第74話 思惑渦巻く帝国基地
時は僅かに戻り、シャイニーフェニックスがヤーバンに勝利した直後――
「まさかヤーバンが破れるとはな……」
モニターで様子を伺っていたレガーンが驚きを禁じ得ない様子でそう言った。
「シャイニーフェニックス……想像以上の驚くべき力の持ち主ですわね」
ヒィラーも元より丸いその瞳をさらに丸くしてモニターの中のシャイニーフェニックスに驚愕の眼差しを向ける。
そんな中、ノーハーだけが冷静な口調で彼らに告げた。
「確かに思わぬ展開。しかし、この事態を想定していなかったわけではありません、シュナイダーもいましたしね」
巨大な頭を撫でながら言う彼に、レガーンが「ほう」と感心したような声を上げた。
「つまり、この事態に備え、すでに手を打っていたというわけか……」
「ククク、その通りです、実は先ほど投入した戦力は基地の全戦力ではありませんでした。一部の部隊は温存しておいたのです」
「流石ノーハー様、抜け目がありませんね。つまり、その温存しておいた戦力を使い、ヤーバン様との戦いによって疲弊した彼らを倒す。そういうことですね?」
「ええ、その通りです」
ヒィラーの言葉に、ノーハーは頷く。
「結果的にヤーバン殿を捨て石のように扱ってしまったことは心苦しいですが、これも必要なこと。彼の死は無駄にはなりません」
ノーハーの言葉にヒィラーが同意するように頷く。それを確認してから彼はモニターに視線を送るとニタッと笑みを浮かべる。
モニターの中ではヤーバンの亡骸を前にシャイニーフェニックスとシュナイダーが何やらやり取りをしているようだが、彼らが疲労困憊で動けないのは明白だった。
「今の奴らなら、この戦力でも十分でしょう」
「ふふ、これでヤーバン様も浮かばれることでしょう」
「レガーン様、宜しいですね?」
ヒィラーに頷いてからレガーンの方に顔を向けて尋ねるノーハー。
答えはわかりきっていて、念のためで司令官である彼の意向を伺ったのだろうが、案の定彼はノーハーの問いに「ああ」と頷き返した。
「この機を逃す手はない。すぐさまその部隊を出撃させよ!」
レガーンの言葉が響き渡り、すぐさま基地内に部隊出撃の合図を報せるサイレンが鳴り響く。
出撃命令を受けた部隊が慌ただしく動き始め、格納庫に格納された宇宙戦闘機が次々と発進していく。
(この戦力を最初から出撃させていれば、ヤーバン様を死なせずに済んだかも知れないものを……)
意外と多いその部隊の構成人数に、ヒィラーは心の中でそう呟く。
もちろん、たらればの話であるが、それでも、そんなことを考えてしまう。
(ノーハー様にヤーバン様を捨て石にする意思があったのかどうか……微妙なところですわね)
純アクノス人であるノーハーがそうではないヤーバンに対して思うところがあったのは事実である、しかし、だからといってそんな感情を持ち込みわざとヤーバンを死地に追いやるほどノーハーは愚かではないはずだが、人のやる事である以上感情がどう作用するかは誰にもわからない。
しかし、意図して行われた行動であったとするなら、アニマノイドであり純アクノス人ではないヒィラーにとっては他人事ではない。
ヒィラーも、もしかしたらヤーバンのように捨て石にされる可能性は十分にあるのだから。
それで大人しく使い捨てにされるヒィラーではなく、そうなったら逆にノーハーを利用し使い捨ててやろうかと考えたところで、ヒィラーはその思考に思わず苦笑する。
(多星人種国家の面倒臭いところですわね……)
皇帝のカリスマと絶対的な力によって統率された帝国、しかし決して一枚岩にはなれない。
それがギーガーク帝国にとっての綻びとならねばいいがと思いながらもヒィラーは地球に向かう部隊が映るモニターへと視線を移した。
とにかく今は余計なことを考えるよりも、かの部隊がシャイニーフェニックスたちをどのように料理するのか見守るべきだろう。
ヒィラーはモニターに映る部隊に意識を集中させた、しかしその時である。
あと少しで地球に到達できるというところで、突如部隊の戦闘機が爆炎に包まれたのだ。
「な、何事ですの!?」
突然の事態に驚きの声を上げるヒィラー。
そしてそれは他の者たちも同様だったらしく、皆一様に驚愕の表情を浮かべていた。
「全く無粋な方たちですね……。ヤーバンさんの戦いを汚すような真似はやめてあげてくださいよ」
そこへ唐突に響き渡る第三者の声。その声音は涼やかで年若い少女のものであったが、同時に聞く者をゾッとさせるような不気味なものを感じさせる。
その場にいたものが声の出所に視線を向けると、いつの間に現れたのか、レガーンの座る指令席の前には、全身を黒いローブで覆った人物が佇んでいた。
「き、貴様は……『D』!!」
レガーンの驚きに満ちた声が上がり、ノーハーやヒィラーの表情に緊張が走る。
『D』――それはギーガーク帝国皇帝アーク・ノヴォスにシックザールクリスタルの情報を齎した、占い師を自称する謎の人物であった。
『D』はその功績と内に秘めた不可思議な力で瞬く間に帝国内での地位を高めていき、今では皇帝ノヴォスの腹心とも呼べる存在となっていた。
そんな人物のしかも突然の登場にその場の誰もが驚きを隠せない。
「何をしに来た? いや、それよりも今の言葉はどういう意味だ!?」
レガーンの問いかけに『D』はローブの隙間から覗く血のように赤い瞳を彼へと向けると淡々と答えた。
「私の興味を惹く話を小耳に挟みましてね、地球まで様子を見に来たのですが、あなたたちが実に愚かしいことをしようとしていたので止めさせてもらいました」
「愚かしい……だと?」
訝しげに言うレガーンに対し、『D』は頷く。
「ええ、そうですとも。あなたたちのやろうとしていたことは敗北を認め潔く散って行ったヤーバンさんの覚悟を無駄にする行為です」
『D』のその言葉にノーハーが何を言うんだとばかりに首を振りながら反論する。
「お言葉ですけどねぇ、『D』さん、我々はヤーバン殿の死を無駄にしないためにも、彼が宇宙戦士どもに残したダメージが回復する前に叩こうと部隊を出撃させたのですよ?」
「それが愚かしい行為だと言っているのです」
ノーハーの言葉を遮って『D』は冷たく言い放つ。
「なるほど、今彼らを攻撃すれば倒せる可能性は高いでしょう。しかし、それはいわばハイエナ行為。ヤーバンさんの戦いを汚すことに他なりません」
「ハイエナだと? 貴様、我々を愚弄する気か!?」
続けて放たれた言葉に怒りの声を上げるレガーンだったが『D』は全く気にした様子もなく淡々と言葉を続ける。
「私は事実を指摘しているだけです。ノヴォス皇帝も私と同じことを言うと思いますよ?」
「くっ……」
皇帝の名前を持ち出されレガーンが言葉に詰まる。そんな彼に『D』は畳み掛けるように言った。
「今一度ギーガーク帝国……皇帝陛下の方針を思い出してください。帝国に対する抵抗の意思を出来る限り抑えるためにも、出来る限り美しく完璧な戦い、そして勝利を。それが皇帝の望みのはず」
「ぐ、ぐむ……」
この言葉は、かつてヤーバンが口にした言葉でもあった。
疲弊した相手を倒したとして、それが余人の知るところとなれば、帝国に対する評価は確実に下がる。
宇宙最強の帝国に求められるのはあらゆる敵を真正面から打ち破る圧倒的な力。
それ故に、ギーガーク帝国は敵に対しても美しくスマートな勝利を目指さなければならないのだ。
確かに皇帝ノヴォスはそう考えていたし、レガーンもそれには納得していた。
だから彼は反論も出来ず押し黙るしかなかったのである。
「それともあれですか? 帝国最弱と名高い地球方面部隊の皆さんには真正面からの正々堂々とした戦いは荷が重すぎますか?」
とどめとばかりに放たれた『D』のその言葉が、レガーンの胸に深く突き刺さる。
「き、貴様……」
「言われるのが嫌なら、今後はより慎重に行動することですね」
「ぐぬぬ……」
悔しそうに唸るレガーンと面白そうに瞳を細める『D』。口を挟むことも出来ないノーハーとヒィラーという、何とも言い難い空気が室内に立ち込める。
「くっ、わかった、貴様の言う通りだ、ここは一旦引くとしよう。どちらにせよ、貴様のせいで最後の戦力を失ってしまった。再び戦力を整えるためにも、一度体制を立て直す必要があるからな」
「賢明な判断ですね。それでは私は失礼しますよ……」
そう言ってスタスタと指令室の扉へ向けて歩いて行く『D』をレガーンが呼び止める。
「待て!」
「何か?」
「どこへ行く? いや、そもそも貴様は何をしにここに来たのだ? 我らの攻撃を阻止しに来ただけというわけではあるまい?」
「何か興味を惹かれることがあったとかおっしゃっていましたわね?」
レガーンに続けてヒィラーが足を止めて振り返った『D』に問いかけるが『D』は口元に人差し指を当てながら答える。
「ふふ、秘密です」
口元まで覆われた布が僅かに歪んだことで、『D』が微笑んでいるのがわかった。
その返答に唖然とした様子を見せる一同を尻目に、『D』はクルリと踵を返して再び歩き出すともう振り向くこともなくそのまま部屋を後にするのだった。
「食えん奴だ……しかし、陛下の腹心とあっては無下に扱うわけにもいかん……」
『D』が通って行った扉を睨みつけながら忌々しそうに呟くレガーン。
しかし、彼は気を取り直すように一つ大きく息を吐くと、部下に向けて言った。
「ともかくだ、ヤーバンが倒れ戦力の大半を失った我らはしばらく動くことはできん。だが、その間にもシャイニーフェニックスの情報はある程度収集できるだろう。それを元に対策を考えていくぞ」
「はっ!」
部下たちが一斉に敬礼し、それを見届けたことでようやくレガーンの表情から険しさが取れて行くのだった。
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