第60話 デート? 違います、作戦会議です!
「着いたよ」
バイクが止まり、仁さんが言った。どうやら目的地に到着したらしい。
私は彼の背中から顔を上げ目の前の建物へと視線をやる。それは小さな喫茶店だった。
「【喫茶スペースシェリフ】……」
私は横にかかっていた看板に書かれている文字を読み上げた。聞いたことのない名前だ。チェーン店とかではなく、個人経営の小さなお店なのかな?
「ここは俺の馴染みの店なんだ、ここなら落ち着いて話が出来ると思ってね。それともう一つ、君にここを紹介したかったって理由もあるんだ。さあ、入ろう」
仁さんがバイクのエンジンを切りながら私を促した。私はドキドキしながら頷くとバイクから飛び降りヘルメットを外し彼に続いて店内に入る。
「いらっしゃい……って、おお、仁くんじゃないか、久しぶりだなぁ……おや、その女の子は?」
店に入るとカウンターにいた初老の男性が仁さんに話しかける。
「ああ、マスターお久しぶりです。彼女はあれですよ、ほら、例の……」
「例の……? もしかして、シ……いや、なんでもない、そうか、その子がねぇ……」
「か、香取みうです……よろしくお願いします」
私は少し緊張しながらペコリと頭を下げた。するとマスターと呼ばれたおじさんは顔を綻ばせる。
「やあ、これはご丁寧にどうも、僕はここの喫茶店の店主で一条と言うものだ、仁くんとは10年来の付き合いでね、贔屓にしてもらってるよ。お嬢さんみたいな若い女の子にはそんなに楽しい場所ではないかもしれないけど、ゆっくりしていってね」
瞬間、何故か私の脳裏にお饅頭が思い浮かんだが、すぐに頭から消えたので気にしないことにした。きっとお腹が空いてたのだろうと思うことにする。
「いえ、そんなこと……私はこういうお店も好きですから」
私は店内を見回しながらマスターに言う。
お世辞とかではない。確かに若者向けって感じじゃないようだったけど、落ち着いた雰囲気でとても居心地の良さそうな空間だった。
「はは、ありがとう」
「マスター、俺たちはこれからちょっと人には聞かれたくない話をするつもりなんだ。奥の席を借りてもいいかい?」
私の言葉に笑顔で返すマスターに仁さんがそう言うと彼は頷く。
「ああ、構わないよ。せっかく仁くんが来てくれたんだし、今日は君たちの貸し切りにしようじゃないか。飲み物はコーヒーでいいね? お嬢さんはジュースの方がいいかい?」
「い、いえ、コーヒーでいいです!」
本当は苦いのは苦手だけど、ここでジュースなんか頼んだら完全に子供丸出しだもん。私はマスターにそう答える。
「分かった、それじゃあすぐに用意するからちょっと座って待っててくれ」
そう言うとマスターはコーヒーを淹れる準備を始めるのだった……。
「それにしても、少し意外だね、みうちゃんはコーヒーも飲める年齢だったのか」
奥へと向かって歩きながらそう言ってくる仁さんに、私は少し慌てつつ返答を返す。
「も、もちろんです! 私だってもう中一ですから! こんな素敵な喫茶店でジュースなんて……そんな子供みたいなことしませんよ」
「そうか、そうだったね。しかし、それならよかった、マスターのコーヒーは絶品なんだ、君にも味わってほしいと思ってたからね」
「はい、楽しみです!」
私は期待に胸を膨らませながらコーヒーを待った。そしてしばらくするとマスターがコーヒーを淹れて持ってきてくれる。
「それじゃ、僕は奥に引っ込んでるよ、何かあったら呼んでくれ」
そう言い残しマスターはカウンターの奥に消えていく。それを見届けてから仁さんはコーヒーに口を付ける。
「懐かしい味だ、マスターのコーヒーはちっとも変わらないな」
そう言いながらコーヒーを味わう仁さん。
やっぱりカッコいい……。それに、何の躊躇いもなくブラックで飲むなんて、大人だなぁ……。
私は目の前に置かれたカップに目をやりむむむと唸る。
ここで私もブラックを飲めば少しは大人っぽく見えるのかな……。
私は意を決してコーヒーカップを手に取る。
ん~、淹れたてのいい香り……。とはいえ、果たして味は……。
私は意を決してコーヒーを口に含む。
苦い……! 思わずうえっと声に出してしまった。
「みうちゃん、無理しないでも砂糖とミルクを入れていいんだよ? ここのコーヒーは結構濃い目でね、よっぽどのコーヒー好きでもないとそのまま飲むのはキツイんだ」
「は、はい……」
苦笑する仁さんに私は顔を赤くしつつ頷いた。
ううう、変にカッコつけようとしたせいで逆に恥ずかしい展開になってしまった……。
私は恥ずかしさに顔を俯かせながら砂糖とミルクを入れるのだった……。
「さて、それじゃそろそろ本題に入ろうか」
しばしして、コーヒーを半分ほど飲み終えた仁さんが切り出す。
本題……対ヤーバンに向けての作戦会議……。
そうだよ、そのためにここに来たんだよ。この甘いデートのような時間はここでおしまい、今から始まるのはそんなのとは無縁な、命を賭けた戦いの話なんだ……!
私は緊張しながら仁さんの次の言葉を待つ……。
「まずは、君に確認したいことがある、君は本当にヤーバンと戦うつもりなんだね?」
仁さんは真剣な眼差しで私を見つめながらそう尋ねてくる。
私はその目を見つめ返しながら答える。
「はい、もちろんです」
「決意は変わらないようだね……。わかった、もうこの件に関しては俺は何も言わないよ」
仁さんはそう言うとコーヒーを一口飲んだ。
「ではヤーバンとの戦いについての話をしよう。ヤーバンはおそらく次はかなりの総力戦で来るだろう、奴は強者と一対一で戦うことを望むような戦闘狂だが、同時に帝国の忠実な兵士でもある、任務遂行のためなら自分の主義主張を捨てることも出来る男だからね」
「総力戦……そ、それってつまり、次はヤーバン以外にも敵がわんさか出てくるってことですか!?」
恐る恐る尋ねる私に仁さんは「ああ」と頷く。
「君だけならともかく、今は俺がいるからね。自分で言うのもなんだけど、俺は奴らにとってかなり目障りな存在と思われている、どんな手を使おうとも俺を排除したいと考えているはずだ。それに聞いた話じゃ地球部隊は本星の奴らからは軽んじられているらしい、そんな奴らが本星の連中が手を焼く俺を倒せたならばまさに大金星、手柄を立てるチャンスだと考えたとしても不思議じゃないさ」
「な、なんか、物凄くさらっと言ってますけど、それ結構ヤバい状況ですよね……?」
私は思わず冷や汗を流すが、そんな私を見て仁さんが苦笑する。
「そんなこともないさ、そもそもヤーバンが直接出てきた理由を考えればわかるけど、奴らには実力者があまりいないんだ、総力戦で来ると言っても基本はギーガーク兵や量産可能な怪人、オドモンスター、ロボット軍団なんかが中心になる」
う、う~ん……。確かに、ヤーバン以外なら私でも対処できるぐらいの相手だけど、でも大群で来られたら流石にキツイしなぁ……。
そんな事を思う私の事は気にせず仁さんはさらに続けるのだが、次に彼の口から飛び出したのはとんでもない言葉だった。
「そいつら――ヤーバン以外の雑兵に関しては全部俺が引き受ける。だから、君は余計なことは気にせず、ヤーバンとの戦いにだけ集中してくれ」
え……? い、今この人なんて言った? 私が聞き間違えたのかな?? いやいやいやいや! いくら何でもそれはないでしょ!?
ヤーバン以外の全部って……さっき仁さん自分で言ったんだよ!? 総力戦だって! いくら相手が単体では大したことないからってそんなの無茶すぎるよ!! そんな思いが顔に出ていたのか、私の顔を見ると仁さんが小さく笑う。
「フ……みうちゃん。君もしかして、俺の事を少しだけ甘く見てないかな? 大丈夫だよ、心配なんかいらない。それに俺は大人数を相手にするのは慣れてるんだ、宇宙での戦いではそんなの日常茶飯事だからね?」
あっけらかんとした表情で言う彼に私は口をあんぐりと開けてしまう。
仁さんって、どんだけ強いの……?
「ともかく、君とヤーバンとの戦いの邪魔は誰にもさせない、そして俺も邪魔はしない。これが俺に出来る精いっぱいのサポートだ、本当ならヤーバンを俺が倒したいところだけどね……」
そう言って苦笑する仁さんを見て私は、胸の奥から感謝と申し訳なさが込み上げてくるのを感じていた。
仁さんは私の気持ち、我儘ともいえるものを汲んでくれている。彼の気持ちに応えるためにもなんとしてもヤーバンを倒さないと!
「ありがとうございます仁さん! 私、頑張ります!」
そう言って拳を握る私に、しかし仁さんは真剣な表情を向ける。
「みうちゃん、水を差すようで悪いんだけど、実は一つだけ根本的な問題がある」
「え? それは一体……」
首を傾げる私に仁さんは、小さく息を吐いてから続ける。
「果たして君がヤーバンと対等に戦えるのかということだよ。2日前の戦いの記録をルビィに見せてもらった、確かに君は油断していた、精神的問題も敗北の理由の一つだろう、だがやはり一番の原因は君自身の実力不足だ……これは認めざるを得ない事実だよ」
私は何も言えずに俯いてしまう。
確かにそうだ……でも!
「宇宙戦士の力は精神の力、想いの力、思いが強ければそれだけ強くなれる。だけど、やはり限界はある」
先んじて言う彼に私は唇を噛むしかない。
そんな私の頭にぽんっと手を置く彼の表情はどこか優しかった。
「ごめんよ、せっかくの君の気持ちを潰すようなことを言って。ただ、現状ははっきりと認識しておかなければならないんだ」
「でも、じゃあどうすれば……やっぱり私はヤーバンと戦わない方がいいってこと、ですか? 仁さんに任せて大人しくしてた方がいいと……」
「強くなるんだ」
ハッと顔を上げる私に、彼は続ける。
「ヤーバンが次に来るのがいつになるのかはわからない。だが、さっきも言ったように奴も入念に準備をしてくるはずだ。それまでに強くなればいい、これから奴が来るまでの間、空いた時間は俺の宇宙船のトレーニングルームを使って修行をするんだ」
修行!! そうか……そうだよね! 勝てないなら特訓して強くなる! それこそヒーロー! 仮面ファイターだって昔は鉄球を体にぶつけたり崖から突き落とされたりして強くなってたし!
どっちにしろ私にはそれしか道がないんだ! やると決めた以上戦いを放棄して逃げるって道は選べないもんね! よしっ、こうなったらとことんやってやろうじゃんか! そうと決まれば早速行動だ!
「わかりました仁さん! 私やります!」
「やる気があるのはいいけど落ち着いてって。せめてコーヒーを全部飲んでから、ね?」
勢い込んで立ち上がったものの、仁さんに苦笑交じりにそう言われ、私は顔を赤くしながら椅子に座り直したのだった。
「おや、もう帰るのかい? もっとゆっくりして行けばいいのに」
思い立ったが吉日ってことで、さっそく今から修行を始めるべくコーヒーを飲み終えお店を後にしようとした私たちにマスターが声を掛ける。
「悪いねマスター。俺の後輩は即行動がモットーらしくてね」
そう言って苦笑する仁さんに、私はえへへと頭を掻いた。
そんな私の頭をぽんっと叩きながら、仁さんが続ける。
「というわけで、俺たちは行くよ。また来るからその時はよろしく」
「コーヒー、美味しかったです。それじゃあ」
仁さんに続けて私はペコリと頭を下げる。
「ああ、今度はそっち関連の話じゃなく、ちゃんとしたデートで来てくれよ」
そう言って悪戯っぽく笑うマスターに私の顔は真っ赤になる。
デデデデデ、デートなんて、そんな……!!
動揺しまくる私とは対照的に、仁さんは呆れたような口調で返すマスター。
「マスター、何を言ってるんだ……俺とみうちゃんは」
……やっぱり、そうだよね。仁さんにとっては私はただの後輩で子供でしかないんだよね……ちょっと寂しいけど仕方ないよね……。
って違う違う! 私は仁さんの事は先輩として、ヒーローとして、頼りになるお兄さんとして尊敬してるだけで……! そんなんじゃなくて……。
などと私がそんな自分への言い訳だかなんだかをしている間にも二人は会話を続ける。
「やれやれ、君も相変わらずだな。あの時も同じようなことを……」
「マスター!」
何かを言おうとしたマスターの言葉を仁さんの声が遮った。
自分に向けられたわけでもないのに思わずビクッとしてしまうほどの鋭い声だった。
そんな仁さんに彼は小さく息を吐いてから言う。
「……おっとすまない。思い出話にするにはまだ早かったね」
そう言って苦笑するマスターに仁さんは小さく、「すいません」と謝る。
なんだろう、この感じ……。仁さんの過去と何か関係があるのかな? そんな私の疑問をよそに、仁さんと私はお店を後にする。
「しかし運命というのは不思議なもんだな、今度は君が憧れ、慕われる立場か……君は……後輩泣かせるなよ……?」
お店を出る瞬間、マスターがふと漏らした呟きの意味は今の私にはわからなかったのだった……。
お読みいただきありがとうございました。
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