第2話 夢、叶う時!
特に何事もなく学校が終わり放課後――私は一人で下校していた。
大抵の場合、親友で帰る方向も同じの智子と一緒に帰るんだけど、今日はたまたま用事があるということで先に帰って欲しいと言われてしまっていた。
幼馴染の翔くんは部活だし、何より昼休みの件もあってあんな奴と一緒になんて帰りたくないという気持ちがあった(そもそもいい加減如何な幼馴染でも男の子と二人きりっていうのはどうかと思う)から私も大人しく一人で帰宅することになったのだった。
(さてどうしようかな、このまままっすぐ帰ってもいいけど……)
ちょっと駅前にでも買い物に行こうかなとかそんなことを考えながら歩いていると、私の口をついて大きなあくびが出た。
昨日夜遅くまでヒーロー番組の録画を見ていたせいだろう、実は学校にいる間も眠くて仕方がなかった……そしてさらに学校が終わって気が抜けたからかすごく眠い……やっぱりすぐ家に帰って寝ようかな……。
そう思いながらまたあくびを一つ、その時顔が上を向いたせいでちょうど空を見上げる形になる。
「ん……?」
そんなうめきにも似た声が自然と口から洩れた。
――空に、妙なものが浮かんでいた……。
最初は星かと思ったけれど違う、まだ星が出るには早すぎる時間だ。
鳥……でもない、太陽の光を反射してキラキラ輝く鳥がいるのなら話は別だけど、あれは明らかに機械的な輝きを放っている……。
飛行機……としか思えないけど、私はあんな形状の飛行機を見たことも聞いたこともない。
その飛行物体を一言で言い表せる言葉を私は一つしか知らない。すなわちU・F・O!!
未確認(私が確認してるんだから未確認じゃない?)飛行物体という奴である。
そのUFO(仮)はゆっくりと空を滑るように(音もなく!)移動すると、町はずれの山へと降りていくようだった。
私の中にムクムクと好奇心が湧き上がってきた、さっきまでの眠気も完全に吹っ飛んでいる。
あれは本当にUFOなのか。UFOだとしたら目的は何なのか。
確かめに行かない手は……ないね!!
思い立ったが即行動! それが私のモットーだものっ! 私は早速山に向かって駆け出したのだった――。
「はひぃ、ふひぃ、疲れたぁ……」
UFOを追いかけて山まで来たものの、私は自分に体力がないことをすっかり忘れていた。
標高は低くハイキング感覚で登れるようなところとはいえ山は山、運動が苦手な私にとっては結構な重労働なのだ。
ゼイハァと息を荒げて膝に手をつく私。
「ゆ……UFOも、すっかり見失っちゃったし、もう、諦めて……帰ろうかな……?」
そんな弱音が思わず私の口から洩れた。
でも、その言葉とは裏腹に私の足は動かない。
それはきっと心のどこかでまだあのUFOを追っていきたいと思っているからなんだと思う。
ヒーローに憧れているだけの平凡な女の子でしかない私、そんな私が出会った新たな世界への扉を開けるカギかも知れないんだから……
そう思うと、私はまだ帰るわけにはいかない。
私は大きく深呼吸すると、再び歩き始めた。
どれくらい歩いただろう、私は鬱蒼とした森の中でふいに足を止めた。
声が……聞えてきたのだ……!
私は耳を澄ませる……
「…………人に気づかれることなく、………………を何としても………のだ」
途切れ途切れに聞こえる声。どうやら誰かが誰か(複数人かも)に何かの指令を出しているようだ。
私はその声が最初に発した言葉が気になった、正確には聞き取れなかったけど、こう言わなかっただろうか。
『地球人に気づかれることなく』と……。
つまり、この声の主は……宇宙人!?
私は驚きながらも声の方に近寄り、茂みに隠れつつ様子を窺った。
そこにいたのは奇妙な集団だった。中心にいるのはどこにでもいる平凡なサラリーマンと言った風体のスーツの男、そして彼の前には軍服のようなものを身にまとった数十人の男たちがいた。
こんな山奥にいるということと、恰好の異様さを除けば、まるで会社の会議のような光景だ。
私はその異様な雰囲気を醸す集団をじっと見つめた。
彼らは一体何者なのだろう? さっきのが私の聞き間違いじゃなければ彼らは宇宙人――おそらくさっきのUFOに乗ってやって来た――ということになるのだけれど……。
どう見ても見た目上彼らに宇宙人っぽさは感じられない。いや、宇宙人だからって変な姿をしている必要はないけど、そこはほら、やっぱりイメージっていうものがあるじゃない。
だけど、彼らが普通の人たちだとはとても思えない……だってここは山の中、しかも人気のない場所だ、そんなところに大人数で集まっているなんて不自然すぎる……!
もう少し近づけば何かがわかるかもしれない……、私はそう考え音を立てないよう慎重に彼らに近づくことにした。
――その時だった――
リーダーらしきサラリーマン風の男がふと顔を上げこちらに視線を向けてきた。
やばっ!
私はとっさに身を身をかがめる。
「気のせいか、今何者かの影が見えたような……」
男の言葉に私の心臓がドキッと跳ね上がった。
お願い、このまま気づかれないで……!!
しかし、私の願いもむなしく男は部下らしき軍服の一人に向けて言う。
「気になるな……おい、貴様、あそこを見てこい」
軍服は頷くと、こちらに向けてゆっくりと歩いてきた。
終わった……。
私は絶望的な気分になるが、それはまだ早いと思いなおす。
そもそも彼らが宇宙人だというのは私の勝手な想像だし、仮に宇宙人だったとしても悪い人たちとは限らない。
もし捕まっても、きっとすぐに解放してくれるに違いない!
うん、そうだよ! そうに決まってる!
私は自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟いた。
そして、ついに軍服は私の隠れていた茂みの前までやってきた。
私は覚悟を決めると、勢いよく立ち上がった!
「ま、待ってください!」
私は声を張り上げると、茂みから飛び出した。
突然現れた制服姿の可愛らしい少女(私の事ね)に、その場にいる全員が驚きの表情を浮かべた。
「か、勝手に覗きしちゃってごめんなさい。私は怪しい者じゃないんです、ただUFOを追いかけてきたら話し声が聞こえて、それでつい……。そ、それにしても皆さんすごい恰好ですね……。まるで映画に出てくる特殊部隊みたいです……!!」
自分でも何を言っているのかわからないけど、とにかく必死でまくし立てるように私は言った。
すると、それまでポカンとしていた男たちの顔に笑みが浮かぶ。
あれ? 何かおかしなこと言ったかな私……!?
「ハッハハハハハハハハ、そうか、なるほど。ずいぶん好奇心旺盛なお嬢ちゃんだ、ククク、UFOをねぇ……」
「な、何がそんなにおかしいんですか……?」
私がそう言うと、サラリーマン風の男は笑いをかみ殺しながら答えた。
「いや、失礼。とあることわざを思い出してね、今の状況がまさにそれだと思ったんだ」
「あることわざ……ですか? それは一体……?」
恐る恐る尋ねる私、男はニヤリと嫌らしく笑うと、両手を顔の前で交差する。
「『好奇心は猫を殺す』、あの世で自分の行動を悔やむんだな!」
男が両手を広げた瞬間その姿が変わる……!
スーツ姿の冴えない男から、ざんばら髪を振り乱した鬼のような顔つきの怪人に……!
「えっ!? きゃあああっ!!」
私は悲鳴を上げる、だけど、それだけにはとどまらなかった。軍服姿の男たちがその場でくるりと回転すると、全身紫色のタイツを着込んだような姿の怪人へと姿を変える。
のっぺりとした仮面のような顔が私を睨む。
「ひっ!?」
私は思わず後ずさった。
「これでさらに生かしておけなくなったぞ、しかし、光栄に思うんだな。お前は我が栄光あるギーガーク帝国による地球人の犠牲者第一号の栄誉を得られるんだ!!」
ギーガーク帝国……!?
恐怖にガタガタと震えながらも私は考えていた。
もう疑う余地は一切ない、彼らはあのUFOに乗ってやって来た宇宙人だ、しかもおそらく目的は地球侵略……!
私の日常は今崩れ去り、大好きだった、だけど現実にはあり得なかったはずの特撮ヒーロー物の世界へと変わってしまったのだ……!
だけどこれはお話じゃない、ヒーローは……いない……。
笑いながら迫り来る鬼怪人に私はさらに後ずさる。背を向けて逃げたかったけど、その瞬間に背後から襲われそうな気がして動けなかった。
どうしよう……! このままじゃ私殺されちゃうかも……! でも、こんな時に限って私の頭の中には良い考えが浮かばない。
もう私に出来ることは心の中で誰かが助けてくることを祈るだけだ。
パパ……ママ……智子……翔くん……。
だけどこんな場所に都合よく彼、彼女らが来てくれることなんてあるわけがない。
その間にも鬼怪人はじりじりと私に迫ってくる。一気に来ないのはきっと私が怯える姿を見て楽しんでいるんだろう。
そして私はついに追い詰められた。
「う……」
大きな木を背にして立ちすくむ私……、もう逃げ場はない……。
鬼怪人が私の目の前に立ちふさがる……。
「さあ、観念するのだな……!」
鬼怪人が拳を振り被る。
こんなところで……死にたく……ないっ! 私の意識が弾けた。
私は必死で横に飛び退く。鬼怪人の拳は木に当たると、そのまま大木を吹き飛ばした。
な、なんて力なの……。あんなのに当たったら、私の身体なんて、一発でバラバラにされちゃうよ……。
「よく避けた、と言いたいところだが、あえてゆっくり殴ってやったんだ。次はそうはいかないぞ……!!」
そう言って再び殴りかかってくる鬼怪人……!!
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしょう!?
数瞬の間に私の頭は物凄い早さで回転をする。
そうだ、意表を突けば……!
私は意を決して向かってくる鬼怪人に向けて走り出す。
「な、なに?」
まさか恐怖に震えている私の方から向ってくると思っていなかったのか、鬼怪人は一瞬怯む。
私はその隙を逃さず、そのまま思いっきりタックルをかます!
「のわっ……」
バランスを崩して転倒する鬼怪人、私はそのまま倒れた鬼怪人の身体を飛び越えて走り出す!
「おのれ、舐めた真似を……!」
後ろで鬼怪人が何かを言っているけど、私は気にせず走る。
だけど、次の瞬間――
「あっ……」
なんてことなの、私の足は足元の石につまずいて転んでしまった……!
バカ! バカバカバカバカバカバカ!! 私のバカ!!
確かに私はドジで普段からよく転ぶことも多いけど! こんな人生の大一番でまでやらかすなんて……! 私は自分の間の悪さに泣きそうになった。
でも、泣いてる場合じゃない! 早く逃げないと! 私は慌てて立ち上がると、すぐにまた走り出そうとした。
だけど、ガシッとスカートのすそを掴まれる感触があった。振り返るとそこには……鬼怪人がいた。どうやら転んだ隙に追いついて来たらしい……。
「いやっ、離して……!」
私は必死にもがく……。だけど、鬼怪人の腕の力は強くビクともしない。
「お痛が過ぎるぜ、お嬢ちゃん……。俺はお転婆な子は嫌いじゃないが、限度ってもんがあるだろ?」
そう言ってニヤリと笑う鬼怪人……。その目は獲物を狙う肉食獣のそれだった。
ゾッ……。と私の背中が総毛立つ。
死ぬ……、殺される……。今度こそ確定的明らかに、私はここで殺されてしまう……!!
動かなきゃ、もっと抵抗して逃げ出さなきゃと頭では分かっているのに身体が動かない……!
鬼怪人はいつの間にか私のスカートからは手を離している。私が完全に硬直しているからだろう、今はもうただニヤニヤしながら私を見ているだけだ。
その時私の頭の中に走馬燈みたいに色々な物が浮かんできた。
ああ、これが俗に言う死の間際ってやつなのかな……? そんなことをぼんやりと思いながら私はその脳内映像に意識を向け現実逃避を始めた。
映像はどんどん過去をさかのぼっていくみたいだ。昼間翔くんと喧嘩みたいになっちゃったことに始まりそれより前の智子との出会い、初等部1年の時のとある子との出会いと別れの記憶、幼稚園卒園間近のちょっとだけ悲しいあの子との思い出……。
とまあいちいち挙げ出したらキリがないけど、とにかく楽しいことも悲しいことも全部ひっくるめて次々と浮かんでは消えていく。
こんなの見ちゃったらもう私ダメだわと思いつつ、懐かしい思い出たちにこんな状況だというのに思わず頬が緩んでしまう。
そして、とうとうその脳内映像が私の物心つくかつかないかの頃3歳ぐらいまで来たとき私は突然ハッとする。
そうだ……まだ助けを求めていない相手が一人だけいたじゃない……。昼間翔くんに言われたせいなのか、それとも、私自身心のどこかでいるわけないと諦めてたからそんな気になれなかったのか……。
でも、でも……。小さいころからずっと大好きだった、信じてた……。だったらもう一度信じてみよう。
それに……。こんな怪人だっていたんだ、だったらいてくれたっていいじゃない!!
私は最後の最後に目を閉じてもう一度だけ願ってみることにした、今度は本当に本気で、心の底から……!!
――お願い……! 私を助けに来て……! ヒーローさん……! 信じるから、誰にどんなこと言われても、もうその存在を疑ったりしないから……!
私は心の中でそう叫んだ。
――だけど、やっぱり奇跡なんて起こらないんだ……、目を開けた私の前にあったのは鬼怪人のニヤけた顔だけ。
「あ、あう……」
私は絶望と恐怖のあまり言葉にならない声を漏らす。
「終わりだぜ、可愛いお嬢ちゃん!」
鬼怪人が拳を振り上げる……! 私は再びギュッと目を閉じる。
――目を閉じないで! 最後の最期まで諦めなかった者だけに奇跡は訪れるのよ!――
ふいに誰かの声が聞こえた気がした……。
諦めない……投げ出さない……最後の最後の最後まで、負けたくなんかない!
私はくわっと目を開くと、怪人に向けて両手を突き出した。
「ぐああっ!」
静かな森に響いたのは……、鬼怪人の悲鳴だった。
「え……?」
私は自分の両手を見る。まさか、私いきなり何かに目覚めちゃったとか……?
だけど、そうじゃなかった、いつの間にか私の横には私を庇うように立つ人影があった。
怪人を吹っ飛ばしたのは、その人のパンチだったのだ。
その人は全身が青く輝いていた。
まさか……まさか……。
「ぐぅ、な、何者だ!?」
顔面を抑え叫ぶ鬼怪人。
私はこのシチュエーションを知っている、テレビで、映画で、漫画で、小説で、何度も見た事がある……!!
そして、私の前に立つ青いプロテクターで全身を覆ったその人物はまさにそのシチュエーションそのままにポーズを決めて叫んだ。
「宇宙戦士、シュナイダー!!」
ぶわっと、私の瞳から涙が溢れた。
いた……、いたんだ、ヒーローが!! 私のピンチに駆けつけてくれたんだ……!
信じたから、最後まで諦めなかったから、きっと神様が奇跡を起こしてくれたんだ……! 私は感動に打ち震えながら、その背中を見上げる。
「シュ、シュ、シュナイダーだとぉ!? あ、あの伝説の宇宙戦士!? な、な、なぜ貴様がこんな辺境に!?」
鬼怪人は動揺した様子で叫んだ。
この怪人はこの人を知っているみたい、伝説の宇宙戦士シュナイダー――あの余裕たっぷりだった怪人すら恐れさせるなんて……。
私はその名間を胸に刻みつつ、彼の一挙手一投足から目が離せない。
「フ……お前たちが悪事を行うところ、どこにでも現れる。それが俺たち宇宙戦士の使命だからな」
そう言うと、宇宙戦士シュナイダーさんは鬼怪人に向けてビシッと指を突き付ける。
「ギーガーク帝国のブーミ・ダイン! いたいけな少女を襲い恐怖を味わわせたその罪軽いものではないぞ、覚悟しろ!」
「ぐむっ」
怯む鬼怪人(シュナイダーさんの呼んだ名前に従って今後はブーミと呼ばせてもらおう)、それを確認するとシュナイダーさんは私の方に顔を向けて言った。
「大丈夫かい? 怖かっただろう。だけど、俺が来たからにはもう安心だ、君は俺が守る!」
かああっと胸と顔が熱くなった。
だって、だって……夢にまで見た憧れのヒーローから守るなんて言われたんだよ……! こんなの、嬉しくならないわけがないよ……!
特に昼間翔くんからあんなこと言われ、さっきの死の恐怖の中でヒーローなんていないかもしれないと諦めかけていた後では……!
彼の登場はさっきまでのホラーパニック物の世界を一気にヒーロー物へと変えてしまった。
私も怪人に殺される哀れな犠牲者からヒーローに守られるヒロインへと大出世だ!
私は袖で涙を拭うと、小さく「はい」と答えた。
シュナイダーさんは一つ頷くと、再びブーミに顔を向ける。
「ハッ! よくも言えたものだな、いくら貴様と言えども、この人数相手に一人で勝てると思うのか?」
シュナイダーさんの言葉を受けてブーミが言う。そしてシュナイダーさんの登場に呆然としていた全身タイツのっぺり仮面軍団に向けて叫んだ。
「ええい、ギーガーク兵ども、なにをぼーっとしている、シュナイダーを取り囲み、一斉に襲いかかれ!」
すると、それまで棒立ちだった奴ら――ブーミ曰くギーガーク兵たちが弾かれたように動き出す。
「「「「「ギガ!!」」」」」
ギガ? そう言えばさっきからこいつら黙ったままだったけどもしかして喋れないのかな?
なんてそんな事を考えている場合じゃない! ギーガーク兵たちはあっさりと私とシュナイダーさんを包囲するとどこからともなく剣やら槍やらの武器を取り出し、包囲網を狭めてくる。
シュナイダーさんの実力はわからないけど、いくら夢のヒーローでもこの人数を相手にするのは無理だよ……!
私は不安に駆られてシュナイダーさんに目を向ける。
しかし、彼は一切動じることなく、ぐるりとギーガーク兵たちを見回すと小さく肩をすくめる。
……え?
「な、なんだその態度は! 自分たちの命が風前の灯火だというのに。あ、諦めの境地というわけか!?」
ブーミが叫ぶ。圧倒的優位な状況のはずなのにしかし、その口調には焦りが感じられた。
「どうした、声が震えているぞ? お前の考えを当ててやろうか? もし俺の実力が噂通りなら、お前たちが全員束になってかかっても俺に傷一つ付けられないだろう。だから、お前たちは怖くて仕方がないんだ」
シュナイダーさんがそう言うと、ブーミは一瞬怯むようなそぶりを見せるが、自らを奮い立たせるように叫んだ。
「噂は所詮噂だ、行け、ギーガーク兵! そいつを八つ裂きにしてしまえ!」
ブーミの言葉を合図に、包囲していたギーガーク兵たちが一斉に襲い掛かってくる!
「ひゃああっ!?」
私は思わず声を上げる、だけど……。
「ああ、って、あ、あれ……?」
私の叫び声が終わるより早く、シュナイダーさんに殺到したギーガーク兵たちは姿を消していた。
あいつらはどこへ……? 私は首を回して周囲を見る、そして見た、周囲の木に体を叩きつけられて倒れている奴らを……!
ズリズリと地面に落ちると、彼らは泡となり消えていく。
「馬鹿な、一瞬であれだけの人数を!?」
ブーミは何が起こったのかはわかったみたい……だけど理解できないといった様子で呟いた。
私はブーミ以上に何が何だかわからないまま、ただ目をパチクリさせるしかなかった。
私にわかることと言えばただ一つ、今私の横で私を庇うように立つこのシュナイダーという人は、とっても強くて、かっこいい、私を守ってくれるヒーローだって事だけだ。
「さて、残るはお前ひとりだな」
シュナイダーさんが一歩、ブーミに歩み寄る。
「ち、ちくしょおおおっ!」
やけくそになったように叫ぶと、ブーミはシュナイダーさんに向かって殴りかかってきた!
しかし、シュナイダーさんが無造作に繰り出した蹴りを胸に受け、もんどりをうって倒れる。
「いだいぃ! ぐ、ぐぞ……。ぶ、分が、分が悪すぎる……。準備も何もしていない状態で宇宙戦士と戦うなどやはり無謀……」
呻きながらも言い訳染みた言葉を並べるブーミ。
「情けない奴だな」と呆れたような口調で言うとシュナイダーさんはブーミに近づき手を差し伸べる。
「手を貸してやるから立つんだ。お前を拘束しS.P.O本部へと連行する」
ブーミは素直にシュナイダーさんの手を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。
しかし、次の瞬間手を振り払うと、大きく後ろに飛び退いた!
「ははは、誰が連行などされるものか! 俺は仲間の元へ戻らせてもらう、さらばだ!!」
そう言ってブーミは地面に何かを叩きつける。その瞬間あたりが光につつまれた!
「まぶしい……!」
私は思わず目をつぶる。光が収まったのを感じて目を開けるとそこにブーミの姿はなかった……。
「逃げられたか……。まあとりあえずは少女を救えたのだからよしとするか」
シュナイダーさんは呟くように言うと、私の方へと向き直る。
「もう大丈夫だ、怖い奴らはいなくなったよ」
マスク越しだったけど、バイザーの奥の瞳が優しく微笑んでいるのが私にはわかった。
ドキドキドキっと再び心臓がうるさく騒ぎ出す。
私は胸に手を当て静まれ、静まれと祈りつつこっそり深呼吸をする。
そして、ペコリと頭を下げながら言った。
「あ、あの……助けてくださって、ありがとうございます!!」
言えた、とりあえずお礼だけは……。
「どういたしまして。間に合ってよかったよ。我ながら少し登場が遅すぎだな」
そう返してくるシュナイダーさんの口調からは苦笑が感じられた。
私は恐怖と緊張から解放された喜びでなんだかおかしくなってぷっと吹き出してしまった。
「ほ、本当ですよ……いくらヒーローは遅れてやってくるって言っても、もう少し早く来てください」
照れ隠しと心に残る最後の恐怖を誤魔化すために私は冗談めかしてそんな事を言ってみる。
するとシュナイダーさんはふっと小さく笑うと、私の頭をポンと撫でた。
失礼なことを言ってしまったというのに、私の本心なんてお見通しだと言わんばかりに優しい手つきだった。
デジャヴュ……それは幼い日のヒーローショーで私を助けてくれたあのヒーローさんの手つきと同じもののような気がした。
まさか!? なんて思うけど私は即座に否定した、10年前のヒーローショーのヒーロー役の人と、本物の宇宙人(だよね、多分)のヒーローが同一人物なわけがない!
でも、なんでだろう? 10年前と全く同じ状況で、同じように助けてもらったから? それとも、あの時と同じような安心感をこの人から感じるから?
ただ、撫でられ落ち着いていくにつれそんなことはどうでもいいと思えてきた。
想い出は大切だけど、もうそれに縋りつく必要はない、こうして本物のヒーローさんが私を守ってくれた、そんな今ここにある現実の方が大事だ。
しばらくして、私が大分落ち着いてきたところを見計らってシュナイダーさんは頭から手を離すと私に尋ねる。
「ところで、君はどうしてこんなところに? 見たところ学校帰りみたいだけど……」
問われて私は自分もかなりの不審者かも知れないと気づく。
制服姿の女子中学生がもう夕方に差し掛かろうという時間に一人で山の中にいたんだから、どうしてと尋ねたくなるのは当然だ。
「えっと、私は……」
私はシュナイダーさんに事情を説明する。
「なるほど、偶然UFOを目撃して追いかけてきたのか」
「はい……そうなんです……」
それにしても、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。
ブーミの言葉じゃないけどもう少しで本当に『好奇心は猫を殺す』のことわざが現実に起こるところだったんだ。そう思うとおぞけが走る。
私が思わず両手を抱えるようにさするのを見て、シュナイダーさんはもう一度私の頭に手をやると、「大丈夫だ」と力づけてくれた。
死ぬかも知れなかったけど、怖かったけど、やっぱりUFOを追いかけてきてよかったと私は思った!
「今後は自分から怪しげな物に近づかないようにするんだよ」
シュナイダーさんは私に言い聞かせるように言う。
「は、はい……。気をつけます」
私は素直に返事をした。
「素直だね、いい子だ。それじゃ、暗くなる前にもう帰るんだ……と言いたいところだけど、一人で帰らせるのは少し心配だな……。よし、俺が家まで送ろう。君の家はどこだい?」
「え?」
私はシュナイダーさんの突然の申し出に戸惑った。家を聞かれたからではない。
申し出そのものはありがたいし、家を教えるのも別に構わない。
だけど、このまま家に帰ってしまったら何もわからないままシュナイダーさんと別れてしまうことになる。
それは嫌だと思った。
私には気になることが山ほどあるのだ。あのギーガーク帝国という連中は一体何者なのか、目的は何なのか。
そして、何者かわからないという点においてはシュナイダーさんもそうだ、私を守ってくれた人だから悪い人ではない。現段階で私にわかるのはただそれだけだ。
ヒーローというのは私が勝手にそう認識しているだけで、正体不明度で言えばシュナイダーさんも同じなのだ。
ギーガーク帝国……私を殺そうとした宇宙人と思しき男ブーミ……こちらも宇宙人と思しき謎のヒーロー、シュナイダーさん……彼が名乗った宇宙戦士という肩書き……ブーミに対して言った『S.P.O』という聞き慣れない単語……
すべてを謎にしたままはいさようならなんて私には絶対無理。そんな強い思いが私の中に湧き上がってくる。
「そっか、見も知らない男から家の場所を聞かれたら戸惑うのは当然だよな。いや……俺としたことが」
私が何も言わないせいで勘違いさせてしまったようで、シュナイダーさんは自分の頭を握り拳で軽くコツンとするジェスチャーをしながら申し訳なさそうに言った。
「あ! いえ違うんです!! そういうわけじゃなくて……」
私は慌てて否定する。
「えっと……その……このまま家に帰ったら、私きっと色々と気になって夜も眠れなくなっちゃいます。だから……教えて欲しいんです、全部。あいつらのこととか、シュナイダーさんのこととか、何もかも……」
私は胸の前で両手を握り拳にして、シュナイダーさんを見つめる。
シュナイダーさんは私の言葉に少し考えるような仕草を見せると、やがて口を開いた。
「……そうだな、関わってしまった以上君に何も教えないまま別れるというのも酷な話か……。わかった、それじゃ話そう」
私はその言葉に顔を輝かせた、そして話し始めようとするシュナイダーさんを手で制すると言った。
「まず私の方から自己紹介させてください、一方的に話を聞くだけじゃ悪いですから」
なーんて、ちょっとだけカッコつけて言ってみるけど、実は単にシュナイダーさんに私のことを知って欲しいだけだったりして……。
ともかく私は両手をピンと伸ばして腰に当てると気を付けの姿勢を取る。
「香取みう12歳、秋桜学園の中学1年生です!」
「秋桜学園……へぇ……」
シュナイダーさんが小さく呟く。ん? もしかしてシュナイダーさんは秋桜学園を知ってるのかな?
そんな事を頭の片隅で思うけど、この町の事前調査とかしてたんだろうと勝手に納得しそのまま自己紹介を続ける。
「好きな物はヒーロー。趣味はヒーロー番組を見ること。好きな食べ物はカレー……」
なんて風に、私は自分のプロフィールをどんどん語っていく。
シュナイダーさんは私の話を黙って聞いてくれていた。
「ありがとう、まさかそこまで色々と教えてくれるとは思わなかったよ」
シュナイダーさんは私の長い自己紹介が終わると少しだけ苦笑気味に言った。
うっ……ちょっと調子に乗りすぎちゃったかも、恥ずかしいなぁ……。
「それにしても、君は本当にヒーローが大好きなんだね、少し話を聞いただけでもそのことがよくわかる」
「は、はい! だから、シュナイダーさんが来てくれた時、私本当に感激して……。お話の中にしか存在しなかったはずのヒーローが本当にいたんだって思って、嬉しくて……」
私はその時のことを思い出し、胸の前で両手をギュッと握りしめながら言った。
シュナイダーさんはそんな私を見て小さく微笑む(相変わらずのマスク越しだけど私にはそう感じられた)と、
「ヒーローか。俺は自分のことをそんな大層な存在とは思ってないけど、君にそう言ってもらえて嬉しいよ」
と言ってくれた。
それを聞いて私は思った、ヒーローだ、この人はお話以上のヒーローだと。
驕らず、飾らず、それでいて強くて優しい。
私はシュナイダーさんに心惹かれていくのを感じた。
「さてと、それじゃ俺の方の話をしようか」
私は姿勢を正し、ごくりと喉を鳴らす。
「名前はシュナイダー。年齢は26歳だ」
私が年齢を教えたからなのか、シュナイダーさんも自分の年齢を教えてくれた。
26歳……。大人だとは思ってたけど私より14歳も年上なんだ……。
だからなんだってわけじゃないけど、きっと彼から見たら私なんて子供そのものにしか見えないんだろうなぁと思うと少しだけ寂しい気持ちになった。
私がそんな事を考えている間もシュナイダーさんの話は続く。おっと、名前と年齢聞いただけで満足してちゃダメだよね、ちゃんと聞かなきゃ。
「もうわかってるかもしれないけど、俺は宇宙から来た。職業は宇宙戦士……なんだけど、まずはこの宇宙戦士についてから説明する必要があるか」
そこでシュナイダーさんは言葉を切ると、懐に手を入れそこから何かを取り出した。
それは、何かのエンブレムのようなもので、星を象ったマークと、文字のような不思議な記号が描かれていた。
「これ、文字ですか? なんて書いてあるんですか?」
「これは宇宙で広く使われている文字だ、地球語――英語に直せば『S.P.O』と書かれているんだ」
『S.P.O』、さっきシュナイダーさんが口にしていた単語だ、『S.P.Oに連行』という言葉からしてなんらかの組織の略称なんだろうけど……。
シュナイダーさんは私の心を読んだように(っていうか、表情を見れば私が何を聞きたいか丸わかりだろうけど)、その疑問に答えてくれた。
「S.P.Oは宇宙平和維持機構(Space Peacekeeping Organization)の略で、極めて簡単に言えば、宇宙の平和を守る組織だ」
私はその説明に目を輝かせて食いついた。
だって、まさにヒーロー物に出てくる正義の組織そのものなんだもの!
「そんな組織があるんですね! すごい! シュナイダーさんはそんな組織の人なんだ!」
テンション高く言う私に引くこともなく、シュナイダーさんは大きくうなずくと話を続ける。
「ああ、そのS.P.Oで実務に携わる戦闘要員、それが通称宇宙戦士なんだ。宇宙戦士は宇宙の平和を守るために日夜活動している、敵は宇宙の犯罪者だ」
「つまり、宇宙の警察みたいなものなんですね!」
「ああ、大体その認識であってるよ。ただ、俺たちの活動は地球で言えばICPOに近くてね、基本的には宇宙犯罪者の対処はそれぞれの惑星の防衛組織に任せてるんだけど、それでは対抗しきれない複数の惑星を股にかけた凶悪犯の相手、例えばテロリストとか宇宙海賊とか犯罪シンジケートとかそういったものの相手をするんだ」
ヒーロー好きの私は実は警察組織とかにも詳しかったりする(刑事ドラマもヒーロー物の一種と言えるしね)だから、その説明を聞いてすぐにピンときてしまった、宇宙で起こる事件を解決するために作られた宇宙規模の巨大組織であるということを……。
そして、その組織の構成員であるシュナイダーさんが、いかに凄い人物なのかということも……。
私がスケールの壮大さと、目の前にいる人の凄さに圧倒されている間にもシュナイダーさんの説明は続く。
「また、地球の様にまだ宇宙連合には加盟していない惑星を宇宙犯罪者から守るのも宇宙戦士の仕事だ」
「宇宙連合?」
また飛び出してきた聞き慣れない単語にすかさず私は質問する。
「宇宙連合というのは宇宙の秩序を守るための全宇宙規模の組織だ、ある程度の文明を持ち宇宙進出を果たした惑星はこの宇宙連合に加盟している、逆にこの宇宙連合に未加盟の惑星はまだまだ発展途上にあると言えるね」
つまり地球は宇宙の中ではかなり遅れた星ということなのかもしれない。
まあ、つい最近火星への入植が始まった程度で太陽系すら抜け出せていないのだから、それも仕方のない事なのだろうけど……。
「そんな組織があるなんて、夢にも思いませんでした……」
私にはそう言うことしか出来なかった。
「おっと、これはあまり他言はしないでくれよ? 宇宙連合は未加入の惑星に対しては不可侵が原則なんだ、存在を明かすことでその星に余計な混乱を招く恐れがあるからね」
シュナイダーさんは人差し指を立てて口元に当てながら言った。
本当は翔くんにこの事実を教えて「どう、あなたが馬鹿にしてた夢の世界は本当にあったんだよ?」なんて言ってやりたいんだけど……、シュナイダーさん(と宇宙連合という組織)の主張はよくわかるので、私は黙って首を縦に振った。
「さて、俺と宇宙戦士、S.P.Oや宇宙連合に関してはこんな感じだけど、後は……」
シュナイダーさんは言いづらそうに言葉を濁す。
分かっている、私はもう一つ聞かなければならない話がある、それはきっと怖い話だ、だけど覚悟は出来ていた、私はシュナイダーさんの言葉を待つ。
シュナイダーさんは私の目を見て、意を決したように話し始めた。
「残るは奴ら、ギーガーク帝国についての話だな……」
ギーガーク帝国――さっきのブーミという奴の口ぶりから地球侵略を企む悪の帝国というのは想像できるけど、それだけじゃない気がする。
何かもっととんでもない存在なんじゃないかと、私は思った。
シュナイダーさんはそんな私の考えを見透かすかのように言葉を続ける。
「もう想像はついていると思うけど、奴らは宇宙の侵略者だ。目的は宇宙征服、やつらはすでに宇宙の大半を支配しており、ついにこの地球にまでやってきたのだ」
……え? と私は自分の耳を疑った。
今この人はなんて言ったの? 宇宙の大半を支配、そう聞こえたのは気のせいだろうか……いや、確かにはっきりとそう言ってる!
私は恐る恐るシュナイダーさんに尋ねた。
「あの、シュナイダーさん、宇宙の大半を支配してるって、どういう意味なんですか?」
「そのままの意味だよ、奴らは『アクノス』という惑星に本拠を置く大帝国なのだけれど、その強大な武力でもってわずか10年足らずで宇宙の8割を支配下に置いたんだ」
私はその言葉を聞いて絶句した。
たったの10年の間に宇宙の8割以上を支配する大帝国を作り上げてしまうなんて……。
「そんな、信じられない……」
私は思わず一歩後ずさってしまった。
「信じがたい話かもしれないが、これは事実なんだ」
信じられないと口から出たのはシュナイダーさんの言葉を疑っての事じゃない、信じられないんじゃなくて信じたくなかったんだ。
だって、だって……そんな連中が地球に攻めてきたら……地球よりはるかに文明の進んだ数々の星を10年足らずで制圧してしまったような恐ろしい奴らが、地球にやってきたら……。
地球なんて、1日も持たないうちに滅ぼされてしまう……。
宇宙連合やS.P.O、宇宙戦士にシュナイダーさん。夢のような世界が現実に存在していたのは嬉しいけど、それ以上の悪夢も現実のものとして存在することを私は知ってしまった。
私は自分の足がガクガクと震え、顔から汗が噴き出すのを感じていた。
ヒーロー大好きでなれたらいいななんてずっと思ってた私だけど、本当は人より臆病で怖がりで泣き虫だったりする。
そんな私には、ギーガーク帝国という存在はあまりにも大きすぎて、とてもじゃないけど受け入れられそうもない。
そんな私の肩にポンと手が置かれる。見るとシュナイダーさんが心配そうに私を見つめていた。
それだけで私の心はあったかくなる、そして思った、そうだ、シュナイダーさんがいるじゃない!
シュナイダーさんはそのとんでもないギーガーク帝国の刺客、ブーミをあっさり撃退して見せた。
それはつまりシュナイダーさんがとんでもなく強いってことなんだ。
シュナイダーさんならそれこそヒーロー物のように悪の帝国なんて簡単にやっつけてくれるに違いない。
私はそう確信していた。
だから、私はシュナイダーさんに言った。
「で、でも、シュナイダーさんがいれば大丈夫ですよね、あんなに強いんですもん、あんなやつら倒して、地球を守ってくれますよね!」
縋りつくような目で見つめる私にしかし、シュナイダーさんが発した言葉は非情な物だった。
「残念だが、それは無理だ……」
「え……?」
シュナイダーさんの言葉に私は頭が真っ白になった。
どうして? どうしてそんな事を言うの?
私はシュナイダーさんの言葉を受け入れられずにいやいやと首を振ると叫んだ。
「ど、どういうことですか、あなたは宇宙の平和を守る組織の正義の戦士だって言ったじゃないですか!?」
「そうだ、俺は宇宙を守る使命を持つ宇宙戦士だ。ギーガーク帝国が侵略しているのは地球だけじゃない、俺は地球だけを守るわけにはいかないんだ……」
シュナイダーさんは申し訳なさそうに少し顔を逸らしつつ言った。
受け入れたくはなかったけど理解はできた。そうだ、シュナイダーさんは『宇宙』を守る戦士なんだ。地球だけを守って他の星をないがしろにするなんて出来ないのだろう。
全宇宙が危機に晒されてるのに、地球だけ守ってくださいなんてわがままもいいところだ。
だけど、それでも私はシュナイダーさんに守って欲しかった……。
「それに、奴らが地球に来たのは実は侵略が主目的ではないんだ」
え? と私はシュナイダーさんの言葉に耳を傾ける。
「奴らはシックザールクリスタル……正確にはその欠片だけど、ともかくそういうものを探すために地球にやって来たんだ」
「それは、なんなんですか?」
「凄まじい力を秘めた水晶だ。手にしたものはどんな願いでもかなえられると言われている。欠片を集め、それを完全なものとすることで、奴らは自分たちの支配を永遠のものにしようとしているんだ……」
「そんな……」
私は絶句した。そんな恐ろしいものがこの世界にあったなんて……。
「それが、地球に……?」
「それは定かではない、ただ重要なのは奴らの目的がそれを探すことだということなんだ」
私はシュナイダーさんの言いたいことがいまいち理解できなかった、何が目的であれ結局地球が危ないことに変わりはないんじゃないのかな?
私の疑問を察したのかシュナイダーさんは言葉を続ける。
「シックザールクリスタルにはある特性があってね、人々のプラスのエネルギー、つまり幸せな感情を受けて成長するんだ。だから、そのためにもギーガーク帝国は地球に対して無茶な攻撃をしてこない、そもそも地球に来ているのは調査隊であって攻撃部隊ではないんだ。俺がさっきの連中をあっさりと撃退できたというのもそれが理由なんだよ」
そっか、だから地球はまだ危険度は低い、優先すべきは他の星だっていう話なんだ。
私の心の呟きを肯定するようにシュナイダーさんは続ける。
「危険度の低い星よりも、危険度の高い星を守れ。それが、S.P.Oの判断なんだ……」
わざわざ『S.P.Oの判断』という言葉を使ったのは、シュナイダーさん自身理解は出来ても納得はしていないという事なんじゃないかなと思った。
私は少し考える、確かにシュナイダーさんの言うように地球の危険度は低いのかもしれない。
だけど、あいつらは姿を見られたという理由で簡単に私を殺そうとした。
そんな奴らが地球をうろうろしているというのは、拳銃を持った強盗犯が街中を歩いているようなもので、受け入れることなんて出来るはずはない。
それに、クリスタルとやらの探索だけで他に何もしてこない保証なんてどこにもない。
無茶な攻撃をしてこないとシュナイダーさんは言ったけど、裏を返せば無茶じゃない攻撃、強盗とか小規模なテロ活動とか……殺人とか、小さいと言ったら不謹慎だけど全体の幸せが揺るがされないレベルの事はしてくる可能性があるってことになる。
それを思うと、とてもじゃないけど安心なんて言ってられないよ……。
「納得……できません……」
私は拳をぎゅっと握り吐き出すように言う。
言葉に出してしまったことで、次から次に様々な感情が溢れ出てくる。
私はシュナイダーさんに縋りつくと、まるで彼を責めるように言葉を放つ。
「『無茶な攻撃』は仕掛けてこないからって、ギーガーク帝国のせいで傷つけられたり殺されるかもしれない人がいるのに、それを放っておくなんて……そんなのって!! S.P.Oは、シュナイダーさんはそれでいいんですか!?」
思わず強い口調になってしまう、ここでシュナイダーさんを責めるのは完全に筋違いだというのもわかっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
だって、だって……。
私の目からは知らず知らずのうちに涙が流れていた、言葉を止めて俯いた私の涙を人差し指で拭うと、シュナイダーさんは私の肩に手を置きなだめるような優しい声で言った。
「みうちゃん、落ち着いてくれ。S.P.Oも俺も確かに無力な存在だ。しかし、決して非情ではない、確かに俺は直接は地球を守れない、だが手助けすることは出来る、そのために俺は今日地球にやって来たんだ」
シュナイダーさんの言葉に私はハッとする。
そうだ、シュナイダーさんは自分は地球を守れないとは言ったけど、助けてくれないなんて一言も言っていない。
事実、シュナイダーさんは私のことを助けてくれた、それなのに私はシュナイダーさんを責めてしまった……。
私は恥ずかしさのあまり顔を俯かせる。
「ごめんな……さい……」
呟くように言う私に、シュナイダーさんは私の頭をひと撫ですると言った。
「いや、いいんだ。S.P.Oも俺も守るべき星に優先順位を付けてるのは事実だからね、宇宙の平和を守る存在として、責められても仕方ないことだから」
「シュナイダーさん……」
私は顔を上げて彼の顔を見つめる、バイザーの奥の瞳は苦悩の色に染まっていた。
私は勘違いをしていた、強く、カッコいい、正義のヒーロー……。だけど、シュナイダーさんは無敵の超人じゃない、傷つき、悩み、苦しむ普通の人なんだ……。
私はもう一度だけ「ごめんなさい」と頭を下げる。
そして、顔を上げて尋ねた。
「あの、地球を守る手助けって言うのは……?」
「ああ、それはこれだ」
そう言ってシュナイダーさんは懐から何かを取り出し私の前にかざす。
その手にあったのは、腕時計のようなものだった。
「これは……? なんですか? 時計……? でもなんか違うような……」
私が首を傾げながら尋ねると、シュナイダーさんは説明を始めた。
「これは『SPチェンジャー』と言ってね、これを身に着けることで宇宙戦士に変身することが出来るんだ」
「変身!」
変身という言葉に私は目を輝かせて反応する。
「これを素質を持った者に与えて、その人物に地球を守ってもらうんだよ。もちろん、俺も出来うる限りのサポートをするつもりだ」
「なるほど、その星を守るのはその星に住む人に任せるってことなんですね」
「ああ、地球を守る宇宙戦士になれる素質を持った者を探しに俺は来たんだ」
そう私の言葉に答えるシュナイダーさんだけど、小さくため息をつく。
「だけどこれがなかなか難しくてね、これを託すにふさわしい人間なんてそうそう簡単に見つかるものじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「本当に他人のために、正義のために、地球のために戦えるような強く優しい心の持ち主でなければダメなんだ。表面的に正義感が強くても、実際に行動できるかはまた別だからね」
シュナイダーさんは少し寂しげに言う。
確かに、人って自分が一番可愛いって思う生き物だし、いざって時に自分の命を顧みずに誰かを助けるなんて、そんなのドラマや漫画の中だけの話だよね……。
シュナイダーさんの言うこともわかる気がする。
でも……。
私はシュナイダーさんの手の中にある、銀色に輝く腕輪を見つめる。
この『SPチェンジャー』を使えば、私もシュナイダーさんのように強くなれるかもしれない……。
シュナイダーさんが私を助けてくれたように、今度は私がみんなを守れるようになるのかもしれない……。
ふと、昼間智子と交わした会話が思い出される。
『私がヒーローに会ったらしたいこと、してもらいたいこと。それは肩を並べて一緒に戦うことだよ!』
私はぎゅっと拳を握り締めて決意を固める。
そうだ、これはきっと神様が私に与えてくれたチャンスなんだ……!
ヒーローになりたい、その夢を叶えるための……。
私はシュナイダーさんに向き合うと、意を決して口を開いた。
「あのっ……! 私じゃ、ダメですか?」
「え?」
私の言葉にシュナイダーさんは驚いたような声を上げた。
「その……。地球を守る戦士……。私に……やらせてもらえませんか!?」
私はシュナイダーさんの目を見て言う、しかし、シュナイダーさんはゆっくりと首を振る。
「すまない……。君はまだ子供だろう? それに女の子だ、危険な戦いに巻き込むわけにはいかないよ」
シュナイダーさんは私の目を見つめながら言う、その瞳は真剣で、本気で私のことを気遣って言ってくれてるのがよくわかった。
でも、私はもう決めていた。
「でも! 私はみんなを守りたいんです! 子供でも、女の子でも、戦わなければいけない時があると思うんです! そして、それが今だと思うんです!」
私は必死に訴えるけど、それでもシュナイダーさんは首を縦に振らない。
「すまない……。気持ちはとても嬉しい……。だが……」
「お願いします!!」
私は頭を下げて懇願する。私の想いが通じたのか、シュナイダーさんはため息をつく。
「君の気持ちは痛いほどわかった、だけど、頼まれただけで任命するわけにはいかないんだ。さっきも言ったけど、宇宙戦士には資質が必要だ、君に資質があるかどうか調べなければならない」
「資質? それはどうやって調べるんですか?」
私は顔を上げて尋ねる。
「このSPチェンジャーには宇宙戦士の資質を測る機能もあるんだ、このスイッチを押して握り締めれば宇宙戦士適性値が具体的な数字で表示される」
そう言ってシュナイダーさんは私にSPチェンジャーを手渡してきた。
私は早速スイッチを押そうとするが、シュナイダーさんがそれを制止する。
「待つんだ。それでもし、君の適性値が基準に達していなかったら、俺は君を宇宙戦士にするわけにはいかない。素直に諦めてくれ」
シュナイダーさんの言葉に私はゴクリと喉を鳴らす。
もし、これで低い数字が出たら、私は宇宙戦士になれない……。
ヒーローの夢も、地球を守ることも、シュナイダーさんと一緒に戦うこともできなくなってしまう……。
でも、でも……。大丈夫だよね? こんなになりたいんだもん。他の誰よりもヒーローが好きだって自信を持って言えるもん。
正義を守るために戦えるなら死んだっていいって本気で思ってる。
だから、きっと……。
私はSPチェンジャーのスイッチを押すと、ギュッと目を閉じて祈るように両手を合わせる。
お願い……。どうか……!
私は祈りながらゆっくりと目を開ける。
SPチャンジャーのデジタル表示には、私の適性値が表示されていた。
適性値――0
私の頭は真っ白になった。
え? なんで? どうして? 私はもう一度SPチェンジャーを見つめる。
だけど、何度見てもそこには0という数字が表示されているだけだった。
0……ゼロ……零……ぜろ……
つまり、私には、まったく、一欠けらも、これっぽっちも、1ミリも、1ミクロンも、素質がないってことだよね……。
私は呆然と立ち尽くすしかなかった。
シュナイダーさんも、あまりの数値に絶句していた。
「ま、まさか。ゼロだなんて……。いくらなんでもこんな数値は……、故障か? いや、そんな馬鹿な、地球に来る前に何度もチェックしたはずだ」
シュナイダーさんはそう呟くと、慌てて私にSPチェンジャーを渡すように言う。
私は言われるままにSPチェンジャーをシュナイダーさんに手渡した。
シュナイダーさんはSPチェンジャーを回転させながら隅々まで調べるけど、どこにも異常はないようだった。
つまり、SPチェンジャーは正常で、私に資質がないのは、紛れもない事実だということになる。
「き、気にする必要はない。戦士としての適性値なんて高くたっていいことなんて何もないんだ。平和に暮らす普通の女の子なら、適性値が低くても問題はないさ」
シュナイダーさんはそう言って慰めてくれた。
だけど、それが余計に私の心を傷付けた。
シュナイダーさんの言う通り、適性値は低くったって、普通に生きていくだけなら問題はないだろう。
だけど、私はヒーローになりたいんだ……。
困ってる人がいたら助けてあげたいんだ……。
ただ見ているだけで誰かの助けを待つんじゃなくて……。
自分で出来ることは全部やって……。
たとえそれがどんな小さなことでも……。
私はヒーローになりたいんだ……。
シュナイダーさんと一緒に戦いたいんだ……。
じわっと私の視界が滲む。
ダメだ……。泣いちゃ……。
私は涙を堪えながら、必死に自分に言い聞かせる。
泣くな……。泣いても何も解決しない……。
私はヒーローになりたいんだ……。だから、こんなところで挫けてなんかられないんだ……! 私はギュッと拳を握り締める。
「君は……」
ハッと顔を上げる、シュナイダーさんが私を見つめていた。
「君は何故そんなに宇宙戦士になりたいんだい? ハッキリ言って戦いは怖いものだし、平和に暮らせるならそうした方がいいに決まってる」
シュナイダーさんは私を諭すように言う。
確かにそうだ、戦うことが怖くないわけじゃない。
だけど、それ以上に私はヒーローになりたいんだ。
困ってる人がいると放っておけないんだ。
誰かが助けを求めてる声を聞き逃したくないんだ。
私はヒーローになりたいんだ。ずっと、ずっと夢見てたんだ、諦めるなんて、出来るはず、ないよ……。
「私、ずっとヒーローに憧れてたんです。小さいころからずっと。馬鹿にされたことは何度もあります、幼馴染の男の子にも言われました、いつまでも夢見てないで大人になれって、だけど、私はヒーローになりたかった……。それに……」
私は涙を拭ってシュナイダーさんの目を見る、すると、シュナイダーさんも真剣な表情で私を見つめ返してくれた。
「それに?」
「ギーガーク帝国のことを知ってしまった以上、シュナイダーさんの事を知ってしまった以上、私はもう、ただ黙って見ていることなんて出来ないです!」
私はシュナイダーさんを見つめて叫ぶ。
シュナイダーさんは私の言葉に目を見開く。
「……俺には分からない……」
「え?」
「何故、君の適性値が0なのか、俺には理解できない。君の正義の心は今S.P.Oにいるすべての宇宙戦士をはるかに超えている。それだけで適性値100は軽く超えるはずだというのに……」
シュナイダーさんがそう言うと、私は首を横に振る。
「それは、きっと私が弱いから……。勉強も運動もダメで、肝心な時にいつもドジばっかりして、だから、適性値も0だったんだと思います」
私は自嘲気味に笑う。
「そうかな? ただ、今の言葉を聞いて、君が適性値0と判断された理由の一端が見えた気がする」
「それってどういうことですか?」
「君のその自己評価の低さだ、君は自分が思うほど弱くはないよ」
シュナイダーさんに言われて私は戸惑ってしまう。
「そんな……。だって私は……」
「君はヒーローになりたいと言ったね? 君は誰かを助けてあげたいと思ったんだろう? 誰かのために何かをしてあげたいって思ったんだろう? それが何よりも大切なことなんだ」
シュナイダーさんは私を見つめながら言う。
「でも、私は……」
「いいよ」
私の言葉を遮るように、シュナイダーさんが言う。
「え?」
彼が言った言葉の意味が分からず、私は思わず聞き返す。
いい……って、なにがいいの?
「宇宙戦士になるためには一定以上の適性値が必要だ、だけど、一つだけ適性値以下でも宇宙戦士になる方法がある。それは任命権を持った上級宇宙戦士に認めてもらうことだ。そして、俺はその上級宇宙戦士なんだ。だから俺が認める、君を地球を守る宇宙戦士に任命してあげるよ。それに、S.P.Oには適性値のことは報告しないでおいてあげる」
その言葉に私は目を丸くする。
「い、いいんですか、そんなこと、しちゃって……?」
「バレたら処分を受けるかもしれないな、だけど、君のように強い正義の心と情熱を持った子をこのまま埋もれさせてしまう方がもっと罪深いと思うんだ」
シュナイダーさんの言葉に私は胸が熱くなる。
私を……必要としてくれる人がいたんだ……。
私は嬉しくなってシュナイダーさんに抱き着いた。
「ありがとうございます! 私頑張ります! 絶対に立派な宇宙戦士になって見せます!」
「み、みうちゃん、喜びすぎだよ。もしかしたらこれは君にとって辛い日々の始まりかも知れないんだよ? 怖いことも、苦しいこともあるだろうし、もしかすると命の危険もあるんだ」
シュナイダーさんは手でそっと押して私を離れさせると、心配そうな声でそう言う。
私は笑顔で答える。
「大丈夫です、私、どんなことでも耐えられます!」
不安がないわけじゃない、だけど、ずっとなりたかったヒーローになれるんだ! このチャンスを逃したくないんだ! 私はシュナイダーさんに微笑む。
シュナイダーさんは少し困ったような顔をしていたけど、すぐに表情を引き締める。
「そうか、なら俺はもう何も言うまい。ただし、君はあくまで見習い宇宙戦士ということになる、俺の権限ではそれが限界なんだ」
「見習いと普通の宇宙戦士は違うんですか?」
「見習いはS.P.O本部から適性がないと判断されたら即宇宙戦士としての資格を剥奪される、これは適性値の話じゃなくて実績の話だ。S.P.O本部は俺なんかよりはるかに厳しい、泣こうが喚こうが失格の烙印を押されたらそれで終わりだ、それだけは覚悟しておいてくれ」
シュナイダーさんの言葉を聞いて、私はゴクリと唾を飲む。
「はい、分かりました。資格剥奪されないように頑張ります!」
私は真剣な顔で返事をする、すると、シュナイダーさん私の肩をポンと叩いて言った。
「いい返事だ、さて、それじゃ早速宇宙戦士の活動について説明をしようか」
「はい!」
私は姿勢を正してシュナイダーさんの言葉に耳を傾ける。
「君には地球を守る宇宙戦士として活動してもらう。とりあえずはギーガーク帝国の連中が何かを仕掛けてきたら、それを解決してくれ」
「はい、でも……」
私は不安になる。宇宙戦士にしてもらったのはいいけど、私はハッキリ言って強くない、むしろ弱い方だと思う。
そんな私が地球の平和なんて守れるんだろうか?
「どうしたんだい?」
シュナイダーさんが心配そうに私を見つめる。
「私、戦えるんでしょうか? 運動とか得意じゃないし、頭も良くないし、ドジだし……」
自信なさげに言うも、シュナイダーさんはそんな私を安心させるように言った。
「大丈夫だよ、そのためにこのSPチャンジャーがあるんだ」
そして、シュナイダーさんは再び私にSPチェンジャーを渡してくれた。
これで宇宙戦士に変身できるって言ってたよね、だけど、元々弱い私がこんなものを使って本当に強くなれるのかな? 依然私の心の中は不安でいっぱいだった。
「これで変身すれば強くなれる、変身後の強さは元の運動能力も関係してるけど、それよりも重要なのは心の強さなんだ」
「心の……強さ……」
「宇宙戦士の変身というのはこれの中に光の粒子となって収納されている強化スーツ、SP(Special Psychological)スーツを纏うことを意味する。このスーツは人の精神エネルギーを力へと変換する機能を持っている。心次第で無限の力が引き出せるんだ。その力を上手く使えば君はきっと強くなれるよ」
シュナイダーさんはそう言って優しく微笑んでくれた。
不安が……少しづつ薄れていく……代わりに湧き上がって来たのは自分は今そんな凄いアイテムを手にしているんだという高揚感、そして緊張感だ。
私は右手に持ったSPチェンジャーをじっと見つめる。
そこでふと疑問が湧いた、そんな凄い物ならみんなに配れば地球は簡単に守れるんじゃないかということだ。
私がそんな疑問を口にすると、シュナイダーさんは首を振る。
「残念だがそれは無理だ。この装置は貴重品で俺も俺自身の物と、任命する戦士用に持ってきたこれの2つしか持ってないんだ。S.P.O本部には当然もっとあるけど、地球のためにそんなにたくさん使うわけにもいかないしね」
シュナイダーさんはそう言うと、苦笑いを浮かべる。
確かにそうだよね、貴重な物をホイホイと配るわけには行かないもん。
でも、それなら……。
「そんな貴重な物を私が使っちゃっていいんですか?」
地球にはきっと私なんかよりももっと宇宙戦士に相応しい人がいるはずだ、それなのに私が使っていいのかな?
「君以上に相応しい人なんてそうそういないと思うよ。みんなにこれを配れない理由は貴重だからってのだけが理由でもないんだ。これを本当に有効に、正しいことのために使える人はそうはいない、君ならきっと正しく使うことができる、俺はそう信じてる」
シュナイダーさんはそう言って微笑む。
「シュナイダーさん……」
私はシュナイダーさんの言葉に胸が熱くなった。
この人は本当に私の心を評価してくれているんだ……ヒーローに憧れ正しくあろうと精一杯生きてきた私にとってそれは最高の喜びだった。
「さて、それじゃ早速見せてくれ、君の宇宙戦士としての姿を」
シュナイダーさんの言葉に私は胸が高鳴る。
いよいよ、私も宇宙戦士なんだ! 私は緊張しながらもSPチェンジャーを左手首に装着する。
「それじゃ腕を出してくれ」
言われて私は素直に腕を差し出す、するとシュナイダーさんは何やらSPチェンジャーを操作を始めた。
やがて、ピッという小さな音が鳴った。
「う……」
その瞬間、私は少しだけ眩暈を覚える、何かが繋がった、そんな感覚があった。
「これでそのSPチェンジャーには君が登録された、今後それが誰かに奪われたとしても、君以外にとってはただの変わった腕時計でしかない、時間を計るぐらいにしか役に立たない」
シュナイダーさんの言葉に私はSPチェンジャーを見つめる。
なるほど、誰かに勝手に使われたりしたら大変だもんね。
とにかく、これでこのSPチェンジャーは私の物になったんだ、これに相応しい人間になれるよう頑張らなくちゃ! 私は気合いを入れる。
これで宇宙戦士……ヒーロー……私は段々とテンションが上がってくるのを感じた。
そして、思わずSPチェンジャーが装着された左腕を掲げてポーズを取る。
「ジャーン! 宇宙戦士香取みう参上!! えへへ、どうですかシュナイダーさん、似合ってます!?」
いきなりポーズを決めて笑顔で尋ねる私にシュナイダーさんは少々面食らったような顔をしていた。
「あ、ああ、とてもよく似合っているよ」
シュナイダーさんは戸惑いながらもそう言ってくれた。
あ、いけないいけない、これじゃ変な子だって思われちゃうかも!? でも、シュナイダーさんならきっと大丈夫だよね? 私はそう思いながらシュナイダーさんに微笑む。
「君のような子に着けてもらえてSPチェンジャーも喜んでるかもね。だけど、身に着けたぐらいでそこまで喜ぶのはまだ早いよ」
ハッとシュナイダーさんの言葉に私はSPチェンジャーに視線を向ける。
そうだ、そうだ、そうだ!!
これを使ってできるんだ、ヒーローと言えばのアレが!
そう、変身が!!!
「シュナイダーさん! 早速やってみていいですか?」
私がワクテカしながら尋ねると、シュナイダーさんは苦笑しつつも頷く。
「ああ、見せてくれよ、君の変身を」
「はいっ!!」
そして私は腕を掲げ……掲げ……あれ? 変身って、どうやるんだろう??????
私はシュナイダーさんに困った顔を向ける。
「シュナイダーさん、どうやったら変身できるんですか!?」
「何を言ってるんだい、意識を集中して思い出してごらん、君はもうすでに変身の仕方を知っているはずだよ?」
え? それってどういう……。
戸惑う私だったけど、シュナイダーさんはそれ以上何も言わず、ただ黙って微笑んでいた。
私はとりあえず言われた通りに意識を集中してみる、すると……。
……わかる、わかる! 変身の仕方が……!
それだけじゃない、このSPチェンジャーには通信機能があるとか、それ以外の機能の事とか、他にもS.P.Oの本部は惑星ジャスティーってところにあってトップはジョイスって人だとか、私の知らないはずの記憶がいつの間にか頭の中に溢れていた。
その記憶の中にSPチェンジャーは身に着けた者の脳に必要な情報をインストールするって説明があった。
なるほど、これがそうなんだね、すごい! これで変身できるんだ! 私はSPチェンジャーを見つめると一つ頷いた。
変身するためにはまずSPチェンジャーに意識を集中する、むやみに変身しないために変身には強い意志が必要なのだ。
私はSPチェンジャーに意識を集中し、強く念じる。
すると、左手首がわずかに熱くなってきた、変身モードが起動した証だ。
そして私は左腕を大きく前に突き出すと、それをまっすぐ上に上げる。そのまま半円を描くように振り下ろし、最後に胸の前で拳を握り締める。
そして、高らかに叫ぶ!
「Start Up!」
ポーズとキーワード、二つのプロセスを経て変身が開始される!
変身にかかる時間はわずか0.001秒にも満たない、だけどその瞬間の中で私の感覚は引き伸ばされ自分が宇宙戦士へと変わっていく過程がスローモーションのように感じられた。
まず、SPチェンジャーが光り輝き、広がった光が私の身体を包み込む。
私が着ていた服、身に着けていた物が光の粒子へと変わり、SPチェンジャーに収納され、代わりに収納されていたSPスーツが私の身体にまとわりつくように装着されていく。
このスーツの形状は装着者の心によって変わる、シュナイダーさんのようなプロテクタータイプから、西洋の騎士のような姿、ガンマンのような姿、様々だ、そして、私の姿は……。
パンッと光が弾けた。
横で見ていたシュナイダーさんの目には叫んだ瞬間に私の姿が変わったようにしか見えなかったはずだ、プロセスを知っているシュナイダーさんはそれには驚きもしていないけど、宇宙戦士へと変身した私の姿に「ほう」と感嘆の息を漏らす。
「これが……変身した私……」
私は自分の姿を改めて見回す。
赤と白を基調とした所々にフリルがあしらわれたドレス、胸元には炎を連想させる赤い宝石があしらわれたハート型のブローチがついている、スカート丈は短いけどスパッツを履いているのでどっかの意地悪幼馴染みたいにスカート捲りをしてくる奴がいても安心だ。
それにブーツとグローブも装備されている。
頭が少しだけ重い気がして視線を動かしてみると、茶髪のショートだった髪はピンク色のロングヘア―へと変わっていた。
そして、背中には小さな翼状のパーツがちょこんと付いていた。
この姿は、まるで……。
『私はプチピュアみたいな正義のヒロインになりたい!』
智子に言った自分の言葉が頭を過る。
そうだ、プチピュア! プチピュアみたいになりたいって思ってたからその通りの姿になったんだ!!
これがSPスーツの力なんだ……!!
自分が本当に変身したという実感が体中を駆け巡る、そしてそれと同時に体の奥底から湧き上がってくる力を感じた。
見た目だけじゃない、中身まで変わったんだ! 私はそう確信する。
「すごい! すごいよ! 私、変身しちゃったよ!!」
私は興奮気味にはしゃぐ。
その時、パチパチパチという音が私の耳に聞こえてきた、見るとシュナイダーさんが宇宙戦士としての私の誕生を祝福するように拍手をしていた。
「それが君の宇宙戦士としての姿か、とても素敵だよ、みうちゃん」
私の変身を見届けたシュナイダーさんが微笑みながらそう言ってくれた。
私はそんなシュナイダーさんに笑顔を返す。
「ありがとうございます! シュナイダーさん、私、頑張ります!」
「ああ、よろしく頼むよ!」
シュナイダーさんはぐっと拳を握った。
「さて、これで君は宇宙戦士になったわけだけど、一つ決めなければならないことがある」
「それは何ですか?」
私は首を傾げる、何を決めるんだろう?
シュナイダーさんは私の肩に手を置くと言った。
「名前だよ、君の宇宙戦士としてのコードネームだ。宇宙戦士の活動は香取みうの名前じゃなく、宇宙戦士としてのコードネームで行うんだ、だから君も宇宙戦士として活動する時はその名前を名乗るんだよ」
なるほど、そういう事か! 確かに私の名前をそのまま使うのはまずいよね。
私は納得すると頷いた。
「それじゃどうする? 宇宙戦士は慣例として先輩から戦士としての名前を授けられることになってるんだけど、絶対ってわけじゃないから君が自分で名乗りたい名があるならそれでいいよ」
シュナイダーさんの言葉を聞いて私は少し考える。
ん~、でもやっぱりここは……。
私はシュナイダーさんの目をまっすぐ見つめる。
「私は、宇宙戦士としてシュナイダーさんに名前をいただきたいです、私あんまりセンスないから変な名前つけちゃいそうだし……」
私はあははと笑った、でもそれは半分嘘、シュナイダーさんに名前を付けてもらうことで彼との繋がりを感じたいという気持ちがあった。
シュナイダーさんは私の言葉を聞くと嬉しげに微笑んだ。
「そうか、わかったよ、じゃあ俺が君にぴったりの名前を付けてあげよう!」
言うとシュナイダーさんは私の顔――瞳を覗き込んでくる、顔の近さに少し戸惑いながらも私は彼の瞳を見つめ返した。
それは実際は短い時間だったんだろうけど、私にとっては永遠にも思えるような時間で、シュナイダーさんが私にどんな名前を付けるのかドキドキしながら待った。
シュナイダーさんは私の瞳の奥に何を見たんだろう? 彼は少しの間考え込むと、やがて口を開いた。
「決まったよ、君の名は……」
ゴクリと私の喉が鳴る。
「君の名は『シャイニーフェニックス』だ!」
その名前を聞いた瞬間、私は電撃に打たれたかのような衝撃を受けた。
シャイニー……フェニックス……。
魂が、心が、震えだす。
この名こそ私の運命!
この名前こそが私の使命!
私の本当の姿! 私という存在の証明!!
私は、今この時をもって生まれ変わった!
この名は私が背負っていくべき名前! この名を名乗り生きていく! それが私の生きる道!
この名が私の全て! この名を胸に刻み、私は戦う!
私は、正義のヒーロー!
私は、宇宙戦士!
私は、宇宙戦士シャイニーフェニックス!!
「君の瞳を覗き込んだとき、君の魂の力を感じたんだ。炎の中で輝く不死鳥。それと、伝説の宇宙戦士であるシャイニーノヴァのようになって欲しいという願いを込めて命名してみたいんだけど、君が嫌だというのなら……」
「嫌なんかじゃないです!!」
シュナイダーさんの言葉を遮り私は叫んだ。
「私、その名前がいい! その名前がいいんです! その名前が私の……私の宇宙戦士としての名前です!!」
私はシュナイダーさんに抱きつく。
「ありがとうございます! シュナイダーさん、私、嬉しいです!」
シュナイダーさんはそんな私をさっきと同じようにやんわりと引きはがすと顔を逸らしながら言う。
「気に入ってもらえてよかったよ、だけど、そう簡単に男にくっついてはいけないよ、君は女の子なんだからね」
その言葉に私はハッとする。
そうだ、私、シュナイダーさんに抱きついて……。
私は自分の行動を思い出して恥ずかしくなった。
だけど、私はシュナイダーさんの反応が気になった。もしかして……照れてる? だったら嬉しいな、なんてね。
「ごめんなさい」
私が謝るとシュナイダーさんは
「いや、謝ることじゃないさ」と言ってくれた。
そして、コホンと一つ咳ばらいをすると、私に向けて右手を差し出す。
「とにかく、これからよろしく頼むよ、シャイニーフェニックス!」
私はシュナイダーさんの手を握る。
「はい! こちらこそ、宇宙戦士としてよろしくお願いします!」
こうして、私とシュナイダーさんは固い握手を交わした。
「それじゃあ、まずは……」
シュナイダーさんが何かを言おうとしたその時……。
ドーン……とどこか遠くの方から爆発音が聞こえてきた。
「な、何!?」
私は驚いて辺りを見回す。
「……まさか……!?」
シュナイダーさんが駆けだす、私は慌てて彼の後を追う。
私たちは木々の隙間を抜けて街を一望できる小高い丘の上へとやってきた。
「あれは……!」
シュナイダーさんは目を細めると、ある方向を指差す。
そこには黒い煙が上がっているのが見える、そしてその方角から人々の悲鳴のような声が微かに聞こえてくるのがわかった。
かなり離れているはずなのに聞えてくるのは変身によって聴覚も強化されたからだろう。
「こ、これって、もしかしてギーガーク帝国!?」
私はシュナイダーさんに顔を向けて言った。
「ああ、恐らくな。逃げ帰ったと思いきや街を襲い始めるとは……」
硬い声で言うシュナイダーさん、その口調にはわずかな後悔の響きが含まれているように感じられた。
ブーミを逃がしてしまったことを悔んでいるんだろう。
やっぱりシュナイダーさんは優しい人だ。
「とにかく、急ぎましょう!」
言うと私は、空へと舞い上がった!
歩き出すのとまったく同じ感覚で、出来て当然とばかりに私は空を飛んでいた。
これもSPチェンジャーの機能だ、自分の力の使い方がわかる。
私は今、自分が何をすべきなのか理解していた。
私は、私の使命を果たす! 私の使命は、この街の人たちを救うことだ!
私は人々を悪の魔の手から守る、正義のヒーロー、宇宙戦士シャイニーフェニックスなのだから……!
私は、私の心が導くままに街に向かって空を駆けた!
チラリと横目で見ると、シュナイダーさんも飛んで付いてきている。
飛行能力は別に私が『フェニックス』だから、というわけじゃなくて宇宙戦士の標準機能みたいだ。
私は少しだけホッとした、カッコつけといてなんだけど、いくらなんでもいきなり一人で戦うなんて無理だしね。
さて、いよいよみうが変身しました。
次回は敵とのバトルです。
後途中でさらっと言ってますけど、この世界人類が火星に進出してます。
今後のとあるストーリー用の設定ですけど、基本的には現代チックな話ですのであまり気にしないでも大丈夫です。