第94話 出会い、そして事件発生です!
「あー、ちくしょう、あんなこと言うんじゃなかった~。破産だ、破滅だ、オレはもうおしまいだ~!」
あれから約1時間ほどが経った、私たちは今、屋台エリアから少し離れた位置にあるベンチで一休みをしているところだった。
翔くんの嘆きの声が響いてくる中、私は視線を横へとズラす。
そこでは陽くんが大きく膨れ上がったお腹を撫でながら満面の笑みを浮かべていた。
あれから彼は食べに食べた、食べまくった。その勢いのすさまじさたるや立ち並ぶ屋台の全てを制覇するんじゃないかというくらいの勢いだった。
私もよく人からは大食いと言われることがあるけれど、彼はそれ以上だ。
どうもああやって人の姿を取るのにはよりたくさんのエネルギーが必要なんだとか。
だから、ああして人の姿でいる時は普段よりさらに大食いになってしまうらしいのだ。
「災難だったわね、氷川くん。まさか陽くんがあそこまで食べるとは、あたしも思わなかったわ」
うなだれる翔くんに智子がそう声をかけるが、彼は死んだ魚のような虚ろな目で「ああ……」と返すだけだった。
彼には気の毒だけど、陽くんの食事代私が払わなくて済んでよかった……。
そんなことを考えながら私はふと何気なく巨大笹飾りの方に目を向ける。
別に深い意味があっての行動じゃなく、ただなんとなくそうしただけだったんだけど……。
「ん……?」
私が向けた視線の先、巨大笹飾りの下には一人の女性が立っていた。
歳は20代前半くらいだろうか、少しウェーブのかかった黒髪をセミロングにした綺麗な人だ。
私がその人を目を留めたのは、巨大笹飾りを見上げるその表情があまりにも切なげで、どこか悲しそうだったから。
「どうかしたの、みう?」
文乃ちゃんが不思議そうに声をかけてくる。
「いや……あの人……なんだか思いつめた顔してるなって……」
私がそう言って指差すと、文乃ちゃんは私の指先を目で追い、その人を見遣る。
「確かに……。気になるわね」
そう言うと文乃ちゃんは指を顎に当てて少し考え込むそぶりを見せる、そして、
「よし、決めた、私あの人のところ行ってくる」
そう言って、ベンチから立ち上がるとそのまま件の女性の元へと歩いて行ってしまった。
「ちょ、文乃ちゃん!?」
そんな文乃ちゃんの突然の行動に私は慌てて後を追いかけた。
もう、相変わらず思い立ったら一直線なんだから、仕方ないなぁ……。
「あの、すいません」
文乃ちゃんが声をかけると、女性はビクッと僅かに身を震わせてから振り返った。
「え? な、何……?」
そうだよねぇ、そんな反応になるよねぇ。いきなり見も知らない年下の女の子に声をかけられたら。
私は慌てて文乃ちゃんの横に並ぶととりあえずペコリと頭を下げる。
「あの、ごめんなさい、いきなり声かけたりして。私、香取みうって言います、こっちは新部文乃ちゃん」
「は、はぁ……」
さらにもう一人現れ、自己紹介をしてきたことで、女性は困惑した様子を見せる。
私は彼女を安心させるべく、出来る限りの笑顔を浮かべながら言葉を続ける。
「私たち、あっちのベンチで休んでたんですけど、お姉さんが悲しそうな顔で笹飾りを見てたから、ちょっと気になって……。すいません、ご迷惑でしたよね」
私のそんな言葉に女性は僅かに目を見開く。そして小さく口元を歪め、「そっか……」と自嘲気味に呟いた。
「私そんな顔してたのね。ごめんなさい、心配かけて。そしてありがとう、見ず知らずの私なんかに声をかけてくれて」
そう言って彼女は微笑む。その笑顔はやっぱりどこか悲しそうで、切なげで……。
「あの……。何か深い事情がありそうですけど、もしよかったら聞かせてくれませんか?」
「あ、文乃ちゃん!」
私が止める間もなく、文乃ちゃんはそう言って女性に詰め寄る。
……うう、相変わらずこういう時の行動力には目を見張るものがあるなぁ。
「これも何かの縁ですし、話せば楽になることもありますし……」
そう言って文乃ちゃんはニッコリ微笑む。
そんな文乃ちゃんに対し、女性は「そうね……。確かにこれも一つの縁ね……」そう言って微笑むと、ポツリポツリと語り始めた。
彼女の話はこうだった。
彼女――織田 優姫さんは今年23歳になる会社員なのだけど、彼女には14歳のころから付き合っている恋人がいるというのだ。
だけどその人は5年前、『夢を叶えるため』という理由で遠くへ行ってしまったらしい。
おまけにその人の仕事の関係とかで、連絡も制限されているらしく、優姫さんはその人に会えない日々が続いているのだそうだ。
「あの日、彼と約束したはずなのよ。私は彼が夢を叶えて戻ってくるまで待つって、でも……駄目ね、時々無性に寂しくなるの。特に今日は七夕、離れ離れになった二人が会える唯一の日だというのに私は一人ぼっち、そんな思考に陥ってしまうのよ。その結果あなたたちに心配をかけてしまった」
そう言って優姫さんは力なく笑った。
「あの、その恋人って何をなさってる方なんですか? 5年もの間会うことも出来ず、連絡もままならないなんて……。普通じゃないですよね?」
そう問いかけるのはいつの間にやらこちらにやって来て話を聞いていたらしい智子だった。見ると翔くんと陽くんもこちらにやって来ていた。
優姫さんはまた新たな登場人物が増えたことに少し驚いた様子を見せるもすぐに私たちの連れであると理解してくれたらしく、軽く微笑んでから話を続ける。
「彼はね、とあるプロジェクトに携わる技師なの。もしかしたらあなたたちも名前を聞いたことがあるかしら? 有田一彦、それが彼の名前よ」
「えっ!? それってもしかして、今建造中のコロニーの技師の……!?」
優姫さんが口に出した驚きの名前に、文乃ちゃんが驚きの声をあげる。
だけど彼女だけじゃない、私たちは皆一様に驚きの表情を浮かべていた。
有田一彦さんの名前はついこの間ニュースで聞いたばかりだったからだ。
でも、確かに言われてみれば、優姫さんが話してくれた『恋人』のプロフィールはニュースで見た有田さんのそれと一致する。
「そ、そうだったんですか……。確かにそれなら簡単には会えないし、連絡だって制限されてても不思議じゃないですね……」
「私と彼が知り合ったのは小学6年生の頃だったわ、彼はその頃から宇宙が好きで、いつも私に宇宙の話をしてくれた。彼の話はどれもこれも私の知らないことばかりで、私はいつも夢中になって聞いていたわ」
優姫さんはそう言って少し懐かしそうに目を細める。
「いつの間にか好きになってて、彼も私のことを好きだって言ってくれて、特にこれって感じの告白みたいなのはなかったけど、私たちは自然と付き合いだしたの。それからは毎日が本当に楽しかった……」
優姫さんはそう言ってまたも切なげに微笑んだ。
「彼はいつも言ってたの、宇宙で仕事をするのが夢なんだって。それで物凄い勉強をして、中学から一気に大学に飛び級して、宇宙科学を学んで……」
「そして夢を叶え宇宙コロニー建造に携わることになったんですね」
智子がそう言うと優姫さんは小さく頷いた。
「ええ、そして彼の今の夢はコロニーを建造し、人類を移住させ、宇宙開発をさらに推し進めることなの。彼はそのために日夜奔走してて……。私はそんな彼のことを誇りに思ってるし応援もしているわ」
そう言って彼女はどこか遠い目をした。
きっと彼女の目にはその恋人の姿が映っているのだろう。
――寂しくないわけが、ないよね……。
優姫さんの話を聞きながら私は自分のことのように胸が苦しくなるのを感じていた。
恋人じゃないけど、恋じゃなくて尊敬、憧れだけど、私の大好きな人も、遠い宇宙に旅立ち会えなくなってしまった。
あれからまだほんの二週間程度しか経っていないのに、無性に会いたくなる時があるんだ。
それよりさらに切なく寂しい気持ちが5年も続いている優姫さんは一体どれほど辛いのだろうか……。
他のみんなも私と同じように、掛ける言葉も見つからず、ただ優姫さんを見ている。
「あ、あの――」
「まだあんな奴のことを忘れられないのか? いい加減に現実を見なよ、5年だぞ5年、そいつは君のことなんざ忘れてる。いい加減に目を覚ませよ」
文乃ちゃんが何か言おうとしたその時、私たちの背後からそんな声が響き優姫さんがビクッと体を震わせる。
振り返るとそこには一人の男が立っていた。歳はおそらく優姫さんと同じか少し上くらい、端正な顔立ちだけどどこか軽薄そうなそれでいてどこか威圧感のある男。
「廉也さん……」
「せっかくの祭りデートだってのに、いきなり姿を消したと思ったらこんなところガキども相手にあの男の話なんて……何を考えてるんだか……」
「優姫さん。誰ですかこの人は? それにデートって……」
こそこそっと、廉也と呼ばれた男には聞こえないよう声を潜め智子がそう問いかけると、優姫さんは同じく声を潜め答える。
「彼は横井廉也さん……会社の先輩なの……。たまに飲みに行ったりする。そういう関係よ……」
そういう優姫さんの表情はどこか暗かった。どうもあまりいい関係とは言えなさそうな雰囲気だ。
「最初はの頃はよかったの、廉也さんは入社して間もなかった私に対して色々と世話を焼いてくれたりして、優しい先輩って感じで……私も彼のことを尊敬し信頼していたわ。だけど……」
「だけど?」
智子がそう問いかけると、優姫さんはどこか苦しげに眉を寄せた。
「――ある時酔った勢いで、一彦さんの事とその関係、さらにそれに対する不安を口にしてしまったの。そしたら廉也さんは――」
そこまで言って優姫さんはハッと顔を上げる、あまり人に話すべき内容じゃないと思ったのかも知れない。
というより、なんとなくだけど雰囲気で察せられた、これはきっと私たち子供は聞いちゃいけない内容なんじゃないかって。
「……それからというもの廉也さんは変わったわ、いえ、本当の自分を隠さなくなったと言うべきかしら。一人の男として私に接してくるようになり、時には強引に付き合わされることもあった。今日も本当は私は女友達とお祭りに来るつもりだったんだけど、廉也さんが二人で行こうって誘ってきて……」
「なるほど、それであの態度ですか」
文乃ちゃんが納得いったという風に頷く。
「おいお~い、さっきから聞いてれば酷いじゃないか、優姫。まるで俺が嫌がる君を無理やり付き合わせてるみたいに……」
私たちの会話が聞こえていたのだろう、廉也さんがわざとらしく肩をすくめて言う。
「俺は悩んでいた君を元気づけるために色々と手を尽くしただけだよ。俺はただ純粋に君を喜ばせたいだけさ、君にはいつも笑顔でいて欲しいんだ」
「そのことは、感謝している部分もありますけど……だけど――」
「なんだかんだと言いながら、君は俺の誘いをいつも断らない。それはどうしてだ? 俺の事が嫌いなら断ってしまえば済む話だろう」
「そ、それは……」
廉也さんの言葉に優姫さんは目を伏せる。
これは私の勝手な推測でしかないけど、おそらく優姫さんが廉也からの誘いを断り切れないのは二つの理由があるからだと思う。
一つはやっぱり一彦さんに会えない寂しさを誰かに依存することで紛らわしたいから。
そしてそれに廉也さんをある意味利用したことで脈があるんじゃないかと彼を勘違いさせてしまったことへの後ろめたさと責任を感じているんだと思う。
だから廉也さんに強く出れない、誘いを断り切れない。それがまた廉也さんを調子づかせてしまう。完全に悪循環だ……。
「君の気持はよ~くわかるぜ? 俺に惚れちまったけど、元恋人の存在がある手前素直になれねぇんだろ? でもな、俺が君の――」
「ちょっと! あんたいい加減に――」
廉也の自分勝手極まりない解釈にムカムカしていたその場のみんなを代表するように智子が声を上げるも、ギロッと廉也に睨まれて思わず口籠る。
「無関係なガキが大人の会話に割り込むなよ、ガキはあっちでわたあめにでもかじりついてな」
そんな智子を含む私たちに向けてしっしっと手で払いのける仕草をすると、彼は優姫さんの腕を掴みグイッと強引に自分の方へと引き寄せた。
「きゃっ……」
小さく悲鳴を上げながらも優姫さんは廉也の腕の中に収まってしまう。
彼はそんな優姫さんに顔を寄せながらニヤリと笑みを浮かべた。
「そろそろ花火の時間だ。俺と一緒に花火を見りゃ、君の心のもやもやも何もかも、夜空に全部散ってくぜ?」
その仕草は手馴れており、この廉也という男が優姫さんに限らず多くの女性に同じようなことをしてきたであろうことが窺えた。
優姫さんは彼の腕から抜け出そうとすることもなく、ただ俯いている。おそらく今彼女の心の中には様々な思いが渦巻いているに違いない。だから、動けない……。
「さあ行こうか」
そんな優姫さんの心情を知ってか知らずか、彼はそう言って彼女を強引に連れて行こうとする。
「花火の後は……クク、わかってるよな? 大人の時間の、始まりだ」
廉也が優姫さんの耳元に顔を寄せて囁き、彼女がぎょっとした表情を浮かべるのを見た瞬間私の脳内で何かがプツンと切れる音がした。
「ま、待って……!」
無関係だけど! 大人の世界のことなんかよくわからない子供だけど! それでも!! ここで黙ってなんかいられない!!
そんな思いに突き動かされ私は思わず声を上げていた。
その場のみんなが驚いた表情で私に注目し、廉也が面倒くさそうにこちらに顔を向ける。
「なん――」
廉也が何かを言おうとしたまさにその時だった!
設置してあった巨大ディスプレイから大音量で緊急ニュースが流れ始めたのは!
『緊急ニュースをお伝えします。現在建築中の宇宙コロニーが謎の集団に襲撃、占拠されたとの速報がたった今入りました。繰り返します、現在建築中の宇宙コロニーが謎の集団に襲撃、占拠されたとの速報が入りました』
お読みいただきありがとうございました。
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