ラジオ
真夏の昼下がり。昭和の残り香が漂うアパートの一室。
蒸されるような暑さの中、語り続ける「ラジオ」
ラジオが語りかけているのは、あなた……それとも……
昭和の残り香が漂う、古いアパートの一室
部屋の中程のちゃぶ台の上に一台のラジオが置かれていた。
時折、小さな雑音を混ぜつつ音声が流れる。
「ついに夏の甲子園が帰って来ました!入場行進が始まります。
新型コロナの感染防止のため、今回は主将一人の入場です。
……番目に入場するのは、……県代表 初出場、県立那楼高校。」
陽の光が差し込む部屋で、ラジオは語り続ける。
鳴き始めた蝉の唄が時折聞こえる昼下がりだった。
「第一試合開始のサイレンが響き渡りました。那楼高校のエース……、第一球を投げました!
ストライ~ク!、打者、見送りました!」
「さあ、いよいよ最終回の守りに着きます那楼高校ナイン、点差は僅かに一点。
守り切れるか!!那楼ナイン」
「センター、高く上ったフライをがっちり取りました、那楼高校、初戦突破です!」
陽の光が差し込む部屋で、ラジオは語り続ける。
蝉の唄が絶え間なく続くそんな昼下がりだった。
「兼生学園、2回戦の相手は同じく初出場……県立那楼高校です。
兼生ナインが守備につきました。エース……、第1球を投げました。」
「打った!!初回、初球を1番……がレフトポール側に放り込んだ、那楼高校。1点を先制しました!」
「2回戦第2試合。乱打戦を制したのは県立那楼高校、那楼高校3回戦へ駒を進めました!」
陽の光が差し込む部屋で、ラジオは語り続ける。
蝉の唄が益々大きくなる、そんな昼下がりだった。
「準決勝、第1試合は初出場……県立那楼高校対難波学院の隣府県対決です。
解説の……さん、いよいよ準決勝ですね」
「そうですね。春夏連覇を狙う難波学院に対して、勢いに乗る那楼高校がどう挑むかが楽しみですね」
「準決勝、第1試合もついに最終回9回裏まで来ました。難波学院、6点差をつけて2アウト、あと一人まで来ました。
後が無い那楼高校、打席には9番ピッチャー……が入ります。難波学院のエース……投げました。
ああっ!当ったた!、ヘルメットが飛びました!!頭部にデッドボールです!!」
「当たった……くん、起き上がれません、タンカーが運び込まれました!」
「臨時代走が起用され、試合が再開されます。1番……に対して第1球、投げました、打った!!
打球は右中間を抜けて行きます、ランナー……、三塁を回った回った!!、那楼高校1点を返しました!」
「……試合はついに分からなくなって来ました。同点に追いついた那楼高校、サヨナラのランナーが三塁にいます。
ここで、難波学院満塁策か…塁を埋めます。打席には、先程デッドボールを受けた9番ピッチャー……が入ります。
先程の死球の影響はないのでしょうか、解説の……さん」
「影響は無いとは言えないでしょう。しかし、ここまで来たら気力でしょうね。」
「難波学院の二人目、……投げました。外れた!3ボールになりました!やはり投げ難いか。
キャッチャーがマウンドに駆け寄ります。一言二言話して、審判に一礼して構えました。
ピッチャー、小さなテイクバックから…投げました! 打った!!打球はセカンドの頭を越えた!!
那楼高校、最終回6点差をひっくり返してのサヨナラです!! 那楼高校、決勝進出!!」
陽の光が差し込む部屋で、ラジオは語り続ける。
唄い終わった蝉たちの亡骸を蟻たちが運ぶ、そんな昼下がりだった。
「夏の甲……園が…… 幕を…… じました。
初…… が優…… 」
昭和の残り香が漂う、古いアパートの一室
部屋の中程のちゃぶ台の上に一台のラジオが置かれていた。
時折、小さな音を発するものの、ラジオからは何も聞こえない。
時折、小さな音を発するものの、ラジオは何も語らない。
お読みいただき感謝いたします。