第22話 痛恨のミス、翔くんに見られてました!
ある日曜日の昼下がり、オレ――氷川翔平は駅前の商店街に一人で来ていた。
ここに来た目的は一つ、新しいグローブを買おうと思ったからだ。
オレが今まで使ってたグローブは初等部から愛用していた物で、手に馴染んでたんだが、いい加減ボロっちくなっちまったからな……。
そんなわけでオレはこの商店街にある馴染みのスポーツ用品店へと向かっているところなのだ。
(しかしどうすっかな~、小遣いがそんなあるわけでもないし……けどあんまり安いもん買ってプレイに差し支えても困るし……)
そんな事を考えつつ歩いていると、ふと視界の端に見覚えのある茶色いショートカットが見えた気がした。
「ん? みう……?」
幼馴染の名が小さな呟きとなってオレの口から漏れるが、そちらに顔を向けた時にはその後ろ姿はもう見えなくなっていた。
見間違いか……? むう、その可能性は高いか。あいつも確かに近所に住んでて買い物にはよくこの商店街を利用しているが、たまたまこんなところで出会うなんて偶然があるわけもないもんな。きっとオレの気のせいだったのだろう。
(そんなこと気にしてても仕方ねぇ、さっさとグローブ買いに行かねば!)
そう思い直しオレは再び歩き始めたのだった――
「ありがとうございましたー!」
スポーツ用品店でグローブを買い終えたオレは店員の声を聞きながら店を後にした。
このまま帰るか、それとも他に何か買い物でもしていくかと考えながら歩いていたが、ふとさっきの事――みうらしき人影を見かけたことが頭をよぎる。
(ううむ、果たしてさっきのは気のせいだったのか……? いや、もしかしたら本当にあいつがいたのかもしれないな……)
そんなことを考えるオレだったが、もしみうがいたとするなら、あいつはオレに気づかれないよう姿を隠したことになる。それはつまり、オレとは顔を合わせたくないと思っているということだろう……
(……まあ、仕方ないか……。普段のオレのあいつへの態度を考えりゃなぁ……)
オレはいつも自分がみうに対してとってきた態度を思い出しつつ苦笑した。スカートを捲ってみたり、からかうような言葉をかけてみたり、嫌がってるのがわかってるのに馴れ馴れしく接してみたり……嫌われるようなことを数えきれないほどしてきたのだ、むしろ絶交されてないのが不思議なぐらいである。
……いや、絶交はされてるけどな……何度も。あいつ、ガキの頃からちょっとでも気に入らないことがあるとすぐ絶交とか言ってきたから……。
だからオレが言ってるのはそんな軽い絶交のことじゃなくてもっと重い奴の事だ。それをされても不思議じゃないぐらいの事はしてると思うのだが、みうはそれでもまだオレから離れずにいてくれるんだよな……。
それをありがたいことだと思うと同時に、オレは自分がなぜそんなみうに対してあんな態度を取ってしまうのかわからなくなっていたのだった――
(別に意地悪したい……って思ってるわけじゃないんだよな……)
あいつの顔を見かけた時、オレはいつだって最初は普通に接しようとして近づいて行くのだ、だがあいつの近くに行くとかあっと身体が熱くなり、まるで何かに操られるかのようにあいつが嫌がるようなことをしたり、言うつもりのなかった憎まれ口を言ったりしてしまっているのである――そしてその後は決まって自己嫌悪に陥るのだが、それもまたいつもの事だった――
(なんでこうなっちまったんだろうな……昔はあいつと接していても平気だったのによ……)
本当にいつの頃からか、こうなってしまったのだ……。本当に、どうして……。
オレは足を止めてハッと顔上げると頭を軽く振る。これ以上この件について考えると非常にまずいことになる気がしたからだ。
これを突き詰めていくとオレは何かに気づいてしまう、そしてそれに気づいたらオレとみうの関係は間違いなく変わってしまう、そんな恐怖があったからなのだ……だからオレは考えるのをやめようとしたんだ。
(まだ早いんだよきっと……オレにも、あいつにも、まだその時じゃないってだけだ……)
そう自分に言い聞かせ再び歩き始めようとしたその時――
「キャー!」
どこからか女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。まさかみうか!? と一瞬だけ思ったが声が違う。
しかし、オレの足は悲鳴の聞こえた方向に向かって走り出していた。オレが行ったところで何もできないかもしれない、それでも行かずにはいられなかったのだ。
辿り着いた場所、目の前の光景にオレは思わず絶句する。
「ふむ、我輩の推理によれば、シャイニーフェニックスはここにいる」
巨大な二足歩行の猫のような姿の化け物が、手に持ったパイプを燻らせつつそんな言葉を呟きながら、街を闊歩していたのだ。
オレだけではなく、その場にいた誰もがその異様な姿に言葉を失っていたに違いない。だがそれも無理はないことだろう、何せ今目の前にいるこの化け物は明らかに普通の生物ではないからだ。
しかし、オレはそいつの正体に心当たりがあった、何度かそいつの同類(?)と対面したことがあったからだ。
(ギーガーク帝国の怪人……だな、おそらく)
十中八九間違いないだろう。シャイニーフェニックスを探しているような事を口にしているしな。しかし、こんな街中に堂々と姿を現すとは……
オレの知る限り、あいつらは比較的こそこそと行動していたはずだし、人目につくようなことは避けていたはずだが……
オレがそんな事を考えながらも、周囲の人々と同じく戸惑っていると、そいつは一人の幼い女の子の前へと歩み寄り、指を突き付けるとその子こそがシャイニーフェニックスだと主張し始めた。
何を馬鹿なことを言ってるんだこいつはという空気があたりを支配する。
そりゃそうだ、シャイニーフェニックスの正体は不明だが、彼女はオレと同年代ぐらいの見た目をしている。
どんな変装、変身の達人でも怪人が指を突き付けるその子――どう見ても5歳ぐらいの幼女――の身長ではありえないのだ。
わけのわからない因縁を付けられた当人も「え? え? わ、わたしがシャイニーフェニックスって……?」なんて困惑しているのだが、怪人は取り合わず、“自分の目を誤魔化すことなど出来ない”だの“こんな幼子が正体だなどと誰も思わないという心理的トラップを利用してる”だのと好き勝手な事を言い始める始末である。
あの怪人、どうも名探偵を気取っているようだが、とんだ勘違い野郎だな……
ミステリー物だったら、最初にいい加減な推理を披露して無関係な人を犯人扱いして知らず知らずのうちに真犯人のアシストをしちまうようなタイプのやつだ……
だが、馬鹿でもやはり怪人らしい、そいつはその子を捕まえて基地で拷問するなどと言い出したのだ。
(なんて奴!)
流石に見かねてオレは飛び出そうとするものの、一瞬だけ躊躇ってしまった。この間遊園地でギーガーク帝国の連中に遭遇した時の事を思い出してしまったからだ。
あの時オレは下級戦闘員であるギーガーク兵にすらあっさりとあしらわれてしまった、そんなオレが果たしてこの化け物相手にまともに戦えるのだろうか? そんな不安に駆られてしまったのだ。
しかし、オレが躊躇している間に怪人の前に進み出た青年がいた。彼は震えながらも怪人に対して「やめたまえ!」と毅然と言い放ったのだ。
すぐに飛び出せなかった自分を恥じるとともに、オレは青年の勇気に感心する。しかし、やっぱり勇気だけじゃどうにもならないこともあるんだな……
青年はそのまま怪人によって突き飛ばされてしまい、地面に転がってしまう……
(ちっくしょう……)
オレは拳を握りしめる。オレの周囲の人々も怪人に対して憤っているのを感じるのだが、青年が一撃でやられてしまったという事実は重く、誰も手出しできずにいるようだ。
「うええええええん!! 助けてぇ、シャイニーフェニックスぅぅぅ!!」
怪人に腕を掴まれた女の子の叫びが響き渡り、オレは我慢できずに今度こそ飛び出そうと足を一歩踏み出した。
だが、突如響き渡った声と怪人の悲鳴がそれを遮ったのだ!
ハッと顔を上げたオレの視線の先にいたのはもちろん……
ドクン! とオレの心臓が大きく跳ねた。
そうか、そうだよな……君は助けを求める声を無視できるような子じゃないもんな……!
怪人に名を問われ、その人物は名乗りを上げる、いつものように、ポーズを決めながら……。
「転生の炎は悪を焼き尽くす正義の業火!! シャイニーフェニックス!!」
オレにはキラキラと彼女の周囲を舞う光の粒が見えたような気がした。
人々がわっと歓声を上げる、まるでアイドルコンサートのような盛り上がりだ。
オレもそれに混じって彼女へと声援を送る、しかし彼女はオレの存在に気づくことなく怪人との戦いを開始するのだった。
別に構わない、オレはただのファンAでも構わないんだ、だってオレは知っているから……彼女が必ず勝つことを! そしてオレは確信している、この戦いもまたオレの心に深く刻まれるであろう戦いの一つになると!
そして、オレや人々の期待通りに彼女は勝利した。あいにくと敵は取り逃してしまったようだが、あの様子なら仮にまた現れたとしてもきっと大丈夫だろう!
(ああ、やっぱり君は最高だよ!)
そんな事を思いながら、オレは自分に向けられる声援に答えるシャイニーフェニックスの姿を見つめるのだった。
しかし、すぐにシャイニーフェニックスは「それではみなさん、私はこれで!」と言って空中に舞い上がってしまった。
しまった! 声を掛けるタイミングを逃した……!
思わず歯噛みするがもう遅い……彼女はすでにオレの声など届かない上空にいるのだ。
しかし、彼女は上空で何やらキョロキョロしている、どうやら何かを探しているようだ、やがて彼女は目的の物を見つけたのか空を滑るように動き出した。
(あっ……)
オレは思わず駆け出していた……もしかしたら、追いかければ彼女に追いつけるかもしれないと思ったからだ。
(待ってくれ!!)
心の中で叫びながらオレは走る、見失わないよう上空の彼女をその目に捉えながら必死に追いかける! だが、彼女のスピードはかなり速くてなかなか追いつくことができない、それでもなんとか頑張って後を追いかける!
やがて彼女は高度を下げ、ある場所へと降りていく。
(公園……?)
そう、そこは小さな公園だった。あまりに小さいので休日とはいえ人はまばらだ。
そんな公園の広場に降り立った彼女は周囲を見回した後、ある建物へと入っていく、そこは……トイレだった。
(トイレ……? シャイニーフェニックスがトイレ?)
意外な場所に入って行ったことに驚くオレだが、シャイニーフェニックスだって人間、トイレぐらいは行くだろうと思い直す。
(しかしトイレかぁ、シャイニーフェニックスに話しかけたいところだけど、トイレの前で待つのはなぁ)
どう見てもそれは変態の所業である、そんな事をしたら間違いなく彼女に引かれてしまう、というか嫌われる。
オレは小さくため息を吐くと、とりあえずそこから離れようとした、その時だ、トイレから誰かが出てくるのが見えた。
(え? まさか、もう済ましたってのか?)
シャイニーフェニックスがトイレに入ってからわずか5秒ほど、どう考えても早すぎる。となると無関係の人か? だが、シャイニーフェニックスが入って行っても特に何も騒ぎになる様子はなかった、ならあのトイレには元は誰もいなかった可能性が高いのだが……
まあ、誰であれ女子トイレを凝視している姿を見られたら何を言われるか分からないので、オレはささっと建物の陰に隠れる。
(え? なんであいつが……!?)
トイレから出てきた人物、それはオレのよく知る奴――香取みうその人だった。
みうはやたらと上機嫌で鼻歌なんぞを歌いながら、その場から去っていく。オレはその背中を見つめながら混乱する頭で状況を整理しつつ考えていた。
誰もいなかったであろうトイレに入って行ったシャイニーフェニックス……。その直後に出てきたみう……。
仮にみうが最初からトイレにいたのだとすると、間違いなくシャイニーフェニックスと遭遇しているはずなのだが、出てきたあいつの様子はどう見てもスーパーヒロインに遭遇したようなリアクションではない。
その時、オレの頭の中である一つの推理が閃いた!
(まさか……! いやでも……そう考えれば今までの事全部説明が……)
最初にその顔を見た時似ていると思った……オレの事を『翔くん』という極々一部の人間しか呼ばない呼び名で呼んでいた……。
あの時は誤魔化されてしまったが、考えてみれば確実な否定は出来ていなかった。
シャイニーフェニックスは何故よくオレの前に現れるんだ? シャイニーフェニックスが現れる時何故いつもみうは姿を消す?
あの怪人は言っていた、“まさかこんな幼子が正体だなどと誰も思わないという心理的トラップを利用しその正体を隠蔽しているのだ!”と。
あの怪人はへっぽこだったし推理は大外れだったが、この発想自体は正しい気がする。
つまり、シャイニーフェニックスの正体は、“まさかこんな奴だとは”と言われるほど意外な奴である可能性が高いと思うのだ。
勉強も運動も苦手なドジっ子があんなに強いスーパーヒロインなわけがない! そんなフィルターを外して考えてみた時やはり出てくる結論は一つだけだった……。
(みう……なのか……? お前が、シャイニーフェニックス……なのか……?)
公園のトイレの前で呆然としながら心の中で発した問いかけに、答える者は誰もいなかった――
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