弥生 朔 人の住処
「……これは、すごいですね」
私は、目の前の光景に、しばし絶句する。
「お気に、召しませんか」
クサブキさんの、少し不安そうな声が、背中越しに聞こえる。
ナマケモノ騒ぎから2週間の新月の夜。私は、結界の中で初めて、畳を踏んでいた。
「いや、気に入らない、とかではないんですけれど……」
目の前には、クサブキさんが私のために用意してくれたという、部屋が広がっている。
見事な、寝殿造りの一室だ。
まあ、彼が家を造れば、そうなるよな。私は深く納得する。
それにしても。
私が持っている平安貴族の屋敷のイメージ通り、広々とした部屋には、一段高い畳と、脇息。背後には見事な絵が描かれた屏風。そして、天井からは御簾が下がっている。
私とクサブキさんが、御簾越しに会話するのだろうか。
つい、笑いがこみ上げる。
「とても、素敵なんですけど……私には、過分かなと」
「そのような」
若干落ち込んだ、クサブキさんの声。私は申し訳ない気持ちになる。
「お気持ちは、とってもありがたいです。……何というか、立派すぎて、落ち着かないだけで」
そうだ。私は思いつく。
「クサブキさん、私が落ち着くお部屋も、作ってください。……今、ご説明します」
*
「……いいわー」
コタツに足を入れ、私は思わずつぶやく。
やっぱり、日本の家で落ち着くと言ったら、これよね。
「これは、いみじ」
クサブキさんも足を入れ、しみじみとつぶやいている。
「やはり、千の年月は、侮りがたし。かような調度があろうとは」
身振り手振り、最終的には図解までして、何とか10畳一間の、畳のある部屋が出来上がった。作ってもらったコタツは、だいぶ大振りだ。向かい合ったクサブキさんまでは、だいぶ距離があって、足がぶつかるなんてことは、なさそうだった。
コタツの下には、岩の中を熱めのお湯が流れている。その上に板の間、畳を乗せて、毛皮を敷くという寸法だ。床暖房+コタツという、革命的な快適空間が出来上がった。
もっと早く、気がつけばよかった。もう、3月も半ばというのが返す返すも残念だ。
「むう、これは……」
クサブキさんが何かを思案し、パチリと指を鳴らす。
途端に、私とクサブキさんの間に、カピバラが現れる。
クサブキさんがコタツの掛け布をめくると、カピバラはとことことコタツの中に入っていく。やがて、くるりと向き直り、掛け布から顔だけ出してうずくまると、目を閉じた。
こたつカピバラ。
控えめに言っても、死ぬほどかわいい。
「みやびも、入れてやりたいが、茹だりそうだ」
クサブキさんがつぶやく。
先日やって来たミツユビナマケモノが、クサブキさんはいたくお気に入りらしく、雅という名前を付けていた。
ほんのちょっとだけ食べる餌は毎日手ずから与えているらしい。
ナマケモノは、結構人になつく動物らしく、クサブキさんを見つけると、寄ってこようとする姿が愛らしい。とにかくものすごくゆっくりなので、なついていることにも、しばらく気づけなかったが。
(ああ、極楽だわ。……あと、足りないものと言えば、やっぱりあれよね)
次の満月の夜には、ミカンを持って来よう。
ぬくぬくとコタツで暖まりながら、私は心に決めていた。