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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第九話 復活
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初めてのお使い

「さて! 今日もやるか!」


 わたしは大きな声を出して気合を入れる。


「なんでそんなやる気なんすか」


 ゴアルガスの呆れ顔を背に、わたしは目の前の書類の山から手を付ける。


「え? こういう単純作業って楽しくない?」


 言いながら手は勝手に動いている。もうすっかり慣れたものだ。


「おれにはわからんすよ。やっても紙が増えるだけじゃないすか」


「でも意味はあると思うよ。毎日やってたら多少は片付いてきたし」


「魔王様が人の小間使いみたいなことやって、おれ、情けないっす」


「お供がトカゲ一匹の魔王ね」


「それは言わない約束でしょうよ!!」


「だってさあ、少しずつでも片付けていかないとわたしが歩きづらいじゃない」


「そんなのあいつに行ってやりゃあいいじゃないっすか」


「言って治らないからこうなってんのよ。自覚してるらしいから、これは性分と言うよりも呪いみたいなものよね」


 わたしはてきぱき書類の山を作っていく。細かい作業をすることでぎこちなかったわたしの体の操作も上手くなっていた。


「うわ……」


 たまに皿が発掘されることもある。わたしは瞬時に紙の束とは別の場所に分類する。


 さすがに汚れた皿ではないけれど、見つけるたびにうんざりする。


 スララギは紙を見ながら何事かを呟きながら歩いていて、食事も紙を見ながらやる。小さなパンの乗った皿を持って歩き、食べ終わった後に書類の上に置いてしまう結果こうなってしまうらしい。


「それで、挙句の果てに料理まで作ってるでしょう!? 魔王様が!? 料理!? どうかしてますよ!」


 別に体から声が出ているわけではないけれど、大きな口を開けてゴアルガスが言う。


「でも、ゴアルガスには作れないでしょう」


「そりゃあそうですけど!! しかも何ですか! 人間の分まで作ってるじゃないっすか!!」


「結構楽しいよ。スララギから借りた本にたくさん作り方が載ってて、見てるだけでも面白い」


「なにが面白いんすか。それで、材料の手配まですることになって、結果的に家のことのほとんどをメリル様がやることになってんすよ。こういうのなんて言うか知ってるんすか、使用人っすよ」


「なんだか今日は元気ね」


「ここ数日見さして貰てますけどね。そろそろ我慢の限界ってことっすよ! あいつに言ってやりましょうよ!!」


 と階段を降りてくる音が聞こえてきた。


 スララギだ。


「おー、片付けてくれてるのか。いつもすまないね」


 スララギの周りにはいくつもの紙の束が浮いていて、よく周りが見えるものだと思う。


 台所に立つと、魔術で炎を発生させ、一瞬で水を沸かす。カップを浮かしたまま紅茶を入れ、飲みながら紙に目を通す。


「おう! 今日こそは言ってやるぞ! お前メリル様を小間使いのように扱いやがって!!」


 するとスララギはゴアルガスの方に目をやり、ずれた眼鏡を戻す。


 服もだらしがないし、この前戦った時とは別人になってしまっていた。


「トカゲくん。片付けてくれるのも料理を作ってくれるのもありがたいと思うが、私はしてくれと頼んだわけではない」


 そう言ってスララギは紙を読み終える机の上に積み重ねてしまう。


 こんなことだから紙や本が部屋中にあふれてしまうのだ。


「お前がちゃんとやらねえからメリル様にやっていただいているんだろうが!! なんとも思わねえのか!!」


「ふむ。メリル……と呼んでよかったかな?」


「良いよ」


「よかねえよ!」


「メリルはどう思っているんだ? 私はいつも通りなのだが、どうも一緒に住むことになると迷惑をかけてしまうらしい。苦痛ではないか?」


「別に。皿を洗い桶に置いといてもらいたいくらい」


「メリル様あ……」


 ゴアルガスが情けない声を出す。


「それはすまなかった。……いやしかし、ずいぶんと体調も良くなったようだ。痛みはないか?」


「ないかな。傷も完全に消えた」


「ではそろそろ、訓練を始めてもいい頃か」


「なにをするの?」


「はじめる前に町に行く必要があるな。訓練に必要なものを頼んでいたんだ。もしよかったら、町までいって取ってきてくれないか?」


 はじめ、スララギの言っていることがわからなかった。


「……わたしでいいの?」


「力を使うようなことがなければ問題ないだろう」


 スララギは事も無げに言う。


「あ!! またメリル様を使おうとしてんな! やめろよ!」


「行きたくなければいいんだ。しかし次の荷物が来るまで少し時間があるからな」


「良いよ」


 わたしは言った。


「メリル様!?」


「面白そうじゃない。どこに行ったらいいの?」


「ここから少し遠いが、ルストという町にあるシュベルク商会に頼んでいる。わたしの名前を言えばすぐに用意してくれるはずだ」


「行こうか。ゴアルガス」


 しかしゴアルガスはふてくされて返事をしない。


「ゴアルガス」


「良いっすよ。おれのことなんて、どうせトカゲの助言なんて聞く気ないんでしょうよ」


「機嫌なおして。ここでじっとしているよりはいいでしょ」


 そう言って、わたしは手を差し伸べる。


「まあ、おれは、メリル様の臣下ですからね。言われたことには従いますけどね」


 しぶしぶわたしの手を上り、肩に収まる。


 それを見て、スララギが笑っていた。


「地図を渡すから、そこで待っていてくれ、くれぐれも、彼を喋らせないようにな。人々が驚いてしまう」


 クカカ、とゴアルガスが威嚇をして、わたしも思わず笑ってしまった。


◆    ◆    ◆    ◆


「あれが、人の住む場所ね」


「……もっと揺れないように走ってもらえませんかね」


 肩でゴアルガスがぐったりしている。


「ごめんね。久々に外に出たから走りたくなっちゃって」


「謝る必要はないっすけど……それより!」


 急に元気になって大声を出すゴアルガス。


「ん?」


「ここはもう、あいつの結界の外なんですから、もう自由ですよ!」


「どういうこと?」


「いやこのまま逃げちまおうってことですよ。首の呪いなんて、離れてしまえばあとは時間かけて外す方法を探せばいいんすよ」


「確かにそうかも」


「……まったく考えてなかったってことっすか?」


「うん」


 ゴアルガスが大げさにため息をつく。


「信じられないっすよ。いつからメリル様は、人間の言いなりになるようなお方になり下がったんすか。力も戻ってきたようですし、あいつが油断してる今がその時ですって」


「うーん」


 わたしは考える。


 ゴアルガスの言うことは正しい。


 別に、スララギの言うことなんて全部聞くことはないのだ。ここなら、結界の力も届かないし、いつでも逃げることができる。


 でも……


「今は良いかな」


「何でですか!?」


「スララギの言いなりになるつもりはないけど、わたしは魔素の使い方っていうのをもう少し考えてみたい」


「メリル様なら今のままでも十分に使えるじゃないすか」


「ううん。違うの。今は良いけど、あの姿になったら、わたしはわたしでなくなってしまう。わたしはね、どんな時だって自分のままでいたいの」


「分かんねえっすよ。仮にメリル様のやりたいことだとして、人間に教わることなんてないように思いますけどね」


「そうかもしれない。だから、スララギから話を聞いて、意味がないって思ったら出ていくよ。止めるんだったら無理やりにでもね」


「……まあ、そういうお考えだったら従いますよ。しかし、あの結界はまずいですからね。次はうまくいくかどうか……」


「ゴアルガスが言ったじゃない。だから隙を伺うのよ。今は油断させといたらいいんじゃない」


「……わかりました。そこまで考えてるっていうのならおれは何も言いません」


「ありがとね」


 わたしは坂を下りて町へ踏み入れる。


 自分でも、どうしてこんなことになっているのかわからない。スララギには殺されなかったけれど、恩を感じているわけじゃない。ゴアルガスの言うように、さっさと結界から逃げてしまえばよいのだ。


 けれど、わたしはそんな気になれなかった。


 町に入ってすぐに、通行人に出くわした。


 予想に反して、人間はわたしの姿を見ても驚くことはなかった。物珍しそうに肩のトカゲを眺めて通り過ぎていく。


 どうやら町の人間は、わたしを見て、変なトカゲを連れた変わった人間としか思っていないらしい。


 それはそれでちょっと傷つく。


 なんてことを考えながら舗装された道を歩く。


 レンガ造りで、それぞれ違ったかたちの建物が並んでいる。わたしはそれが面白くて仕方がなかった。


 魔王の城には城しかなく、町どころかほかの建物もなかったけれど、人間の住む場所は統率者以外が自分の家を持ち、独自の思考によって動いている。 


 わたしはそのことを考えると軽くめまいを覚えた。


 目に入るだけでもたくさんの人間が居て、その先に人間それぞれの思考と生活がある。


 なんて複雑で、乱雑で、混沌としているのだろう。


 わたしが居た場所は、すべてが魔王城を中心に構成されていた。魔物たちは彼らなりの生活を送ってはいたけれど、自分たちでなにかを考えて行動するというようなことはしなかった。


 王を頂点とする完全なる統率。 


 それが人の住む場所にはない。


 わたしは人というものの多様性に、ただただ驚いていた。


 肩のゴアルガスはきょろきょろして周囲を警戒している。


 わたしを心配してくれているのだ。


 目的の場所はすぐに分かった。


 町でもひときわ大きな建物で、「シュベルク商会」という大きな看板もついていた。


 わたしは扉の前に立ち、持っていた地図をしまう。


「静かにしていてね」


 わたしがゴアルガスに言うと、何もしゃべらない。


 すました顔でスンと鼻を鳴らすだけだった。


 わかってますという合図らしい。


 扉を開けると、そこには人間が居た。


 スララギが言っていた“受付”の人間だろう。


「いらっしゃいませ」


「あの、スララギに言われて荷物を取りに来たのだけれど」


 わたしはスララギから指示された言葉をそのまま言う。


「ああ! スララギ様の! 少々お待ちください!」


 受け付けの人間が、奥に引っ込んでいった。


「ご主人! スララギ様のところからお使いが来ましたよ!」


 という声がして、しばらく待っていると、恰幅の良い、おそらく人間の男がやってきた。


「よくぞ来てくださいました。商品はこちらでございます」


 男はわたしに小さな小箱を差し出した。


「御代は頂いておりますので、このままお持ち帰りください」


「わかった。ありがとう」


 一応礼を言う。これもまたスララギに言われていたことだった。


“人は関係性で成り立っている。何かをしてもらって礼を言うことは、関係性を円滑にする基本的な行為だ。別に相手を持ち上げる必要などはないが、ためしに店主と会話してみるのはどうだ? 見聞も広がるかもしれない”


「スララギ様の新しいお弟子様ですか?」


 スララギの言っていた通り、男は話しかけてくる。


「弟子ではないのだけれど、教えてもらうことになってる」


 わたしは正直に答えた。


「ははあ、優しいお方ですからね。ご存知かもしれませんが、うちの子もスララギ様に魔術を教わりまして」


「そうなの?」


「ええ、もう何年も前のことですが、うちの子が突然、風を起こしましてね。それでスララギ様の元へ連れて行ったのですよ。おかげで独り立ちしまして、今では王都で冒険者をやっておりますよ」


「知らなかった。スララギはそうやって何人も弟子が居るの?」


「さあそこまでは、しかしもともと王都の魔術学院で教鞭を振るってらっしゃったようで、人に教える力は確かな方ですよ」


「あまりそうは見えないけれど……」


 すると男は察したように、


「ハハハ! そうでしょう。私もはじめスララギ様を見た時にはそう思いました。ですが、うちの子という実例がありますからね」


 と笑顔で言った。


 とても話しやすい男だ。


「ふうん。見かけによらないものね」


「……まあ、そういったわけで、スララギ様にはよくしていただいています。私どもは本来、商店や大工に食材や材料を卸す仕事をしていますが、スララギ様は特別です。今回の荷物もあの方のご用命とのことで商売仲間の伝手をたどって王都から荷物を運んできました。スララギ様によろしくお伝えください」


「わかった。ありがとう」


 わたしは言って、シュベルク商会を出た。考えてみると、わたしはスララギのことを何も知らなかったのだ。


 帰りの森のなかで、ゴアルガスが口を開く。


「荷物の中身を聞かなくてよかったんすか?」


「どうして?」


「もしかしたら、メリル様を殺す毒薬かもしれないじゃないっすか」


「まだそんなこと言ってんの? なわけないでしょ」


 その言葉に不思議と確信があった。わたしはスララギを信用しはじめてしまっているらしい。

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