#08 旅
ここは異世界ステラシオンの天界、女神邸のテラス。
朝食を食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま、美味しかったわ」
ウチは魔法で食器をきれいにした。食器はメイドゴーレムが片付けてくれた。
「マホはこれから下界に行くのね」
「はい、お世話になりました」
「私からマホに渡すものがあるわ。一つはこれよ」
それは木製の杖で、長さは120cm、直径2.4cm、円柱型で飾りのないシンプルなもの。
「これは世界樹の杖、『始祖の樹』から作った特別製よ。折ることはもちろん、剣で傷をつけることさえ出来ないわ」
ウチは杖を受け取った。
「ありがとうございます」
「この杖を使えば、複雑な魔力操作が容易になるわ。それに魔力を増幅する機能があるから強力な魔法が使えるわ」
「すごいですね」
「二つ目は、これよ」
黒いスマホ?
「私が作った魔道具のスマホよ」
本当にスマホだった。ウチはそれを受け取った。
見た目は小さなアーカイブの石板みたい。
「これで通話やメッセージ、撮影やアーカイブ書籍の閲覧が出来るわ」
「すごいものを作りましたね」
ウチは魔道具スマホをポケットに入れた。
「ウチもステラさんに渡すものがあります」
ウチはストレージから紙製の箱を取り出した。
「食べてください」
ステラさんは箱をテーブルに置いて蓋を開けた。
「これはお菓子ね」
「はい」
箱の中は、クッキー、マカロン、チョコレートが入ったお菓子の詰め合わせ。
ウチは客室でこっそり作っていた。
「この黒いのは何かしら?」
「チョコレートです。美味しいですよ」
ぱくっ。
「美味しい」
「これはカカオの種から作ったお菓子です」
「カカオからお菓子が作れるなんて知らなかったわ」
カカオはパントリーにあった。
そしてチョコレートの作り方は、Bean to Bar で見学したことがあるので知っていた。
Bean to Bar とは、カカオ豆からチョコレートを作る工房のこと。
見学した経験が役に立った。
「それから、こちらもどうぞ」
ウチは2本のガラス瓶をテーブルに置いた。
透明な瓶の中には、琥珀色の液体が入っている。
「これはカカオで作ったワインです。ウチはお酒が飲めないの試飲はしていません」
「飲んでもいいかしら?」
「どうぞ」
ステラさんはワイングラスを出した。
そして魔法でコルク栓を開けて、グラスに注いだ。
ごくっ。
「美味しい。ブドウのワインとは風味が違うわね」
どうやら美味しく出来たらしい。よかった。
*
「下界に行ってしまうのね」
「はい、お世話になりました。天界での生活は楽しかったです」
「私も楽しかったわ」
ウチは十日間以上を天界で過ごした。充実した毎日だった。
「ステラシオンで最初に行きたいのはどこかしら?」
「そうですね・・・ウチを召喚した国が気になるので、行ってみたいです」
「わかったわ。今のマホなら大丈夫でしょう」
魔法を覚えて、護身術も身に付けた。避難方法もあるから大丈夫。
ウチは魔女帽子をかぶった。手には、もらった魔法の杖。そして自作した鞄を肩から斜め掛けしている。鞄には五芒星のマークがある。
このマークは宇塚井家の家紋で、「丸に桔梗紋」と呼ばれている。宇塚井家の祖先は陰陽師だったらしい。陰陽師の子孫が魔法使いって、どうなのよ・・・
「それでは、王都に転移させるわね」
「はい。それでは・・・・・・行ってきます」
「いってらっしゃい・・・・・・転移」
ウチは、さようならと言いそうになったけど、何か違う気がした。
* * *
下界のステラシオンに転移した。
ここはウチを召喚した国の王都、そして街の入口付近。この場所は街の東側にあたり、高い外壁が見える。
これが異世界の街・・・
ウチがこの世界ですることは、国を繁栄させたり、魔王と戦うことではない。
自由気ままに冒険の旅をして、日本では体験できないことをする。それだけ。
ウチは王都の東門に向かって歩く。
ん? 街の入口に衛兵がいないね?
普通は、通行証を見せろとか、銀貨1枚を払えとか、そういうのがテンプレだと思っていたけど、ラノベだけの話かな?
まあいいか、おカネ持ってないし。
おカネは無いけど、金と銀の地金はステラさんにもらってある。
ウチは街の門を潜って街に入った。
おおお・・・石畳の道、石造りの建物、屋根は天然石のスレート、窓は木製の鎧戸が多いけど、ガラス窓もある。すごくいい。日本の町並みとは全然違う。
早速、魔道具スマホで写真を撮る。
パシャ、パシャ・・・
シャッター音が少し違うけど、悪くない。
さて、異世界の街に入ったら、最初に向かうところは冒険者ギルドがテンプレだよね。
ウチは街の人に場所を尋ねた。
「すみません、冒険者ギルドはどこにありますか?」
*
教えてもらえた。
「どうもありがとう」
翻訳魔法のおかげでちゃんと言葉が通じた。
場所がわかったので冒険者ギルドを目指して歩くけど・・・
なんだか街に活気がない。王都の大通りなのに人が少ない。こんなものかな?
冒険者ギルドに到着した。看板の文字も読める。
ウチは中に入った。
朝だけど混雑はしていない。ホールと掲示板の前に冒険者が数人いるだけ。
受付カウンターとその中には数人の職員がいる。
ウチは女性職員の受付に向かった。
「登録をお願いします」
「はい、私はナタリーです。よろしくね・・・登録は銀貨1枚よ」
ウチは金と銀の地金を1個ずつ取り出して見せた。
「おカネは持っていないので、これを換金できますか?」
ナタリーさんは、ウチが渡した地金を手に取って見ている。
「ええ、換金出来るわ。金の換金は大歓迎よ」
大歓迎?
ナタリーさんの話によると、戦争などの影響で情勢不安が広がると金相場が上昇するそうだ。
そのため、金を高値で買い取ってくれるらしい。
いわゆる「有事の金」
異世界も地球と同じだね。
ウチは、ずしりと重い金の地金を全部で4個出した。たぶん1個1kgくらいだ思う。
それをナタリーさんに渡した。
「地金を鑑定している間に、登録用紙の記入してね」
用紙とペン、インク瓶が出された。
これ羊皮紙だよね。それと羽根ペン。ちょっとかっこいい。
ウチは、名前や年齢などを記入する。
バン。
扉が開く音がした。
ウチが振り返って扉の方を見ると、男性が急いでカウンターに近づいてきた。
「ギルミスに伝えてくれ。ラキーバの連中がやって来た」
「はい」
受付のナタリーさんは、急いで奥に行ってしまった。
そしてすぐにナタリーさんを含めて三人出てきた。
一人は40代で口髭の男性。もう一人は30代の女性? 耳が・・・獣人かな?
その獣人女性がカウンターに近づく。
「ラキーバ軍の規模は?」
入って来た男性に声をかけた。
「10人くらいだ」
「少ない・・・先遣隊か・・・」
「たぶん、そうだと思うぜ」
「こちらから手を出すなよ」
「わかってる。冒険者が軍と戦っても、得るのもは無いからな」
また入口の扉が開いて、4人が入ってきた。女性と男性二人ずつ。カウンターに近づいてくる。
「私は、ラキーバ王国第一王女カスミ・ウル・ラキーバである。話がしたい」
「はい、お待ちください」
王女? 鎧を着た騎士なのに? なんかすごい人がやってきた。
獣人女性と口髭男性がホールに出てきた。
「冒険者ギルドミストレスのアビーと申します」
「商業ギルドマスターのノーダでございます」
「お話は応接室で伺います」
「いや、この場で結構。その方が早く住人に伝わるであろう」
「かしこまりました。伺います」
どうやら王女とギルミスがここで話をするみたい。
「そなたに尋ねる。街の中心にある巨大な穴は一体何か? それと王族の行方を答えよ?」
巨大な穴?