娘嫌いの父親〜父は一般人、娘は異能者〜
「ねぇ、アナタ、私達幸せになりましょうね。」
妻の愛子はよくそんなことを言った。俺はそんなこと言われなくてもそうするつもりだったが、愛子は孤児院の出である。孤独で寂しい日々を送っていたことが彼女にとって幸せを渇望させる原因になったのかもしれない。
「あぁ、もちろんだ。3人で幸せになろう。」
俺はそう言うのだが、正直子供はどうでも良かった。
愛子のお腹には俺らの子供が居て、スクスクと成長しているが、あんまり興味がなかった。
ただ愛子が子供を欲しがるから、話を合わせているだけ。生まれれば俺の心境も変わって子供に興味が湧くかもしれないしな。
愛子、愛子が居れば正直他には何も要らなかった。俺には過ぎた綺麗で優しくて可愛い奥さん。彼女は俺の中にゆっくりと侵食してきて、いつの間にか彼女が俺の中心になっていた。
だからだろうか?子供と引き換えに愛子が死んだ時、頭が真っ白になってしまった。泣きもせず放心状態、そんな日が何日か続いて、ようやく意識がしっかりしてきて、目から涙が滝のように流れ始めた。止まらない、止まらない、このままでは体が乾ききって死んでしまう。いや、死んでも良いかもしれない。もう俺には何も無いのだから。
「オギャッ」
ハッとして我に返って、後ろを振り向く、するとベビーベッドで寝かされている我が娘の泣いている姿が目に映ってきた。
そうか、俺には娘が居たんだ。すっかり忘れていた。赤子の泣き声も聞こえてこないほど、俺は憔悴しきっていたようだ。
愛子は最後にこう俺に言い残した。
「瞳を守ってね。」
瞳というのは俺の娘の名前なんだが、愛子は最後にそう言い残して力尽きて死んだ。
惚れた女の最後の頼みだ。彼女の最後の願いを叶えてやろうと、俺は決意を固め、娘を抱きかかえた。
次の日、娘にブリキの青い車の玩具を買ってあげた。女の子に車の玩具なんて似合わないと思ったが、最初のプレゼントだ、自分の気に入った物をあげたかった。
これからは娘の為に生きていく、そう決めた、そう決めた筈だったんだが・・・そんな安い決意はブリキの車と共にねじ切れられてしまった。
〜17年後〜
俺は一人暮らしをしながら町工場でネジを作って働いていた。
何も考えない、ネジを切っている間は何を考えないで済んだ。
結論から言って俺は娘を捨てた。正確に言うと親に押し付けて行方をくらました。
なんでって?
俺の娘が化け物だったからだ。
化け物といっても見た目は普通。問題なのは腕の力が異常に発達しており、ブリキの玩具をねじ切ったり、俺が抱き締めた時、娘に肩をそっと掴まれただけで青痣が出来てしまった。
そのことで我が娘ながら気持ち悪いと思ってしまい、育てようなんて気は失せてしまった。
所詮成り行き任せの親心だ。普通に育てても長続きしたかも分からなかったけど、なにせ化け物だ。
それにあんな奴のせいで愛子が死んでしまったと思うと腹が立った。
だから逃げた。誰も知らない土地で細々と一人で生きてきた。無感動に無感情にひたすら虚無な17年だった。
そんな日々が終わりを迎えたのは、働いてた工場が倒産したからである。別に工場に愛着なんて無かったが、働く先が無くなるのは困った。生きていたいわけでは無かったが、死にたいとも思わなかった。
生き死になんて些細なことだ。だから惰性で生きてきた。
働く先を失って、これからどうするか考えた時、自然と足が実家のある町に向いていた。
何故だろう?と考えた時、人生の一つの区切りをつけたかったんだと思う。
17年前と少し変わった町並みを歩く、別に感慨深くも無い。親に会うと面倒だから適当に少しぶらついたら帰るつもりだった。
ふと公園で足が止まった。
ブランコに座る学生服を着た金髪の少女が目に入ったのだ。金髪時点で目を引くが、更に時代に即していない長くて黒いロングスカートを履いているものだから悪目立ちである。まさかスケバンとでもいうつもりだろうか。
何故か気になって、なんとなく木陰に隠れて様子を伺ってみることにした。
顔は良いが目つきが悪くイライラしているように見える。誰かと待ち合せだろうか?
暫くすると公園に小柄で童顔の男の子がビニール袋を手に下げて入ってきた。この辺の高校の制服を着ているから高校生だろうが、それがなけりゃ中学生にすら見える風貌だ。
その少年がスケバンの前でペコリと頭を下げた。
「アンパン買ってきました!!」
「遅いよ!!こっちは腹ペコだよ!!」
激昂するスケバン。
どうやら金髪少女にパシリとして使われていたらしいが、今時スケバンとパシリなんて珍しいな。
「なんで遅れたんだい!!コンビニなんてすぐそこにあるだろう!!」
「え、えっとですね・・・それがその・・・。」
口籠る少年。一体どうしたんだろう?
「なんだい!?怒らないから言ってごらんよ!!」
すでに怒っている。これでは少年も言い出し辛いだろうな。
「・・・はい、分かりました。」
意を決した少年はビニール袋からピンク色の薔薇を一輪取り出した。
「な、なんだいコレは?」
「瞳さんに似合う花を探してたら遅れた次第であります!!申し訳ありません!!」
「なっ!?・・・な、なな何馬鹿なこと言ってんだ!!花なんか似合うわけねぇだろ!!ぶっ殺すぞ!!」
そう言うと照れたスケバンが、男の子の胸ぐらを右手掴み、軽々と持ち上げてしまった。
「ひゃあああ!!すいませーん!!」
「テメー二度とこんなふざけたもん寄こすなよ!!・・・まぁ、は、花は一応貰っておいてやるよ。」
ハタから見れば、素直になれないスケバン少女と可愛らしい少年との恋愛漫画みたいな微笑ましい光景なのだろう。だが俺はその怪力を見て戦慄してしまった。
あのスケバン俺の娘だ、間違えない。あの女らしからぬ怪力がその証拠だ。相手が小柄とはいえあんなに軽々と男を持ち上げるなんて、あの化け物以外あり得ない。
そうか、あんな風に育ったか。親も居なくて厳しくて世間体を気にする祖父、祖母に蔑まれながら成長すればそうなるか。
罪悪感なんか感じなかった。そんなの感じるぐらいなら初めから捨てたりしない。
代わりに心の底から湧いてきたのは純然たる怒りの感情だった。
どうしてあんな化け物が人と触れ合い楽しそうにしているんだ?アイツのせいで愛子は死んで、俺はこんな抜け殻のような人生を送っているというのに、どうしてあんな奴が幸せそうに・・・。
俺は下唇を噛んで地団駄を踏んだ。次第に噛んでいる唇から血が出てきて、口の中に鉄の味が広がる。凄く不快な気分だ。
どうしても・・・どうしても許せない。
気付けば自分の娘に殺意を覚えた自分が居た。
自己紹介。私の名前は瞳っていう。
母親が死んで、父親が私を捨てて行方不明。父方の祖父と祖母が親代わりだったが、厳しくて世間体を気にする彼奴等は私に辛く当たった。
「お前みたいな厄介者。早く居なくなれば良い。」
平然と血縁である私にそんなことを言うのだから堪らない。そりゃグレるってもんよ。
それに生まれた頃から力が異常に強かった私は、同年代の子からも疎まれ、蔑まれ、怖がられ、友達なんか一人も出来なかった。まぁ、小学生のくせに握力200キロ超えてる女なんか怖いわな。
中学になると喧嘩に明け暮れた。一匹狼タイプの群れない私だったが、持ち前の怪力のおかげで喧嘩に負けたことはない。自慢じゃないが50人相手に勝ったこともある。喧嘩相手を殴っている間は頭がスッとした。
補導、謹慎なんか星の数ほどあったが、最初はうるさかった教師も祖父祖母もその内に何も言わなくなった。大方、自分達がその怪力の餌食になるのを恐れたのだろう。
頭は悪くなかったので近くの高校に進学したが、そこでも喧嘩に明け暮れて、将来の希望も持てずに灰色の青春を謳歌していた。
だが高校2年生の時に変な男に出会った。
そいつは同級生二人からカツアゲにあっており、私はたまたまその現場に居合わせた。曲ったことの嫌いな私は、その二人をぶっ飛ばしてそいつを助けてやったんだが、そいつは目をクリクリさせて私に羨望の眼差しを向けてきた。
「あ、あの、僕は小さい頃から体が小さくていじめられてて、アナタの戦ってる姿を見て感動しました。舎弟にして下さい!!」
舎弟なんて取るつもりはサラサラ無かった。だから暫く無視していたんだが、いつの間にか私に纏わりつくようになっていて、気が付けばいつも隣にはコイツが居た。
今までこんな化け物を好いてくれる奴なんか同性にも居なかったのに、私は正直戸惑った。
だが不思議と悪くない。悪くないのである。なんだか一緒に居ると心地がいい。生まれてきてこんなに心安らかな気持ちになったのは初めてだ。
貰ったピンクの薔薇を花瓶に挿して部屋に飾ってみたが、何だか見てみて気恥ずかしくなる。
むぅ、何でアイツのこと考えてるんだろう?・・・缶コーヒー買いがてら、ちょっと夜風に当たってこよう。
不良が歩けば不良に当たる。そんな格言を作ってしまおうかと思ってしまうぐらい、私が外に出ると高確率で不良に絡まれる。
「見つけたぞ!!ひとみぃ!!」
夜道で阿久津とかいう、この辺の不良の元締めの男が私の前に立ちはだかる。もうかれこれ10回以上ボコボコにしてやったのに、まだ懲りないんだな。
しかし阿久津の後ろには30人ぐらいの不良とかスケバンが居るので、今回は中々気合が入ってるな。
「何よ、邪魔なんだけど。」
「へっへ♪化け物退治だ♪悪く思うなよ♪」
化け物扱いされるのは慣れたものだ。喋るのも面倒なので、私はそのまま不良達に駆け寄って行った。
"ボゴッ"
不良一人を殴り飛ばした。直線距離で10メートルぐらい飛んだかな?
さてこれで25人ぐらいぶっ飛ばした。辺りには私に倒された奴らが重なり合って倒れている。面倒だから、そろそろ怖気づけ。
「ひっ、ひぃいいいいい!!化け物めぇ!!」
はい、化け物です。予想通り蜘蛛の子を散らすように逃げていく不良たち。通行の邪魔だから倒れてるのも連れてけよ。
「ふ、ふざけやがって・・・。」
阿久津は尻もちを突いて倒れてる。もう抵抗する気力は無さそうである。
「じゃあな。次はもうちょっと骨のあるやつ揃えてこいよ。」
なんで夜中にこんな大人数で喧嘩売ってきたか知らんが、体動かしたら少しスッキリした。
さて帰るとしようかしらね。
私は踵を返して家に帰ることにした。それにしても今日は夜風が気持ちいい・・・。
「うぉおおおおお!!」
不意に後ろから大きな声がして振り返る。
見ると阿久津の奴がナイフを構えて突っ込んでくる。
これは驚いた。阿久津の奴にこんな根性があったなんて。しかも、ナイフまで持ち出すとはね。これは避けられない。私は怪力だけど、別に鋼の肉体を持ってるわけじゃない。防御力は人並みだよ。
このまま刺殺されるのかな?ようやく少しだけ人生が楽しくなってきたのにな。
ふと、アイツの顔が頭を過ぎった。もう会えないと思うと無性に寂しい。
"ドンッ!!"
ナイフで刺される前、私の体は真横から来た何者かに突き飛ばされた。
"グサッ"
見知らぬ人。本当に見覚えもない無精髭の男の人が私の代わりにナイフで腹を刺されていた。刺されたところの服が血で滲んでいる。
「ひぃ!!なんでアンタがしゃしゃって来るんだよ!!・・・俺は悪くねぇ、俺は悪くねぇぞ・・・うわぁあああ!!」
ナイフを放して慌ててて逃げ出す阿久津。
私は目の前で起こったことへの頭の情報整理が追いつかない。
情報整理追いつかないまま、私を助けてくれた人はそのまま仰向けに倒れた。
「ごふっ・・・あーこりゃ刺されどころが悪かったな。死ぬわ・・・まぁ、良いけどよ。ダラダラと生きる手間が省けた。」
「ア、アンタ、何やってんだよ!?待ってろ、今、救急車を。」
「やめろって、無駄なことすんな・・・それより少しお話しようぜ。」
は、話す?一体何を話すってんだ?
「はぁはぁ・・・俺はよ、お前の父親なんだよ。お前を捨てた父親。」
「・・・はぁ?」
何を言ってる?
「だから、お前が化け物だから育児放棄した男だよ。お前は顔は覚えちゃいねぇだろうけどな。憎いか?憎いよな。でもな、俺はもっとお前のことが憎いんだよ・・・はぁ。」
男の話に嘘は無いように思えた。私の父親という話にも、私が憎いということにも。
「・・・お前みたいな化け物が生まれたばっかりに、愛子は死んじまった。お前さえ居なけりゃ愛子はまだ生きてたんだ。こんなに腹の立つことは無いぜ。だから俺はお前を捨てた。酷いと思うか?・・・でもな、現実はドラマやアニメみたいに聖人君子ばかりじゃねぇ、俺みたいな心の狭い奴も居るんだよ。子供を愛せない奴も居るんだよ。」
血が止まらない。このままだと本当に死んじゃう。
「でよ、お前を捨てて一人で生きてきたんだけど、気まぐれでこの町に来てみりゃ、お前が男とよろしくやってるじゃねぇか。ふっー、正直ムカついたよ。なんでテメーみたいな化け物が幸せそうにしてるのかと腹の底からな。だからさっきの不良に金払って襲わせたんだよ、痛い目にあってほしくてな・・・だけど無駄だったな。お前強すぎるんだよ。そんでバチも当たって俺は死にかけてる。自業自得だな・・・ゴホッゴホッ。」
「もう喋らなくていいよ!!」
今日顔を知ったはずなのに、ロクでもない親父な筈なのに、何故だか私はこの人が死のうとしているのが無性に悲しくて涙が出てきた。挙げ句、膝から崩れ落ちたんだから、もう自分でも何が何だか分からない。
「な、何を泣いてやがる。自作自演のマッチポンプで死んじまうクソ親父だぞ?死んで清々するだろうが。」
「な、なんで私を助けたの?憎いんでしょ?」
「・・・思い出しちまったんだよ。愛子の遺言をな。最後に、お前を守ってねって言われたんだよ。だから助けた。それだけの話だ。別にお前を守りたかったわけじゃない。」
愛子、愛子、愛子。この人は本当にお母さんが好きだったんだ。だから私を恨んで捨てた。私が怪力じゃなくても遅かれ早かれ私のことなんか見限って居たのかもしれない。
でも好きだったんだ。失ったら全て投げ出したくなるぐらい好きだったんだ。私にはそんな風に人を愛した経験が無い。だからお父さんの気持ちが少しも分かってあげられない。
「はぁはぁ、目が霞んできた。そろそろ死ぬな・・・さ、最後に一つアドバイスだ。あの薔薇をくれた奴、アイツは側に居てもらえ。お前みたいな化け物を慕ってくれる男なんか、世界中探してもアイツぐらいだ。幸せになりたけりゃ、絶対離れるな。」
虚ろな目で私を覗き込むお父さん。もう命の火が消えかけているのに、その目には強い意志が感じられたけど、私の幸せを考えているのか居ないのか、それは推し量れなかった。
「目を・・・もっと目を見せてくれ。」
「・・・いいよ。」
「あぁ、お前のことは大嫌いだけど、その目は良い。お前は目が愛子に似てる・・・ふぅ、会いたいなぁ。会いたくて堪らねぇよ。」
お父さんの右目から涙が一滴こぼれた。それを合図のように、目から生気が失われ、お父さんはそれからピクリとも動かなくなった。
「お父さん?」
いつの間にかお父さんの周りには血の海が広がっていて、私はそれを見てから父が死んだことを理解した。
「う、うぅ・・・。」
血の海に両手を突いて、ボロボロと私は泣いた。親なんて居ないものと考えていたのに、こんな喪失感と悲しみが押し寄せてくるとは思わなかった。
最後まで父は私のことが大嫌いだったのだろうか?
その答えを知るすべは私にはない。
なんだか一人ぼっちになった気がして、寂しくなった私は、気が付くと泣きながら舎弟に電話を掛けていた。
もう一人では居られない。好きとか好きじゃないとかどうでも良い。見栄も体裁もどうでも良い。ただ、ただアイツに会いたかった。
「もしもし、瞳さんどうしましたか?」
「・・・お願い、すぐに来て。」
化け物の私は、もう誰かが側にいてくれないと生きていけなかった。
「はっ!?」
「どうしたの?」
突然俺がバッと起き上がったので、愛子はビックリした様子で俺を見ていた。
どうやら放課後屋上にて、二人でだべっていたら俺がいつの間にか寝てしまってたらしい。
「うなされてたよ。」
「だ、大丈夫。別になんてことないさ。ははっ。」
取り繕うように笑ってみたが、背中には冷や汗が伝っている。本当に嫌な夢を見ていた気がする。どんな夢かは覚えてないが。
「なぁ、愛子。本当に俺と結婚したいのか?」
「うん、そりゃ。好きですから♪」
愛子は本当に物好きだ。顔も性格もそんなに良くない俺と付き合ってくれるなんて、こんな物好きは世界中探しても居ないだろう。
「高校出たら働くよ。親は反対するだろうけど構わない。俺は愛子と早く結婚したいんだ。」
「うん、ありがとう。ごめんね、無理させてない?」
「無理ぐらい屁でもない。お前を幸せに出来るならなんでもするよ。」
俺には愛子が俺の全てだ。他がどうでも良くなるぐらい愛子を愛してる。
すると彼女は笑ってこう言った。
「ちょっと重い♪」
「そ、そっか。ごめん。」
「うふふ♪」
愛子が笑うと俺も嬉しくなる。不思議だ。
「私ね。幸せになりたいって、よく言うじゃない。でもふと考えるの。今も幸せなんだからこれ以上望まなくても良いのかもって。」
「そんなことないよ。俺がもっともっと幸せにしてやるから。」
「あはは♪期待してるよ♪とりあえず子供が欲しいかな♪」
「うん、子供良いね。」
絶対に幸せにする。そう決意しているのに、何故だか不安になったが、満面の彼女の笑顔がそんな不安を吹き飛ばしてくれた。
どうか神様、二人の未来に幸あれ。