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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第九話 復活
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魔術師からの招待

 近いとは言っていたけれど、それはあくまで、どんなところでもほとんど一瞬で移動できた時のゴアルガスの感覚だったから、実際はそれなりに遠かった。


「なんなんすかこれ!? 生き物ってのはこんな非効率な方法で移動しているっていうんすか?」


 先を行くトカゲが愚痴っているのを、ニヤニヤしながら追いかける。


 四本の足をバタバタ動かして、時々愚痴を吐く、そんなゴアルガスを見ているのは楽しかった。


「笑わないでくだいよ!」


 まずい。気づかれた。


「ごめんごめん」


 わたしは素直に謝る。


「おれを乗せてってくださいよ」


「でもさっきまで、部下として魔王様のお手を煩わせるわけにはいかないんすよ、とか言ってなかった?」


「状況は刻一刻と変わっていくもんです。それに対応するのも主の役目です」


 大真面目に言うのがまた面白くて、


「いいよ、乗っても」


 と笑いながら答える。


 するとゴアルガスはわたしの体を登り、肩で体を休めた。


「すんませんね。多分泥はついてないと思うんで」


「気にしないで。ところであとどれくらいなの?」


「それがわかんないんすよ。どうも、前の身体の時とは感覚が違うみたいでね。方向はあってるはずなんすけどね」


「そう」


 わたしは突然速度を上げた。


「わわ!!」


 ゴアルガスが情けない声を上げる。


 わたしは体に風の強い抵抗を受ける。


 風景が流れて葉の緑と木の茶色が混ざる。


 わたしは木々の隙間を通り抜けながら一直線に進んだ。


 そうだ。


 わたしはこんなふうに、外を自由に動いてみたかった。


 魔素の満たされた淀んだ空気もいいけれど、その外側にある新しい世界。


 穏やかな日差しと、風に吹かれる感覚が心地よかった。


 わたしは走ることを楽しむように、木々の間を抜け、枝に飛び移り、ただ一直線に進んだ。


 そこに悩みなどは一切なかった。


「メリル様!! やめてくださいよ! おれが落ちちまうじゃないですか!」


「しっかりつかまってて!」


 わたしはさらに速度を上げる。


「メリル様あああああああ!!」


 ゴアルガスの情けない叫びを聞きながら、わたしは走り続けた。


◆    ◆    ◆    ◆


「ん?」


 わたしは立ち止まる。


「うわあ!」


 急な停止でゴアルガスが振り回される。


「やめてくださいよ! 飛ばされるところでした!」


「なんか変な感じがする……」


 ゴアルガスが肩から降りて、周囲を見渡す。


「おお! ここですよ。おれが言っていたのは。メリル様のその変な感じってのは結界の力場を感じているからでしょうね」


 わたしはゆっくりと歩を進めながら、周囲を見回してみる。


 とても静かな場所だ。


 結界の力なのか、魔素を感じられない。


 魔物の気配はなく、森に住む生き物がこの場を支配していた。


 耳を澄ますと鳥の鳴き声や羽ばたく音。木々の葉が風でこすれる音が聞こえた。


「うん。悪くない。居心地も良さそうね。ゴアルガスはここの結界平気なの?」


「おれですか。まあ、おれは生き物の中にうまく隠れてますからね。結界からも見逃されてますよ。それにしても……」


「どうしたの?」


「この結界、いざ入って見ると、どこかで感じたことがあるような、変な感覚がありますね。こんなところに人が住んでるわけないし、昔の結界の名残だと思ってたんですが、これは……」


「まあどうでもいいんじゃない? 仮に人が居たって、近づかなきゃ問題ないでしょ。ここには私がどうするか決めるまで、ちょっと居るだけなんだから」


「しかし……」


 ゴアルガスにしてはどうも歯切れが悪い。実際強い力のある結界でもないし、気にするようなことも――


「どなたですか?」


 時が止まった、気がした。


 後ろから声をかけられた。わかるのはそれだけだ。


 何か大きな力が、私にのしかかっている。


 魔素が薄いからこそ際立つ、強烈な存在感。息が苦しくなり、体が強く締め付けられる。


 こんな感覚は、今まで感じたことのないものだった。


 わたしはゆっくりと後ろを振り向く。


 そこには黒い服を着た人間が居た。


 わたしと似ている。おそらく女だろう。とんがった帽子と、ローブを身にまとったその姿は、まさしく、魔術師だった。


 魔術師という存在は、今まで見たことはないが、ガルファスに教えてもらったことがある。


「わ……た……し……は……」


 口が上手く動かない。


 体もまた、振り返った状態のまま動かなかった。


 これは、いったい、どういうこと?


 視線を地面に向ける。


 そこには、同じように固まったゴアルガスが居た。口を開けたまま、目をきょろきょろ動かしている。


「君からはどうも、人ならざる気配を感じる。かといって、魔物というわけではなさそうだ。言語を話す魔物など存在しないはずだからな。ということは、われわれが把握していない未知の存在か。これもまた可能性としてはとても低い。いずれにせよ。なぜここに足を踏み入れたのか聞きたい」


 息苦しさが薄れる。


 間違いない。


 わたしの身体を拘束しているのは、目の前の人間の力だ。


 しかしこの力はなんだ?


 復活したばかりとはいえ、わたしの力は人間ごときにどうこうできるものじゃない。不意を突かれたことを考慮したとしても、ここまでの強制力を行使できる魔術師なんて信じられなかった。


「ここは魔物が、居ないから、来た」


 口が勝手に動く。


 これもまた、魔術の力のようだ。


 精神に深く作用する魔術。わたしは自分の意志と関係なく、相手が望む真実を言わなくてはならない。


 強く抵抗することもできたが、相手は少なくとも、危害を加えるつもりはないらしい。


 わたしはなすがままにして様子を見る。


「ではその理由は? 魔物から追われ、ここに逃げ込んできた少女。見た目だけならそう受け止めるが、君はそうではないだろう。どうしてここに来た?」


 魔術師は、私の力すらもある程度は把握しているようだ。これでは何も隠す必要はない。


「わたしは、魔物も、人も、殺したくない。だから、結界が、張られているここに来た」


 先程よりも自然に言葉が出た。


「なるほど、では少なくとも、人に害を及ぼすつもりではなさそうだ」


 魔術師は頷く。


「今のところ、そのつもりは、ない」


「ふむ。今のところ、ね。この先は?」


「分からない」


 わたしが答えると魔術師は片手を上げる。


 すると体の拘束が緩んでいくことを感じた。


 しかしそれは途中で止まる。


「そうだ。もう一つ聞いておくことがあった。そいつは何だ? ただのトカゲじゃないだろう?」


 魔術師はゴアルガスを見ていた。


「無害。ただの喋るトカゲ」


 わたしが言うと、ゴアルガスが恨めしそうにこちらを見る。


 魔術師は大きく笑った。


「ハハ!! まあいいや。私もひとりで退屈していたところだ。その気があればついてくるといい。我が館に招待しよう」


 魔術師が背を向けると、わたしの拘束は完全に解けた。ゴアルガスはバタバタと走り回って、自分の身体を確認していた。


 そして、わたしと顔を見合わせる。


「どうする?」


 先に言葉を発したのはわたしだった。


「いや相手は人間っすよ!? しかもメリル様の動きを止めるくらいの力を持ってる。罠としか思えないっすね」


「でも殺すつもりはなさそうだし、それに、何事も経験ってガルファスも言ってたし」


 わたしは、魔術師を追って歩き出そうとする。


「まずいですって。知りませんよ。やつの家に入った途端、油断させたところを完全に拘束されることもあり得るんすから。その先は無残に殺されるか、良くて研究対象っすよ。そんなのおれ許せないっす」


「じゃあ聞くけどさ」


「なんです?」


「あんたが尊敬する魔王って、たかだか人間の魔術師一人にやられるような存在なの?」


「そりゃあ……違うと思いますけど」


「じゃあ平気よ。罠だったとしても、わたしならどうにかできるって」


「どっから来る自信なんすか。まあ、良いっすけど……メリル様」


「なに?」


「元気になったのは良いんすけど、性格変わってないっすか?」


「それはそっちもでしょ。前のゴアルガスだった、適当な感じで、良いんじゃないっすか? とか言ってくれそうなものだけど」


「これも体を得たせいっすかねえ。地に足がついたっつうか。安定が欲しくなってるんすよね。そのせいかわかんないんすけど、心配性になっちまって」


「わたしはね、自分で生きてみようって決めてから、いろいろと悩むことがなくなったの。だからかな」


「……ま、おれは何があってもついていくだけっすよ」


「よろしくね」


 そしてわたしとゴアルガスは、魔術師の後を追って、森のさらに奥へと進んでいった。

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