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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第九話 復活
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結界のなかで

 広く開かれた建物の外で、わたしは魔術師と向かい合っていた。


 魔術師が片手をあげると、そこに杖が現れる。


 物質転移。


 わたしですら自由に使えない力。


 それを平然とやってのけている。


「こんなところで戦ってしまっていいの? 家もあるのに」


 わたしが聞く。


 それはこの場所の違和感を確かめる言葉でもあった。


「人間の住処のことを気にするとは意外だ。だが安心しろ」


 そう言うと、魔術師は杖を地面につく。


 あたり一帯の地面が淡く光り、文様が浮かび上がる。違和感の正体はこれだったのだ。


 弱い結界が張られていたのではない。


 どれほどの範囲かは不明だけれど、この周囲一帯に強力な魔術による結界が張られている。


 そのうえで、出力が極端に抑えられていたわけだ。


 魔術師の服が一瞬で切り替わる。


 鮮やかな赤いローブだった。


「これが人間の作り出したものとは信じられない」


「こんな面倒なことをやってるのは私くらいのものさ。結界の内部であれば自身の持つ力を超える魔素を操作することができ、任意のものを一瞬で移動させることもできる。結界を張ってから一度も使ったことはなかったんだが、今回は特別だ」


「わたしは今、とても驚いている。そして人というものをもっと知りたくなった」


 それは人間に対する素直な賞賛だった。


「私に勝ったら、いくらでも教えてやるさ。だが、簡単にはいかないぞ」


「うん。そうだと思う」


 わたしは不思議と落ち着いている。


 ガルファスを殺し、わたしを殺した人間。やつはもう死んでいて、わたしは、人を殺す理由がなくなってしまった。目の前でわたしに殺意を向けている魔術師にも怒りは感じない。


 だから、わたしには戦う理由がない。


 でも、戦いを避け、ここから逃げ出そうとも思わなかった。


 わたしはどういうわけか、この魔術師の怒りを受け止めなければならないと考えていた。


 勝てると確信しているわけではない。かといって、負けて死を望んでいるわけでもない。


 わたしには、魔術師の考えがわかる。


 大切な存在を失った痛み。


 それをぶつける相手を探しているのだ。


 わたしも同じだった。


 ガルファスを失った悲しみを人間にぶつけ、そして敗れた。


「一つだけ聞いていい?」


 わたしは言う。


「なんだ?」


「はじめから気づいていたんでしょう?」


「ああ、気づいていた。戦場の爪痕に、お前の内部にある魔素と同じものを感じていた」


「どうして真っ先にわたしを殺そうとしなかったの? こんな結界を張っているのなら、いくらでもやりようはあっただろうに」


「分からない。ただ、お前が言語を解するのなら、トーマが死んだ理由を聞いておきたかった」


「知ってどう思った?」


「私の気持ちは変わらない。トーマを殺したものを許すわけにはいかない。それだけだ」


 わたしはそこに、若干の迷いのようなものを感じ取った。けれど、もはや戦いは避けられないだろうとも思っていた。


「そう。でも簡単には死なない。わたしは殺されるために生き返ったわけじゃないから」


「だろうな。ならば全力で来い」


 冷気が舞う。


 次の瞬間には、地面が凍結し、そこからいくつもの氷柱がわたしに向かって伸びていた。


 全身の魔素が接続される。


 かろうじて反応し、氷柱を受け止める。


 氷柱が砕け散る。


 それと同時に猛烈な風が足元をすくう。


「うわ!」


 わたしが態勢を崩したところに雷撃が放たれる。


「ががががが!」


 全身を痛みが襲い、魔素の接続が不安定となる。


 まずい。


 わたしは痛みをこらえながら後方に跳んだ。


 結界により強化された魔術は、わたしの体すらも揺るがすほどの高い出力を有していた。


 わたしは動く。


 このままでは一方的にやられてしまう。


 狙うは魔術師本体。


 復活したばかりといえ、わたしの身体能力は人間を上回っている。目では捉えられないほどの速度で移動し、スララギを襲う。


 けれど――


 ガキィン!!


 わたしの拳が分厚い壁に阻まれる。


 魔素が凝縮された、高硬度の魔術防壁だった。


 わたしは一旦距離をとる。


 球体の防御壁に守られた魔術師はゆっくりと浮遊する。


「トーマを殺した力はそんなものではないだろう?」


 魔術師は高いところからわたしを見下ろしていた。


 なんという力。


 結界内部にはどれほどの魔術式が埋め込まれているのだろう。さらにわたしを驚かせたのはその魔力総量。上位の魔物であっても、これほどの魔力を感じたことはなかった。


 高い出力に加えて、魔術師は一度も詠唱していない。


 人間が魔素とつながるためには呪文を必要とするが、おそらく結界の力によって、詠唱が不要となっている。


 魔術師が防壁のなかで両手を広げる。


 次の攻撃が来る。


 はじめに感じたのは、熱いという感覚だった。


 地面が赤く光り、炎が燃え盛る。


 それだけじゃない。地面から、燃え盛る魔素の塊が、蛇のようにわたしに絡みつこうとする。


 わたしは跳び、宙に逃れる。


 魔素の集合体とはいえ、実体化したことによる制約は付きまとう。生き物と同じように炎で肌が炭化し、再生が遅くなる恐れもあった。


 その時、上空に何かの気配を感じた。


「なっ――」


 見上げた先にあったのは、星の瞬きだった。


 もちろん、昼間にそのようなものが見えるはずなんてない。


 凝縮された魔素の塊が、わたしに向かって降り注いでいた。


 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ――!!


 正確にわたしの位置を狙ってくる魔素を、同じく魔素を纏った両手で弾く。


 だめだ! 防ぎきれない!


 魔素の塊がわたしの身体にぶつかると同時に炸裂する。


 わたしの体に揺らぎが生じる。


 それは一度であれば耐えられたかもしれない。だが、天上から振る無数の星は、再生を許さず痛めつけていく。


 追撃は終わらない。


 それが、人の力、そして怒りの力とでも言うように。


 闇がわたしに迫る。


 もしかすると、ここで終わりなのかもしれない。


 ――その時。


 体を別の何かが支配する。


 ガルファスの最後を見た時に襲われた、あの感覚。怒りに我を忘れ、全身を高揚感と破壊衝動に支配されたあの時の感覚だった。


 わたしがわたしでなくなる。


 引きはがされようとしていた魔素の結束が強化され、体から闇とともに魔素がふき出す。


 それを、わたしは外から眺めている。


 だめだ。


 こうなってしまったら、わたしは自分を止めることができない。


 闇が腕を纏い、わたしは姿を変える。


 魔素の塊を侵食し、我がものとする。


 わたしに降り注ぐ魔素が散り、燃え盛る地面も掻き消えた。


「なに!?」


 魔術師の驚きの声が聞こえる。


 わたしは足に力を溜め、魔術師のところへ跳んだ。

 

 それは一瞬のことだった。


 強烈な一撃が魔術防壁に激突し、大気が震える。


「ぐうう!!」


 魔術師に初めて焦りの色が見える。


 わたしの体は空を駆け、全方位から防壁に打撃を与える。


 やがて――


 わたしの爪が防壁の一部を突き破る。


 ああ、それはだめだ。


 自由の効かないわたしは、ただ、そう思った。


 闇を纏った腕が防壁を捉え、振り下ろされる。


 魔術師は防壁を霧散させながら、地面に向かって墜落していく。


 防壁の消えた魔術師など、わたしの爪で簡単に殺せる。


 わたしはなぜか悲しくなった。


 一方的じゃなくて、はじめて言葉を交わした人間が今、わたしの手で殺されようとしている。


 わたしは、出来ることなら止めたかった。


 でも、こうなってしまっては、その望みも叶わない。


 土ぼこりの上がった地面に向かって、闇を纏ったわたしでない存在が襲いかかる。その速度はトーマという人間と戦った時とほぼ同等。周囲一帯を破壊するには十分な力だ。


 その時。


絶対零度アブソリュート・ゼロ"


 魔術師の声が響いた。


 わたしが地面に到達するよりも早く、魔素を纏った巨大な氷の刃が地面から伸び、体を突き刺す。


「GAAAAAAAAA!!!」


 わたしの体を串刺しにした氷は内部の魔素に干渉して動きを停止させる。まるで魔素自体が凍結してしまったかのようだ。


 氷刃は変化し樹木が成長するように伸び広がり、やがて細かく砕けた。


 氷が消え、わたしの身体は落下していく。


 身にまとった闇も消え、わたしはわたしに戻る。


 とはいえ体は動かせない。


 凍結した体が、着実に崩壊へと向かっていた。


 地面に墜落する。


 もう何の痛みなのかもわからない。


 体を起こそうとするが、仰向けになることしかできなかった。


 見上げた空からは氷の粒が降ってきていた。


「まさか、最後に、師匠の技に頼ることになろうとはね」


 わたしの爪で切り裂かれ、血を流した魔術師が見下ろしていた。


「あなたの、名前を、聞いてもいい?」


 薄れゆく意識の中でわたしは聞いた。最後に聞くこととして正しいのかわからなかったけれど、そうしたかった。


「わたしはスララギ・ロギ・ルダネアという」


 スララギは答えてくれた。


「わたしはメリル。最後にあなたと話すことができて良かった。ほんとは、もっと人のことを知りたかったのだけれど、仕方ないわね」


 言うと同時にわたしの意識は暗闇に落ちていく。


 おそらく、もう目を覚ますことはないだろう。

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