなっているかもしれない。


 昔のことが目の前に浮かび、過去がおれを責める。


 そしておれは、神に祈るようになった。


 神がどんな姿をしているのかも、何をしたのかも知らない。


 ユリアンの部屋には聖典と名のついた本があったが、飽きて途中でやめてしまった。


 おれが必要としていたのは、世界の成り立ちなどではなく、生きるための力だったからだ。


 しかし今、おれは神に祈っている。


 祈り方も分からず、ただ、神を求めている。


 おれを助けてくれる救いの神、いや、死神だっていい。


 とにかく、この状況を終わらせてくれるのなら誰だってよかった。


 ………………………………


 ……………………


 …………


「やあ」


 物思いに沈んでいると正面から声がした。


 目をあけると、そこに一人の男がいた。


 おれと一緒に落下していて、おれと同じように衣服が乱れていない。


「うわああああああ!」


 おれの声はひどくかすれていた。


「まあ落ち着いて」


「誰だあんた!?」


 ついにおれは幻覚まで見始めるようになってしまったのか。


「ひとまずこれをどうぞ」


 おれは言われるがままに男から差し出される紙を受け取った。そこには、


 補修人 相良修司


 と書いてあった。


 知らない文字のはずなのに、言葉の意味が頭に流れ込んできた。


「サガラ……」


「そう、それがぼくの名前。驚かせてしまって申し訳ないね」


 サガラと名乗るは相変わらずおれと一緒に落下している。


「まったく厄介なことになったもんだよ。こんなケースを見るのは初めてだ。君はおそらく壁が抜けられるんだろう? そんな力、今まで見たことがない。普通に考えたら、地面に落ちたらそのまま押しつぶされるか、最下層で死ぬ。でもそうはならなかった。まさかこんな現象が発生するとは、実に興味深い」


 空中を落下しながらサガラは平然として呟いている。おれには何のことやらさっぱり分からない。しかし、この男が何か知っていることは確からしい。


「お前は……」


 おれが聞こうとしたとき、地面に到着していた。


 目の前を闇が包んだ。サガラは喋り続けている。声だけがおれの耳に届いていた。


「残念ながらぼくには地中全体を修正する権限は与えられていない。それよりも、通り抜けという君の力自体を禁止した方が早いし簡単だ。しかしなあ。ぼくはあまり、出る杭を打つ、みたいなことはやりたくないんだよね」


 サガラは意味の分からない言葉をつぶやき、


「それにしても、こんな力が発現したら、すぐにぼくが気づくはずなんだけれど、一体どうやって力を手に入れたんだい? もしかして、君は誰かに力を与えられたんじゃないのか?」


 サガラの口調が鋭くなっている。おれは力を与えられたという言葉で幼いころに出会ったじいさんの顔が思い浮かべた。


「おれは、じいさんに……」


「じいさん?」


 サガラが聞く。


「小さい頃に、村で会ったじいさんだ。昔は魔術師の教師をやっていて、人の才を開く力に目覚めたと言っていた」


 おれは答える。


 サガラがあまりに普通に話しかけてくるので、おれもまたこの状況に慣れ始めていた。


「ロダンって名前?」


「いや、名前は聞いていない」


「多分ぼくの知っている人だ。あの人もねえ……力を止めようかと聞いたことがあるんだけど、断られてしまった。本人も苦しんでいるだろうに。でも、ぼくは自由意思を尊重するんだ」


 サガラの口調が穏やかになる。


 そこでしばしの沈黙。おれもまた黙っていた。


「ぼくは君を助けに来たんだ。これをずっと繰り返されるのも困るからね。さっきも言ったけれど、ぼくの力では地中全体を書き換えることはできない。だからできれば、力を使わないでもらえると助かるかな。とはいえ、こんなことが頻発するなんてことはないだろうけどね。あと、一応提案だけはさせてもらうけど、君の力をもう使えないようにすることだってできる。君はどうする?」


 暗闇のなか、姿の見えないサガラはそう言った。


 あまりにも異常な状況のなかで、おれは素直にサガラの言葉について考えた。言っている言葉にはわからないことも多いが、どう答えるかで、おれの人生が大きく変わってしまうことは間違いなかった。


「おれは……」



◆    ◆    ◆    ◆



 そして――


「へいらっしゃい!」


 人でごった返す町の中で、おれは大声を上げた。


 おれは結局、自分の力を捨てた。


 今でもサガラとの会話は、夢ではないかと思っている。


 おれが力を要らないと言った次の瞬間には、暗い地面の上に立っていた。サガラは消え、おれは一人で城の中に居て、すぐに試しては見たが、壁が抜けられなくなっていた。


 力を無くした後で城を抜け出すのには苦労した。


 瓦礫は邪魔だし、出口も狭く、隙間に体を押し込むことでようやく抜け出すことができた。


 それよりも大変だったのは、魔物から身を隠しながら森を抜けることだった。


 死を覚悟したという意味では、地下室に閉じ込められた時より、落下し続けた時より、はるかに命の危険を感じた時間だったかもしれない。


 古城を出てすぐに、おれは王都を離れた。


 王都から遠く、そして働き口がある。おれは東の町ヴァルサを選んだ。


 懐に残されたわずかな金で部屋を借り、服を整えた。


 その時に分かったことだが、城に入る前と後では、おれの人相はまったく変わってしまっていた。


 ガナンに殴られた傷が額に大きく残っていたし、地下室に閉じ込められ、さらには落下をし続けたせいか、おれの髪は真っ白になっていた。その時は驚いたが、これは罰なのだと自分に言い聞かせたことを覚えている。


 そんなおれは今、ヴァルサの商店で働いている。


 どんなに安い給料でもいいからと、野菜売りのところで働かせてもらっている。おれのやつれた姿を見て同情したのか、店のおやっさんは何の経歴も持たないおれを快く受け入れてくれた。


 白髪に傷持ちのおれは、町の人を怖がらせてしまうかもしれないと思ったが、おやっさんが客に紹介してくれたことで、おれはすぐに町に馴染むことができた。


 金はねえが寝床はあるし、酒も少しくらいは飲むことができる。


 以前の暮らしとは比べ物にならないが、おれはそれで十分満足していた。


「よってきなよ! いいのが入ってるよ!」


 おれは威勢よく声をかける。今では通りでおれの顔を見て驚くやつはほとんどいない。それどころか近くに住んでいる常連の子ども連れが話しかけてくれたりする。おっさんとの関係も良く、計算ができるおれを重宝してくれていた。


 その日、見知った顔が、おれの居る商店の方向に向かって歩いている姿を見た。


 気の強そうな女で、がたいの良い男たちをまわりに引き連れていた。


 おれはすぐに気づいた。


 マレだ。


 相変わらず力強く、整った顔をしていたが、どこか疲れも感じた。


 マレは風を切るようにしておれの前を通りすぎる。


「マ――」


 名前が出かかって、そこで止まる。声をかけていったい何の意味があるのだろうか。逃げ出したおれは彼女にとって、まったく無関係の存在となっている。


 おれは言葉を濁すように咳ばらいをし、


「へいらっしゃい!」


 と声を張り上げる。


 すると、マレがこちらの方を見た。


 ほんの一瞬、おれはマレと視線を交わす。


 だが、変わり果てたおれの姿に彼女は気づかず、正面を向き、そのまま歩き去って行った。

第二話、完。






ブックマーク、感想よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ