鯖が食べたい、君に会いたい
今日もなにもしていない。
空は晴れて曇り空が恋しくなる。そんな日がまた続いている。
「明日、どこ行こうか」
「明日の話なの、今日じゃなくて」
「あ、そっか、今日でもいいよ」
「なにそれ、てきとー」
少し呆れて顔を向けるとくふくふと笑いながらこちらを伺う同居人がいた。
「ねぇ、じゃあ今日、どこ行こうか」
「…うーん」
「どこでもいいよ」
お菓子を待つ子どものような同居人にそっと手を伸ばした。
なにも言わずに手を伸ばしてくれて、指先が触れ合いそうなくらい近づいた。
「それより美味しいご飯が食べたいかな」
「えー、行きたいとこ聞いたのに」
「いいでしょ、ご飯は大切よー」
「まあ、そうだけどさ」
「焼き鯖とか食べたい」
「鯖かー、まだ旬じゃないよ」
ぐずる同居人を宥めるようにふっと目を細めた。
「食べたいでしょ、鯖」
「んー」
「炊き立ての白米と脂の乗った焼き鯖が食べたいなー」
「……」
「ちゃんとご飯食べなよ」
「……なんで」
「美味しいご飯食べて、夏ももう終わりだよ」
「……そんなこと言わないでよ」
「終わらせなきゃいけないでしょ」
「……」
「ほら」
「……やだ」
伸ばした指先は同居人のそれと触れ合うことなくすり抜けてしまった。
指先を掌に仕舞い込んで庇うように胸元に持っていく同居人を見て、愛おしさが胸いっぱいに満ちていった。
「やだからね」
「……ふふ」
「……」
「大丈夫だよ」
安心させるように優しい声で呟く、目を瞑って聞かない振りをしたいのだろうけど、目を離すのが怖いのか耐えて此方を見つめてくる。
もう一度指先を伸ばして、同居人が聞きたくないであろう言葉を言った。
「また来年」
「待っ……」
伸ばしてくれた手に触れられることはなく、夏は終わりを告げた。
そして鯖が美味しい秋が来るのだろう。