第1話 『超ヒーローオタク』香取みう、これが私の日常です!
『グハハハ、地球は我らのものだ!!』
テレビの中ではどこかコミカルな姿をした怪人が高笑いをしている。
私――<香取 みう>はそれを食い入るように見つめていた……。
私はこの春、中学生になったばかりの女の子。誕生日はまだなので年齢は12歳だ。
容姿は自分では普通って思ってるけど、みんなからはよく可愛いと言われたりする、まあ動物とか赤ちゃんに言うのと同じだと思うけど、そう言われるぐらいだから少しは自信を持ってもいいかな? なんて思ったりしてる今日この頃……。
好きなことはおしゃれや食べること、遊ぶこと。好きな食べ物はカレーライスにハンバーグ、ケーキにお菓子に……って挙げたらきりがないけど。とこんな感じに至って(年齢より多少子供っぽいと言われたりするけど)普通の女子中学生だと思う。
だけどそんな私には一つだけ普通の女子中学生とは違うところがある。あ、別に大したことじゃないからあんまり期待しないでね?
私が変わってるところ、それは……ババーン! 私はヒーローが大好きなのです。
アニメ、漫画、ライトノベル、映画そしてもちろん特撮とヒーローが出てくるものなら何でも好きで学校では『超ヒーローオタク』とか呼ばれて変人扱いされてるくらいだから、もうそれは筋金入りよ。自分ですら変人だと認めてるしね。
そして今テレビに映っているのは私の大好きな特撮ヒーロー番組『仮面ファイター』シリーズの最新作。
日曜日の朝からやってる番組だけど今の時間は火曜日の夜9時ぐらい、そう、これは録画したもので、私は何度も何度もHDDが壊れるんじゃないかってぐらい繰り返して見ているのだ。
『そこまでだ、怪人! 貴様の好きにはさせんぞ!』
そう言いながら怪人の前に現れた正義のヒーロー・仮面ファイターに、私は心の中でキャーッと歓声を上げる! だってカッコいいんだもん!
そして、怪人と戦い始める仮面ファイター。私はテレビの中の彼の動きに合わせてシュッシュッとシャドーボクシングのように拳を突き出す真似をする。
怪人は「ぐああっ!」と悲鳴を上げて吹き飛ばされる。まるで自分のパンチがそれをやったかのように錯覚してしまう。
もちろん、錯覚は錯覚だけど、この爽快感はヒーロー物ならではの醍醐味よね!
あぁ……私もあんな風に悪い奴をやっつけるヒーローになりたいなぁ……運動苦手だけど……いいじゃない、夢をみるぐらいは自由よ?
そしてもちろんヒーローは勝利する、正義は必ずかーつ!! ってお話だからとか言う以前に録画した物なんだから当たり前なんだけど、私は初めて観た時と同じように興奮していた。
だけど、番組はまだ終わらない、この後、この後にこそ私がこの回を何度も見ている理由――一番好きなシーンが待っているのだ!
『大丈夫かい?』
『はい、大丈夫です……』
怪人に人質にされていたヒロインに向かって手を差し伸べるヒーロー……ああ~もう最高!! 何度見ても胸がキュンとなっちゃうよ……。
私はヒーローになりたいってずっと思ってたけど、ここ最近ヒーローに助けられるヒロインにもなりたいって思うようになってきちゃった。
中学生になってひと月、たったそれだけしか経ってないって言うのになんだかみんな急に恋とか愛とか言い出しちゃって、私もそれに感化されちゃってるのかな……?
それはともかく、私はヒロインに自己投影し、たっぷりと余韻に浸った後テレビのスイッチを消した。
暗くなった画面に映った自分の顔が見えた瞬間、私はふと現実に引き戻され小さくため息を付く。
……これは、ただのお話、現実じゃあり得ない絵空事なんだよね……。
私は所謂『夢見る乙女』だけれど、現実とフィクションの区別はつく年齢だ。だから、自分がヒーローになんてなれるわけがないし、ヒーローが私の前に現れることなんてありえないってことはちゃんとわかってるつもりだよ。
『いつまでも夢見てないで大人になれよ』
少し前にとある人物から言われた言葉が私の頭の中でリフレインされる。そう、それが正しいんだよね? でもさ、やっぱりヒーローには憧れちゃうんだよ! だってカッコいいもん!
私は自分に言い聞かせるように心の中で叫ぶと、時計に目をやる。
あ、いけない……もうそうろそろ寝ないとまた遅刻しちゃう……! ついこの間も大遅刻やらかして先生に怒られたりあいつにからかわれたりしちゃったんだから気を付けなきゃ……。
とにかく私は念のためにトイレに行ってから、ベッドに潜り込んだ。
そして、目を閉じればすぐに睡魔がやってくる……おやすみなさ~い……ぐぅ~……ぐー……。
「大丈夫だったかい?」
そう言って私の頭を撫でてくれる優しい手、その手のぬくもりは私の中の恐怖を拭い去ってくれた。
恐怖……? なんで私恐怖してたんだっけ?
――ああ、そうだ、私ヒーローショーで怪人の人質にされてたんだ! それで怖くて震えてたんだった!
それを助けてくれたヒーロー、名前も知らないし姿も今となってはよく覚えてないけど、その手の暖かさだけは今でも覚えてるよ。まるでお日様みたいな暖かくて大きな手……
そう、この出会いがあったから私はヒーローが大好きになったんだ……!
ん……? ちょっと待って! 私、今そのヒーローに撫でられてるんだよね!? だったら顔を上げてその姿を見ないと! 名前を聞かないと!!
だけど私の顔はまるで強力な接着剤でも付けられたかのようにビクとも動かない……どうしてぇ~……せっかく憧れのヒーローと同じ空間にいるのにぃ~……!
……あ~もうっ!!! この役立たずの顔め~! 何で言う事聞いてくれないのよ~……!!
ピピピピピピ!!
ああ、しかもなんか周囲からけたたましい音が鳴り響く幻聴まで聞こえてきたよぉ~~!!! やめて~~~!!!! そんなうるさい音出さないでぇぇ~~~~!!!!!!
「こら、みう! いつまで寝てるの! 早く起きないと遅刻するわよ!」
空間に響いたその声に、私はハッとして目を覚ました。目の前に広がるのはいつもと変わらない自分の部屋の天井だ。
そして、私の顔を覗き込む鬼が一匹……。
私とよく似た顔立ちで髪の色も同じ茶色だけど、ショートカットでくせ毛の私に対してその鬼はロングのストレート。
これで本当に中学生の子持ち!? とよく言われているけど、私は知っている、最近小じわが目立ち始めたことをね……!
「ほら、いつまでも寝てない! さっさと起きなさい!!」
そう言って私の布団を引っぺがす鬼改め私のママ<香取 由希奈>の剣幕に、私は夢の中でヒーローショーの怪人に人質にされていた時より怯えてしまうのだった……。
ああ、夢のヒーローさん、この鬼の怒りを鎮める方法、そして、学校に遅刻しない方法を教えてください……ぐすん……ぐすっ……。
なんて、嘆いてる場合じゃない!
私は怒るママをお説教は後で聞くからとなんとかなだめつつ急いで着替え一階に降りると、テーブルの上に置いてあった朝食を手早くかきこみ(遅刻しそうなのにちゃんと食べるんかいとかいう突っ込みは受け付けません! だってお腹空くんだもん! 仕方ないじゃん!)、鞄を手に取り玄関へダッシュ!
「行ってきまーす!」
そう言って家から飛び出していく。
幸いなことに家から学校までは近く、走れば15分もかからない。
なんとか学校までたどり着きギリギリで校門を抜けると、私は息を切らしながら校舎を見上げる。
――私立秋桜学園。それが私の通う学校の名前。
小中高一貫教育の学校で、広大な敷地内に初等部、高等部、そして私のいる中等部がある。
小学校受験を乗り越えてこの学園に入った私は、一応エリートのはずなんだけど、放っておいても進学できる環境に慢心していたせいか、今ではすっかり落ちこぼれちゃってるんだよね……。
成績も悪いし運動もできないし……おまけにドジだからみんなに迷惑かけちゃってるし……ああ、ダメな子だなぁ……。
なんて朝っぱらから落ち込んでる場合じゃないよ。今日も一日元気出していこー!
私は自分の両頬をパンと軽く叩くと、教室に向かって走り出した。
そして、今日は最近私の機嫌を悪くするある人物からのちょっかいもなく、平和な時間を過ごした後のお昼休み、屋上で親友と一緒にお弁当を食べ終えた私はその親友相手に大好きな特撮の話を熱弁していた。
「でね、怪人の攻撃でピンチになっちゃうんだけどね、その時にヒーローが助けに来てくれるんだよ! すごいよね! かっこいいよね! それで、最後に決め台詞を言うの! 『お前たちの好き勝手にさせるわけにはいかない!』って! それから…………」
興奮気味にまくし立てる私に、呆れたような、引いたような視線を向ける彼女の名は<森野 智子>、初等部6年生の冬という比較的最近からの友達付き合いなのだけど、中等部に上がって同じクラスになったことも手伝い、すでに一番の仲良しと言っていい間柄になっていた。
眼鏡をかけていて、顔立ちだけは文学少女っぽい雰囲気を醸し出してるけれど、実際は活発でスカートの丈も私より短かったりする。
そんな彼女の好きな物はゲームなのだけど、趣味というレベルを超えた生きがいともいえるほどのめり込んでいて学園では私と同じように変人で通っている。
そんな変人同士だから、仲が良いというのもあるのだけれど、彼女は別にヒーロー好きというわけではないので、ときたまこうして彼女をうんざりさせてしまうこともあるのだ……。だけどそれはお互い様、私も彼女のゲーム話には引くことがあるからだ。それをわかっているからこそ、智子は呆れたような顔を見せながらもいつも話を聞いてくれるのである……!
「ほんとにあんたってヒーロー物が大好きね」
智子の口調はどこか楽し気だ。私には彼女の気持ちがよくわかる、親友が嬉しそうに自分の趣味の話をしている姿は(たとえその話自体には興味がなくても)なんだか微笑ましく思えるものだ。
それはともかく私は彼女に大きくうなずくと、「だって、ヒーローだよ! かっこいいもん!」と返したのだった。
そして、そんな私にさらに呆れつつも笑ってくれた彼女だったのだけど……いつまでも私の話を聞く側ではいたくないと思ったのか、別の話題を振ってきた。
「ヒーローもいいけどさ、あんたは別のことには興味はないの?」
「え? なんのこと?」
私は頭の上から疑問符を飛ばしながら首を傾げた。
「だから、恋愛とかよ、あんたそういうのに興味ないの?」
その質問に私は来たか……と思いながらも自分の顔が引きつっていくのを感じた……何故ならこの質問が来ることは予測していたからだ……。
そう、実は最近、友達の間でこういう質問をされることが増えてきたのである……!
いやまあね、もう中学生だしね、そういう話が出てくるのは当然といえば当然なんだけどね……! だけど……!!
「えぇ!? そ、そういうのは私はまだ早いと思うの……そういうことは大人になってからじゃないと……」
きっと私の顔は赤くなっていると思う、だって興味がないって言ったら噓になるもの。
昨日の夜『仮面ファイター』でヒーローに助けられる女の子に自己投影してにへにへしてたばかりだし、街や学校でカッコいい人を見かけたりしたらつい目で追ってしまうこともある。それに私だって恋をしてみたいと思ってる!
だけど、私はまだ多分初恋もまだなんだもの……。
昨夜見た夢の――幼いころ私を助けてくれたヒーローさんは初恋かも知れないけど、あの時私は3歳。恋愛どころかしっかりとした自我すら芽生えていない時期だものね……さすがにこれは違うかなって思うんだ……うん。
ともかく、そんな事情もあって、この手の話題は私としてはなるべく避けたいところなのだけど……。
私の反応に気を良くしたのか、智子は小さく笑う。
「そんなこと言っちゃって、あんたも本当は興味あるのバレバレじゃない」
「……ちょ、ちょっとはね」
私は観念して言った。
親指と人差し指で“ちょっと”をやりながら答えた私に、我が意を得たとばかりに智子は「やっぱりね」と楽しそうに笑う。
そして、続けて言ってきた、まるで面白いおもちゃを見つけたかのような表情で……。
「じゃあさ、今あんたには気になる人とかはいないの?」
「いないよ、そんなの」
私は素直に答えた、実際そんな相手はいないんだから仕方がない。
正確に言えば私は常にヒーローの事が気になってるのだけど、智子が尋ねてるのはそういうことじゃないだろう。
ただ一人、別の意味で気になる相手ならいるけど、これも恋愛とかそういうんじゃない……はず。
だからさっきの答えだったわけだけど、智子は信じられないと言った顔でこう言った。
「そうなの? あたしはてっきりあんたはひ……」
「やめてっ!」
私は智子の言葉を遮り声を荒げて言った。
智子が誰の名前を出そうとしたのかがわかってしまったからなのだけど、その名前は今一番聞きたくない名前だった。
ましてや、気になる人呼ばわりなんて前だったら笑って受け流せたと思う、だけど今の私にはそれは無理なことだった。
「しょ……あいつの名前なんて出さないで、たとえ私が誰かに恋することになったとしても、あいつだけは絶対ありえないから。私のタイプじゃ全然ないもん!」
私の剣幕に智子は驚いた顔をしていたけど、すぐに呆れたような顔になると言った。
「また喧嘩中? あんたも懲りないわねぇ」
「懲りないのはしょ……あいつの方だよ。いっつもいつも私に意地悪なことばっかり言うんだもん」
私はぷいっとそっぽを向いて言った。
そんな私に智子は肩をすくめると、「わかったわ。じゃあ『彼』の話は無しにしましょう。その代わり教えてよ」と言った。
「何を?」
私は智子に向き直り首を傾げる。智子はまた楽しそうに笑いながら聞いて来る。
「あんたはどんな人がタイプなのかってこと」
私が『私のタイプ』なんて言葉を口走ったものだから智子は気になったんだろう。
『あいつ』が私のタイプじゃないなら、じゃあどんな人がタイプなんだって話だよね。
だけどそんなものは決まってる。私は智子の目を見据えハッキリと答えた。
「もちろん、ヒーローだよ!」
そう、私の好みといったらこれしかない! 聞くまでもないという奴だ。
だけど、智子は私の答えがお気に召さなかったようで、ガクッと大げさに肩を落とす、その拍子に眼鏡がずり落ちそうになったので慌てて直していたけれど……。
「結局あんたはそこに行きつくのね……」
智子からしてみれば私のヒーロー話に飽きたから振った話題なのに結局ヒーローの話になったことに呆れているようだった……ごめんなさい……でも仕方ないじゃん……だってヒーローが好きなんだもん……!
「でもヒーローってかっこいいんだよ、ママだってかっこいいってよく言ってるし」
「それは俳優がでしょ? そりゃかっこいいのは当り前よ」
「それはそうだけど……でも、そういうのも全部含めて、ヒーローはかっこいいんだよ」
私はそう言ってうっとりするように空を見上げたのだった。
「まったく、しょうがないわねぇ」
口ではそんなことを言いながらも智子は笑っていた。
そう、しょうがないんだよ智子、だって私はヒーローのことが好きなんだから!
私が心の中で改めて思ったその瞬間!
「相変わらずお子様趣味全開だなお前は」
そんな言葉とともに私の横を何かが高速で通り過ぎていった。
ん……なんだろう、今一瞬足のあたりがスースーしたような……まさか、これって……!
「へへっ、今日は白か」
後ろからそんな声が聞こえたので慌ててスカートを押さえて振り向くとそこにはニヤニヤと笑う少年がいた。
長く伸ばした髪を後ろで結んでおり、ヤンチャを絵に描いたかのような顔立ちをしたその少年はニヤリと笑って私を見ていたのだった――。
「もぉ~! 何するのよ翔くん! やめてっていつも言ってるじゃん!」
私は顔を真っ赤にしながら抗議の声を上げたのだけど……彼は悪びれる様子もなくケラケラと笑っていて……うぅ~恥ずかしい……。
彼の名は<氷川 翔平>私の天敵とも言える少年だ。
そして、さっきも話題に出てきていた、今私が一番名前を聞きたくない、全然タイプじゃない、絶賛喧嘩中の相手だ。
そんな関係の割には『翔くん』なんて呼んだりしてるのは何故かといえば、非常に腹立たしいことに彼と私の関係はただの同級生ではなく所謂幼馴染という奴だったりするからだ。
しかも、そんじょそこらの幼馴染じゃない、両親同士が学生時代からの親友で、そこからずっと交流を続け、建てた家も近く、そして私と彼は生まれた病院も同じ、幼稚園も同じ、同じ秋桜学園を受験し同じように受かり、狙ったように6年間まったく同じクラス(席は流石に隣同士じゃない時もあったけど)そして、中等部に上がった今も当然と言わんばかりにクラスが同じなのだ、ここまでくるともう運命なんじゃないかと思えてしまうくらいにね……!
そんな腐れ縁というかなんというか、とにかくそんな関係である私達だけど、私と彼が天敵同士になったのはここ最近だったりする。
『翔くん』という明らかに親し気な呼び方が染みついちゃってることからもわかるように、彼と私は以前はまあ、それなりに仲のいい幼馴染だった。
その関係を壊したのは彼の方だ、元々ちょっと意地悪な部分はあったんだけど最近になってそれが酷くなったのだ――
成長して不良に憧れるようになったのかと思えば別にそういうわけでもないらしく、他の人の前では今までと同じ優等生的態度で通しているからますますわけがわからない……一体全体何がしたいんだか……はぁ……。
ともかく、理由はよくわからないものの私限定であまり感心できないレベルのちょっかいを掛けてくるようになったので本当に迷惑している。
暴力とかを振るわれたりするわけじゃないし、言葉でのからかいも嘘とかは言わないから見ようによってはただのじゃれ合いみたいなところがあるのだけど……
ただ、私相手だから「こらー!」レベルで済んでるけど、スカート捲りとかなんて普通はセクハラで袋叩きにされても文句言えないんだからね!? ほんとやめてほしいよ……まったくもう……!
そう思いながら恥ずかしいやらムカツクやらで睨みつける私に彼はへらへら笑いながらこんなことを言ってきた。
「いいだろ、少しくらい減るもんじゃないし。幼馴染同士の軽いスキンシップみたいなもんだろ?」
「何がスキンシップよ! 大体私昨日翔くんと絶交したはずだよね? 何を普通に話しかけてきてるわけ!?」
私がそう怒鳴るように言うと、彼はヘラヘラした顔のままこう返してきた。
「お前の絶交宣言なんてもう聞き飽きたぜ。こーんなガキの頃から少しでも気に入らないことがあるとすぐ言ってたからなお前」
自分のひざ下あたりに手を持っていきながらそう言う彼の言葉を聞いて私は思わず言葉に詰まる。
ううっ、確かに昔から私はへそを曲げるとすぐに彼に嫌いとか絶交とか暴言をぶつけてたけど……それでも翌日になるとケロッと忘れてまた彼と仲良くしてたけど……
「昔と一緒にしないでよ! 今回のは本当の本気なの!」
思わず赤面しながら言う私に彼は余裕の態度を崩さない。
「わかってるって、だから、今日は朝からちょっかいを掛けるのはやめてやっただろ? けどもう昼だ、お前の絶交宣言なんてとっくに時効なんだよ、そろそろ機嫌直せよ」
「翔くんが大人しくしてれば、もしかしたら許してあげようなんて気にもなったかもしれないけどね、よりによってスカート捲りなんてして! 絶対許さないんだからっ!!」
私がそう言って再び彼を睨みつけると、今度はこんな言葉で反論してきた。
「今更そんなことで恥ずかしがるなよ」
「今更って何よ!」
翔くんの言葉に私は噛みつくように言い返す。
そんな私に翔くんは呆れたようにため息を吐きながらこう言った。
「お前オレの前で何度すっ転んでパンツ見せたと思ってんだ?」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず顔を赤くして俯いてしまった。
うぅ~! それは確かにそうなんだけど……! でも、それとこれとは別でしょ!
「それに、オレたちは風呂だって何度も一緒に入ってるだろ? 下着くらいで騒ぐなっての」
「なっ……」
私は思わず絶句してしまう。さらに顔が赤くなりそうなのを自覚して慌てて顔をそらすけれどもう遅いだろうなぁ……うぅ~、こんな顔絶対見られたくない! でもきっとニヤニヤ笑ってるんだろーなコイツ~! くっそー!!
……そう、確かに私達は小さい頃はよくお風呂も一緒に入っていた……も、もちろん本当ちっちゃいころの話だよ? それこそ私の方は翔くんの裸がどうとか全く覚えてないぐらい昔の話だし! 多分翔くんの方だって私の裸なんて覚えてないと思うし!
とはいえ彼との関係が悪化したからという以前にこの事実はもう幼児じゃない私にとってみれば非常に恥ずかしいできれば消し去りたい過去なのだけど……彼はことあるごとにこのネタで私をからかってくるのだった……!
言ってる本人は恥ずかしくないのだろうかといつも思ってしまう。大体横には智子もいるっていうのに……。
ちなみに智子は私と翔くんの関係は把握済みなのでこの話を聞いても別に驚きも戸惑いもしていない(初めて話した時は本当にそんな漫画みたいな幼馴染なんているんだって驚いてたけど)、さらに彼女は学園内では(何がいいのかわからないけど)モテるらしい翔くんに恋愛的感情を一切抱かない珍しいタイプの女の子だったりするので私に対して変な嫉妬心を抱くこともなく、ただ肩をすくめて私たちの様子を見てるだけだ。
だけど、私は彼女の口元がニヤニヤしているのを見逃さなかった、絶対内心楽しんでるよこれ! 私の反応を見て面白がっちゃってるし!
とにかく私は恥ずかしがってばかりじゃなくて翔くんに反論しなければならない、そうじゃないと彼はひたすらに調子に乗ってしまうのだから。でも、やっぱり面と向かって言うとなるとどうしても恥ずかしさの方が勝ってしまうわけで――
「あ、あれは幼稚園の頃の話でしょ!? もう何年前だと思ってるのよ!」
あたふたしながら言い返す私に彼は平然とこう切り返してくるのだ、まるで私をからかうのを楽しんでいるかのように、いつもの意地悪な笑顔でね……!
「えー? オレは昨日の出来事のように思い出せるけどなぁ? 確かあの時は――」
ま、まさかアレを言うつもりじゃ……!?
私はゾゾッと背筋を震わせる……一緒にお風呂に入っていたことの中でも最も恥ずかしいあの出来事について言及されたら困る! というか絶対に思い出したくない!
「わーわーわー!!」
私はもうこれ以上彼の口からその話題が出る前に強引に話を終わらせることにした! 私は大慌てで彼に詰め寄る! そして叫ぶようにこう言った!
「もういいから、許してあげるから! その話はこれ以上しないで!!」
つい言ってしまった、今日もこの勝負は私の負け。今月の戦績――0勝21敗1引き分け。口じゃこの意地悪な幼馴染に私は勝てない。
仲が良かった時からそれは変わらないみたい……くすん……。
「やれやれ、仕方ないな」
そう言って翔くんはあっさり引き下がり肩をすくめる。その口元にはニヤリとした笑みが浮かんでいた。
その態度を見て私は察するとともにやられた! と心の中で舌打ちをした。
最初から彼は『あの話』はするつもりがなかったのだ……! だけど それを持ち出せば私がスカート捲りについて許すとかうっかり口を滑らせてしまうとわかっていたから……! そうして私が油断したところに付け込んでくるつもりだったんだ! 相変わらず嫌な作戦を考えるんだから……!
……うぅ……! 悔しいよぉ……! でもやっぱり彼には敵わないよ……! 彼はいつも私をからかう時はこういう手を使うのだ、それをわかっていたのに負けてしまった自分が恨めしい……!!
しかし、この幼馴染くん、私が負けを認めればいつも即座に引いてくれる。
そういうあたりなんだかんだ言って昔と優しさは変わってないんだよね……だからこそ嫌だ嫌だと思っててもついつい彼のちょっかいに付き合ってしまうのだけども……。
ともかく彼は敗北感で肩を落としている私に手を伸ばすと、それこそちっちゃな子にするように私の頭をポンポンと軽く叩いたのだった。
勝者の余裕か慰めのつもりか、しかし、昔だったら嬉しかったそれも今の私にはムカツク行為の一つでしかない。
私はもう子供じゃないっつーの! 大体同級生のくせに何“オレはお前と違って子供じゃないんだ”感を醸し出してんのさ!? 腹立つなぁ!!
私は頬を膨らませて彼を睨みつけるのだが、彼は全く意に返さず「じゃあな」と片手を上げて屋上と校舎を隔てる扉の方へ歩いて行く。
やれやれ、やっと行ってくれた……と私が安堵のため息を付いていると、彼は扉の前で足を止めて振り返ると、私にスカート捲りなんかより遥かに衝撃的な言葉を投げかけてくる……!
「お前もいつまでもヒーローとか言ってないで、早く大人になってもっと他のことに興味を持てよ」
プツン……私の中で何かが切れる音がした――気がした――次の瞬間には私の口から今日一番の叫び声が飛び出していた。
「うるさいっ! 馬鹿!!」
しかし、私の言葉は、ちょうど扉が開いて彼が出て行こうとした時に発せられたせいで彼には届かなかったようだ。
「くううううう!!」
あのアホぉ!! この私の、この私の何より大好きなヒーローに対する思いをバカにしてぇ……!! 許せないわ……! 絶対に許さないんだからぁ……! この恨み、晴らさでおくべきか……! 私は悔しさのあまり思わず唇を噛みしめていた。
あっといけないいけない、私は人に対して馬鹿とかアホとかいうタイプじゃないんだった、思わず自分のキャラすら崩壊させるほどに怒りが込み上げてしまったみたい……! でも、それもこれも全部翔くんのせいなんだからね!? まったくもう……いつも私をからかって遊んでばかりいるんだから!
――少し深呼吸をして落ち着いた私は「まったく……なんなのよあいつは……!」と言うと、足元の小石を扉に向かって蹴りつけた。
だけどそれは扉に届くこともなく、少し転がっただけだった。
はあ、我ながら小石一つ満足に蹴れないなんて情けない……本当に運動神経皆無なんだから……。
私がそんなことで落ち込んでいると、肩にポンと手が置かれる。
もちろん智子だ、先ほどまでは楽しそうな顔をしていたのだけど、流石に私の怒りっぷりにドン引きしたらしい、今はとても心配そうな顔をしている。そして彼女は言うのだった、私を励ますように優しい声色で――
「災難だったわね……でも、いつものことじゃない? あの子も懲りないものねぇ……」
まるで2、3歳は年上のお姉さんみたいな口調だ、実際智子は同年代の子に比べて大人びていた。
子供っぽい私やそんな私より子供なんじゃないかと思える言動を繰り返す翔くんとは大違いだ。
だけど、やっぱり私は子供みたい、彼女の言葉にも頬を膨らませこう返した。
「むぅ……確かにいつものことだし、私も怒ってばかりいるけど……でも、あんなこと言われて黙ってられないもん……!」
「まぁまぁ、落ち着こうよ。みう」
そう言って智子は苦笑しながら私の頭を撫でる。
ああ、優しい。やっぱり智子は一番の親友だよ。
智子の言葉に落ち着いた私は頭に手を当てながら言う。
「それにしても、なんで翔くん私に意地悪ばかりするようになっちゃったんだろ?」
私はそれが謎だった。彼は昔は私の嫌がることをしなかったし言わなかった(皆無ではなかったけど本当に稀だった)、今だって私以外の人相手にちょっかいかけてるところは見たことないし、そんな話すら聞いたことがない。
突然私だけが嫌われたとしか思えないのだ、私は知らないうちに翔くんの地雷でも踏んでしまったのだろうか? そんなことを考えていると智子は言うのだった――心底呆れ果てたような声色で――
「あんた、それ本気で言ってるわけ……?」
「……え? どういう意味? それって……」
「いや……だから……はぁ……」
私が質問しようとするも彼女は答えてくれない、それどころか頭を抱えて項垂れてしまう始末だ……なんだかよく分からないけどすごく失礼な態度を取られている気がする……だけど智子はすぐ頭を上げると、「なんでもない」と言うのだった。
なになになになになに!? 気になるぅ!! 智子には翔くんの豹変の原因が分かるのぉ!? 教えてよぉ~……!
うぅ~! なんか悔しいなぁ……!
結局分からずじまいでモヤモヤしたままの私だったのだけど、智子はぶつぶつと「鈍感にもほどがあるわよこの子」とか「こういうのは自分で気付かなきゃ意味ないのよ……!」とか言ってる、なんの話だろう……?
まあいいか、智子は教えてくれそうにないし、翔くんのことなんて私が考えたところでわかるわけもない。だから私は考えるのをやめた。それはいいとしても……!
私の頭の中にさっきの翔くんの言葉がよみがえるとともにまた怒りがふつふつと湧いてきた。
彼がどんな意図で私に意地悪をしてるのかはわからない、だけど、彼はここ最近私の地雷を踏みぬくような発言ばかりしているのだ!
スカート捲りとか、一緒にお風呂に入った話とか、幼稚園時代の結婚ごっこの話とか成績をからかわれるのとか運動オンチをいじられるのは別にどうでもいい、ちょっと恥ずかしいだけだ……だけど!
「それにしても、スカート捲りとかはともかくとして、私の大好きなヒーローを馬鹿にするのだけはどうしても許せない!! この間だって翔くんってば『ヒーロー物なんて子供だましからは早く卒業して大人にならなきゃだめだぞ』なんて言ってきたんだよ! 何よ大人ぶっちゃって!!」
そう言って私は拳を握る。わざわざ智子の目の前でこんなことを言っているのは彼女に私の怒りを分かってもらいたいからだ、彼女はいつも私のことをわかってくれるからきっと今回も理解してくれるはずだ――
しかし私は智子の反応を待たずに言葉を続けた。一旦言葉に出したら止まらなくなっちゃった。
「確かに翔くん昔っから私がヒーローの話をすると不機嫌になったりしてたからヒーロー物はあんまり好きじゃないのかもしれないけどさ、そんなのは翔くんの事情で私の知ったこっちゃないよ」
自分で言ってて思い出したけど、そうだ、翔くんはヒーローが嫌いだったんだ。それが彼の地雷なんだろうか? だから、彼は私のヒーロー趣味を馬鹿にするような発言をするようになったんだろうか?
だけど、ちっちゃいころはヒーロー話に不機嫌にはなってもそこまでひどいことは言わなかった気がする……それどころか、結構話に付き合ってくれたりもしたのに。
ただ、私が「ヒーローってかっこいいよね」的な話をするとあからさまに不機嫌そうな顔をしてそっぽを向いてしまうのだった……そんな反応されると私も悲しくなるし、なんか嫌な気分になるんだよね……それに、今思えばあの時の彼の表情はヒーローへの嫌悪というよりは嫉妬に近いような感情だった気もするな……まあヒーローってかっこいいから翔くんじゃなくても羨ましく思う気持ちはわかるけど!
なんて私が勝手に吐き出して、勝手に自分の中の思考に沈んでいると、ふと私の顔を覗き込む智子と目が合った。
あ、いけないいけない、智子に話して私の怒りを共有したかったのに、勝手に一人で考え込んでしまっていたようだ……。
私は智子に対して苦笑いを浮かべた。だけど智子はさっきからニヤニヤといやーな笑顔を浮かべて私のことを見ていたのだ。まるで面白い玩具を見つけたかのようなその笑顔を見て、私は思わず顔をしかめる。
「智子、何をニヤニヤしてるの? 私は翔くんにヒーローを馬鹿にされたことで怒ってるの! 真剣に聞いてよ!」
そう言って頬を膨らませる私に智子は「ごめんごめん」と謝った。
もうっ、智子ってば、一緒に怒ってくれないわけ? 智子だってゲーム趣味馬鹿にされたら嫌でしょう? それとも、やっぱり智子には翔くんの意地悪の理由がわかるから彼に対して怒る必要はないってことなのかな……?
私はもう一度だけ翔くんが意地悪になった理由を考えてみる、私の方に理由があるとするなら私の何が彼を苛立たせるんだろう?
そう考えると、一つだけ思い当たることがあった、翔くんは中学生になり――正確には小学校高学年ぐらいの頃から――背伸びをするようになった、つまり大人ぶるようになったのだ。大人ぶりたい彼としてみれば私のヒーロー趣味は子供っぽく見えるのかもしれない。
それに、私はお話としてのヒーロー物が好きなのは当然として、現実にヒーローが存在することを願っている。
翔くんからしてみれば、幼馴染の私がそんななので、苦言の一つも呈したくなるのだろう……でも、だけど……。
「そりゃ私だって、特撮とかアニメとかのヒーローが現実にいないことぐらいわかってるけどさ、でも……テレビみたいなヒーローじゃなくてもいいから、現実にだってヒーローはいるって思いたいんだよ……!!」
ヒーローなんて架空の存在、ただの絵空事。翔くんに言われるまでもなくそんなことはわかっている。
だけど、夢を見ることは悪いことなの!? 夢をくだらないと切り捨ててあざ笑うことが大人になるってことなら、私はまだ子供のままでいい! そんな思いで思わず叫んでしまった私に、智子は目を見開いて少しだけ驚いたような様子を見せたけど、また私の頭を撫でながら言ってくれた。
「氷川くんが意地悪な理由はあんたが自分でしっかり考えなきゃ意味ないからそれは置いとくとして。あたしはあんたの夢を馬鹿にしたりしないし、応援するよ。あたしだって同じだしね。あたしもゲームばっかりやってて何の役に立つんだとか言われたりするけどさ、結局自分が楽しいと思ってればそれでいいじゃん? それに好きなことに夢中になってるあんたを見るの結構好きだよ?」
そう言ってニッと笑う智子を見てるとなんだか勇気が出てきた気がした。そうだよね、人にどう思われようと関係ないよね……! ありがとう、智子!!
「……うんっ!」
私も笑顔を浮かべたのだった――。
「ところでさあ」
と智子は何かを思いついたように口を開いた。
「なに?」
「もし、あんたの夢が夢で終わらなかった場合、あんたはどうする?」
少し回りくどい言い方をする智子に私は首を傾げた、どういう意味だろう?
智子自身も自分の言葉がうまく伝わらなかったことを自覚したのか補足説明をしてくれた。
「あー、つまりはね。もし、現実にあんたの理想のヒーローがいたとして、その人が目の前に現れたら、みうはどうする?」
智子の言葉に私は少しだけ考える。
そうだ、ヒーローが存在をすることを夢見てた割にはもしヒーローと出会えた場合どうしたいのかあまり考えたことがなかった気がする……。
「うーん……そうだなぁ、助けてもらう、かな……」
私は今自分の夢が二つあることに気が付いた、一つは自分がヒーローになりたいという夢、もう一つはヒーローに助けられるヒロインになりたいという夢だ、こっちはお姫様願望に近いかも知れない。
「助けられ、守ってもらいたい。それがヒーローに会えたらしてもらいたい一番の事かな……」
自分がヒーローになるのは自分の努力が関わってくるからそう簡単になれないだろうけど、ヒロインになる方はあまり自分の努力的な物は必要ないし、何より私の憧れるヒロイン像そのものなんだもん! だからこっちに関しては割と現実的な目標なのだと思う。でもやっぱり助けてもらうのって一番ロマンがあるよね……! そう思いつつ答えた私に、何故か智子は呆れたような顔をした。
何で!? 私何か変なこと言った!? 私がオロオロしていると、智子はハァーッと大きなため息を吐いた後私にビシッと人差し指を突きつけた。
何事? 私何も悪いこと言ってないよ??
「……あんた、それでいいの?」
「へ?」
私は間抜けな声を発しながら首を傾げた。何がいいのかさっぱりわからないんだけど……? 首を傾げる私をジト目で見つめながら智子が言った。
「守られるだけでいいのかって聞いてんのよ。それじゃ駄目よ、さっきの言葉撤回、あたしはそんなあんたなら応援はしてあげない」
その言葉にハッとする、確かに言われてみればその通りかもしれない……だってそれはまるでヒーローの登場を待っているだけのお姫さまみたいだもん……そんなの嫌だ……それに……
……助けてもらうだけじゃ意味がない……
智子に指摘されて私は心の中で反省する。
ヒーロー願望が、いつの間にかただヒーローを待つだけの存在になることへの憧れにすり替わっていたことに気が付いたのだ! これじゃ駄目だ! それじゃあただのお姫様願望と変わらない! 助けてもらうんじゃなく助けたい!! 私だって誰かを助けたい!
「智子、ありがとう。私もう少しで自分の目指すべきものを見失うところだったよ」
私がお礼を言うと、智子はうんうんと頷いてくれた。
そんな彼女に私はさらに続ける。
「さっきのは取り消しね、私がヒーローに会ったらしたいこと、してもらいたいこと。それは肩を並べて一緒に戦うことだよ!」
「ふふ、そうこなくっちゃ。じゃあそんなあんたに次の質問。もしヒーローになれるならどんなヒーローになりたいの? やっぱり仮面ファイター?」
智子からの質問に私はまた少し考える。
仮面ファイターは大好きだけど仮面ファイターになりたいかと言われると少し違う気がする。
仮面ファイターは仮面ファイターとして別に存在してて、一緒に戦えるのが理想だ。
そう考えると私が目指すべきは戦隊ヒーローの女性メンバー? だけどあれはあくまでも複数人の中の一人でしかないし……。
もっとこう完全なメインキャラみたいな……。
その瞬間、私の頭の中にあるものが思い浮かんだ。というか、どうして今まで忘れていたのかが不思議なくらい。
『プチピュア』というものがある。仮面ファイターの前にやってる女の子向けの変身ヒロインアニメで、もちろん私はこれも毎週見ているのだけど、これこそ私がなりたい理想のヒーローなんじゃないの?
プチピュアはヒーローだし、同時にヒロインでもある。コスチュームも可愛くてお姫様的要素も入っている。
これぞまさに一石二鳥どころか一石三鳥!
私は顔を上げると、高らかに智子に宣言した。
「私はプチピュアみたいな正義のヒロインになりたい!」
「プチピュアか、なるほど、言われてみればあれもヒーローの一種ね。ヒーローっていうから男の子向けの特撮とかばっかり想像してたわ」
私の言葉に納得したように頷く智子。
私はもう少し想像を膨らませてみる。私の更なる理想はプチピュアの世界に仮面ファイターがいるような状態だ。
私がプチピュアみたいな正義のヒロインになって、仮面ファイターみたいなヒーローと肩を並べて戦う、そして……。
私は頭の中に浮かんできた想像に身悶えた。
倒れ伏した怪人の横で重なる二つの影、一つはヒーローさん、そしてもう一つは正義のヒロインとなった私。
『ありがとう、君のおかげで助かったよ』
『いえ、あなたのためなら私……』
『みうちゃん……』
『ヒーローさん……』
想像の中で二人の顔が近づいていく、その瞬間ヒーローさんの顔が翔くんの顔に変わると私に向かってアッカンベーと舌を出しながら「いつまでも夢見てんなよ」と言ってくる。
なっ……なんてことを……! あいつぅ……人の妄想の中にまで出てきて邪魔しやがってぇ!!
何よ、あんたなんてせいぜいヒーローに倒される怪人がお似合いよ!
私は妄想の中で翔くんを叩きのめす、彼は私のお尻の下で「きゅう~」と目を回していた……よしっ! これですっきりした!
私が妄想から覚めると、目の前の親友は呆れた顔で私を見ていた……あちゃ~またやっちゃった……。
言っとくけど私、普段はこんな妄想激しい子じゃないんだよ? だけど、翔くんがあんなこと言うから、つい……って私は誰に言い訳してるんだろ。
「あんたって、本当に面白い子ね、見てて飽きないわ」
私は顔を真っ赤にして俯くしかなかった。
「でも、ヒーローやヒロインに憧れるもいいけど、妄想はほどほどにね」
「……はい、反省してます……」
ううう、恥ずかしぃ……。私は小さくなって呟いたのだった―――。
「よろしい。ところで、今度はあたしの話を聞いてよ、この間ゲーセンでさぁ~……」
と、私の同意も得ずに話し出した智子に今度は私の方がげんなりした顔を向ける番になった、こっちの話に付き合わせてしまっただけに断りづらいしなぁ……仕方ない、今日はとことん付き合うか……そう覚悟して私も彼女の話に耳を傾けた。
だけど、私は智子の話に相槌を打ちながらも心の中では別のことを考えていた。
本当に正義のヒロインになれたらなぁ……だけど、そんなの夢とすら言えない文字通りの妄想……だよね。
私は心の中で自嘲気味に笑った。
――これが、私、香取みうの日常――
私はただ正義のヒーローや正義のヒロインに憧れるだけの普通(?)の女の子――そう、この日、この時間までは、確かにそうだったのだ……。