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月ごよみ隠れ里奇譚  作者:
正伝 鬼と贄
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弥生  朔  人の住処

「……これは、すごいですね」

 私は、目の前の光景に、しばし絶句する。

「お気に、召しませんか」

 クサブキさんの、少し不安そうな声が、背中越しに聞こえる。


 ナマケモノ騒ぎから2週間の新月の夜。私は、結界の中で初めて、畳を踏んでいた。


「いや、気に入らない、とかではないんですけれど……」


 目の前には、クサブキさんが私のために用意してくれたという、部屋が広がっている。

 見事な、寝殿造りの一室だ。

 まあ、彼が家を造れば、そうなるよな。私は深く納得する。


 それにしても。

 私が持っている平安貴族の屋敷のイメージ通り、広々とした部屋には、一段高い畳と、脇息きょうそく。背後には見事な絵が描かれた屏風。そして、天井からは御簾みすが下がっている。

 私とクサブキさんが、御簾みす越しに会話するのだろうか。

 つい、笑いがこみ上げる。

 

「とても、素敵なんですけど……私には、過分かなと」

「そのような」

 若干落ち込んだ、クサブキさんの声。私は申し訳ない気持ちになる。

 

「お気持ちは、とってもありがたいです。……何というか、立派すぎて、落ち着かないだけで」


 そうだ。私は思いつく。


「クサブキさん、私が落ち着くお部屋も、作ってください。……今、ご説明します」



「……いいわー」

 コタツに足を入れ、私は思わずつぶやく。

 やっぱり、日本の家で落ち着くと言ったら、これよね。


「これは、いみじ」

 クサブキさんも足を入れ、しみじみとつぶやいている。

「やはり、千の年月は、侮りがたし。かような調度があろうとは」


 身振り手振り、最終的には図解までして、何とか10畳一間の、畳のある部屋が出来上がった。作ってもらったコタツは、だいぶ大振りだ。向かい合ったクサブキさんまでは、だいぶ距離があって、足がぶつかるなんてことは、なさそうだった。

 コタツの下には、岩の中を熱めのお湯が流れている。その上に板の間、畳を乗せて、毛皮を敷くという寸法だ。床暖房+コタツという、革命的な快適空間が出来上がった。


 もっと早く、気がつけばよかった。もう、3月も半ばというのが返す返すも残念だ。


「むう、これは……」


 クサブキさんが何かを思案し、パチリと指を鳴らす。

 途端に、私とクサブキさんの間に、カピバラが現れる。

 クサブキさんがコタツの掛け布をめくると、カピバラはとことことコタツの中に入っていく。やがて、くるりと向き直り、掛け布から顔だけ出してうずくまると、目を閉じた。


 こたつカピバラ。

 控えめに言っても、死ぬほどかわいい。


「みやびも、入れてやりたいが、茹だりそうだ」

 クサブキさんがつぶやく。


 先日やって来たミツユビナマケモノが、クサブキさんはいたくお気に入りらしく、みやびという名前を付けていた。

 ほんのちょっとだけ食べる餌は毎日手ずから与えているらしい。

 ナマケモノは、結構人になつく動物らしく、クサブキさんを見つけると、寄ってこようとする姿が愛らしい。とにかくものすごくゆっくりなので、なついていることにも、しばらく気づけなかったが。


(ああ、極楽だわ。……あと、足りないものと言えば、やっぱりあれよね)


 次の満月の夜には、ミカンを持って来よう。

 ぬくぬくとコタツで暖まりながら、私は心に決めていた。


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