第10話 S.P.O本部にて
地球から10万光年以上の遥か彼方に位置している惑星ジャスティー。
この星は元々宇宙平和維持機構――通称S.P.Oの本拠地として作り出された人工惑星であり、そのほとんどがS.P.O関連施設で埋め尽くされている。
住民たちも、一部を除き、S.P.Oの関係者ばかりだ。
そんな中でも一際目立つ大きな建物がある。それが宇宙平和維持機構の中枢である総合司令本部だ。
俺――シュナイダーは、今、その本部の中のさらに中心部の一室で、机越しに一人の男と向かい合っていた。
その男こそこの部屋の主、S.P.Oのトップにして俺の上司に当たる男だ。
<ジョイス・ライティアー>。銀色に輝く髪をオールバックにし、狼を想起させる鋭い眼光をしたその男は、見た目通り厳めしい雰囲気を纏っている。
年齢は確か54だったか、もう老人の域に片足突っ込んでいるような年齢だが、それでも衰えを感じさせない迫力があった。
現役時代は『鬼』と呼ばれ、宇宙の悪党からは恐れられた男らしい……らしいと言うのは俺が宇宙戦士になった時点で彼は既に引退していたからだ。
それはともかくとして、何故俺がここにいるのかというと、とあることをこのジョイス長官に直訴するためにやって来たのだ。
「話はわかった。シャイニーフェニックスこと香取みうをサポートするために再び地球へ赴きたいと、そう言うことだな?」
「はい」
俺は敬礼しながら返事をする。
香取みう――俺が地球で出会い、宇宙戦士に任命したことで、宇宙戦士見習いシャイニーフェニックスとなった少女……。
任命者として、先輩として、俺には彼女をサポートしなければならない義務がある。だからこうして再度の地球行きの許可をもらいに来たわけだ……。
だがしかし、俺の願いを聞いた長官は渋い顔をしていた……。
「……気持ちはわかるし、許可してやりたいのも山々だが……今は無理だ……」
やはりか……予想していた答えとはいえ、落胆してしまうな……。
「何故です? 地球は今危険な状態にあります、見習い宇宙戦士一人に対処させるのはあまりに無謀すぎる」
そう言って食い下がる俺に、長官は机の上に肘をつき手を組んで顎を乗せながら言う。
「確かに地球も危機的な状況にあるとはいえよう、しかし、ギーガーク帝国の脅威にさらされているのは地球だけではない、君の力を必要としている惑星は無数に存在するのだ」
「う……それは……」
俺は思わず口籠ってしまう。確かに、その通りだった。
自慢のようになってしまうが、俺は今現役で活動している宇宙戦士の中では最強と言われている。
その評価が妥当かどうかはともかくとして、そんな話が出るほどには実力と実績がある俺を地球という辺境に派遣するのは勿体ないということなのだろう。
長官は俺が言葉に詰まったのを見て、さらに続ける。
「以前も言ったが、地球の危険度はまだグリーン寄りのイエローというところだ、そんな状態で君を送り出すわけにはいかないのだ。それに……」
と長官は言葉を切ると、片手を上げる。すると、空中にディスプレイが展開されそこにシャイニーフェニックスの姿が映し出された。
さらに、文字が流れて行く。どうやら、彼女の地球での戦績を表示しているようだ……。
「シャイニーフェニックスはよくやっている。君どころか我々のサポートすら必要としないほどの活躍だ」
確かにその通りだ……彼女は俺の想像をはるかに上回る力を見せていた。
宇宙戦士適性値の計測結果を知らない(俺が報告していないのだから当然だが)S.P.O内では彼女は『神の子』、『100年に1人の逸材』などと噂されているらしい……。
それが決して過大評価ではないと思えるほどに彼女は突出していた。
状況的にそうならざるを得なかったとはいえ、訓練もせず、先輩――つまり俺だ――によるサポートもないなりたての見習い宇宙戦士がここまでの戦果を上げるなど普通はありえないことだからだ……。
計測結果より自分の直感を信じてよかったと誇らしく思う反面、俺はやはりあの適性値ゼロという数字が気になってしまうのだった。
彼女には何かとんでもない欠点がある、だからあんなにも低い数値が出たのではないか? そんな考えが頭を過ってしまうのだ……。
それに、俺にはもう一つ懸念材料がある。
それは、彼女がここまで快進撃を続けられるのは、ギーガーク帝国がまだまだ彼女を甘く見ており、本気で潰しにかかっていないからではないかということだ。
彼女が戦っているギーガーク帝国地球方面部隊はギーガーク帝国の中では最弱とされているのだが、それでも司令官のシィ・レガーンやヤーバン・ジーン将軍と言った輩はかなりの実力を持っているという噂を聞いているし、実際これまでの戦いで何人もの犠牲者が出ているのも事実だ。
そんな奴らが本気を出したとしたらどうなるだろうか……? そう考えると不安で仕方がない、我ながら過保護の心配性だと思うが、俺は彼女の熱意に押され、本来なら宇宙戦士に任命すべきではない幼く、か弱い少女を戦いの場に送り出してしまった、その責任は重大だ、だからこそ、彼女のことを全力でサポートしてやらねばならないだろう。
そんなことを考えながら、俺はなんとか長官を説得すべく言葉を紡ぐ。
「しかし、彼女がどれだけ優秀でもサポートもなしではいずれ限界が来ます! ギーガーク帝国には負けなくとも、彼女の身体が、心が壊れてしまうかもしれないんですよ!?」
俺は必死に訴える、だが、長官は俺の言葉を遮るように口を開いた。
「君の言いたいことはよく分かるよ。確かに君の言う通りだ。君の言うことは正しい、正論だよ。だが、やはり君を行かせるわけにはいかんのだ……」
くぅぅっ、このわからずやの頑固爺め……。っといかんいかん、あまりの苛立ちからつい暴言を吐きそうになってしまった……。
落ち着け……冷静になるんだ……。冷静に……。ふぅ……。よし……。落ち着いたぞ……。
しかし、どうすればいいんだ……。俺だって自分が我儘なことを言ってる自覚はある、それでも彼女を危険な目に遭わせたくないという想いが強すぎるんだ……。
それに何より、彼女を戦いの場に送り出してしまったのは俺の責任なんだ……!
「わかりました……。俺が地球に赴くというのは諦めましょう。しかし、代わりに誰かそれなりに戦える人間を派遣していただけませんか?」
ここは妥協するしかない。他人に彼女を任せると言うのは不安だが、彼女一人で戦わせるよりはマシだろう。俺は長官に向かって頭を下げた。
「シュナイダーよ、残念だが、それも難しいのだ。今我らは非常に厳しい状況にある。各惑星からは次々と増援の要請が来ておる。とてもではないが人手が足りないのだ」
長官は申し訳なさそうに言う。長官は厳しい人物だが非情ではない、彼もシャイニーフェニックスを一人で戦わせているという現状には心を痛めているのだろう。
だが、彼の立場上、それは許されないのだということも理解できるし、そもそもこれは俺の我儘だ、彼にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。
「ならば、せめてサポートアニマルを……」
俺は最後の望みをかけてそう懇願する。サポートアニマルと言うのは宇宙戦士をサポートする役割を持った動物型のバイオロイドである。
戦闘能力は低いが、様々な特殊能力を持っており、偵察や潜入任務などで活躍するのだ。
また重要な役目として、宇宙戦士の心身のケアをすることも含まれている。つまりメンタル面でのサポートも担っているのだ。
それを送ってやれれば、どれだけ彼女の心の負担が減るだろうか……しかし長官は再び首を振った。
「すまん……。サポートアニマルも生産が全く追いついていない状態なのだ……。仮にいたとしても、シャイニーフェニックスよりもさらに未熟な戦士へと回されることになるだろう」
くそっ、なまじ優秀であるがゆえにサポートが受けられないとは……。皮肉な話だと言わざるを得ないだろう。しかし、このままでは本当に彼女は一人で戦うことになってしまうぞ……。
心の中で頭を抱える俺だったが、長官は顎に手を当てて何やら逡巡すると、こんなことを言い出したのだった。
「……アレを使ってみるか……」
「えっ? あ、あれって何ですか?」
俺は思わず聞き返す。すると長官はこう答えた。
「実はたった一体だけ、未配備のサポートアニマルがいるのだよ」
「えっ!?」
なんと! そんなものがいたのか!? 俺は驚きのあまりつい大きな声を出してしまう。だがすぐに冷静さを取り戻すと聞き返した。
「それは本当ですか?」
長官はゆっくりと頷いた。そして言葉を続ける。
「うむ……。サポートアニマルの最新モデル『ジュエルシリーズ』のプロトタイプなのだが、いまいちスペック不足でな、実戦投入を見送られていたのだよ……。現状で地球に派遣できるサポートアニマルはそいつしかいないのだ」
なるほど、そういうことだったのか……。しかしそれでもありがたい話だ。これでシャイニーフェニックス――みうちゃんの負担も少しは減るだろう……。それに、みうちゃんも喜んでくれるに違いない……。
「しかし果たしてアレを派遣していいものか……。下手をすれば、シャイニーフェニックスをサポートするどころか足を引っ張ってしまいかねないからな……」
長官は悩ましげに呟く。そんなに低スペックなのか……?
しかし、何故だろう、俺の直感が再び告げた。そいつこそシャイニーフェニックスに必要な存在、そうに違いないと。
適性値ゼロと計測され、変身前はお世辞にも強いとはいいがたいみうちゃんの活躍ぶりを見れば表面的なスペックなど大した問題ではないように思える。
自らを落ちこぼれと卑下するみうちゃんと、低スペックの烙印を押されたそのサポートアニマルの相性はむしろ良いのではないか? そんな予感めいたものすら感じるのだった。俺は思い切って提案することにする。
「長官、そのサポートアニマルの派遣をお願いします。シャイニーフェニックスならきっとそいつと上手くやっていける。それに、サポートアニマルは成長型バイオロイドでしょう? 今は頼りなくとも、すぐに使えるようになるはずです」
「うむぅ……まあ、確かにそうだが……」
「どんなに素晴らしい宝石も、原石のまま磨かなければただの石ころです! どうかご決断ください!」
俺の剣幕に長官は僅かに驚いたような表情を浮かべた後、笑い出した。
「ふっ、ふふ、ははははは」
「長官……?」
俺は戸惑いながら声をかける。
「いや、すまない。まさかこの年になって部下から改めて教えられるとは思わなかったものでな。そうだな、君の言う通りだ。やってみようじゃないか。そのサポートアニマルを地球へと派遣することとしよう」
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げる俺に長官は頷くと、机に備え付けられた通信機のスイッチを押す。
「私だ、例のサポートアニマルをこちらに寄こしてくれ」
『あの雑用係として使っている奴ですか? そんなので良いんですか?』
通信相手の声がスピーカー越しに聞こえてくる。
「構わん、やってくれ」
『分かりました』
その言葉を最後に通信が切れたようだ。そして長官は、再び机に肘を突くと俺の顔をジッと見つめた後、口を開いた。
「サポートアニマルがここに来るまで数分かかるだろう、その間少し話をしようじゃないか」
「話……ですか?」
「ああそうだ。もうすぐ10年になるな。君が宇宙戦士となってから、そして……」
「やめてください!!」
俺は思わず叫んでいた。突然大声を出した俺に驚いたのか、長官は目を丸くする。だがすぐに元の冷静な表情に戻ると静かに言った。
「すまない、君の古傷を抉るような真似をしてしまったようだな」
「……いえ、俺の方こそすみません、大きな声を出してしまって。しかし、10年前のあのことは俺にとってはまだ完全に乗り越えられていないんです。だからその話はしないでいただけると助かります」
俺は頭を下げる。長官はそんな俺を見て小さくため息を吐く。
「やはりまだ吹っ切れてはいないのか……。この10年で君もだいぶ変わった。そして、シャイニーフェニックスという後輩を得たことで自信も取り戻してきたように見えたのだがね……」
「確かに俺は変わったかもしれません。シャイニーフェニックス――香取みうちゃんとの出会いも俺に変化をもたらしました。しかし、あのことを何でもないような顔で話せるような域には達していないのです」
俺の言葉に長官は再びため息をつくと言った。
「そうか、分かったよ。この件についてはもう触れないことにしようじゃないか」
「ありがとうございます」
俺が礼を言うと、長官は小さく微笑んでから言葉を続けた。
「さて、では過去ではなく未来に目を向けようか。サポートアニマルが到着したら、君はそれにシャイニーフェニックスへのメッセージを吹き込み、その後はすぐ別の任務に向かってもらうことになる」
「わかりました」
シャイニーフェニックスのことはサポートアニマルに任せるしかない。俺は気持ちを切り替えて自分の任務に集中することにした。
「それで、次の任務とは何ですか?」
「うむ。惑星マジカリアの救援に向かってもらいたいのだ。そこで現地の見習い宇宙戦士と協力して敵を撃退してくれ」
「マジカリア……。あの魔法惑星ですか」
魔法というと地球ではファンタジーの中の存在でしかないが、広い宇宙には実際に存在するのだ、そういう特殊能力を持った種族が。
マジカリアはそんな人々の住む魔法の力に満ちた不思議な星である。
「そうだ、そこの見習いは凄いぞ。何しろ適性値88を叩きだした逸材だからな。君が見出したシャイニーフェニックスにも引けを取らないだろう」
俺はほうと、思わず感嘆の声を漏らす。88とは……。見習いとしては最高クラスの数値だ。
みうちゃんという適性値ゼロの超天才のせいで俺の中での信頼度が揺らいでいるとはいえ、適性値と言うのはそう簡単に覆せるものではないはずだ。それを考えればその見習いはまさに天才と呼ぶに相応しいだろう。
「マジカリアを襲撃している部隊は、地球とは違い純粋な攻撃部隊だ。いかな天才でも見習い一人では厳しい、だから君の助力が不可欠なんだ!」
「わかりました。この任務、謹んでお受けします」
長官の言葉に頷くと、俺は敬礼をした。俺にとってシャイニーフェニックスや地球は特別だが、だからと言って他の星や人をないがしろにするつもりはない。
受けた以上シャイニーフェニックスや地球のことは一時的に頭の中から追い出して、目の前の任務に集中しよう。俺はそう心に決めるのだった。
でも、今だけは……。
(みうちゃん……。俺はいつか再び地球を訪れる。それまでは、サポートアニマルと協力し頑張ってくれ……)
心の中で呟くと、俺は長官と共に、サポートアニマルの到着を待つのだった……。




